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美魔女軍団の激怒りの顔は、まるでミュージカル西の魔女や、オペラの魔笛のお母様のようだ。綺麗だからこそ、とんでもなく恐ろしいほどの怒りの美がそこにはあった。
でも、全然怖くない。これでも護身術を習っていた。ひとりめの手を流して関節を決めようとした時、彼女たちは静かに地に倒れた。
「あらら。皆倒れちゃった。なんで?」
「ここで争うなど、愚かですね。王宮では、例外を除いて、システムによって全ての攻撃は無効化されますから」
獣人同士の喧嘩やトラブルは神様の意思に背く。例外として、職務の範疇や、番への侮辱や暴力を退けるためのものが許されるグレーぎりぎりの行為なのだという。王宮のセキュリティシステムが働き、体の力を奪う無味無臭のガスが彼女たちに向かって発射されたらしい。人体に悪影響はなく、至近距離の私たちがそのガスを体内に取り入れることはない。全然気づかなかった。
「だから、ふたりとも、払いのけることができるはずなのに、大人しかったんだね。彼女たちを無理にどうにかしようとして下手をすると、ふたりにガスが発射されるってわけね」
かかってこいやーと、勢いよく迎え撃つ気ではいた。だけど、やはりある程度のストレスがかかっていたのか、彼女たちがもう向かってこないと知ってホッと胸をなでおろす。そんな私の手を、左右からふたりが優しく握ってきた。
「俺たちにとって、大切な人はあなただけです。キタ以外は受け入れるはずがありません。相手がオスなら強引な手も出しましたが、メスは、メスという存在というだけで貴重なんです。彼女たちは、ある程度の無礼は許されますからね。ただ、何をしてもいいというわけでもないんです。彼女たちは、キタに対しては明らかにその範疇を越えていました」
「私が、そうなるように煽ったんだけどな。余裕で反撃できるし」
私は力こぶを作って、万が一危害を加えられそうになっても、護身術を習っていたから大丈夫だとふたりに説明した。だけど、ふたりの反応は微妙だった。この世界には護身術やそれに類似したものはないのかもしれないと、護身術について説明しようとしたが止められた。
「キタ、護身術というものがなんなのかはわからないが、あんな風にこの世界のメスたちを挑発するのはよくない。彼女たちは、単なる貴族のご婦人たちではないんだ。本性になれば、人間という非力な種であるあなたは、彼女たちに一瞬でやられる。万が一生き延びることができたとしても、彼女たちの夫たちが、自分のメスを傷つけたあなたを許しはしないだろう。そうなれば、ハレム同士の戦いになりかねない。負けはしないが」
「え? そうなの?」
どこからどうみても、お上品な女性たちだ。そんな彼女たちが、私よりも強いだなんて信じられない。しかも、女同士の争いにとどまらず、大規模な戦いになるとかとんでもないことになるところだったと震えた。
「とはいっても、この世界では神様が戦いを禁止されているから、戦いになる前にシステムが働いて、双方ともに頭が冷えるまで特別な空間に移動させられる。そこで、反省することになるんだ。この世界の獣人たちは、本来の気質が強いとはいえ、神様のルールには逆らわないから反省がすめば何事もなかったかのようになる。さっきのメスたちの中にも、相当いがみあった経緯のあるハレム同士のものもいるからな」
「喧嘩両成敗、あと腐れなしって感じなのかな?」
「そんな感じですね。どうしても好戦的で修復不可能だとシステムが判断すれば、トラブルのもとになるオスもメスも、遠い地で過ごすことになります」
「流刑はあるんだ」
「刑罰というよりも、ハレムを引き離すというものだな。住み慣れた土地から遠く離れても、住みやすい場所になるから」
ふんふんと、また知らない異世界の常識に触れたことに関心していると、ふたりから、握られた手にキスをされた。
「ひゃぁ。ななな、なに?」
突然のそれに、私は顔を真っ赤にして叫んだ。こんなこと、産まれて初めてでどうしていいかわからずドギマギする。
「他のメスを、俺たちにあれ以上近づけさせないように、追い払ってくれてありがとうございます」
「それは、ふたりが困っていたから……。それに、あの人たちの態度にムカついたのもあるし」
そう、ふたりとも嫌がって困っていた。だから、なんとかしてあげようと思っていただけ。ムカついたのも、彼女たちが上から目線の何様だったから。
「私たちのために、自らの危険を顧みなかったんだろう? メスがオスのために矢面に立つなどないから、とても嬉しかった」
「いや、だから。あの時は勝てるって思ってたし……余計なことだったみたいだけど」
マジ困った。気の強い女はごめんだと日本ではフラれそうなシチュなのに、ますますふたりは私に夢中になったかのように、はにかんで潤んだ瞳を向けてくる。しかも、映画のように手にチュッ付きで。
どうしようと困惑しつつも、胸が苦しいほどにドキドキする。とにかく、ふたりとも無事だったし、今日のところはこれでいいかと、彼らの笑みに、私も微笑み返した。
でも、全然怖くない。これでも護身術を習っていた。ひとりめの手を流して関節を決めようとした時、彼女たちは静かに地に倒れた。
「あらら。皆倒れちゃった。なんで?」
「ここで争うなど、愚かですね。王宮では、例外を除いて、システムによって全ての攻撃は無効化されますから」
獣人同士の喧嘩やトラブルは神様の意思に背く。例外として、職務の範疇や、番への侮辱や暴力を退けるためのものが許されるグレーぎりぎりの行為なのだという。王宮のセキュリティシステムが働き、体の力を奪う無味無臭のガスが彼女たちに向かって発射されたらしい。人体に悪影響はなく、至近距離の私たちがそのガスを体内に取り入れることはない。全然気づかなかった。
「だから、ふたりとも、払いのけることができるはずなのに、大人しかったんだね。彼女たちを無理にどうにかしようとして下手をすると、ふたりにガスが発射されるってわけね」
かかってこいやーと、勢いよく迎え撃つ気ではいた。だけど、やはりある程度のストレスがかかっていたのか、彼女たちがもう向かってこないと知ってホッと胸をなでおろす。そんな私の手を、左右からふたりが優しく握ってきた。
「俺たちにとって、大切な人はあなただけです。キタ以外は受け入れるはずがありません。相手がオスなら強引な手も出しましたが、メスは、メスという存在というだけで貴重なんです。彼女たちは、ある程度の無礼は許されますからね。ただ、何をしてもいいというわけでもないんです。彼女たちは、キタに対しては明らかにその範疇を越えていました」
「私が、そうなるように煽ったんだけどな。余裕で反撃できるし」
私は力こぶを作って、万が一危害を加えられそうになっても、護身術を習っていたから大丈夫だとふたりに説明した。だけど、ふたりの反応は微妙だった。この世界には護身術やそれに類似したものはないのかもしれないと、護身術について説明しようとしたが止められた。
「キタ、護身術というものがなんなのかはわからないが、あんな風にこの世界のメスたちを挑発するのはよくない。彼女たちは、単なる貴族のご婦人たちではないんだ。本性になれば、人間という非力な種であるあなたは、彼女たちに一瞬でやられる。万が一生き延びることができたとしても、彼女たちの夫たちが、自分のメスを傷つけたあなたを許しはしないだろう。そうなれば、ハレム同士の戦いになりかねない。負けはしないが」
「え? そうなの?」
どこからどうみても、お上品な女性たちだ。そんな彼女たちが、私よりも強いだなんて信じられない。しかも、女同士の争いにとどまらず、大規模な戦いになるとかとんでもないことになるところだったと震えた。
「とはいっても、この世界では神様が戦いを禁止されているから、戦いになる前にシステムが働いて、双方ともに頭が冷えるまで特別な空間に移動させられる。そこで、反省することになるんだ。この世界の獣人たちは、本来の気質が強いとはいえ、神様のルールには逆らわないから反省がすめば何事もなかったかのようになる。さっきのメスたちの中にも、相当いがみあった経緯のあるハレム同士のものもいるからな」
「喧嘩両成敗、あと腐れなしって感じなのかな?」
「そんな感じですね。どうしても好戦的で修復不可能だとシステムが判断すれば、トラブルのもとになるオスもメスも、遠い地で過ごすことになります」
「流刑はあるんだ」
「刑罰というよりも、ハレムを引き離すというものだな。住み慣れた土地から遠く離れても、住みやすい場所になるから」
ふんふんと、また知らない異世界の常識に触れたことに関心していると、ふたりから、握られた手にキスをされた。
「ひゃぁ。ななな、なに?」
突然のそれに、私は顔を真っ赤にして叫んだ。こんなこと、産まれて初めてでどうしていいかわからずドギマギする。
「他のメスを、俺たちにあれ以上近づけさせないように、追い払ってくれてありがとうございます」
「それは、ふたりが困っていたから……。それに、あの人たちの態度にムカついたのもあるし」
そう、ふたりとも嫌がって困っていた。だから、なんとかしてあげようと思っていただけ。ムカついたのも、彼女たちが上から目線の何様だったから。
「私たちのために、自らの危険を顧みなかったんだろう? メスがオスのために矢面に立つなどないから、とても嬉しかった」
「いや、だから。あの時は勝てるって思ってたし……余計なことだったみたいだけど」
マジ困った。気の強い女はごめんだと日本ではフラれそうなシチュなのに、ますますふたりは私に夢中になったかのように、はにかんで潤んだ瞳を向けてくる。しかも、映画のように手にチュッ付きで。
どうしようと困惑しつつも、胸が苦しいほどにドキドキする。とにかく、ふたりとも無事だったし、今日のところはこれでいいかと、彼らの笑みに、私も微笑み返した。
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