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「きゃぁっ!」

 目の前の光景に悲鳴をあげる。隣のしおんはハラハラしながら胸の前で手を組み、祈るように前方を見続けていた。

 今日は、以前彼の所属するクラブチームが負けた相手との再戦だ。省吾は、「よっしゃ、今度こそ勝ーつ!」と、澤向さんが言うのを肩を叩き合って試合前に激励を飛ばし合っていた。
 彼もまた楽しそうにしていつつも、相手チームをつぶさに観察している。普段は、これほどまでに鬼気迫るほどの気迫がないのに、今日に限って様子が変だ。なんとなくなんだけれど、何か大変な事が起こりそうな不安めいた予感んがして胸が嫌な音を立てた。

 試合が始まりそこかしこで怒号や声援が飛ぶ。無事に試合は後半の終わりに差し掛かり、ほぼ互角の点数差だった。あと数点、省吾たちのチームが負けている。

 物凄い迫力で大きな体がぶつかり合う。怖くて目を閉じたり開けたりしながら、彼を応援していた。省吾に容赦なく相手チームの人がぶつかり、恐ろしくて目を固く閉じていると、シーンといきなり静まり返ったので恐る恐る目を開けた。広い広いグラウンドでのスクラム中、固唾を飲んで見守っていた観客の緊張が伝わって来る。このスクラムのボールを勝ち取ったほうが勝利する大事な場面らしい。

 押し合いが始まり、中からボールが出てきて、相手チームがボールを手にした。もうこれで相手チームの勝ちはほぼ確定だ。諦めのような気持ちが湧き起こる。でも、省吾のチームや、彼らを応援している私たちの周囲の観客もまだまだ諦めていない。

 相手チームに、これまでとは比べものにならないほどの猛突進をしかける省吾たち。なかなかボールが奪えなくて、ゴール間近にせまった。

 すると、フランカーの澤向さんが、ぎりぎりのところで相手チームから奪い取った。見守っていた観客が、わっと一斉に沸き出した。
 油断はしていなかっただろうけれど、相手チームが焦り出す。あちらの観客から悲鳴や激励があがった。

「澤向さんっ!」
「よしたかぁ!」

 澤向さんの腰にタックルを仕掛けようと、相手チームのとっても大きな人が構えながら近づいた。
 すると、相手チームの動きをつぶさに読んだ澤向さんが、ほぼ横並びにいる味方に視線を向ける事なく鋭いパスを送る。それを、一緒に走っていたひとりが受け取り、そのボールに向かって相手チームの人たちが追いかけた。残された澤向さんは、物凄い加速と力のまま相手にタックルされて、二人縺れるようにごろごろ転がった。

「よしたか! よしたかぁ!」

 澤向さんが勢いよく地に転んだために、しおんが心配のあまり彼の名を叫び続けた。彼はグランドに倒れ込んだかと思うと間髪入れずに立ち上がりポジションまで全速力で走る。それを見たしおんがほっとして、祈るように胸の前で手を組んだ。澤向さんが無事そうで良かったと、もうこの試合だけで数えきれないほどの安堵の溜息を吐く。

 今、大きな塊の中にあった小さなそれは、パスを貰った人たちの脇にしっかり抱えられ、まるで疾風のように速く張り詰めた鍛え抜かれた大きな足が、地面を揺らすほど勢いよく地を蹴ってゴールを目指す。

 次々回転しながら味方の腕から宙を飛ぶボールは、飛んだその先にある大きな手の平と腕に、吸い込まれるように入る。

 すかさず脇に抱えて走って行くのは、見慣れた大きな背中だった。

「しょうご! しょうごおお!」

 相手チームが彼に向かって狙いを定めて物凄いスピードとパワーでダッシュしている。あんなの、ぶつかられたら、彼が大きなケガをするに違いない。とても痛そうな大けがをする彼の姿が頭によぎってしまい、目を思い切り瞑った。

「彩音! 目を開けて、ちゃんと見てあげて! 省吾さん凄いよ! ほら!」

 体を大きくゆすられながら、興奮している喜びの声で話しかけられ、そっと右目を開けた。

 相手チームの選手たちの猛攻撃を、ひとり、ふたりと避けながら、どんどん相手ゴールに向かって駆けていく。グラウンドの選手たちは、大きな口を開けて何かを叫んでいるけれども何を言っているのかわからない。
 相手が焦れば焦るほど、ゴールがあっという間に近づいていく。瞬きと息をするのも忘れて、彼の姿に魅入った。

 周囲の雑音も、隣できゃあきゃあはしゃぐしおんの声すら遠くに感じる。呼吸をしていたのかどうかも定かではない。ほんの数秒が、とてつもない時間を要しているように思えて、早く終わってと願い続けた。

「しょうごおおおおお!」

 そしてついに、追手を完全に振り切った彼が、トンっとボールを地に置いたのであった。


ピィーーーーーーーーッ!!

 グラウンドに、ホイッスルの高い音が、どこまでも青い空の下、高く響いた──。

 興奮冷めやらぬ中、ボールがゴールを潜り抜け、試合終了のホイッスルが鳴った。

 私は、呆然と魂が抜けてしまったかのように椅子にへたり込む。しおんは、澤向さんと見つめ合って離れているのに、まるで近くにいるかのように今日の勝利を悦び合っていた。

「彩音!」

 相手チームとの最後の挨拶が終わってすぐに、私にかけてくる彼。汗ばんだ体からは、湯気がたくさん出ていて、まだ呼吸が少し荒い。

「しょ、しょうご……」

 信じられない思いで、彼が差し出す手を取る。視界の端に、選手たちがチームメイトや応援に来ている人たちと抱き合っているのが見えた。

「彩音、勝ったよ」
「うん、うん……見てた。ちゃんと、見てたよ。カッコ良くてとても素敵だった。おめでとう、省吾」

 くいっと体を引き寄せられ、熱がこもる大きな身体に抱きしめられた。耳元に、熱い吐息がかかる。皆が周りにいるのに、世界に私と彼だけのような気がして、汗で濡れたユニフォームの背に手を当てた。
 彼の腕の中はとても安心する。むせ返るような彼のにおいに包まれるこの瞬間が、たまらなく愛しくて幸せでいっぱいになる。

「彩音、今日はどうしても勝ちたかったんだ」
「省吾?」

 少し体を離した彼が、私をじっと見つめてくる。視線を逸らす事が出来ないまま、彼の言葉を聞いて驚愕した。

「この試合で勝ったら言おうと思っていたんだ。彩音、卒業したら看護師として働くのは知っている。でも、彩音が一人前になるまでとても待てそうにない。俺と、卒業したらすぐに結婚して欲しい」
「……! しょう、ご……」

 もう、何も考える事なんてできない。瞬きすら忘れて、彼に返事をしたいのに唇が震えて動かせなかった。

 私からの返事がなかなかなくて、焦れた彼が再びきつく抱きしめてくる。目の前にある肩が震えていた。耳をくすぐるように、彼が何度もくれる言葉で、体も心も満たされ、高ぶる感情が溢れていく。

「わ、わたし、で、……よかった、ら」

 なんとか声を振り絞る。その続きを伝え終わった瞬間、彼が私の脇の下に手を入れて、軽々体を高く持ち上げた。

「きゃあ!」
「彩音、俺、絶対に一生大切にするから!」

 いつの間にか周囲に人だかりが出来ていて、囃し立てられる。恥ずかしくて顔が熱い。頬を歓喜の涙が濡らしたまま、私たちは微笑みあって唇を合わせたのであった。






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