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第二章
優しい人の大きな手
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昨日、ライナさんと一緒に足湯に浸かっていた事は、途中まで覚えている。少し酔ったライナさんから何か悲しい話を聞いた気がするけれど、記憶がまばらでほとんど覚えていない。忘れてはならない大切なお話だったらどうしようと焦った。
「おはようございます」
私は酔っぱらうと笑い上戸になって、人に絡んでふざけるらしい。職場の先輩が、ホットワイン一杯で記憶を失くした私に、とても楽しかったって笑っていたから、ライナさんにも失礼な事をしていないと信じたい。
それ以来、お酒は体に合わないから、飲んでもひとくちふたくちでやめていたのに、番に出会って即、夢が破れてしまった事が辛くて、おいしい果実酒をぐいぐい飲んだのがまずかった。
二日酔いで少し気だるいけれど、起きてきたライナさんにどう対応していいかわからず、普段通りを装って挨拶してみた。
「あ、ああ。お、おはよう、ティーナちゃん」
明らかにライナさんの様子が変。ぎこちないし、私と視線を合わさないようにしている。絶対に何かまずいしてしまったんだと思う。
一体、私ってば何をやらかしたのー?
嫌われちゃっていたらどうしようと思うと、何をしたのか聞くのも怖くて聞けない。
「あの、ライナさん。ごめんなさい……。私、お酒を飲むと記憶がなくなってしまって、失礼な事を……」
「いや、ティーナちゃんが謝るような事は何もしていないからそんな風に謝らないで。でも、俺以外の前ではお酒は控えたほうがいいね。ごめん、俺がきちんとセーブしてあげればよかったね」
取り敢えず頭を下げて誠心誠意謝罪した。ライナさんは怒ってはなさそうでほっとする。私がどんな風にしても、ライナさんはこうやって穏やかに対応してくれるのが嬉しい。
とても素敵で、側にいるととっても心が落ち着く人なのに、恋人の存在がいまだにないのが不思議だった。
「はい、もう飲みません。あのですね、いつもはあんなに飲んでいないんです。その、昨日は、ちょっと色々あって……」
とはいえ、ライナさんが不快に感じているっぽいし、言い訳にならないけど事情を伝えようとした。だけど、その事情を伝えたところでなんになるというのだろう。余計にライナさんに負担をかけてしまわないだろうか。
そう思ったら、それ以上言葉が出なくて口をつぐんだ。
「ティーナちゃん、何か辛い事があったんだね。俺でよかったら、いつでも相談に乗るよ。重たくなった心を打ち明けるだけでも軽くなるから」
「ライナさん……」
「それに、ティーナちゃんがお酒を飲みだした切っ掛けは俺にあるんだ。だから、忘れて貰ってちょうど良かったよ」
「……ありがとうございます」
私があんまり気にしないようにフォローまで入れてくれるとか、どこまで優しい人なんだろう。傷がついたまま、壊れそうなほど辛い心が、温かい思いやりに触れて癒されていくような気がした。
ああ、心が弱った時の思いやりってどうしてこんなにも心を打つんだろう。優しくされればされるほど、瞼が熱くなって目が潤んでしまう。
トナカイくんたちといい、ライナさんといい、私には素晴らしいお友達がいる。いつまでもくよくよしていたって仕方がない。
こんな風にションボリしていたら、ライナさんが心配してしまう。あまり家に帰りたくなくて、かといって寮に戻っても勘の鋭い先輩たちに気付かれるのもイヤだった。無理をいってここに来させてもらったのに、こんな事ではせっかく忙しい中快く滞在を許可してくれたライナさんの心遣いに砂をかけるようなものだ。
気持ちの切り替えが、こんな一日二日で完全に出来る自信はないけれど、ここにいる間、せめてライナさんの側では笑って過ごせたらと思った。
朝食は、昨日酔っぱらった私のためだろうか、消化の良さそうなものが並んでいた。あっさり味の熱々リゾットに、シジミのスープ、トマトとブロッコリーのサラダとグレープフルーツのはみちつがけが並んでいた。ライナさんはほとんど酔っていなかったから、私のメニューに加えてベーゴンエッグなどを食べていた。
ライノおじさまは、取引先のバルブルダング国に出張中で、帰って来るのは年明けになるそう。番がいた国におじさまがいるとか、なんて皮肉なんだろう。
いけない。さっき番の事を考えずにライノさんに明るく接したいって思ったばかりなのに、ちょっとした事ですぐに彼の事を考えてしまった。
「ティーナちゃん、体が辛くなかったら、今日は少し遠い場所にある雪像を皆が作った観光名所に行こうか。今回は、実力派がグループで作ったとても大きなお城や、かわいい動物がたくさん作られているみたいだ。氷を削った美しいモニュメントもある。そうそう、ティーナちゃんが好きな露天風呂も会場の近くにあるよ」
「行ってみたいです! あ、でも。突然来させて頂いてお忙しいのに大丈夫なんですか?」
「はは、領地の事は毎日キリがないからね。まだまだ頼りないから義父がかなり手伝ってくれているし、ティーナちゃん優先だって厳命されている。それに、たまにはこうして俺が休まないと皆も働かなきゃいけないし、ティーナちゃんが来てくれるほうが皆が休めて喜ぶよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。とっても楽しみです」
「実は、この年にもなって俺も楽しみなんだ。一度も行った事がなくてね。ティーナちゃんが俺を連れて行ってくれたら嬉しい」
「あは、ライナさんったら」
最初のぎこちなさは、ライナさんのおかげですっかり成りをひそめた。私の転移魔法で移動するよりも、道中の景色などを楽しみながら行った方が楽しいからって、領地を横断する列車に乗り込んだ。
列車の中はすごい人混みで、どうやら半分くらいの乗客の目的地は私たちの行くイベントのようだ。
ライナさんが頼んでくれた個室は、急な病気で利用できなかったカップルが予約していたところらしい。平民が利用するところだから、内装は硬い椅子に、窓も小さく向かい側に座ると膝がくっつき合う。
「ごめんね、窮屈だろう?」
「大丈夫ですよ。あの、ライナさん。良かったら隣に座りませんか?」
私が座るほうが進行方向が見えて素晴らしい景色が堪能できる。それに、向かい合わせよりも隣に座るほうが、ライナさんが足を広げて伸ばせる。
端に体を寄せて、空いた場所をポンポン叩くと、笑いながらライナさんが隣に来た。それからは、珍しい木や、湯気が出ている川、雪の中にいる兎の姿を見て楽しいひと時を過ごした。
少しおしりが痛くなったけれど、無事にイベント会場に到着した。駅のホームは、物凄い人混みで前を行くのも苦労しそうなほど。
「ティーナちゃん、こっち」
ライナさんが私の手を握り、すっすとその人並みをかき分けて進む。彼と繋ぐ手がとても熱い。少し前を歩くライナさんを見上げると、寒いからか耳のあたりが赤くなっていた。追い抜く人、すれ違う人とほとんど接触せず駅から脱出する事が出来た。
「わぁ……!」
イベント会場は、駅から出るとすぐ見えた。大きな城の雪像の鋸壁がここからでも見える。2キロほど、道の左右に並ぶ露店を眺めながら移動するとあっという間にたどり着いた。
「ティーナちゃん、はぐれるから側にいて」
「あ、はい」
楽しみにしていた場所に来た事で、早くメインの城を見たくて一瞬ライナさんの大きな手を離した。すると、ライナさんに、今度は一本一本指を絡めるようにしっかり握られる。
「……!」
「ほら、いくよ」
なんだか、お兄様のように思っていた彼が、突然男の人のように思えて頬が熱くなった。私を振り返り、いつものように優しく微笑んで名前を呼ばれると、胸がどきりと大きく跳ねあがる。
見事な巨大な雪像も、可愛らしい雪の動物も、美しい透明の氷でできた人魚の像も、ライナさんと繋ぐ手から生じるドギマギとした気持ちを上回る事がなかったのであった。
「おはようございます」
私は酔っぱらうと笑い上戸になって、人に絡んでふざけるらしい。職場の先輩が、ホットワイン一杯で記憶を失くした私に、とても楽しかったって笑っていたから、ライナさんにも失礼な事をしていないと信じたい。
それ以来、お酒は体に合わないから、飲んでもひとくちふたくちでやめていたのに、番に出会って即、夢が破れてしまった事が辛くて、おいしい果実酒をぐいぐい飲んだのがまずかった。
二日酔いで少し気だるいけれど、起きてきたライナさんにどう対応していいかわからず、普段通りを装って挨拶してみた。
「あ、ああ。お、おはよう、ティーナちゃん」
明らかにライナさんの様子が変。ぎこちないし、私と視線を合わさないようにしている。絶対に何かまずいしてしまったんだと思う。
一体、私ってば何をやらかしたのー?
嫌われちゃっていたらどうしようと思うと、何をしたのか聞くのも怖くて聞けない。
「あの、ライナさん。ごめんなさい……。私、お酒を飲むと記憶がなくなってしまって、失礼な事を……」
「いや、ティーナちゃんが謝るような事は何もしていないからそんな風に謝らないで。でも、俺以外の前ではお酒は控えたほうがいいね。ごめん、俺がきちんとセーブしてあげればよかったね」
取り敢えず頭を下げて誠心誠意謝罪した。ライナさんは怒ってはなさそうでほっとする。私がどんな風にしても、ライナさんはこうやって穏やかに対応してくれるのが嬉しい。
とても素敵で、側にいるととっても心が落ち着く人なのに、恋人の存在がいまだにないのが不思議だった。
「はい、もう飲みません。あのですね、いつもはあんなに飲んでいないんです。その、昨日は、ちょっと色々あって……」
とはいえ、ライナさんが不快に感じているっぽいし、言い訳にならないけど事情を伝えようとした。だけど、その事情を伝えたところでなんになるというのだろう。余計にライナさんに負担をかけてしまわないだろうか。
そう思ったら、それ以上言葉が出なくて口をつぐんだ。
「ティーナちゃん、何か辛い事があったんだね。俺でよかったら、いつでも相談に乗るよ。重たくなった心を打ち明けるだけでも軽くなるから」
「ライナさん……」
「それに、ティーナちゃんがお酒を飲みだした切っ掛けは俺にあるんだ。だから、忘れて貰ってちょうど良かったよ」
「……ありがとうございます」
私があんまり気にしないようにフォローまで入れてくれるとか、どこまで優しい人なんだろう。傷がついたまま、壊れそうなほど辛い心が、温かい思いやりに触れて癒されていくような気がした。
ああ、心が弱った時の思いやりってどうしてこんなにも心を打つんだろう。優しくされればされるほど、瞼が熱くなって目が潤んでしまう。
トナカイくんたちといい、ライナさんといい、私には素晴らしいお友達がいる。いつまでもくよくよしていたって仕方がない。
こんな風にションボリしていたら、ライナさんが心配してしまう。あまり家に帰りたくなくて、かといって寮に戻っても勘の鋭い先輩たちに気付かれるのもイヤだった。無理をいってここに来させてもらったのに、こんな事ではせっかく忙しい中快く滞在を許可してくれたライナさんの心遣いに砂をかけるようなものだ。
気持ちの切り替えが、こんな一日二日で完全に出来る自信はないけれど、ここにいる間、せめてライナさんの側では笑って過ごせたらと思った。
朝食は、昨日酔っぱらった私のためだろうか、消化の良さそうなものが並んでいた。あっさり味の熱々リゾットに、シジミのスープ、トマトとブロッコリーのサラダとグレープフルーツのはみちつがけが並んでいた。ライナさんはほとんど酔っていなかったから、私のメニューに加えてベーゴンエッグなどを食べていた。
ライノおじさまは、取引先のバルブルダング国に出張中で、帰って来るのは年明けになるそう。番がいた国におじさまがいるとか、なんて皮肉なんだろう。
いけない。さっき番の事を考えずにライノさんに明るく接したいって思ったばかりなのに、ちょっとした事ですぐに彼の事を考えてしまった。
「ティーナちゃん、体が辛くなかったら、今日は少し遠い場所にある雪像を皆が作った観光名所に行こうか。今回は、実力派がグループで作ったとても大きなお城や、かわいい動物がたくさん作られているみたいだ。氷を削った美しいモニュメントもある。そうそう、ティーナちゃんが好きな露天風呂も会場の近くにあるよ」
「行ってみたいです! あ、でも。突然来させて頂いてお忙しいのに大丈夫なんですか?」
「はは、領地の事は毎日キリがないからね。まだまだ頼りないから義父がかなり手伝ってくれているし、ティーナちゃん優先だって厳命されている。それに、たまにはこうして俺が休まないと皆も働かなきゃいけないし、ティーナちゃんが来てくれるほうが皆が休めて喜ぶよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。とっても楽しみです」
「実は、この年にもなって俺も楽しみなんだ。一度も行った事がなくてね。ティーナちゃんが俺を連れて行ってくれたら嬉しい」
「あは、ライナさんったら」
最初のぎこちなさは、ライナさんのおかげですっかり成りをひそめた。私の転移魔法で移動するよりも、道中の景色などを楽しみながら行った方が楽しいからって、領地を横断する列車に乗り込んだ。
列車の中はすごい人混みで、どうやら半分くらいの乗客の目的地は私たちの行くイベントのようだ。
ライナさんが頼んでくれた個室は、急な病気で利用できなかったカップルが予約していたところらしい。平民が利用するところだから、内装は硬い椅子に、窓も小さく向かい側に座ると膝がくっつき合う。
「ごめんね、窮屈だろう?」
「大丈夫ですよ。あの、ライナさん。良かったら隣に座りませんか?」
私が座るほうが進行方向が見えて素晴らしい景色が堪能できる。それに、向かい合わせよりも隣に座るほうが、ライナさんが足を広げて伸ばせる。
端に体を寄せて、空いた場所をポンポン叩くと、笑いながらライナさんが隣に来た。それからは、珍しい木や、湯気が出ている川、雪の中にいる兎の姿を見て楽しいひと時を過ごした。
少しおしりが痛くなったけれど、無事にイベント会場に到着した。駅のホームは、物凄い人混みで前を行くのも苦労しそうなほど。
「ティーナちゃん、こっち」
ライナさんが私の手を握り、すっすとその人並みをかき分けて進む。彼と繋ぐ手がとても熱い。少し前を歩くライナさんを見上げると、寒いからか耳のあたりが赤くなっていた。追い抜く人、すれ違う人とほとんど接触せず駅から脱出する事が出来た。
「わぁ……!」
イベント会場は、駅から出るとすぐ見えた。大きな城の雪像の鋸壁がここからでも見える。2キロほど、道の左右に並ぶ露店を眺めながら移動するとあっという間にたどり着いた。
「ティーナちゃん、はぐれるから側にいて」
「あ、はい」
楽しみにしていた場所に来た事で、早くメインの城を見たくて一瞬ライナさんの大きな手を離した。すると、ライナさんに、今度は一本一本指を絡めるようにしっかり握られる。
「……!」
「ほら、いくよ」
なんだか、お兄様のように思っていた彼が、突然男の人のように思えて頬が熱くなった。私を振り返り、いつものように優しく微笑んで名前を呼ばれると、胸がどきりと大きく跳ねあがる。
見事な巨大な雪像も、可愛らしい雪の動物も、美しい透明の氷でできた人魚の像も、ライナさんと繋ぐ手から生じるドギマギとした気持ちを上回る事がなかったのであった。
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