66 / 71
止まらないコアラ ①
しおりを挟む
「ジョアン、今までありがとう。わたくし、あなたのおかげで、学園で幸せをいうものを知ったわ」
「それを言うのなら、俺の方だな」
いきなり、俺に礼をいうとはどういうことだろうか。まるで別れの挨拶の前振りのようだ。やっと、にっくき指輪が外れたんだ。これからこづくり、いいや、結婚まで秒読み段階の愛し合う俺たちに別れなんて、そんなわけはないだろう。だが、嫌な予感がしてしょうがない。
「ジョアンももう知ってる通り、わたくしは、ここではいない子として扱われてきたの。侍女どころか、下働きの者にすら、死んだ方がましだって思えるくらいにされてきたことは、きっとあなたにはわからない……」
「……」
アイリスに、俺は言うべき言葉がなかった。確かに、俺は獣人国で幸せだった。やりたい放題だったと言ってもいい。それに、俺たち獣人は、黙ってやられるようなマネはしない。その都度、倍以上の報復をするようなやつらばかりだ。そんな俺には、アイリスの過去がどれほどだったのかは、ピンとこなかったのは事実である。
(さっきだって、アイリスの過去を聞いていた。部屋も見た。でも、聴いていなかったし、視てもいなかった。だから、使用人がアイリスを連れていくって聞いても、反対して迎えにいかなかった俺に、何が言える……)
愛する人が、悩み苦しんでいるというのに、何もできない自分が歯がゆい。かわってやれるものならかわりたかった。そして、その都度、二度とふざけた真似ができないよう、やられたらやり返してやるのにと思う。
「あのね、ジョアン。あなたがこの国にわたくしを連れてきたくなかったのは、わかってるつもり。わたくしだって、もしもジョアンがわたくしのように辛い目にあった場所なんて、早く忘れて欲しいし、一歩も足を踏み入れさせたくないから。でも、生きているって信じていたお母様がいた。しかも、わたくしを捨ててなんかいなかった。それだけで、もう十分なのに、それに、ほら……」
左手の、そこだけ太陽の光に全く焼けていない、かつて指輪があった場所を見せてくれた。そこには、もう彼女を縛る者はなかった。
「ふふ、ジョアンがね。ぐりぐりって、足で土に埋め込むように踏みつけてくれたでしょう? わたくし、外れたら海に捨てようとか、火に放り込もうって思ってたの。でも、ジョアンがしてくれたことでね、あの人が指輪に見えて、あんな風に踏みつけられているみたいに思えて、それだけで胸がすっとした。それにね、あの人たちをやっつけてくれたから、もう十分なの。ううん、ジョアンはわたくしに、一生返せないくらいの幸せをくれたわ」
やはり、おかしい。これから、めくるめく愛の蜜月に入るペアが言うことか。
「あのね、わたくし借りものみたいなものだけど、魔法が使えることがわかったわ。だから、獣人国に永住する理由がなくなったし、これからはお母様と一緒にいようと思う。だから、もう、わたくしのことなんて構わずに、どうか、自分の幸せを掴んで欲しいの」
「それって、俺と別れたいってことか? 他の人間と同じように、獣人である俺を散々利用して、用が済んだら俺を捨てるってのか?」
(まさか、だろう? 俺の知っているアイリスは、そんな人間じゃない。そのことは、俺が一番知っている。だが、人間というのは、平気でうそをつく。あのクアドリのように、アイリスにも卑劣で卑怯な部分があったのか)
まさに、青天の霹靂とはこのことを言うのかもしれない。アイリスが別れを言った瞬間、思わずカッとなって声を荒げてしまう。
(しまった。こんな風に怖く言ったら、アイリスが……)
ただでさえ婚約破棄の危機だというのに、これ以上彼女に嫌われたくない。
(そうだ、しがみついてお願いすれば、優しいアイリスは俺を捨てないんじゃないか)
俺は、恥も外聞もどうでもいい。しがみついてでも離すものか、アイリスをユーカリの木のように、ぎゅうぎゅう抱きついた。
「アイリス、きつく言ってごめん。だけど、別れるなんて、そんなの嫌だ! あんなに仲良かったのに、どうしてわかれるなんて言うんだ! それとも、俺が嫌いになったのか?」
さっきより、少しは声を抑えた。でも、どうしても荒々しくなってしまう。
「ううん、ちがうっ! そんなこと、ない! だって、わたくしは、ジョアンがどう思っていても、ずっと前から好きだったから。だから、ジョアンが同情で婚約者になってくれるだなんて、人生をわたくしのために犠牲にするような提案が嬉しくて、側にいたくて、あなたの気持ちなんておかまいなしに、婚約してもらったの」
「アイリス? だったら、どうしてそんなことを言うんだよ」
「だって、さっき。外れガチャだって、言ったじゃない。俺の花嫁は外れガチャだって」
「は? 何のことを?」
俺のアイリスが、外れガチャだなど、そんなことは言った覚えなどない。さっきの使用人がそんな出鱈目を伝えたのかと、怒りが沸く。
「しらばっくれないで。さっき、ちゃんと聞いたんだから。あなたの本心は、わかったわ。わたくしのことを、外れだって思ってたって。今まで、気づかずに図々しくも婚約者としてふるまっていてごめんなさい。ペアだからって、そこまで面倒見なくていいのよ。ほんと、お人よしすぎるわよ……。わたくしのことを好きじゃないのなら、学園でペアとして過ごしてくれるだけでよかったのに。わたくし、期待しちゃって、勘違いしてて……浮かれてバカみたい……」
「何言って? 外れって……? それに、ペアはペアだろう?」
「だから、わたくしはあなたにとって、単なるペアで、ガチャの外れカプセルなんでしょう!」
「アイリス、ちょっと待て!」
どうやら、根本から間違った認識をしているようだ。アイリスが、再び泣き出した。彼女も興奮して、何を言っているのか半分ほどわかってないんじゃないかと思える。
俺は、彼女の涙にぬれた頬に手を当てて、俺と別れると言い続ける唇を塞いだ。
「んんっ、ジョ、な、んっ!」
「アイリス、アイリスッ! いいか? 俺はお前が好きだ。愛している。だから、絶対に別れねぇ!」
どんどんと、かわいい手が俺の胸を叩く。でも、それが徐々に力を無くしていった。
「それを言うのなら、俺の方だな」
いきなり、俺に礼をいうとはどういうことだろうか。まるで別れの挨拶の前振りのようだ。やっと、にっくき指輪が外れたんだ。これからこづくり、いいや、結婚まで秒読み段階の愛し合う俺たちに別れなんて、そんなわけはないだろう。だが、嫌な予感がしてしょうがない。
「ジョアンももう知ってる通り、わたくしは、ここではいない子として扱われてきたの。侍女どころか、下働きの者にすら、死んだ方がましだって思えるくらいにされてきたことは、きっとあなたにはわからない……」
「……」
アイリスに、俺は言うべき言葉がなかった。確かに、俺は獣人国で幸せだった。やりたい放題だったと言ってもいい。それに、俺たち獣人は、黙ってやられるようなマネはしない。その都度、倍以上の報復をするようなやつらばかりだ。そんな俺には、アイリスの過去がどれほどだったのかは、ピンとこなかったのは事実である。
(さっきだって、アイリスの過去を聞いていた。部屋も見た。でも、聴いていなかったし、視てもいなかった。だから、使用人がアイリスを連れていくって聞いても、反対して迎えにいかなかった俺に、何が言える……)
愛する人が、悩み苦しんでいるというのに、何もできない自分が歯がゆい。かわってやれるものならかわりたかった。そして、その都度、二度とふざけた真似ができないよう、やられたらやり返してやるのにと思う。
「あのね、ジョアン。あなたがこの国にわたくしを連れてきたくなかったのは、わかってるつもり。わたくしだって、もしもジョアンがわたくしのように辛い目にあった場所なんて、早く忘れて欲しいし、一歩も足を踏み入れさせたくないから。でも、生きているって信じていたお母様がいた。しかも、わたくしを捨ててなんかいなかった。それだけで、もう十分なのに、それに、ほら……」
左手の、そこだけ太陽の光に全く焼けていない、かつて指輪があった場所を見せてくれた。そこには、もう彼女を縛る者はなかった。
「ふふ、ジョアンがね。ぐりぐりって、足で土に埋め込むように踏みつけてくれたでしょう? わたくし、外れたら海に捨てようとか、火に放り込もうって思ってたの。でも、ジョアンがしてくれたことでね、あの人が指輪に見えて、あんな風に踏みつけられているみたいに思えて、それだけで胸がすっとした。それにね、あの人たちをやっつけてくれたから、もう十分なの。ううん、ジョアンはわたくしに、一生返せないくらいの幸せをくれたわ」
やはり、おかしい。これから、めくるめく愛の蜜月に入るペアが言うことか。
「あのね、わたくし借りものみたいなものだけど、魔法が使えることがわかったわ。だから、獣人国に永住する理由がなくなったし、これからはお母様と一緒にいようと思う。だから、もう、わたくしのことなんて構わずに、どうか、自分の幸せを掴んで欲しいの」
「それって、俺と別れたいってことか? 他の人間と同じように、獣人である俺を散々利用して、用が済んだら俺を捨てるってのか?」
(まさか、だろう? 俺の知っているアイリスは、そんな人間じゃない。そのことは、俺が一番知っている。だが、人間というのは、平気でうそをつく。あのクアドリのように、アイリスにも卑劣で卑怯な部分があったのか)
まさに、青天の霹靂とはこのことを言うのかもしれない。アイリスが別れを言った瞬間、思わずカッとなって声を荒げてしまう。
(しまった。こんな風に怖く言ったら、アイリスが……)
ただでさえ婚約破棄の危機だというのに、これ以上彼女に嫌われたくない。
(そうだ、しがみついてお願いすれば、優しいアイリスは俺を捨てないんじゃないか)
俺は、恥も外聞もどうでもいい。しがみついてでも離すものか、アイリスをユーカリの木のように、ぎゅうぎゅう抱きついた。
「アイリス、きつく言ってごめん。だけど、別れるなんて、そんなの嫌だ! あんなに仲良かったのに、どうしてわかれるなんて言うんだ! それとも、俺が嫌いになったのか?」
さっきより、少しは声を抑えた。でも、どうしても荒々しくなってしまう。
「ううん、ちがうっ! そんなこと、ない! だって、わたくしは、ジョアンがどう思っていても、ずっと前から好きだったから。だから、ジョアンが同情で婚約者になってくれるだなんて、人生をわたくしのために犠牲にするような提案が嬉しくて、側にいたくて、あなたの気持ちなんておかまいなしに、婚約してもらったの」
「アイリス? だったら、どうしてそんなことを言うんだよ」
「だって、さっき。外れガチャだって、言ったじゃない。俺の花嫁は外れガチャだって」
「は? 何のことを?」
俺のアイリスが、外れガチャだなど、そんなことは言った覚えなどない。さっきの使用人がそんな出鱈目を伝えたのかと、怒りが沸く。
「しらばっくれないで。さっき、ちゃんと聞いたんだから。あなたの本心は、わかったわ。わたくしのことを、外れだって思ってたって。今まで、気づかずに図々しくも婚約者としてふるまっていてごめんなさい。ペアだからって、そこまで面倒見なくていいのよ。ほんと、お人よしすぎるわよ……。わたくしのことを好きじゃないのなら、学園でペアとして過ごしてくれるだけでよかったのに。わたくし、期待しちゃって、勘違いしてて……浮かれてバカみたい……」
「何言って? 外れって……? それに、ペアはペアだろう?」
「だから、わたくしはあなたにとって、単なるペアで、ガチャの外れカプセルなんでしょう!」
「アイリス、ちょっと待て!」
どうやら、根本から間違った認識をしているようだ。アイリスが、再び泣き出した。彼女も興奮して、何を言っているのか半分ほどわかってないんじゃないかと思える。
俺は、彼女の涙にぬれた頬に手を当てて、俺と別れると言い続ける唇を塞いだ。
「んんっ、ジョ、な、んっ!」
「アイリス、アイリスッ! いいか? 俺はお前が好きだ。愛している。だから、絶対に別れねぇ!」
どんどんと、かわいい手が俺の胸を叩く。でも、それが徐々に力を無くしていった。
145
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる