完結 R18 セフレ呼ばわりされた私は、不器用な大柄医師に溺愛される 

にじくす まさしよ

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 教室に着くまでの間に、昨日突然降った朝に雨に打たれて、いそかみクリニックにお世話になった事等をしおんに伝えた。
 資さんの話は、しようとするだけで、まだ心がずきずきして涙が目に溢れて来たから、授業前の短い時間だけでは足らないので話していない。

 しおんには、付き合い初めてすぐに資さんを紹介した事がある。なぜか、ふたりは気が合わなかったようなので、あまり一緒に行動する事はなかった。何度か「なんとなくなんだけど、彼はやめたほうがいい」とか、「気を付けて」ってしおんからは言われていた。
 彼女が気に入らないからといって、「なんとなく」で、優しいと信じていた好きな彼をそんな風に言う彼女にムッとした。こうなってみると、しおんは最初から彼の本性を感じ取っていたのかもしれない。

 授業に出たものの、頭に浮かぶのは昨日の彼の言葉と、私を皆で笑いものにしている騒がしい声。それに、今朝の彼の恐ろしい形相だった。

 時間が経つにつれて掴まれた肩が痛みだした。トイレで確認したところ、赤くなっていてヒリヒリするし腕を動かせばツキっとする。青あざになるかもしれない。ため息を吐き、もう彼とは本当に会いたくないと思いながら肩を擦る。
 あんなにも好きだった気持ちが、今はどこかに行ったかのように静まりかえっているのが不思議だった。また彼に会ったら、朝のように心の奥底から好きという感情が出てくるかもしれないと思いかけて、首をぶんぶん振る。

(ああ、ダメだ。やっぱり未練いっぱい。彼が心から反省して謝れば、絆されて許してしまいそう。でも、それだけは嫌。今すぐ、資さんとのことを全部忘れられたらいいのに……)

 会わなければ、このまま彼の事を思い出しもしないほど忘れる事が出来るだろうか。自分に問いかけてみるけれども、全く自信がない。
 ずっと私に向けられていた笑顔も、優しい眼差しも、心をときめかせる言葉も全部偽りだった。なのに、ちょっと幸せだった思い出が浮かぶとすぐに心がぐらついてしまう自分が、愚かで馬鹿でどうしようもない女だと思う。
 

 昼休みに入り、いつもは学食に行くところを、コンビニでサンドイッチなどを買い込んだ。人がほとんど訪れない中庭を見下ろせるフリースペースで、しおんに資さんとの事を全部話す。

「……しおんが去年言ってた通りだった。グスッ……。私、あの時はしおんの言う事を聞かなかったし、しおんに怒ってたんだ、けど……グスッ、グスッ。ごめんね、ごめん……。しおんの言う通りにしておけばよかったぁ……。うう……」
「彩音……。あの時はさ、彩音は資さんの事を好きだったから仕方ないよ……。それにしても酷い。なんて奴……! 彩音、今日は省吾先生が迎えに来てくれるんでしょ? それまで一緒にいるし、由貴よしたかもボディーガードとして来てもらおうか?」
「澤向さんまで巻き込めないよ……。それに、しおんは夕方からバイトでしょ……グスッ」
「何言ってんの。バイトはいつだって出来るし代わりはいる。だけど、彩音はそうじゃないでしょ。私が辛い時に彩音だって側にいてくれた。今度は私の番よ」
「……しおん、うう、あり、が、と……」

 涙を止める栓が完全に壊れたのかもしれない。とめどなく流れる涙と共に泣いていると、しおんが抱きしめて背中を擦ってくれた。

 澤向 由貴さわむかい よしたかというのは、しおんの彼氏でとても大柄な人だ。ラグビーをずっと続けていて、社会人のラグビークラブに所属している。冬はあちこちのクラブチームと対戦したりしていて、しおんと一緒に応援に行った事もあった。

「由貴来てくれるってー。気は優しいけどガタイはいいし強面だから、ひょろひょろのあいつなんかすぐに逃げて行っちゃうよ」
「しおんったら……」

 すぐに彼氏に連絡がとれたらしい。澤向さんは大阪出身で、私たちが一年生の頃に、しおんが電車で痴漢を撃退している所を見かけて、彼女の男よりもカッコいいその姿に堕ちたというのろけ話を耳にタコが数百匹つくくらい聞いた。

 午後の授業が終わり、暫くすると澤向さんが駆けつけてくれた。彼は、同じ大学の工学部に通っていて、IT関係の大手企業に内定している。今は大学に来てもほとんどやる事がないようだ。

 しおんは私と一緒に住む事を考えてくれたんだけれども、ふたりは結婚を前提に付き合っており家族公認で同棲している。流石にふたりが住むマンションにおじゃまするわけにはいかない。

「しおん、なんやなんや。彩音ちゃんが大変なんやって?」
「由貴、来てくれてありがとう。えっとね……」

 しおんが、彼に事情を伝えていいか目線で訊ねて来たから頷いた。澤向さんは話を聞き終えないうちから、ここにいない資さんに向かって、逞しい腕を振り回して怒ってくれた。
 関西弁を懐かしく感じる私は、澤向さんと会話するのが楽しい。しおんは、澤向さんのテンションの高さなどにドン引きしているほうが多いけれど。

 自分じゃない誰かが怒ってくれる事で、だんだん気持ちが落ち着いて来るというか冷静になれた。

「ちょい待ち。省吾先生って、ひょっとして磯上省吾って言わへん? んで、医者やってない?」
「うん、そうだけど。澤向さん、省吾先生を知ってるの?」
「知ってるも何も。省吾先生は、俺と同じラグビーのクラブチームに入ってるねん」

 澤向さんが、話しの途中でいきなり言い出した事に、私としおんはびっくりして顔を見合わせた。世間って狭いとは言うけれど、まさか省吾先生と澤向さんが知り合いだなんて思いもしなかった。

「そうなの? ねぇ、由貴、省吾先生って信用できる人なの?」
「ああ、怒るとすんげぇ怖い人やねんけど、めっちゃ優しいで。真面目やし、誠実な人柄やからクラブのメンバーに慕われとる」
「由貴がそう言うなら安心できる人か……。ねぇ、彩音。とりあえず今日は省吾先生が家に泊めてくれるっていうならそうしたら? ご家族もいるし安心でしょう? その後の事は、またその都度考えましょ。私も省吾先生と意見は同じよ。当分アパートに帰っちゃダメ。当分といわず、ずっと、よ。家族にもちゃんと知らせて、引っ越しも考えて貰ったら?」
「せや。変な奴なら、居場所は知られとったらあかん。忘れた頃にやってくるかもしれへんし」
「うん、そうする。ふたりとも、ありがとう」

 省吾先生が迎えに来てくれたのは19時を少し回った頃。ずっと付き合ってくれた大学からの付き合いのふたりの言葉に背中を押され、遠慮しながらも、ふたたび磯上の家にお邪魔したのであった。






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