上 下
37 / 43

10 近寄らないでくださる?

しおりを挟む
 今回来たのは、王宮にある一角だ。この間のように、というよりも昨日の「いかにも」なバラではなく、クチナシが咲いている。夜でもないのに、その場所は甘くて強い香りに包まれていた。

「キタ!」

 その場所には、やはりというか当たり前というか。ちびっこ王子殿下がいた。私を見つけるやいなや、ぴょーんと飛びついてくる。

「まっておったぞー! あのな、予がツバメをみせてやると、みながよろこんでな。でな、カエルやドラゴンをみせると、いつも予にべんきょーしろだのうるさくいってくるじじぃどもが、まるで予よりも、ちいさなこどものようにはしゃいでのぉ……」
「殿下、それは楽しいひと時でしたね」
「キタのおかげじゃー。して、きょうは? はやくみせてくれー!」

 満面の笑顔で、昨日の様子を私に話す彼は、見た目年齢相応のやんちゃ坊主だ。これで、私よりも遥かに年上だとは到底思えない。
 私は、斜め上に飛ばすと宙がえりする紙飛行機を渡した。それを見て、目をキラキラ輝かせて喜ぶ彼はとてもかわいらしい。王様と王妃様は、公務でここには来られないが、この様子を見れば微笑んだことだろう。

「殿下、そろそろ」
「なんだ、おじうえ。まだよいではないか」

 だだっこのように、私にへばりついて離れない。そんな小さな王子様に、ペケさんは笑っているがその目はイライラして怒っている。甥っ子で王子様じゃなかったら、首根っこを掴まれてぴょーんと飛ばされるかもしれない。

「殿下、また来させていただきます。次の折り紙を楽しみに待っていてくださいませ」
「むぅ。キタがそういうのなら、しょうがない。このかみひこーきを、じじぃどもにみせびらかしてくるとするか」

 小さな嵐のような彼がこの場から去る。残っているのは、私とペケさんとホカイさんだけ。でも、不思議と心が和んでいた。彼のおかげで、リラックスできたのかもしれない。

「ペケさん、こちらが当店オリジナルのレモンパイといちごのパイでございます」
「そうか。ホカイ、手ごねスイーツは、義姉上たちがとても気に入っていてな。私も美味いと思うぞ」
「ありがとうございます」

 例のマナー講師の件は、ホカイさんが早々にペケさんに断ってくれた。それを聞き、ペケさんも私を無用なオスには合わせたくなかったと、笑って依頼の拒否を了承してくれた。

 三人で、円卓に座る。ホカイさん特性のパイを頬張っていると、最初は均等に備え付けられていた椅子ごと、彼らが私に近づいてきた。ほんの15分ほどで、右にペケさん、左にホカイさんに挟まれていた。

 両手に華だーなんて、気軽には喜べない。

「あの、ふたりとも……?」

 ふたりの想いを聞いた昨日の今日で、日本で元夫から離婚を言い渡されて追い出されてから、異世界にやってきて一年経っていないのだ。
 いくらタイプの違うイケメンたちであっても、あっちがダメなら、今度はこっち、しかもふたりとなんて切り替えができるだろうか。いや、日本にも若干名はいたのかもしれないけど、私には無理。こんなこと、日本では一生味わえないのだから、喜んだ方がお得なのかもしれないのだけれども。

 おずおず、察してよーと困った顔をすると、ふたりは、はっとして少し離れてくれた。彼らとしても、無理やり私とどうこうしようとするタイプではないことが救いだ。でも、無意識に私に近づいてきてしまうようだ。

 彼らのことは嫌いではない。かといって、スイッチをオンオフして、ボタン一つで再起動するように、即座に恋やら愛やらそういった好きという感情にもなれない。強制的にそんな気持ちになれるのなら、これほど苦労はしないだろう。

 途端に、微妙な空気になる。どうしたもんかなーと考えていると、ガヤガヤと黄色い声が聞こえだした。

「まあ、ジスペケ様じゃありませんこと?」
「ふふふ、ジスペケ様のご活躍はまだまだ人々が熱狂しておりますわね。うちの父たちも、あなたをわたくしのハレムに迎え入れなさいとうるさくて」
「まあ、抜け駆けは良くなくてよ? わたくしのハレムなら、今よりももっと大きな権限が与えられますわ。ぜひ、我が国にいらして?」

 きれいに着飾った、いかにも上流階級の美人たちが、ペケさんの周囲にやってきた。どうやら、ペケさんは思った以上にモテるらしい。綺麗に整えられた爪先が、ペケさんの服やマントにかかると、彼がとても迷惑そうにした。でも、部下の騎士たちと同じような対応は取れないらしく、やんわりとそれを避けるばかり。いくらペケさんがはっきり断らないにしても、図々しすぎて、ちょっとムカっときた。
 彼女たちがつけている薔薇の香りがきつすぎて、トイレの芳香剤を思い出す。庭に香るクチナシとの相性も最悪だと思った。

「ホカイもいるじゃない。あなた、どうしてここに?」
「……お久しぶりです」
「久しぶりね。あれからずいぶん経ったけど、いい男になったじゃない。あなた、とても有名なスイーツ職人になったそうね。今のあなたなら、私のハレムにふさわしいわ。そろそろ私のハレムに正式に入りなさいよ」

 もしかして、ホカイさんが前にいた群れの女性だろうか。ホカイさんははっきり言わないけれど、その時に、この人に酷いことをされたから、若いころに群れから離れてしなくていい苦労をしたんだと思う。彼が著名人になってお金と名声をたくさん得たから、こんな風に上目線で~でいいとか言うなんて。
 そもそも彼女はホカイさんよりも10は上じゃないかな。美魔女といえば美魔女で、年の差なんてあまり関係ない世界とはいえ、これはいくらなんでもおばちゃんと青年だ。ホカイさんが彼女に心酔しているのならともかく、普段穏やかな笑みを浮かべている彼が、物凄く嫌そうに顔をしかめている。

「あーら。あなた、今を時めく異世界の平民じゃありませんこと?」
「ほんと。デリバリーでしたか。女性が働くなんて、わたくしにはとてもとても」
「あーら、皆さま、失礼でしてよ。ふふふ。それにしても、キタと言ったかしら? おふたりとはどういったご関係なのかしら?」
「空気を読むこともなさらないのかしらねぇ。流石異世界の人間。ねぇ、おふたりには近づかないでくださる?」

 ペケさんとホカイさんが、あからさまに嫌そうにしているからか、彼女たちのプライドが傷ついたみたい。でも、彼らに攻撃の矛先を向けるには、ふたりの地位が高すぎる。ペケさんは言うまでもないけど、ホカイさんだって、その腕ひとつでのし上がった結果、世界各国の王族や貴族や大金持ちという彼のスイーツの根強いファンがいるのだから。

 しかも、ふたりの側には地味な日本人の私。古今東西、世界が違えど女の敵は女というものなのだろうか。矛先が私に向いた。

 さてさて、ここまでコケにされては、私個人だけでなく、私を雇っているホカイさんや、私を呼んだペケさんたちの顔に泥を塗るようなものだ。売られた喧嘩だ。買って三倍返しにしてやろうと立ち上がった。

「ふふ、皆さまご機嫌よう。私の自己紹介は、しなくてもよさそうですわね? ところで、あなたがたはどちらのどなたなのかしらぁ? 私、この世界に来てから、田舎とかに行ったことがなくて。皆様の家は、マップに載ってらっしゃいます?」

 私の反抗的な態度や、田舎者と馬鹿にした口調に、彼女たちは一斉に怒り出した。甲高い声で非難轟々されるものの、ちっとも怖くない。彼女たちとはくらべものにならないほど怖い人が、ここにいるのだから。

「あらあら、皆さま、お顔がかなりひどいことになって、厚い化粧がはがれかかってますわよ? おっしゃりたいことは理解しましたが、果たして招かざる客は、どちらなのでしょうかね。お・ば・さ・ま・が・た?」

 ダメ押しとばかりに、最後に言われたらムカつくランキングトップ5にある言葉を入れてみた。おばちゃんにおばちゃん呼ばわりされることほどムカつくことはないって日本のお局様が言っていたのを参考にしてみたのだが、効果は抜群だったようだ。

 わかりやすい煽り文句に、さっき以上に怒り出した彼女たちは、ペケさんやホカイさんがいることを忘れて、私に手を伸ばしてきたのである。

 
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...