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12 クレア

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「あの、私が、考えなく売られたケンカを買ってしまったせいで、閉じこめられるところだったってことなんですよね? もっと、うまく回避できたはずなのに。ごめんなさい……」

「キタ? 他のメスなら、あんな風にしたら瞬時にクローや顎で襲い掛かるんだぞ? あれのどこが、喧嘩を買ったことになるんだ? 十分すぎるほど穏便にすませたじゃないか。私としては、キタを危険な目に合わせるところだったほうが気になる。嬉しかったが、キタがあんな風にメスたちに囲まれるくらいなら、例え処罰されようとも、私がきちんと対処するべきだった。結果的に、キタに怖い思いをさせてしまってすまない」
「本当に。キタ、今後は危険に身をさらさないでくださいね? 俺たちは、キタと同席していた。しかも、俺はキタと結婚しているのはシステムがあのメスたちに教えていたはずなんですよ? なのに、ああして俺たちに声をかけていたんですから、明らかにキタのハレムから、俺たちを横取りしようとしていたんです。悪いのはあっちだけなのに、キタは優しいくらいです」

「でも、私的には、反省室とか流刑になるとか知らなかったんだけどふたりの地位とかを台無しにすることになるような原因を作りそうになったからダメだと思ったの。もうしないわ。約束する」

「私は、キタと一緒にいられるのならどこでだっていい。勿論、キタが過ごしやすいように、巣は最高のものにしてみせる。この国には兄上たちがいるからな。王子もまだ頼りないが、立派な王になるだろうし」
「俺はもともと根無し草ですから。キタのいるところが、俺のいる場所です」

 ホカイさんは、移住先でスイーツを作れるし、デリバリーは世界中に可能だ。住み慣れた土地を離れてもそれほどダメージはないだろう。
 ホカイさんはともかくとして、ペケさんがまさかあんな風に言うなんて思わなかった。彼は、私のためなら家や国など簡単に捨てるということを言った。彼がいなくなれば、この国は困るんじゃないかなと思うし、今までの彼の努力や成果が無に帰す。

(……私は、日本で結婚する時に、一駅3分の駅5つ分離れた隣町に引っ越ししたり、ペケさんと違って、私の代わりなんていくらでもいる仕事をやめさせられたことだけでも滅茶苦茶不満だったのに)

 彼らのツガイへの想いは、私が過去に恋愛していた時の気持ちとは雲泥の差だと思った。私個人は、どこにでもいる取るに足らないデリバリーしかできない人間なのに、こんなにも素敵な人たちが好きでいてくれるなんて、とても光栄で、ちょっと自慢したいほど嬉しくて、でも重くて、悲しい。

 彼らは自分たちの思いを隠そうとはせず、かといって、私に自分たちの思いを受け入れてほしいというようなことを微塵も感じさせなかった。

(彼らに比べて、私の気持ちはなんて薄っぺらいものだったんだろう……)

 自分なりに、元夫に恋をした。結婚して、とても幸せだと思っていた。でも、彼らと出会いツガイについて知っていけばいくほど、その気持ちが嘘のように思えて、胸の中がじれじれするような気持の悪さがこみあげてくる。
 
(あいつは、このふたりの爪の垢を0.00001g飲まないといけないと思うけど!)

 それからは、三人で会話を楽しんだものの、やっぱり彼らの気持ちには応えられないから気まずいまま。ホカイさんとふたりでHOKKAI堂に帰った。

 自室のベッドにうつ伏せになる。昨日とおなじく、ハンカチに刺されたふたりを指で撫でた。やっぱり、どう考えても、私は彼らを好きだけど愛していない。これほど、自分の気持ちの奥底を知ろうとしたことがあっただろうか。

 この質問に対するシステムは、いつだって不明瞭な応答だ。いっそ、自分自身を完全にフォーマットしてまっさらな状態になれば、彼らに応えることができるかもしれない。

 どっちつかずの中途半端な相手に一喜一憂するのは、元の世界も今の世界も同じだろう。いつまでもこのままでいるわけにはいかないんだろうとは思うし、いつかは受け入れて彼らの心に深く大きな傷がつく。

(あれ? 今の私って、なんか上から目線じゃない? こんなの、昼間のあの女の人たちと一緒じゃん。それに、しなければならないなんて、まるで義務みたい……こんなの、おかしいわ。でも、もしかしたら、気持ちがなくても、嘘でも受け入れるって言ったら、彼らは幸せなのかしら?)

 システムの答えは、またも不明瞭。そうでもあるし、そうでもない。そんな答えなら、私にだってできる。

「あーぁ。いっそ、システムが未来を予測した答えに従うのがベストなのかも、なんてね。メンデレーエフ先生が考案した元素記号の図でも不完全だった。こっちの世界でも、不明の元素があるって言ってたから無理よねー」

 異世界の最新のシステムですら、バグがある。自然界の物理や数学的な証明が出来ていないのだ。うつろいやすく嘘をつく人の心や予測演算は不可能なのだろうなとため息をついた。

 そんなこんなで、ふたりの強い決意のこもった想いに甘えて、どうしても踏み出せない、ある意味誠意のないデートを繰り返して半年ほど経った。

「ンダァ、ク、ーレア」
「ジスペケ様、その調子ですクー、レィ、アァですよ」
「キユ、レィアル。難しいな」

 最近、ふたりは私の元の名前の練習をしているようだ。一歩はやくクレアと、若干フランス風に聞こえるけれど呼べたのはホカイさんだった。彼が大柄なペケさんに、優しく根気よく教えている様子はなんだか面白い。

 日本だったなら、彼らはライバルのはずなのに、なんか仲の良い親友とか兄弟みたいだ。この場合、お兄さんがホカイさんかな。
 少しの申し訳なさと、自分にとって幸せすぎる日々を過ごしていくうちに、彼らがいる日常が当たり前になった。穏やかで、心許せる人と一緒にいられる今が、ずっとひとりで夢みていた願いが叶ったような、そんな何でも許せるような、くすぐったい幸せ。

 ベッドに横になりハンカチを広げて、進歩のない堂々めぐりな考えをするのがすっかりクセになった。目を閉じて、ふたりのいろんな姿が頭に浮かぶ。

 だが、この夜はいつもと違った。いつものように、目が覚めたら朝なのかと思いきや、目の前に見覚えのある賑やかな美人がいたのである。


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