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春の太陽のような手を持つ人

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「恋人……え? 私と優さんが?」

 ボンッ! って本気で頭から火が出たんじゃないかってくらいびっくりして恥ずかしくなった。顔を手で覆ったけど、手の平の中で、口元が嬉しくてにやけてしまう。


うそ、告白されちゃった……。嬉しい、かも。


  目の下を両手で覆いながら、ちらっと大柄な彼を見上げた。身長158センチの私にはとっても大きい。彼は、180くらいあって、靴のサイズは30センチもある。アパートに上がって貰ったとき、その靴の大きさが巨人みたいでびっくりした。顔は、ちょっと迫力ある感じだけど、目がくりんとしていてかわいい。なんだか、ミルキーちゃんと兄弟みたいでちょっと似ている。

  今も私のアパートで一緒にお茶を飲んでテレビを見ている最中だった。もう、隣にいる彼を意識しすぎちゃって困る。
  ペット可なアパートじゃないんだけど、ボロ家だし良いみたいで暗黙の了解で飼っている人がほとんど。だから、メモリーちゃんは堂々とアパートに上がり込んで、今は私の太ももに顎乗っけて、わしゃわしゃされている。目を閉じて気持ち良さそう。かわいい。

ああ、気持ちが滅茶苦茶だ。どうしよう。まともに彼の方を向けないよ~。

でも、初カレだー。生まれて初めてのカレシが彼とか。マジ?  マジで?


  私は、嬉しはずかしんじゃうーって心のなかで悶えて、メモリーちゃんをもっとわしゃわしゃわしゃわしゃしながら、「私も好きです。お願いします」って返事しようした。  

「ふりでも、恋人がいるって女の子に手なんて出さないだろ。だから、そいつに心蘭ちゃんには男がいるって思わせるんだ」

「……ふり?」

 返事をする寸前、彼が聞き捨てならない二文字を言った。何の事はない。単なる厚意を告白だって勘違いしただけで、滅茶苦茶喜んで舞い上がるなんて、別の意味で恥ずかしくなる。

 色々、その他にも言っていたけど半分くら頭に入ってこない。なんだか、悲しいような、悔しいような、残念な気持ちになってちょっと拗ねた子供みたいにそっぽを向いた。

「あー、あのさ、あの、別に変な下心とか一切ないから。ほんとに、ないから! あー、でも俺みたいなんがふりでも恋人になるなんて嫌だよな? ごめん、忘れて」

 さらに追い打ちをかけてくる。知ってた。彼にそんな気がないのは。ただ単に、かわいそうだからほっとけない、それこそ、ケガして一人暮らしの私の事を犬のように気遣ってくれているだけだ。

何もそこまで全力でそんな風に言わなくてもいいじゃない。もうわかったから! ふりなのよね。単なる恋人のふり。嘘の関係。

 ちょっとどころか、すごく悔しくて悲しくて下唇を噛んだ。

 そうしたら、私の態度で彼がしょんぼりしてしまった。ちらっと見ると、私の反応をおずおず伺う大型わんこがそこにいて、私は彼の提案を飲むことにしたのである。





 それ以来、もう少しの間なら送迎が出来るということで、会社の目立つところで朝は私を降ろして、帰りは乗せてくれている。すでに、会社で私たちの事を知らない人はいないだろう。真実は嘘だけど。

「あれからどう?」

「完全に優さんが私のカレシだって皆が思っちゃいましたよ? いいんですか?」

「そうじゃなくて、そっちはどうでもいいっつーか。どうでもよくないケド。とにかく、セクハラのほう」

 私は、彼の言う通り、強そうな人が恋人になった上に、私を助けてくれる先輩も出来たから、今ではセクハラが無くなった事を伝える。

「そっか。良かったなー!」

「わん!」

「うん!」

 彼の大きな手が、頭にポンって乗せられる。優しくて、あったかくて。とっても大きな彼の手は、春の陽だまりのようで心地いい。ちょっと衝撃があるけれど安心できてとても好き。

 彼と出会う前に、こんな風に楽しい日常が来るだなんて思っても無かった。

ふりだけど、嘘の恋人だけど。それが少し心にチクリと針を刺すように痛む。だけど、ワンチャン、ちょっとは脈あるよね?

 このまま、彼と一緒にいたいなって思いながら、私の住むアパートに向かう車窓から見える雑多な街並みを眺めたのであった。





 ギプスもようやく取れた頃、彼から迎えはともかく、送る時間がないと伝えられた。もうこれで恋人ごっこは終わりになっていくのかと思うと、ズキッとした何かが胸に刺さった。

「うん。大丈夫だよ。もうドンって足をついても痛まないし、骨もどうもないからって太鼓判おされてるし」

「そっか。でも、迎えにはいくから。女の子が21時とか23時とか。危ない」

「自転車だから大丈夫! あ、事故がないように安全運転するし」

「自転車でも襲われる時は襲われるんだよ? 心蘭ちゃんはかわいいんだから、もっと警戒して」

「わうん!」

「え?」

 何気なく彼が言ったかわいいっていう単語に反応した。今の状況はあくまでも恋人のふりなのに。やっぱり諦められないどころか毎日どんどん好きになっちゃったから。だから、嬉しくて首まで真っ赤になったのがわかるほど、カーッとなった。

「あ、いや。その……まいったな……嫌じゃなかったら迎えに行かせて。そうじゃないと気が気じゃないから」

「う、うん……ありがと、嬉しい、デス」

「わんわん!」

 その日は、お互いに、照れくさくなって下を向き合ったまま過ごした。真ん中にはメモリーちゃんがいて、お互いにご機嫌のメモリーちゃんをわしゃわしゃしながら、ごにょごにょと意味のない会話を繰り返したのだった。



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