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36 albus iris─ アルブス イーリス
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カサ、カサリ……
わたくしたちとの再会を、ユーカリたちが喜んでいるみたいに、風がほとんどないというのに木の葉が揺れる音がした。
「ふむ……。なるほど……」
おじい様が、ユーカリの木を見上げる。そして、何らかの魔法を使ったようだ。それに反応して、ユーカリの木が激しく葉を揺らす。
「マイン、まさかとは思ったがこんなところに閉じ込められていたのか。久しぶりだね。聞こえるか? コーラボだよ」
「え? おじい様、今なんて……」
「アイリス、マインはお前が信じていたように生きているぞ。危うい状態だが。良かったな」
「ええ? 本当に? 本当でしょうか?」
ユーカリの木が、なんだか嬉しそうにカサカサと大きく葉を揺らした。なんだかおじい様とユーカリが会話をしているように見える。
すると、アルカヌム様まで、ユーカリの木に手を添えた。
「マイン、ずっと探してたんだぞ。かくれんぼが得意だったな。だからといって、こんなところに隠れてどうする。あんなやつやめとけと、私とコーラボ様が反対したんだ。案の定、いや、思った以上のクズだったじゃないか。侯爵家を追い出されそうになったあの時だって、あんなやつさっさと見捨ててアイリスちゃんだけを連れて私の所に来ればよかったのに。お前の判断ミスで、あんなクズにしてやられるとは。おかげで、アイリスちゃんがこんなにも傷ついたんだぞ?」
ユーカリの細い枝が、しょんぼりしたみたいに、ぐいーんとカーブを下に描いた。
(中にお母様が? 聞いたことがあるわ。はるか昔、無機物に人間を監禁する捕虜を収容したり、処刑するための魔法があったって。でも、有機物に人間を閉じ込めるなんて大丈夫なのかしら? あ、もしかして、その中から、ずっと見守って助けてくださっていたの? ああ、本当に、火事に巻き込まれなくてよかった……)
よく見れば、わたくしが空腹の時に果実をくれた木や、心を和ませてくれた花も生き残っている。それらもまた、おじい様たちの言葉に、ユーカリの木と同じような反応をしていた。
「お母様、ここにずっといらしてたんですね。わたくしです。アイリスです……」
お母様が、わたくしが飢えたり悲しんだりしないように、草木に魔力を注いでくれていたのかと嬉しくなった。わたくしは、ユーカリの木の幹に抱きついて涙を流す。
「お母様、お母様、わたくしにもお母様の魔力が見えたら、お母様を感じることが出来たらいいのに……おじい様、お母様をここから助けることはできないのでしょうか?」
「生きている木の中に閉じ込められたマインを助けるには、少々骨が折れる。わしでも出来るかどうか。繊細な魔法は苦手なんだ。どかーんと大きな魔法を使うと、ヘタをすれば、ユーカリだけでなく、中のマインまで破壊されるからな」
「はい。木は単なる無機物ではありませんから、その術式は非常に複雑で、しかも長年ここにおられたということは、ユーカリの成長と共に、更に複雑に絡み合っているでしょう」
「完全に同化していれば、ユーカリたちがこんなにも反応するはずがない。あまり猶予はなさそうだが、まだ間に合う。ユーカリの木の中にある、マインの魔力とユーカリの生命の輝きを完全に分断させる必要がありますね」
「たとえ、無機物であろうと、有機物であろうと、異物を組み合わせる術式は、すぐにわかると思います。古い文献で、そういった術式を見たことがありますから。勿論覚えています。でも、わたくしには肝心の魔力が見えませんし、それらを引き離す魔法は使えません……」
魔法を使うには、術式を完全に理解する必要がある。即時発動の魔法なら、術式はそれほど難しくない。でも、過去の復号化された魔法の術式を理解するなど、おじい様たちでもすぐには無理だろう。
「そうか。それでこそわしの孫。わしたちが、時間をかけて術式を計算して魔法を行使するよりも、アイリスがしたほうがはやいな。なぁ、アイリス。お前の白色の魔力は、この世のどの白色よりも美しい。そして、マインの魔力の色は金色だ。きっと、お前になら見えるはずだ。何物にも染まっていない、どんな色とも混じりあえるのが純度が高い白なんだ。しかも、マインはお前の母親だ。どんな小さなひと粒でもいい。マインを感じてごらん」
「何者にも染まっておらず、どんな色とも混じりあえる……おじい様、わたくしに出来るでしょうか……」
おじい様の、研究にあけくれたしわだらけの手が、優しくわたくしの肩におかれた。
「アイリスちゃん、マインの魔力の色は、太陽の光のように輝く金色だった。あいつの金は、きつい性格そっくりでな。苛烈で眩しく、見るものを引き付ける。そんな黄金のような輝きの持ち主は、マイン以外にみたことがない。きっと、君になら見えるはずさ」
「黄金の輝き……アルカヌム様、わたくし、本当に魔力の色なんて見えたことがないんですけど……」
アルカヌム様の、節々が大きくて温かい手が、おじい様の手と反対側の肩に置かれる。
すると、ふたりの魔力が、肩から入ってくるかのような、そんな不思議な感覚に包まれた。
わたくしには、おじい様たちのように魔法を使えないから、金色の魔力なんてわからない。でも、ユーカリの木の温かさや、生命の脈動を感じた。
ならば、他ならぬ血のつながったお母様の魔力も、ひょっとしたら感じる事が出来るかもしれない。
わたくしは、いつだってダメで元々だった。どれほど努力しても、論文が認められなかった時のように、ダメだったことのほうが多い。
(そうよ、ダメでもともと、だもの。お母様を助けたい。おじい様たちも、きっとなんらかの解決策を見つけてくれるにちがいない。でも、今はわたくしがやらなくちゃ。わたくしがお母様を助けなきゃ、一体、誰がやるというの)
目を閉じて、頬と耳をユーカリの木に当てる。失敗はできないだろう。じっと、ユーカリの木とお母様に意識を集中させようとしたとき、不快な音がそれを邪魔した。
albus iris─ アルブス イーリス: 白いアイリス
花言葉→「あなたを大切にします」「純粋」「思いやり」
因みに、黄色いアイリスは復讐など
わたくしたちとの再会を、ユーカリたちが喜んでいるみたいに、風がほとんどないというのに木の葉が揺れる音がした。
「ふむ……。なるほど……」
おじい様が、ユーカリの木を見上げる。そして、何らかの魔法を使ったようだ。それに反応して、ユーカリの木が激しく葉を揺らす。
「マイン、まさかとは思ったがこんなところに閉じ込められていたのか。久しぶりだね。聞こえるか? コーラボだよ」
「え? おじい様、今なんて……」
「アイリス、マインはお前が信じていたように生きているぞ。危うい状態だが。良かったな」
「ええ? 本当に? 本当でしょうか?」
ユーカリの木が、なんだか嬉しそうにカサカサと大きく葉を揺らした。なんだかおじい様とユーカリが会話をしているように見える。
すると、アルカヌム様まで、ユーカリの木に手を添えた。
「マイン、ずっと探してたんだぞ。かくれんぼが得意だったな。だからといって、こんなところに隠れてどうする。あんなやつやめとけと、私とコーラボ様が反対したんだ。案の定、いや、思った以上のクズだったじゃないか。侯爵家を追い出されそうになったあの時だって、あんなやつさっさと見捨ててアイリスちゃんだけを連れて私の所に来ればよかったのに。お前の判断ミスで、あんなクズにしてやられるとは。おかげで、アイリスちゃんがこんなにも傷ついたんだぞ?」
ユーカリの細い枝が、しょんぼりしたみたいに、ぐいーんとカーブを下に描いた。
(中にお母様が? 聞いたことがあるわ。はるか昔、無機物に人間を監禁する捕虜を収容したり、処刑するための魔法があったって。でも、有機物に人間を閉じ込めるなんて大丈夫なのかしら? あ、もしかして、その中から、ずっと見守って助けてくださっていたの? ああ、本当に、火事に巻き込まれなくてよかった……)
よく見れば、わたくしが空腹の時に果実をくれた木や、心を和ませてくれた花も生き残っている。それらもまた、おじい様たちの言葉に、ユーカリの木と同じような反応をしていた。
「お母様、ここにずっといらしてたんですね。わたくしです。アイリスです……」
お母様が、わたくしが飢えたり悲しんだりしないように、草木に魔力を注いでくれていたのかと嬉しくなった。わたくしは、ユーカリの木の幹に抱きついて涙を流す。
「お母様、お母様、わたくしにもお母様の魔力が見えたら、お母様を感じることが出来たらいいのに……おじい様、お母様をここから助けることはできないのでしょうか?」
「生きている木の中に閉じ込められたマインを助けるには、少々骨が折れる。わしでも出来るかどうか。繊細な魔法は苦手なんだ。どかーんと大きな魔法を使うと、ヘタをすれば、ユーカリだけでなく、中のマインまで破壊されるからな」
「はい。木は単なる無機物ではありませんから、その術式は非常に複雑で、しかも長年ここにおられたということは、ユーカリの成長と共に、更に複雑に絡み合っているでしょう」
「完全に同化していれば、ユーカリたちがこんなにも反応するはずがない。あまり猶予はなさそうだが、まだ間に合う。ユーカリの木の中にある、マインの魔力とユーカリの生命の輝きを完全に分断させる必要がありますね」
「たとえ、無機物であろうと、有機物であろうと、異物を組み合わせる術式は、すぐにわかると思います。古い文献で、そういった術式を見たことがありますから。勿論覚えています。でも、わたくしには肝心の魔力が見えませんし、それらを引き離す魔法は使えません……」
魔法を使うには、術式を完全に理解する必要がある。即時発動の魔法なら、術式はそれほど難しくない。でも、過去の復号化された魔法の術式を理解するなど、おじい様たちでもすぐには無理だろう。
「そうか。それでこそわしの孫。わしたちが、時間をかけて術式を計算して魔法を行使するよりも、アイリスがしたほうがはやいな。なぁ、アイリス。お前の白色の魔力は、この世のどの白色よりも美しい。そして、マインの魔力の色は金色だ。きっと、お前になら見えるはずだ。何物にも染まっていない、どんな色とも混じりあえるのが純度が高い白なんだ。しかも、マインはお前の母親だ。どんな小さなひと粒でもいい。マインを感じてごらん」
「何者にも染まっておらず、どんな色とも混じりあえる……おじい様、わたくしに出来るでしょうか……」
おじい様の、研究にあけくれたしわだらけの手が、優しくわたくしの肩におかれた。
「アイリスちゃん、マインの魔力の色は、太陽の光のように輝く金色だった。あいつの金は、きつい性格そっくりでな。苛烈で眩しく、見るものを引き付ける。そんな黄金のような輝きの持ち主は、マイン以外にみたことがない。きっと、君になら見えるはずさ」
「黄金の輝き……アルカヌム様、わたくし、本当に魔力の色なんて見えたことがないんですけど……」
アルカヌム様の、節々が大きくて温かい手が、おじい様の手と反対側の肩に置かれる。
すると、ふたりの魔力が、肩から入ってくるかのような、そんな不思議な感覚に包まれた。
わたくしには、おじい様たちのように魔法を使えないから、金色の魔力なんてわからない。でも、ユーカリの木の温かさや、生命の脈動を感じた。
ならば、他ならぬ血のつながったお母様の魔力も、ひょっとしたら感じる事が出来るかもしれない。
わたくしは、いつだってダメで元々だった。どれほど努力しても、論文が認められなかった時のように、ダメだったことのほうが多い。
(そうよ、ダメでもともと、だもの。お母様を助けたい。おじい様たちも、きっとなんらかの解決策を見つけてくれるにちがいない。でも、今はわたくしがやらなくちゃ。わたくしがお母様を助けなきゃ、一体、誰がやるというの)
目を閉じて、頬と耳をユーカリの木に当てる。失敗はできないだろう。じっと、ユーカリの木とお母様に意識を集中させようとしたとき、不快な音がそれを邪魔した。
albus iris─ アルブス イーリス: 白いアイリス
花言葉→「あなたを大切にします」「純粋」「思いやり」
因みに、黄色いアイリスは復讐など
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