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 オームさまの帰宅まで、まだ時間の余裕はあるはず。なのに、玄関で物音がする。誰かがここを訪れるなど聞いていないし、99%の確率で、そんなもの好きは、わたくしを除いていないと言い切れる自信がある。

「誰かしら。もしかして泥棒? でも、ここには盗るようなものなんてないのに」

 ルクスに失礼な言動があったが、わたくしは全くの同感だ。だって事実だし。ここにはいないオームさまも、苦笑しつつも頷くにちがいない。

「ちょっと見てきます。ふたりはここで待っていてください」

 ファラドはそう言うと、わたくしとルクスに保護の魔法石を渡して玄関に向かった。

「ファラド、お願いね。遭難された方なら保護をしなきゃね。もしも狼藉者なら、わたくしが退治するわ」
「奥様、それを言うのはファラドのほうですから。あれでも、オームさまの側近ですからなかなかの強さですよ」
「ふふふ、ルクスったら夫自慢?」
「あ、やだ。そんなつもりじゃなくて。あれは、ただの一般論というか」
「はいはい」

 ルクスの言う通り、ファラドの戦闘レベルは一般の騎士よりも上。上級の魔物が万が一出現しても、彼がいれば大丈夫だろう。

 わたくしは、あとでファラドにルクスが褒めていたと教えなくてはならないとほくそ笑んだ。きっと、奥様ダイスキ愛してるな彼は、小躍りして喜ぶだろう。もしかしたら、新たにベビベビたちが産まれるかもしれない。そうなったら、子ハムたちのお世話を一緒にしたいな、なんてのほほんと考えていた。

「それにしても、ファラドったら、遅いわね……」
「ほんとね。どうしたのかしら?」

 玄関からは、激しい物音が一切しない。つまり、お客人と話し込んでいるだけだろう。
 わたくしたちは、念の為に魔石を握りしめてファラドがいる玄関に向かった。

 そこには、ファラドと一緒に少年がいた。声変わりもまだのようで、少女のような可愛らしい声で、ファラドと話こんでいる。

「だから、兄上がヘビ女に食べられたって聞いて。悪逆非道なへびは、最初はハムスターを襲わないと約束していたそうじゃないか。だから、優しい兄上が仕方なく結婚してやったのに。やっぱり、ヘビなんか家にいれるんじゃなかったんだよ」
「いえ、ですから、オーム様は食べられていません。ご無事ですから。それに、奥様はハムスターは食べませんよ」
「じゃあ、なんで兄上がいないんだよ!」
「それは、視察中ですから」

「まあ、あれはワット様。ここから船で3ヶ月はかかる国に留学なさっていたはずなのに」
「あのコが、オームさまの弟の?」

 オームさまには、14歳になる、ワット・P・ダブリューという弟がいると知っていた。だけど、オームさまに全く似ていない。痩せ型で、髪の色も違うし、顔立ちは中性っぽい。
 都心にいれば、さぞかし年上のおねぇさまがたにモテるだろう。控えめに言って、かわいい。女の子みたいにも見えるから、彼なら大丈夫そうだ。

「母方のどなたかの名前の一部をいただくから、オームさまはRZ・ダブリューなのよね。お母様が違うのかしら?」
「そうなんです。旦那様のジャンガリアンハムスターのお母様は、産後の肥立ちが悪くて……。他にご兄弟もおられませんでしたので、前ご領主様は、丈夫なキンクマハムスターの後妻を迎えられたのです。今はいらっしゃいませんが……」
「そっか……。ワットくんは、キンクマさんなのね」
「留学先からは、お金さえあれば高速船や飛空艇で一ヶ月もあれば行き来できるのですが、ここに来られる旅費はどうなさったのでしょう」
「この財政で、そもそも、よく留学できたわねぇ」
「それは、ワット様は学年一位で学費無料、月々の小遣いもいただけるほどの才媛ですから。それに、旦那様は、財産のほとんどをワット様につぎこんで……あわわ、奥様、聞かなかったことにしてください」

 財政難で、日々節約状態なのは、戦争や婚約破棄に伴うだけのものではなかったようだ。
 母違いの弟に、残りの財産のほとんどをやってしまったとなると、都心の平民よりも困窮している家に嫁などほぼ来ないだろう。

「聞いちゃったけど、忘れちゃったわ。とにかく、彼は義弟になるのね。挨拶していいかしら?」

 会話を聞いたところ、彼はヘビ獣人を毛嫌いしているようだったから、わたくしはあの場に出ないほうがいいかと考えた。
 そのうち、オームさまに紹介してもらえばいいと、遠慮して場を去ろうとしたとき、ファラドがこちらに気づいた。

「ワット様、あちらにおられるのが、奥様のジュール様でございます」
「何?! 兄上を誑かして食った魔性の女か」

 ワットくんが、キッとこちらを睨みつけてきた。その表情すら悶絶しそうなほどかわいらしいので全く怖くない。

「はじめまして。わたくし、半年ほど前にオームさまと結婚させていただいた、ジュール・H・ジェイと申します」

 にっこり微笑みながら、わたくしが手を差し伸べると、ワットくんは文字通り、直立不動で飛び上がった。20センチほど。

「ぴゃあぁぁあっ! へびが、へびがしゃべった……! はっ、んんっ、こ、怖くなんかないぞ! ないんだからな! きれいな顔と美しい声で、僕まで騙そうったってそうはいかないったらいかないんだぞ」

「奥様、ワット様は普段はクールで賢いんですけど、大の蛇嫌いでして。どうやら、プチパニックをおこされていて、あんなあほの子のような言動になっているのかと……」
「こらこらこらー! ルクス、相変わらず失礼だな! 聞こえてるぞ! おい、そこのへび女!」

「ワット様、いくらなんでも奥様に無礼がすぎます。オーム様もほどなくご帰宅されますので、この件はきっちり報告させていただきますからな」
「な、兄上に告げ口するのか? ファラド、それはやめてくれ。僕は兄上のためを思って……」

 ファラドが、少しきつめにワットくんに注意した。どうやら、彼はオームさまが大好きで、だからこそへび獣人であるわたくしが妻になっていることに納得がいかないのだろう。

 兄思いのいい子なのねぇと、ファラドに説教されてしょんぼりしているワットくんを見ていると、兄を思い出したのであった。
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