完結R18 外れガチャの花嫁 

にじくす まさしよ

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止まらないコアラ ① 

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「ジョアン、今までありがとう。わたくし、あなたのおかげで、学園で幸せをいうものを知ったわ」
「それを言うのなら、俺の方だな」

 いきなり、俺に礼をいうとはどういうことだろうか。まるで別れの挨拶の前振りのようだ。やっと、にっくき指輪が外れたんだ。これからこづくり、いいや、結婚まで秒読み段階の愛し合う俺たちに別れなんて、そんなわけはないだろう。だが、嫌な予感がしてしょうがない。

「ジョアンももう知ってる通り、わたくしは、ここではいない子として扱われてきたの。侍女どころか、下働きの者にすら、死んだ方がましだって思えるくらいにされてきたことは、きっとあなたにはわからない……」
「……」

 アイリスに、俺は言うべき言葉がなかった。確かに、俺は獣人国で幸せだった。やりたい放題だったと言ってもいい。それに、俺たち獣人は、黙ってやられるようなマネはしない。その都度、倍以上の報復をするようなやつらばかりだ。そんな俺には、アイリスの過去がどれほどだったのかは、ピンとこなかったのは事実である。


(さっきだって、アイリスの過去を聞いていた。部屋も見た。でも、聴いていなかったし、視てもいなかった。だから、使用人がアイリスを連れていくって聞いても、反対して迎えにいかなかった俺に、何が言える……)

 愛する人が、悩み苦しんでいるというのに、何もできない自分が歯がゆい。かわってやれるものならかわりたかった。そして、その都度、二度とふざけた真似ができないよう、やられたらやり返してやるのにと思う。

「あのね、ジョアン。あなたがこの国にわたくしを連れてきたくなかったのは、わかってるつもり。わたくしだって、もしもジョアンがわたくしのように辛い目にあった場所なんて、早く忘れて欲しいし、一歩も足を踏み入れさせたくないから。でも、生きているって信じていたお母様がいた。しかも、わたくしを捨ててなんかいなかった。それだけで、もう十分なのに、それに、ほら……」

 左手の、そこだけ太陽の光に全く焼けていない、かつて指輪があった場所を見せてくれた。そこには、もう彼女を縛るはなかった。

「ふふ、ジョアンがね。ぐりぐりって、足で土に埋め込むように踏みつけてくれたでしょう? わたくし、外れたら海に捨てようとか、火に放り込もうって思ってたの。でも、ジョアンがしてくれたことでね、あの人が指輪に見えて、あんな風に踏みつけられているみたいに思えて、それだけで胸がすっとした。それにね、あの人たちをやっつけてくれたから、もう十分なの。ううん、ジョアンはわたくしに、一生返せないくらいの幸せをくれたわ」

 やはり、おかしい。これから、めくるめくこづくりの蜜月に入るが言うことか。

「あのね、わたくし借りものみたいなものだけど、魔法が使えることがわかったわ。だから、獣人国に永住する理由がなくなったし、これからはお母様と一緒にいようと思う。だから、もう、わたくしのことなんて構わずに、どうか、自分の幸せを掴んで欲しいの」

「それって、俺と別れたいってことか? 他の人間と同じように、獣人である俺を散々利用して、用が済んだら俺を捨てるってのか?」

(まさか、だろう? 俺の知っているアイリスは、そんな人間じゃない。そのことは、俺が一番知っている。だが、人間というのは、平気でうそをつく。あのクアドリのように、アイリスにも卑劣で卑怯な部分があったのか)

 まさに、青天の霹靂とはこのことを言うのかもしれない。アイリスが別れを言った瞬間、思わずカッとなって声を荒げてしまう。

(しまった。こんな風に怖く言ったら、アイリスが……)

 ただでさえ婚約破棄の危機だというのに、これ以上彼女に嫌われたくない。

(そうだ、しがみついてお願いすれば、優しいアイリスは俺を捨てないんじゃないか)

 俺は、恥も外聞もどうでもいい。しがみついてでも離すものか、アイリスをユーカリの木のように、ぎゅうぎゅう抱きついた。

「アイリス、きつく言ってごめん。だけど、別れるなんて、そんなの嫌だ! あんなに仲良かったのに、どうしてわかれるなんて言うんだ! それとも、俺が嫌いになったのか?」

 さっきより、少しは声を抑えた。でも、どうしても荒々しくなってしまう。

「ううん、ちがうっ! そんなこと、ない! だって、わたくしは、ジョアンがどう思っていても、ずっと前から好きだったから。だから、ジョアンが同情で婚約者になってくれるだなんて、人生をわたくしのために犠牲にするような提案が嬉しくて、側にいたくて、あなたの気持ちなんておかまいなしに、婚約してもらったの」

「アイリス? だったら、どうしてそんなことを言うんだよ」

「だって、さっき。外れガチャだって、言ったじゃない。俺の花嫁は外れガチャだって」
「は? 何のことを?」

 俺のアイリスが、外れガチャだなど、そんなことは言った覚えなどない。さっきの使用人がそんな出鱈目を伝えたのかと、怒りが沸く。

「しらばっくれないで。さっき、ちゃんと聞いたんだから。あなたの本心は、わかったわ。わたくしのことを、外れだって思ってたって。今まで、気づかずに図々しくも婚約者としてふるまっていてごめんなさい。だからって、そこまで面倒見なくていいのよ。ほんと、お人よしすぎるわよ……。わたくしのことを好きじゃないのなら、学園でペアとして過ごしてくれるだけでよかったのに。わたくし、期待しちゃって、勘違いしてて……浮かれてバカみたい……」
「何言って? 外れって……? それに、ペアはペアだろう?」

「だから、わたくしはあなたにとって、単なるペアで、ガチャの外れカプセルなんでしょう!」
「アイリス、ちょっと待て!」

 どうやら、根本から間違った認識をしているようだ。アイリスが、再び泣き出した。彼女も興奮して、何を言っているのか半分ほどわかってないんじゃないかと思える。

 俺は、彼女の涙にぬれた頬に手を当てて、俺と別れると言い続ける唇を塞いだ。

「んんっ、ジョ、な、んっ!」
「アイリス、アイリスッ! いいか? 俺はお前が好きだ。愛している。だから、絶対に別れねぇ!」

 どんどんと、かわいい手が俺の胸を叩く。でも、それが徐々に力を無くしていった。

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