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第一章

カルヤランピーラッカ

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 あっという間に、私は北の果てまでやってきた。予想以上の雪と寒さが到着したばかりの私を襲う。すぐにお母様から教えてもらっていた通り、〈体の周りがあったかくなりますよーに〉と呪文を唱えると快適温度になった。

 幸い天気は晴れていて、太陽の温もりが一気に凍えた体を温めた。風もないから、周囲にいる人々はそれほどモコモコに着込んでいない。恐らく、今日はこの国に住む人たちにしてみれば暖かくて過ごしやすい温度なのかもしれない。私は魔法がなくなったら、特に本性に戻った瞬間、仮死状態になるかそのまま天からお迎えがくるだろうけれど。

「えーと、あ、そうだ〈周りの人から普通くらいの容姿に見えるようにして〉。これでいいのかなー? 魔力がある程度ある人たちには無効だったから国では全く効果がなかったから自信がないや。でも、お母様が、この国には魔力を持たない人々が多いから大丈夫って言ってたから効果あるよね?」

 自分では全く分からないから、顔や体形はそのままに、他人に与える印象を変える魔法が上手くいっているかどうかは実際に現地の人の反応を見るしかない。

 この国ではたったひとりで過ごすのだ。今までのように助けてくれるお父様たちがいないのだ。変な人たちに付きまとわれてばかりの日常なんて送りたくない。

 とりあえず、近くに賑わいを見せる商店街があるみたいだからそちらに向かう。すると、あちこちの露店から色んなものを勧められた。

「お嬢ちゃん、かわいいね。ここら辺は初めてかい?」

「は、はい。あの、ここはどのあたりなのでしょうか?」

 どうやら、姿変えの魔法はうまくいっているみたい。初対面だと、女性でも私に見惚れる人が多いし、すれ違う男の人は大抵振り返って二度見三度見して頬を赤らめるんだけれど、周囲にそんな人は全くいなかった。
 私は、こんなにも普通の人のように対応される事が初めてで嬉しくなる。やっと人並みに静かな日常をこれからは送れるんだと思うとホッとした。

「なんだ、そんな事もわからず歩いているのかい? 近くにサンタクロース協会がある商店さ。迷子ならアタシがセンターに連れて行ってやるけど」

「あ、いえ。サンタクロース協会は知ってます。私、そこに向かいたかったんです」

 お母様が働いていて、お父様と運命の出会いを果たしたという場所。世界各国の不可侵の場所さえ自由に行き来できる特権を与えられるというサンタクロース。私は、そのシステムを利用しようと思っている。そうすれば、お父様のように無為無策に世界中を旅することなく、番に会えるチャンスが増えるに違いない。

「まさか、その若さでサンタクロース協会の職員になろうとしているのかい? まあ、事情はそれぞれあるんだろうけど、あんまりおすすめしないよ? 見たところ、いい所のお嬢さんなんだろうけど、家には帰らないのかい?」

「実は、私の家族もそこで働いていたんです。ですから、大変なお仕事だとは聞いているんですが……」

「そうかい……。家族まで働かなきゃいけないほど大変なんだねぇ。気の毒に……」

 すると、おばさんが眉をハノ字にして、さも可哀想な子供をみるように悲しそうな表情をした。これはかなり誤解されているようだから、慌てて否定する。

「あ、いえ。あの、お考えのような酷い状況とかじゃなくて、ですね」

「いいからいいから。無料サービスだからこれを食べてごらん。体があったまるよ。辛い事や悲しい気持も吹き飛ぶさ!」

 この、私の言い分を全く聞かない強引さは、国で言い寄って来た男の人みたい。だけど、善意100%の勘違いだからか、不快感はなかった。
 作りたてのカルヤランピーラッカを手渡された。アツアツの湯気といい香りが鼻腔をくすぐる。お父様がたくさん話してくれた食べ物はこれかと感動して、一口頂いた。
 香ばしいバターの芳醇な味わいがする所々コゲのついたライ麦のパンの中には、ミルク粥が入っていて、ほんのり甘くて美味しい。

 なんでだろ? 家で作ってもらった方が素材もなにもかも上等なはずのに、おばさんに貰ったカルヤランピーラッカのほうが美味しい気がする。

 最高の料理を頂いて、体だけでなく心もぽかぽかした。

「美味しい~。私、小さな頃からカルヤランピーラッカのお話を聞いていて、これを食べてみたかったんです」

「そうかい、そうかい。この辺りじゃあこれは名物のようなもんだから沢山店が出ているけれど、アタシの店のが一番美味しいんだ。たくさん食べて、頑張んな!」

「はい、ありがとうございます。また来ますね」

「はは、毎度あり! ミルク粥以外にも、ポテトやカニなどの海鮮のグラタンなんかもあるからまたおいで」

 いつか出会う番とここに来て、一緒にこれを食べたいという決意を新たに歩き出す。

 おばさんに教えてもらった通りに足を進めると、目的の建物が見えた。たくさんある建物は全部サンタクロース協会なのだろう。

「あ、あのぉ……」

「お嬢さん、サンタクロース協会に何の用ですかな?」

 アポイントもなにもせずいきなり来たから勝手がわからない。門の所にいるおじさんたちの内、優しそうなかっぷくのいい白いおひげのおじいさんに声をかけた。すると、おじいさんは目を細めてやんわり返事を返してくれてほっとする。

「あの……、私、サンタになりたくて……。どうしたらいいでしょうか?」

 せめて、就職したいと予め伝えておけば良かった。でも、この勢いのまま面接に行かないと、サンタになろうだなんてもう一度思ってもこんな風に大胆な行動はできないだろう。

「ん? あんたサンタ志望なのかい? やめときな! 絶対に考えているよりもきついぜ!」

 すると、声をかけなかった怖い感じのおじさんが横から大声でそう言ってきた。時々、粗野な男の人も国にはいたけれど、初対面でこんな風に不躾に大声を出されるのなんて初めてだ。怖くてびくっと体が震える。

「おいおい、小さな女の子を怖がらせてどうする。だがねお嬢さん、そいつの言っている事は本当なんだよ。か弱い女の子が務まる仕事じゃないんだ」

 私は、怖いおじさんから逃れられるように、優しいおじいさんの側に寄った。

「あー……、そんな今にも泣きそうな顔をして。すまん、ごめんよ、お嬢ちゃん。おいちゃんが悪かった。だけどよ、おいちゃん程度でそんな風になるお嬢ちゃんにはサンタは務まらねぇと思うがなぁ」

 すると、おじさんがばつが悪そうに頭に手をやって謝罪してくれたけれど、やっぱり怖い。更に助けを求めるように、おじいさんの袖をつかんだ。

「取り敢えず、面接希望者がいる事は伝えよう。お嬢さんなら面接したら即採用だろうけどね、いいかい、お嬢さん、辛いと思い始めたらすぐに辞めていいんだよ? あいつも悪気があって言ったわけじゃないんだ。それくらい、サンタの仕事は大変だからね」

「はい、ありがとうございます。おじさまも、ご忠告感謝します」

「よせやい、おじさまとか柄じゃねぇよ。お嬢ちゃん、何かあったらおいちゃんが助けてやるからいつでもここに来な!」

「はい、ありがとうございます」

 おじいさんにマップを渡され、矢印の通りに進む。本館と書かれた看板の入り口の鉄製の扉はすごく大きい。一体、何メートルあるのかわからないほどだ。

「ここが、お母様が働いていたサンタクロース協会……」

 ぽそりと呟くと、知らず知らず唾を飲み込んだ音がごくりと咽を鳴らした。

 緊張で震える手をそっと当てると、厚さが50センチはあろうかと思うほど大きくて重そうな鉄の扉が、スーっと音もなく開いたのであった。



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