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エピソード0-5
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ホカイさんは、本当に優しくてイイ人だ。なんだかんだで、あの時死んじゃうところを助けてくれたし、こうして滅茶苦茶いい人に私を頼んでくれていたのだから、結果的に5500円無銭飲食した神様には、「あざっしたー」と言うべきかもしれない。
渡したスマホは、データの転送が終わってもまだ使えるからと返してもらった。ただ、あと2日も持たないだろう。それまでに、保管したデータを見れるようにしたり、生活できるようにしなくてはならないと言われた。
「キタ、君が独り立ちするとしても、まずはここで生きていく方法を身に着けないとね。今のままでは、俺がいなければ一日も経たずに水分も摂れず倒れてしまう。君にチップを埋め込んでもらわないいけない」
「え、チップ? ですか? 監視とかそういうので?」
そういうのは罪人がつけられるもので、居場所を特定したりするためのものってことだろう。そのせいで、罪人は精神を病んでしまうような恐ろしいものだとか。
「え? 私、この世界だと不法侵入とか密入国とかそういう罪人扱いなんでしょうか? あの、チップとか埋め込まなくても、きちんと教えていただければルールを守りますから、そういうのはつけないでほしいんですけど……」
「罪人? そんなものではないよ。産まれてすぐに、歯と手首、そして耳の後ろに埋め込むくらい安全なアイテムです。さっきのスマホと違って、生体による電気信号さえキャッチできれば動き続けますし、入れ替えが必要になることも、滅多にありません。たしかに、居場所を感知するものも含まれているけど。あー、そう、これは玄関の鍵や、電気のスイッチのようなものです。これがないと、家に入れませんし、さっき飲んでもらった飲み物もこれで操作してだしたのですから。この世界は、機械を動かせないと生きていけません。悪用しようにも、できないようにセキュリティはしっかりしているので、怖がらないでください」
「……うう、ホカイさんがそういうのなら、そうします……」
デザインのタトゥーでもちょっと抵抗があるというのに、体内チップかぁと肩を落とす。でも、ホカイさんは私の保護者となってくれる人だ。この人を信じようと思った。でも、次の彼の説明にはびっくりして文句が出てしまう。
「チップを埋め込む際に、キタをどの立場で登録するかなんですが、既婚者として登録したほうがいいんですよ。このままだとまずいんです」
「え? 結婚してないとヤバいんですか? してない人もいるって言ってたじゃないですか」
「してないのは、オスだけでして。メス……女性は皆結婚して夫が複数人います。男女比が、えーと。だいたい10:1くらいですから。キタがフリーだとわかると、世界中からオスどもが狙いにきます。下手をすれば襲撃されて、誘拐されますので……。でも、夫がいれば、神様が決めた条約によって安全が保障されます」
「神様が決めた条約ですか?」
なんと、この世界は彼女が唯一絶対無二の存在だったようだ。日本なら捕まっちゃう無銭飲食女なのに。
(でもなぁ、結婚か。もう一度、男性と出会って色々あってデートしてって、リセットして最初からってことでしょう?)
正直、男とどうこうはもうメンドクサイ。思うところはまだあるし、アイツは向こうの世界で不幸になってやがれと思うけど、こっちの世界でまで男に振り回されるのはごめんだ。
でも、虎穴に入らずんば虎子を得ず。肉を切らせて骨を断つは、ちょっと違うか。
この世界では、彼女の決めたルールに守られているのなら、それを熟知しているホカイさんの言う通りにしたほうが絶対良いに決まってる。
「はい、この世界では神様が絶対なんです。あの方は、この世界を作ったときに、皆が幸せになれるようにと様々なルールを設けてくれました。おかげで、貧富の差はありますが、比較的平和に暮らしているんです。それで、ですね。君さえ嫌じゃなければ、俺を第一の夫、ツガイとして登録しませんか?」
「え? でも、それはホカイさんに悪いですよ。もしも、これから他の女性と出会ったら……。離婚とか簡単にできるんですか? ならいいですけど」
「離婚は、よっぽどの理由がなければ許されていません。あー、俺も色々あって、神様にはツガ……、結婚相手にもなれる人を連れてくるからって言われたんですけど、もともと結婚願望はなくてですね。書類上でよければ、俺を夫にしてもらえれば、独身として馬鹿にされたりしなくてすむので助かります。そもそも、神様があなたを連れてきてくれた理由は、俺が配達のプロが欲しいと言ったからなんですよ」
「配達のプロ、ですか?」
ホカイさんから、この世界のデリバリーの状況を聞いた。もうびっくりするどころではない。
(投げ飛ばすってなにー? え、配達先が間違ってもオッケー? は? ケーキが半分以上崩れてもかまわないの? は? 温度管理も適当で60度の中に果物や生クリームなどの製品を突っ込むって……)
そりゃ、ホカイさんが配達のプロを欲しがるはずだ。日本でそんな配達しようものなら、損害賠償ものだし速攻クビ案件だろう。
「そんな配達、ありえません。見た目も美味しいのがスイーツなのに。ドキドキして開けた時の、傷ひとつない商品を見た時の嬉しさも含めてお届けして、初めて完了になるんですよ。少し箱の角がへしゃげていたり、1ミリ傾いただけでクレームものですよ」
「箱の角や一ミリのずれ……。そこまで求めてませんけど、キタのいた場所では機械やシステムが発達していないのに、完璧な配達をしていたんですね」
「皆、そうでしたから。お客様の立場になることもあって、やっぱりきちんと届けてもらえたら嬉しいですもの。当たり前のことです」
私がそう言うと、ホカイさんは満面の笑顔で私を気に入ってくれたようだ。
「キタ。あなたこそ、俺が望んでいた人材です。来てくれてありがとうございます」
「あ、私、採用ですか?」
「面接ではなかったのですが、そうですね。こちらからお願いしたいくらいです。採用させていただきます」
「ふふふ、よろしくお願いいたします」
「はい、末永く、色々とよろしくお願いいたします」
その日のうちに、ホカイさんには申し訳ないけれど、彼を第一の夫として登録されたチップを入れてもらいに行った。
それから、私の異世界デリバリー生活が始まったのである。
渡したスマホは、データの転送が終わってもまだ使えるからと返してもらった。ただ、あと2日も持たないだろう。それまでに、保管したデータを見れるようにしたり、生活できるようにしなくてはならないと言われた。
「キタ、君が独り立ちするとしても、まずはここで生きていく方法を身に着けないとね。今のままでは、俺がいなければ一日も経たずに水分も摂れず倒れてしまう。君にチップを埋め込んでもらわないいけない」
「え、チップ? ですか? 監視とかそういうので?」
そういうのは罪人がつけられるもので、居場所を特定したりするためのものってことだろう。そのせいで、罪人は精神を病んでしまうような恐ろしいものだとか。
「え? 私、この世界だと不法侵入とか密入国とかそういう罪人扱いなんでしょうか? あの、チップとか埋め込まなくても、きちんと教えていただければルールを守りますから、そういうのはつけないでほしいんですけど……」
「罪人? そんなものではないよ。産まれてすぐに、歯と手首、そして耳の後ろに埋め込むくらい安全なアイテムです。さっきのスマホと違って、生体による電気信号さえキャッチできれば動き続けますし、入れ替えが必要になることも、滅多にありません。たしかに、居場所を感知するものも含まれているけど。あー、そう、これは玄関の鍵や、電気のスイッチのようなものです。これがないと、家に入れませんし、さっき飲んでもらった飲み物もこれで操作してだしたのですから。この世界は、機械を動かせないと生きていけません。悪用しようにも、できないようにセキュリティはしっかりしているので、怖がらないでください」
「……うう、ホカイさんがそういうのなら、そうします……」
デザインのタトゥーでもちょっと抵抗があるというのに、体内チップかぁと肩を落とす。でも、ホカイさんは私の保護者となってくれる人だ。この人を信じようと思った。でも、次の彼の説明にはびっくりして文句が出てしまう。
「チップを埋め込む際に、キタをどの立場で登録するかなんですが、既婚者として登録したほうがいいんですよ。このままだとまずいんです」
「え? 結婚してないとヤバいんですか? してない人もいるって言ってたじゃないですか」
「してないのは、オスだけでして。メス……女性は皆結婚して夫が複数人います。男女比が、えーと。だいたい10:1くらいですから。キタがフリーだとわかると、世界中からオスどもが狙いにきます。下手をすれば襲撃されて、誘拐されますので……。でも、夫がいれば、神様が決めた条約によって安全が保障されます」
「神様が決めた条約ですか?」
なんと、この世界は彼女が唯一絶対無二の存在だったようだ。日本なら捕まっちゃう無銭飲食女なのに。
(でもなぁ、結婚か。もう一度、男性と出会って色々あってデートしてって、リセットして最初からってことでしょう?)
正直、男とどうこうはもうメンドクサイ。思うところはまだあるし、アイツは向こうの世界で不幸になってやがれと思うけど、こっちの世界でまで男に振り回されるのはごめんだ。
でも、虎穴に入らずんば虎子を得ず。肉を切らせて骨を断つは、ちょっと違うか。
この世界では、彼女の決めたルールに守られているのなら、それを熟知しているホカイさんの言う通りにしたほうが絶対良いに決まってる。
「はい、この世界では神様が絶対なんです。あの方は、この世界を作ったときに、皆が幸せになれるようにと様々なルールを設けてくれました。おかげで、貧富の差はありますが、比較的平和に暮らしているんです。それで、ですね。君さえ嫌じゃなければ、俺を第一の夫、ツガイとして登録しませんか?」
「え? でも、それはホカイさんに悪いですよ。もしも、これから他の女性と出会ったら……。離婚とか簡単にできるんですか? ならいいですけど」
「離婚は、よっぽどの理由がなければ許されていません。あー、俺も色々あって、神様にはツガ……、結婚相手にもなれる人を連れてくるからって言われたんですけど、もともと結婚願望はなくてですね。書類上でよければ、俺を夫にしてもらえれば、独身として馬鹿にされたりしなくてすむので助かります。そもそも、神様があなたを連れてきてくれた理由は、俺が配達のプロが欲しいと言ったからなんですよ」
「配達のプロ、ですか?」
ホカイさんから、この世界のデリバリーの状況を聞いた。もうびっくりするどころではない。
(投げ飛ばすってなにー? え、配達先が間違ってもオッケー? は? ケーキが半分以上崩れてもかまわないの? は? 温度管理も適当で60度の中に果物や生クリームなどの製品を突っ込むって……)
そりゃ、ホカイさんが配達のプロを欲しがるはずだ。日本でそんな配達しようものなら、損害賠償ものだし速攻クビ案件だろう。
「そんな配達、ありえません。見た目も美味しいのがスイーツなのに。ドキドキして開けた時の、傷ひとつない商品を見た時の嬉しさも含めてお届けして、初めて完了になるんですよ。少し箱の角がへしゃげていたり、1ミリ傾いただけでクレームものですよ」
「箱の角や一ミリのずれ……。そこまで求めてませんけど、キタのいた場所では機械やシステムが発達していないのに、完璧な配達をしていたんですね」
「皆、そうでしたから。お客様の立場になることもあって、やっぱりきちんと届けてもらえたら嬉しいですもの。当たり前のことです」
私がそう言うと、ホカイさんは満面の笑顔で私を気に入ってくれたようだ。
「キタ。あなたこそ、俺が望んでいた人材です。来てくれてありがとうございます」
「あ、私、採用ですか?」
「面接ではなかったのですが、そうですね。こちらからお願いしたいくらいです。採用させていただきます」
「ふふふ、よろしくお願いいたします」
「はい、末永く、色々とよろしくお願いいたします」
その日のうちに、ホカイさんには申し訳ないけれど、彼を第一の夫として登録されたチップを入れてもらいに行った。
それから、私の異世界デリバリー生活が始まったのである。
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