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34 物置
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久しぶりに見上げた侯爵家は、ジョアンの家よりも小さく見えた。ただ、得体のしれない恐ろしい迫力がある。
「アイリス、大丈夫か?」
「ええ。行きましょう」
ジョアンとおじい様が、わたくしを気遣ってくれる。わたくしは、門番に用件を伝えた。
「は? 本日来客があるなど、聞いておらん。不審者として通報されたくなけりゃ、とっとと帰れ!」
侯爵家から指定された日時はあっている。わたくしは、何かの間違いではないか確認するよう門番に頼んだ。
「だから。俺は忙しいんだ。お前らみたいなやつを、いちいち相手にしてられるか。なんだ、目深にフードを被って。顔もまともに見せられないようなやつを、この門を通すわけにはいかない」
わたくしは、白い髪を隠すためにフードを深く被っていた。おじい様とジョアンも、わたくしだけが目立たないようにフードをしているから、門番の言うように怪しい3人組だと思われても仕方がないのかもしれない。
「あの、この手紙を……」
会うことを承諾した、家紋のシール入りの手紙を差し出しても、結果は同じだった。
「行こう。こいつに言ってもらちがあかない。そもそも、門前払いするつもりだったのだろう」
「そんな……!」
ここに来たのは、クアドリ様に指輪を外すように依頼することだ。ついでに、義父に挨拶をしたいと、ジョアンが言ったので、オウトレスイリア国に永住することを伝えるためにもあの人にも会う予定がある。
それともうひとつ。お母様の行方のカギを見つけることだ。
門番が入れてくれなくても、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。強く詰め寄ろうとすると、ジョアンが肩にぽんっと手を置いてきた。
「ま、いいからいいから。どうせ、そんなこったろうと思ってな。俺に考えがある。あっちに行こうぜ」
ジョアンの向かう先に一緒に行く。門番は、わたくしたちが完全に視界から消えるまで睨みつけていた。
「ジョアン、考えって?」
「いや、なに。入れてくれなけりゃ、おしとおる! ってな。じいさん、行くぜ!」
「え? それって、不法侵入じゃ……」
「そうとも言う! 歯をくいしばれ!」
「ははは、こういう時はおまえの言う通りにしたほうがいいな」
ジョアンが、わたくしを抱きしめると、ぽんっと跳躍した。まるで、道端の小石をよけるかのように、全然力が入っていないようなのに、何メートルもある侯爵家の壁を軽々超える。おじい様は、魔法を使って空を飛んでいた。
「~~~~!」
いきなりのことでびっくりした。でも、学園でジョアンとペアになってから、こういうことがたくさんあったので、なんとか悲鳴を飲み込むことができてほっとする。大声で騒げば、せっかくこっそり侵入しても、すぐに見つかっただろう。
「よしっと。アイリス、立てるか?」
「ええ」
「えらく荒れ果てた庭だな」
わたくしたちが降り立った場所は、ユーカリの木のある裏庭だった。つまり、すぐ近くにわたくしが住んでいた部屋がある。
「ジョアン、あそこ。あそこの部屋なら、完全に放置されているから入れるわ」
「そうか」
おじい様は、庭が気になるみたいで、後から行くと言われた。また何か、自分だけで動くんじゃないか心配になる。
「おじい様……」
「今度はちゃんと約束を守る。それに、GPSを持ってるだろ?」
GPSは、わたくしたち3人とも持っている。これさえあれば、広い侯爵家とはいえ、どこにわたくしたちがいるのか把握できるから安心だ。
「いざとなったら、あいつがなんとかしてくれる」
「まあ、おじい様ったら」
あいつとは、もう手伝わないと笑っていたご友人のことだ。なんだかんだで、彼も無鉄砲なおじい様を放っておけないお人よしなのだろう。
「アイリス、じいさんはああ見えて強い。大丈夫だ。行こうぜ」
「ええ」
最初に会うのは、クアドリ様か父なのか。ドキドキしながらバルコニーから部屋に入る。やはりというか、部屋の中は埃まみれで蜘蛛の巣まで張られている。カビのにおいが充満していて、鼻が曲がりそうだ。
「物置、か? それにしては、ぼろぼろの机と、木でできた硬そうな椅子。それに、シーツが一枚被っている大きな箱くらいしかねぇな」
「ここは、物置じゃないわ。わたくしが、この家で暮らしていた部屋よ。大きな箱は、ベッドなの」
「は? これがベッド? 木の箱じゃなくて?」
「……ええ。床で寝るよりマシだったわ」
「ユーカリの木の枝のほうが、よっぽど快適に眠れるだろ……」
ジョアンが、心底呆れたようにつぶやいた。こんな、罪人が収容されている牢屋よりも粗末な場所で暮らしていたなんて、本当は知られたくなかった。恥ずかしくて顔が熱くなる。
「こんなところに、アイリスを……ぜってぇ、許さねぇ……」
「ジョアン、行きましょう」
わたくしは、ぎいぎい蝶番がさび付いた扉を開ける。そのきしむ音が、シーンと静まりかえった廊下に響いた。バレやしないかとヒヤっとしたけれど、誰も近くにいないようだ。
「こっちよ」
執務室など、人が多くなるところは、慎重に進む。幸い、人とすれ違うことなくたどりつけた。
「こんなにも人とすれ違わないなんて……」
いくらなんでもおかしい。変だと思ったその時、おじい様が残った裏庭で、大きな爆音が鳴り響いた。
「アイリス、大丈夫か?」
「ええ。行きましょう」
ジョアンとおじい様が、わたくしを気遣ってくれる。わたくしは、門番に用件を伝えた。
「は? 本日来客があるなど、聞いておらん。不審者として通報されたくなけりゃ、とっとと帰れ!」
侯爵家から指定された日時はあっている。わたくしは、何かの間違いではないか確認するよう門番に頼んだ。
「だから。俺は忙しいんだ。お前らみたいなやつを、いちいち相手にしてられるか。なんだ、目深にフードを被って。顔もまともに見せられないようなやつを、この門を通すわけにはいかない」
わたくしは、白い髪を隠すためにフードを深く被っていた。おじい様とジョアンも、わたくしだけが目立たないようにフードをしているから、門番の言うように怪しい3人組だと思われても仕方がないのかもしれない。
「あの、この手紙を……」
会うことを承諾した、家紋のシール入りの手紙を差し出しても、結果は同じだった。
「行こう。こいつに言ってもらちがあかない。そもそも、門前払いするつもりだったのだろう」
「そんな……!」
ここに来たのは、クアドリ様に指輪を外すように依頼することだ。ついでに、義父に挨拶をしたいと、ジョアンが言ったので、オウトレスイリア国に永住することを伝えるためにもあの人にも会う予定がある。
それともうひとつ。お母様の行方のカギを見つけることだ。
門番が入れてくれなくても、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。強く詰め寄ろうとすると、ジョアンが肩にぽんっと手を置いてきた。
「ま、いいからいいから。どうせ、そんなこったろうと思ってな。俺に考えがある。あっちに行こうぜ」
ジョアンの向かう先に一緒に行く。門番は、わたくしたちが完全に視界から消えるまで睨みつけていた。
「ジョアン、考えって?」
「いや、なに。入れてくれなけりゃ、おしとおる! ってな。じいさん、行くぜ!」
「え? それって、不法侵入じゃ……」
「そうとも言う! 歯をくいしばれ!」
「ははは、こういう時はおまえの言う通りにしたほうがいいな」
ジョアンが、わたくしを抱きしめると、ぽんっと跳躍した。まるで、道端の小石をよけるかのように、全然力が入っていないようなのに、何メートルもある侯爵家の壁を軽々超える。おじい様は、魔法を使って空を飛んでいた。
「~~~~!」
いきなりのことでびっくりした。でも、学園でジョアンとペアになってから、こういうことがたくさんあったので、なんとか悲鳴を飲み込むことができてほっとする。大声で騒げば、せっかくこっそり侵入しても、すぐに見つかっただろう。
「よしっと。アイリス、立てるか?」
「ええ」
「えらく荒れ果てた庭だな」
わたくしたちが降り立った場所は、ユーカリの木のある裏庭だった。つまり、すぐ近くにわたくしが住んでいた部屋がある。
「ジョアン、あそこ。あそこの部屋なら、完全に放置されているから入れるわ」
「そうか」
おじい様は、庭が気になるみたいで、後から行くと言われた。また何か、自分だけで動くんじゃないか心配になる。
「おじい様……」
「今度はちゃんと約束を守る。それに、GPSを持ってるだろ?」
GPSは、わたくしたち3人とも持っている。これさえあれば、広い侯爵家とはいえ、どこにわたくしたちがいるのか把握できるから安心だ。
「いざとなったら、あいつがなんとかしてくれる」
「まあ、おじい様ったら」
あいつとは、もう手伝わないと笑っていたご友人のことだ。なんだかんだで、彼も無鉄砲なおじい様を放っておけないお人よしなのだろう。
「アイリス、じいさんはああ見えて強い。大丈夫だ。行こうぜ」
「ええ」
最初に会うのは、クアドリ様か父なのか。ドキドキしながらバルコニーから部屋に入る。やはりというか、部屋の中は埃まみれで蜘蛛の巣まで張られている。カビのにおいが充満していて、鼻が曲がりそうだ。
「物置、か? それにしては、ぼろぼろの机と、木でできた硬そうな椅子。それに、シーツが一枚被っている大きな箱くらいしかねぇな」
「ここは、物置じゃないわ。わたくしが、この家で暮らしていた部屋よ。大きな箱は、ベッドなの」
「は? これがベッド? 木の箱じゃなくて?」
「……ええ。床で寝るよりマシだったわ」
「ユーカリの木の枝のほうが、よっぽど快適に眠れるだろ……」
ジョアンが、心底呆れたようにつぶやいた。こんな、罪人が収容されている牢屋よりも粗末な場所で暮らしていたなんて、本当は知られたくなかった。恥ずかしくて顔が熱くなる。
「こんなところに、アイリスを……ぜってぇ、許さねぇ……」
「ジョアン、行きましょう」
わたくしは、ぎいぎい蝶番がさび付いた扉を開ける。そのきしむ音が、シーンと静まりかえった廊下に響いた。バレやしないかとヒヤっとしたけれど、誰も近くにいないようだ。
「こっちよ」
執務室など、人が多くなるところは、慎重に進む。幸い、人とすれ違うことなくたどりつけた。
「こんなにも人とすれ違わないなんて……」
いくらなんでもおかしい。変だと思ったその時、おじい様が残った裏庭で、大きな爆音が鳴り響いた。
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