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 今日は、少子化により統廃合によって運動場を貸し出しをしている元高校に来ている。省吾さんと澤向さんが所属する社会人のラグビーチームと、同じく社会人で構成されているラグビーチームの、ほんの気楽な趣味程度で楽しむという趣旨の交流試合が開催されるからだ。
 この運動場は、ラグビーの試合ができる数少ない場所だから、人気が集中していてなかなか予約が取れないらしい。久しぶりの交流試合に、省吾さんは数日前からわくわくしていて、饒舌にラグビーの話を私にしてくれていた。

「よしたかー、いっけー!」
「きゃあっ! 省吾さん、避けてぇ!」

 私としおんは、厚手のスポーツタイプのコートを着込んで日の当たる場所に立っていた。運動場の周囲はフェンスだから、冷たい風が容赦なく入って来て髪も服も乱す。
 こういう時のコートを持っていなかった私は、省吾さんから分厚いロングコートを借りて着ている。大きな彼のコートは、私の体を全部覆うほどで、袖は指先から15センチ以上は長い。
 とても温かいコートは、その中の体に風を一切入れないおかげで、寒さに震える事はなかった。なんだか、省吾さん自身に包まれて、守られているような気がして恥ずかしく思える。

 ひとつのラグビーボールを追いかける鍛え上げられた肉体が、ぴたりとしたユニフォームを押し上げている。少し離れた場所にいても、テレビとは比べものにならないほどの迫力が物凄い。恐ろしいようでドキドキワクワクする光景に、視線が釘付けになった。

 省吾さんは高校を卒業するまでクラブでラグビーを真剣にしていて、大阪にある花園ラグビー場に先輩たちの応援に行った事があるらしい。残念ながらベスト8どまりだったようで、その雪辱を晴らすために皆が一丸となり翌年頑張ったが、予選で敗退して以降、大学受験もある事からラグビーから足が遠のいたと聞いた。

 大学に入ってから再開できるように、トレーニングだけは欠かさず行っていたようだ。だけど、大学に入ってからもずっと本格的なラグビーができるほどの時間が取れなくて、生半可なトレーニングでは大けがをするから、同じような経歴を持つ社会人チームに所属して趣味程度で楽しんでいる。

(これが、趣味程度のクラブチームなの? どうみても、皆真剣にぶつかりあってて、とっても痛そうなんだけど)

 ボールがこちらに飛んできた。私の目の前を、凄まじいスピードで駆けてきた相手チームの男性がボールをキャッチする。相手の人とほぼ平行に走り抜ける様子は、まるで力強い風のようだと思った。

 その風を、省吾さんたちが追いかける。ボールを持たない省吾さんが全速力で走っているのに、相手も速すぎる上に変幻自在に動くために、伸ばした腕に捕える事ができないようだった。

 ルールはよくわからないけれど、真剣にひとつのボールを奪い合う人たちはとても楽しそうで、いつのまにか大きな声をあげて声援を送っていた。

「ぱぱー、がんばりぇー!」

 小さな男の子が、お母さんに抱っこされて相手チームにいるお父さんを応援している。8と大きく書かれたゼッケンの意味は、前線で戦うフォワードの司令塔であり、攻守を万能に行う試合の要だという。

「ああ、何やってんのよ、よしたかー! そこでタックル! ああ、また逃げられたー! 次逃がしたら家に入れてやらないからー!」
「しおん、俺は、フランカーやけど、相手、滅茶苦茶速いねんって。んな無茶言わんといてーやー! くっそ、今度こそやったるでー!」
「それでこそ、よしたか! がんばってー!」

 一生懸命相手チームのボールを奪おうとしては失敗してしまう澤向さんに、しおんが檄を飛ばす。澤向さんが関西弁でしゃべると、ふざけているみたいに聞こえてしまうけれど真剣そのもの。
 フランカーっていうのは、相手からボールを虎視眈々と狙って、タックルした相手から力強く奪う役割があるらしい。まさに、獲物を狙う獰猛な野生の動物のように鋭い視線と、力強いスピードと技で、何度も相手にぶつかっていった。

「省吾さん、危ないっ!」
「……くそっ!」

 澤向さんがつかんだチャンスボールを、皆でゴールまで運んでいく。今度はこちらのチームの攻撃だ。省吾さんが、皆が繋いでくれたボールを手に取り、全力で走りだした。一際大きな彼が、大きな斧を振り下ろすかのように相手チームに切り込んでいく。
 省吾さんの猛攻に対して、相手チームも次々とぶつかってくるため、その度に体が揺れていてとても痛そうなのに、その足は緩む事はなかった。

 あと少しでトライかと思って、期待で胸が膨らむ。だけど、その直前、相手チームの15番にとうとう捕まった。省吾さんが地面に倒れ込み、間髪入れずにボールは相手チームにわたる。再び相手チームの猛攻撃が始まって、全員がそのボールに集中して今度は逆の方向に走り出した。

「省吾さん、省吾さん!」

 倒れてしまった省吾さんがなかなか起き上がらない気がした。さっきの衝突でどこか痛めたのだろうかと思うと、自分が傷ついたよりも鋭い痛みが私を襲う気がして肝が冷える。コートはとても温かいのに、体中が一瞬で冷えてしまった。

 立ち上がった省吾さんが、大丈夫と笑顔でこちらに手を振った後、すぐにボールを追いかけに行った。実際の時間は、ほんの数秒だったらしいけれど、私にとっては物凄く長い時間に思えて、彼の無事な姿を見て心底ほっとした。

 結局、その日は大差で負けてしまった。トライで5点、その後のゴールで更に2点とか、他にも加点方法があるみたいで、いったいいつ、どうやってそんなにも点数が入ったのかさっぱりわからない。

「省吾さん、大丈夫ですか?」
「いてて。はは、久しぶりだからドジやっちまった。これくらい、一晩寝れば大丈夫だ」

 省吾さんの顔が腫れている。おそらく、顔だけでなく全身打撲だらけなのだろう。

 皆さんと別れの挨拶をした後、省吾さんの運転する車に皆で乗り込んだ。省吾さんは、試合で疲れているし、怪我で辛いだろうにちっともその様子を見せずに、平気な顔で運転をしてくれている。私が運転できれば、せめて帰りはゆっくり休んでもらえるのに、と運転できない事を悔しく思った。

「由貴、お疲れ様。ふふ、カッコよかったよ」
「ボロ負けやったけどな! あーあ、せっかく俺のしおんが来てくれたっちゅーのにー。次会ったら今度こそこっちが勝つから見に来てや?」
「うん、その意気! 絶対に見に行くから勝ってね」

 後部座席には、しおんと澤向さんが座っている。しおんも心配そうに、澤向さんの腫れた顔を、冷たいタオルで冷やしていた。

「俺、頑張ったで?」
「うん、頑張ってたね。ヨシヨシ、偉いぞ」
「ほら、ここにちゅーしてくれてええんやで?」
「馬鹿よしたかー! 知らない!」
「ああ、ごめんやってー。怒らんといてー」

 いつの間にか、羨ましいような、爆発しろって言いたくなるほどいちゃいちゃしだしたふたり。助手席にいる私はひたすら前を向いて、なるべく聞こえないふりをするしかなかった。すると、省吾さんが、わざとらしく咳払いをする。

「あのなー、他人の車の後部座席でいちゃいちゃするなよ。ここで降ろすぞ?」
「由貴だけ降ろしましょう」
「しおん、なんてツンデレなんや。かわいい!」

 試合に負けて悔しい上に、ずたぼろの体だ。私だったら、車内の雰囲気が暗くなりそうな状況だというのに、澤向さんのおかげで楽しい空間になったのである。


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