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第三章
毛玉ちゃんは、よしよし中
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「ピィ……」
僕は、ガチャのアイテムを作り出す、実験というやつで失敗した名前のない毛玉だ。周囲に何か大きな人間というものがたくさんあって、僕の事を処分するには自我があるし困ったな、とかなんとか、色々言っていた。
そこにたまたま来ていた、ティーナという可愛い女の子が、僕を引き取ってくれる事になった。そのまま彼女の手に乗せられて、産まれた冷たくて狭いガラスケースの中から、今もこうして大きなおうちで過ごしている。
魔法は使えないけれど、体中から何本も手足のような触手が出るので、家事の苦手なご主人様の代わりに家事全般をこなしていた。
僕がここに来た頃は、週に一度、ハウスキーパーさんという人が来ていた。だけど、そいつはご主人様の大切にしているアクセサリーを、こっそり盗んでいた。僕は人語を操れない。だから。そいつが現行犯の時に、触手で体をがんじがらめにしてご主人様の所まで引きずっていった。
ご主人様は、お片付けも苦手だ。失ったアクセサリーたちは、自分がどこかに置いて見つからないだけだろうと思っていたらしい。『つい、出来心で……。初めてしてしまいました。娘が病気でどうしてもお金が必要だったんです。もうしませんから許してください』って言ったそいつ。その言葉を信じたご主人様は、退職金を渡して、契約終了とする事だけにすると話した。
そうはいくか。
このまま常習犯のこいつを野放しにしてなるものかと、僕がそいつの体をくすぐりの刑にして全て暴露させる事に成功した。そいつは、きちんと罪を償うために裁判で裁かれたのである。今はどうしているのか、僕は知らないけれど、罪を償ったら真面目に人生をやり直すってご主人様が言っていた。
そんな、詐欺にひっかかりやすいご主人様を守るのは、僕の役目だと思っていた。
「うう……、グスッ、グスッ……。ひぃっく……」
僕のご主人様は、いつも笑っている。今日は、朝からルンルン気分で、番とデートするっておしゃれしてどこかの国に行ったはず。なのに、すぐに戻って来ると、ベッドに飛び込んでとても悲しそうに泣き続けている。
去年もこんな風に、僕の心がきゅうって痛むほど悲しそうに泣いていた。
今日は、夕食もいらないって照れて笑いながら僕に言っていたけど、こんな風に家にいるのならごはんを食べるだろう。僕は、キッチンに行き、触手を使って料理を作った。
去年、泣いている時も、作っても食べなかった。今日も食べないかもしれない。
だけど、ご主人様は、僕たちのような実験で作られた生物じゃないから、栄養バランスの取れた食事をしなきゃ死んでしまうらしい。ご主人様がいなくなったら嫌だ。
ご主人様に何があったのかは僕は知らない。ご主人様を守りたいのに、ちっぽけな僕に出来る事は、家事をする事だけ。
少しでも食べてもらえるように、悲しみにくれるご主人様の大好物ばかりを用意した。
ライ麦パンに、ハムやチーズ、野菜を挟んだサンドイッチを、ホットサンドメーカーで、外はカリっと、中はふわっとほっかほかにする。その他にも、体が温まるサーモンスープに、ロールキャベツのトマト煮。トマトの酸味に、とろけるチーズを入れて完成。
冷めないうちに、ご主人様の所に持って行く。外はもう真っ暗になっているのに、ご主人様のお部屋には灯りがついていなかった。僕は魔法が使えないから、明るくすることができない。
暗闇の中、小さなテーブルに料理を置いたあと、ひとりぼっちで泣いているご主人様の所にぽむぽむ移動した。目を凝らすと、ご主人様は、相変わらず頭に顔を埋めて泣いているみたいだった。
「ぴぃ……」
僕は、触手を伸ばして、人がするように先を平べったく広げて頭を撫でた。
「ん……。毛玉ちゃん? グスッ」
「ぴ」
頭をよしよしすると、ご主人様は少しだけ顔を上げてくれた。その時に、ようやく真っ暗な事に気付いたみたい。
「心配かけてごめんね。もう真っ暗なんだね。すぐに灯りをつけるからね」
そう言うと、ご主人様が心地よい優しい魔力で灯りをつけてくれた。思った通り、目がぱんぱんに腫れあがっていて、お顔じゅうが真っ赤になっていた。おしゃれに化粧した顔が、ほんの少しだけ台無しになっている。見れば、枕にも、黒や赤がうつっていた。
「ぴ!」
僕は、ふかふかに乾かしたタオルでご主人様の顔を拭き、濡れて汚れた枕を、すぐに新しい枕に変えた。
「ありがと、毛玉ちゃん……うっ……」
拭いても拭いても目から溢れる涙が、少しでも早く止まるように、頭を撫でながら背中をぽんぽんして、目に優しくタオルを当てる。鼻から出る水もあるから、タオルがあっという間に濡れた。
「ぴぃ……」
僕は、さっきテーブルに置いたホットサンドイッチに、触手を伸ばした。崩れないように、そっとご主人様に差し出す。
「もう、晩御飯の時間? 毛玉ちゃん、ごめんね。美味しそうなんだけど、今日は何も食べたくないの……」
「ぴ」
食べなきゃ死んじゃう。僕の事も撫で始めたご主人様の口元に、ホットサンドイッチを持って行くと、困ったように一口だけ齧ってくれた。
「ぴぴ」
「毛玉ちゃんの作った料理は美味しいから、もうお腹いっぱい。私にあったかい料理を作ってくれて、ありがと、ありがとうね……グスッ」
もう一口食べて欲しかったけど、ご主人様は、僕を撫でながらうとうと眠り始めたようだ。僕は、ご主人様の体にシーツや毛布を掛け、一晩中よしよしし続けたのだった。
僕は、ガチャのアイテムを作り出す、実験というやつで失敗した名前のない毛玉だ。周囲に何か大きな人間というものがたくさんあって、僕の事を処分するには自我があるし困ったな、とかなんとか、色々言っていた。
そこにたまたま来ていた、ティーナという可愛い女の子が、僕を引き取ってくれる事になった。そのまま彼女の手に乗せられて、産まれた冷たくて狭いガラスケースの中から、今もこうして大きなおうちで過ごしている。
魔法は使えないけれど、体中から何本も手足のような触手が出るので、家事の苦手なご主人様の代わりに家事全般をこなしていた。
僕がここに来た頃は、週に一度、ハウスキーパーさんという人が来ていた。だけど、そいつはご主人様の大切にしているアクセサリーを、こっそり盗んでいた。僕は人語を操れない。だから。そいつが現行犯の時に、触手で体をがんじがらめにしてご主人様の所まで引きずっていった。
ご主人様は、お片付けも苦手だ。失ったアクセサリーたちは、自分がどこかに置いて見つからないだけだろうと思っていたらしい。『つい、出来心で……。初めてしてしまいました。娘が病気でどうしてもお金が必要だったんです。もうしませんから許してください』って言ったそいつ。その言葉を信じたご主人様は、退職金を渡して、契約終了とする事だけにすると話した。
そうはいくか。
このまま常習犯のこいつを野放しにしてなるものかと、僕がそいつの体をくすぐりの刑にして全て暴露させる事に成功した。そいつは、きちんと罪を償うために裁判で裁かれたのである。今はどうしているのか、僕は知らないけれど、罪を償ったら真面目に人生をやり直すってご主人様が言っていた。
そんな、詐欺にひっかかりやすいご主人様を守るのは、僕の役目だと思っていた。
「うう……、グスッ、グスッ……。ひぃっく……」
僕のご主人様は、いつも笑っている。今日は、朝からルンルン気分で、番とデートするっておしゃれしてどこかの国に行ったはず。なのに、すぐに戻って来ると、ベッドに飛び込んでとても悲しそうに泣き続けている。
去年もこんな風に、僕の心がきゅうって痛むほど悲しそうに泣いていた。
今日は、夕食もいらないって照れて笑いながら僕に言っていたけど、こんな風に家にいるのならごはんを食べるだろう。僕は、キッチンに行き、触手を使って料理を作った。
去年、泣いている時も、作っても食べなかった。今日も食べないかもしれない。
だけど、ご主人様は、僕たちのような実験で作られた生物じゃないから、栄養バランスの取れた食事をしなきゃ死んでしまうらしい。ご主人様がいなくなったら嫌だ。
ご主人様に何があったのかは僕は知らない。ご主人様を守りたいのに、ちっぽけな僕に出来る事は、家事をする事だけ。
少しでも食べてもらえるように、悲しみにくれるご主人様の大好物ばかりを用意した。
ライ麦パンに、ハムやチーズ、野菜を挟んだサンドイッチを、ホットサンドメーカーで、外はカリっと、中はふわっとほっかほかにする。その他にも、体が温まるサーモンスープに、ロールキャベツのトマト煮。トマトの酸味に、とろけるチーズを入れて完成。
冷めないうちに、ご主人様の所に持って行く。外はもう真っ暗になっているのに、ご主人様のお部屋には灯りがついていなかった。僕は魔法が使えないから、明るくすることができない。
暗闇の中、小さなテーブルに料理を置いたあと、ひとりぼっちで泣いているご主人様の所にぽむぽむ移動した。目を凝らすと、ご主人様は、相変わらず頭に顔を埋めて泣いているみたいだった。
「ぴぃ……」
僕は、触手を伸ばして、人がするように先を平べったく広げて頭を撫でた。
「ん……。毛玉ちゃん? グスッ」
「ぴ」
頭をよしよしすると、ご主人様は少しだけ顔を上げてくれた。その時に、ようやく真っ暗な事に気付いたみたい。
「心配かけてごめんね。もう真っ暗なんだね。すぐに灯りをつけるからね」
そう言うと、ご主人様が心地よい優しい魔力で灯りをつけてくれた。思った通り、目がぱんぱんに腫れあがっていて、お顔じゅうが真っ赤になっていた。おしゃれに化粧した顔が、ほんの少しだけ台無しになっている。見れば、枕にも、黒や赤がうつっていた。
「ぴ!」
僕は、ふかふかに乾かしたタオルでご主人様の顔を拭き、濡れて汚れた枕を、すぐに新しい枕に変えた。
「ありがと、毛玉ちゃん……うっ……」
拭いても拭いても目から溢れる涙が、少しでも早く止まるように、頭を撫でながら背中をぽんぽんして、目に優しくタオルを当てる。鼻から出る水もあるから、タオルがあっという間に濡れた。
「ぴぃ……」
僕は、さっきテーブルに置いたホットサンドイッチに、触手を伸ばした。崩れないように、そっとご主人様に差し出す。
「もう、晩御飯の時間? 毛玉ちゃん、ごめんね。美味しそうなんだけど、今日は何も食べたくないの……」
「ぴ」
食べなきゃ死んじゃう。僕の事も撫で始めたご主人様の口元に、ホットサンドイッチを持って行くと、困ったように一口だけ齧ってくれた。
「ぴぴ」
「毛玉ちゃんの作った料理は美味しいから、もうお腹いっぱい。私にあったかい料理を作ってくれて、ありがと、ありがとうね……グスッ」
もう一口食べて欲しかったけど、ご主人様は、僕を撫でながらうとうと眠り始めたようだ。僕は、ご主人様の体にシーツや毛布を掛け、一晩中よしよしし続けたのだった。
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