完結 R18 セフレ呼ばわりされた私は、不器用な大柄医師に溺愛される 

にじくす まさしよ

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 朝起きると、寒さが身にしみるようになった。いつまでも包まっていたい至福のベッドから体を起こす。
 ぶるっと体が芯から震えるほど冷えるアパートは、1DKの女子学生専用である。駅にほどほど近く、アパートのセキュリティも万全で、周囲の土地柄も明るく健全である事から、やや家賃は高めだが大人気の物件だ。

「ん~。さっむーい!」

 電気毛布をオフにして、テーブル近くのセラミックファンヒーターのスイッチをオンにする。ファンヒーターの側に、今日着る予定のセーターやスカートを吊り下げた。
 あまりの寒さに、ポットのお湯が沸くのが遅く感じる。沸騰する前に、即席のコンポタの粉にほぼ熱湯のお湯を注ぎ入れた。2分加熱したトーストにバターを薄くのばして付け一枚頬張る。

 外は、窓をがたがた揺らすほどの強い風が吹いているようだ。ほどよく温もったセーターとスカートを着こんで、厚手の黒のタイツにしたものの、足が冷えそう。少し不格好だけど、年始の福袋で購入した裏起毛のブーツにした。
 首元は、クリスマスの時に彼氏からプレゼントされたマフラーを、動画を見て練習したリボン巻きにする。この間デートをした時に、彼氏にかわいいって言われたから今のお気に入りの巻き方だ。

 急いでいるのに、着なれないおしゃれな服装とブーツのために歩きづらい。同じ駅に向かっているだろうヒールのOLが、モタモタ歩いている私を追い抜いて、あっという間に姿が見えなくなる。

 外は寒いのに、むわっとした熱気と色んなにおいが混ざった狭い車両の人混みから降りるとホッとする。同じように大学に行く人々の波にのまれながら先を急いだ。
 いつまでたっても、都会のこういう人混みは苦手だ。皆、人にぶつからずにすいすい早歩きできる事に感心する。

「あ……!」

 三か月前に告白されて付き合いだした優しい彼氏が、目の前を友人たちと信号待ちをしているのが見えた。

 彼との出会いはサークルだ。24歳の彼は、なんと法科大学院に通っていてとても頭が良い。大手の弁護士事務所に就職も決まっていて、大学に来るのもあとわずからしい。
 後ろ姿だけでもわかるようになった彼に、偶然会えたなんて一瞬でテンションがあがり嬉しくなる。小走りに近づこうとした時、信じられない会話が耳に飛び込んできた。

「へぇ、じゃあお前とうとうか!」
「今どき初心な彼女とか羨ましいぜ」
「まあな。告ってから、何か月待たされたことか。ははは」

「で、どうだったんだよ?」
「ばっちり、処女!」
「マジかよ? うまい事やったなあ」

 一体、彼は何の話をしているのだろうか。そう疑問に思ったのも一瞬だった。これは、明らかにふたりだけの時間の時の話だと理解して、他人に言いふらす彼が信じられないと思ったのも束の間、さらにあり得ない言葉が私の心に突き刺さる。

「ああ、最高のセフレをゲットしたんだ! ははは!」
「羨ましい! 俺好みに仕込むってか?」
「なんだよ、それ! いつの時代だよ!」

「まぁ、あいつを仕込むのも悪くねぇな、なんてな!」
「だよなー。あーぁ、俺も、いつでもヤらしてくれる女が欲しい!」
「くそ~余裕ぶりやがって!」

 耳を疑いたくなる言葉が聞こえ、世界が止まった。いや、止まったのは私だけのようだ。彼氏だと思っていた人たちや周囲の足早に行く人たちが通り過ぎていく。
 大学に入ってから出来た初めての彼氏。全てを捧げたのはつい数日前の日曜日の事だった。


 何度も信号が青と赤を繰り返していたが足が動かない。もう授業には間に合わないだろう。ぎりぎりのカリキュラムだから、いざという時以外は出席しなければならない。だというのに、どうしてもそこから動く事が出来なかった。


(……慣れない大学生活やサークルで不安だった私に優しくしてくれて、キスすらした事のない私を大切にしたいってずっと待ってくれていたのは誰だったの?)

 彼との出会いから今日までの思い出が走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えて行く。知り合いのいない大学に通学するために実家を出て来た田舎育ちの私は、買ってもらったスマホすら慣れなくて、周囲の垢ぬけた都会のおしゃれな人たちに気後れしていた。

「は、はは……」

 田舎の友達は、都会の男に騙されるなと散々言っていたじゃないか。
  まんまと騙された事に気付いた時、口からは泣き声ではなく、乾いた笑いが出て来た。

(あんな人だとは思いもしなかった。ううん、私の見る眼が無かったんだ。それとも、こういうのが都会の恋愛なの?)

 ぐるぐると、心がとりとめのない色をぐちゃぐちゃに混ぜ合わさる。頭の中でキーキーと、黒板を爪でひっかくような不快な音が鳴って耳を塞いだ。塞いでも、目を閉じて首を振っても、その不快な音は消えてくれない。

 笑顔の彼、優しい彼、気遣う言葉をくれる彼の姿が、目の前にいるかのように思い出せた。

 胸から心臓が飛び出そうなほどドキドキしたあの日。ベッドでは、恥ずかしくて怖がる私を大切に抱きしめてくれた。痛くても、怖くても、汗ばむ肌を合わせるのならこの人だと信じたのに。

 世間を知らなかった田舎娘は、洗練された格好よくて優しい男性に、セフレ扱いをされているなどと夢にも思わずに、大切に守って来たものを簡単に騙されて捧げてしまったのだ。

「…………う、……うぅ……ぐすっ……」

 いつの間にか、頬に気持ち悪い水が大量に流れていた。ふと周囲を見ると、傘をさしたり、端って軒の下にかける人々がいる。

(冷たい……)

 天気予報では曇りだったはずなのに。自分も動かないととぼんやり思うが体が動かない。雪になりそうなほど冷たい、霙混じりの雨が容赦なく私に降り注ぐ。

(雨が冷たすぎるから、鼻の奥がこんなにも痛くて、喉が熱くて震え変な音しか出ないのかなぁ……?)

「うぅう……ひぃっく……ひっく……うー……うぅ……」

(このまま、雨と一緒に流れて消えてしまいたい……)

 あっという間にずぶ濡れになる。
  周囲の人々も、空も、青の点滅を繰り返す信号機の光でさえ、そのまま立ちすくんでいる私を嘲笑っているかのように思えたのだった。
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