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序章

パパっ子の気弱なハムチュターン

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「おとうしゃま、いつものおはなしきかせてくだしゃい」

「いいよ、何度でも話してあげる。どのあたりのお話が聞きたい?」

「んっとね、おとうしゃまとおかあしゃまの、うんめいのであい~」

「おれは、うみでであったきょうてきをコテンパンにやっつけたはなし!」

「ぼくは、ちちうえがピンチのははうえを、トーマスおじうえや、しろのきしたちをたおして、さっそうとたすけたはなし!」

 小さな頃、私はお父様の話すお母様との出会いや悲しい別れ、そして深い愛の物語を何度も聞かせて欲しいと強請った。お兄様たちは、お父様の戦いのお話が大好きで、どのお話をしてもらうのかいつも喧嘩していた。私は、一応希望は言うけれど、お兄様たちの迫力がすごくて強く言い出せなかった。

 でも、お父様はしょんぼり口を結んでいる私を抱っこして、私の意見をきちんと聞いてくれる。だから大好き。
 あぶれたお兄様たちはお母様のお膝の上に乗って甘えている。抱っこも順番こなんだけど、お兄様たちも、私がその時に乗りたいほうを譲ってくれるから大好き。
 お母様は、叱る時は怖いけれど、お兄様や私を絶対に守ってくれるし優しいから大好き。

 お母様のお話と少し違うところがあるけれど、お父様が誇らしげに、そして色あせない愛情いっぱいの記憶のまま話してくれる、番との大恋愛を成就させたお話のほうを聞きたかった。


「ダンったら、そうだったの? でも、おかしいわね。私の記憶では……」

「エミリアの記憶違いじゃないか?」

「うーん……。そうねぇ、そう、だったかしら? あの時は確か……」

「いやいや、エミリア。それは違う。あの時はね」

 お父様が想い出をうっとり話していると、お母様は時々怪訝な顔をして反論する。でも、結局はお母様がふっと微笑んでお父様のお話を私たちと一緒に聞き続けてくれたから、お父様のお話のほうが正しいみたい。


 尊敬するお父様は、国内で令嬢と結婚しようとせず、長年番を求めて旅を続けたらしい。世界中を探しても見つからず、何度も心が折れそうだったという。

「我々ハムチュターン族にとっては、北の国の気温はとても寒くて命取りだ。それでもね、番を求めて北の果てまで行った。体力も魔力もどんどん奪われ、どこを見ても雪しかみえない大雪原のど真ん中で、お父様は力尽きて倒れてしまったんだ」

 お父様はとても強い。とっても恰好いいし素敵だし体も鍛え上げている。魔法も使える、そんな偉大なお父様が倒れるなんて、どれほど過酷な国なんだろう。雪って見た事はないけれど、とっても恐ろしいと思った。

「おとうしゃま、たいへんたいへん。しっかりして」

「もう意識もなくなってしまって、そのまま天に還るのかと覚悟を決めていたんだ。だが、番とは気づかないながらもお母様が、お父様を広い大雪原の暗闇の中から小さなハムチュターンであるお父様を見つけてくれたんだ」

「おかあしゃま、すご~い」

「お父様が目を覚ますと、お母様はそれはそれはかわいがってくれたんだ。その時、お父様は魔力がすっからかんになって本性に戻っていてね。人化が出来なかったから人語を操れないのに、お母様はお父様をすごく大切にしてくれたんだよ」

「おかあしゃま、やさしい~」

「その日は、お風呂で冷えきった汚れた体を洗ってくれて(※体温はエミリアの魔法ですでに上がっているし、お風呂はハムスター扱いで洗っただけ)、一緒の布団で温めてくれたんだ(※粗末な段ボールにタオル放り込まれて放置され一晩中泣いていた)。番なんてわからない人間だというのに、お母様は、心のどこかで魂の結びつきを感じてくれたんだろうね」

「ははうえは、ちちうえがつがいだって、デートのときにきづいたんだよな」

「そうだよ。あれはとても寒い日の事だった。お母様はハムチュターン姿のお父様を、それはそれは大切に抱きかかえて歩いてくれてね。寒いだろうからって、商店で温かいカルヤランピーラッカをお父様のために買ってくれたんだ! その時に、お母様はお父様を番だって気づいたんだ。お母様は感激で言葉を失くしてね。手のひらにいるお父様に愛を込めて優しく包み込んでくれた。店のおやじからは、大きな声で相思相愛の世界一お似合いのカップルだって冷やかされたから照れてしまったよ」

 お母様は、「あの時はダンを迷子センターに預けに行っただけだったような……。申請だけして取り敢えずうちで面倒見るために商店街に寄って朝ごはんを食べようとした時に、番っておじさんが教えてくれただけで。いまだに番なんてこれっぽっちも感じてないんだけどなぁ……」とかぶつくさ言っている。

 でも、私は、こういう時のお父様のお話のほうがロマンチックだし、具体的にはっきりと記憶していて言い切ってるから、お父様のお話のほうが真実で、お母様は照れて誤魔化しているだけなんだって思っていた。

「お坊ちゃまがた、お嬢様も。そろそろお昼寝の時間ですよ」

 私たちに声をかけて来たのは、ヘリヤとミンミとサイニだ。彼女たちは、私たちのお世話をしてくれるとっても優しいおばあ様たち。お母様のお母様たちで、血は繋がっていないんだけど、本当のお母様よりも尊敬していて大好きなんだって。勿論私もお兄様たちも大好き。

 本当は、お母様の実家のお国で住んでいたのに、私が産まれる時に、お母様を手助けするためにこっちに家族で引っ越してくれたんだって。おばあ様たちも、おじい様たちもとっても優しい。危ない事をしたらすごく怖いけど、私やお兄様たちの事をとても愛してくれている。
 お父様のほうのおばあ様は、とても厳しい人だ。自分にも他人にも、周囲にとって自らがあるべき姿を望んでいる。だけど、その瞳には、私たちだけじゃなくて国民への愛情がたっぷり含まれているから、国中の人々から敬愛されている。

 お母様のほうの本当のおばあ様には会った事はない。おじい様やおじ様たちには会ってるけど。病気で会えないとかじゃあないみたいなのに変なの。
 お兄様たちは何かを知っているようだけど、お父様が頭を撫でながら、「いずれ、来るべき時が来たら会えるかもしれないね」って少し悲しそうな瞳で言うから、おばあ様の事は聞いちゃいけないのかなって思った。

 私たちは、お父様とお母様にキスをして、広いベッドに三人並んで寝転んだ。お父様とお母様はこれからお仕事だから、おばあ様たちが子守唄や絵本を聞かせてくれる。

「ティーナ、おやすみ」

「ティーナ、いいゆめを」

 私を挟んで寝転んでいるお兄様たちが、左右の頬にキスをくれる。私は嬉しくてキスをお返しいた後目を閉じた。

「おやすみなしゃい、おにいしゃまたち」

 私はその日、お父様とお母様が私たちを連れて商店で幸せラブラブデートをしている、幸せな夢を見たのであった。


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