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quadriークアドリ
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俺は今、とある工房に来ている。ここは、俺の家がかかえる宝石店だ。表は普通の宝石店だが、地下では特別な指輪などの宝飾品を作っている。
「これはこれは、お坊ちゃま。むさ苦しいところにようこそお越しいただき……」
小さな地下室では、汚い平民の男たちが作業しているから、むさ苦しいだけでなく臭いし汚い。余計な時間を一秒たりともこんなところで過ごしたくない。すぐさま本題に入った。
「長ったらしい挨拶はいい。どうだ、できたか?」
鼻に、ラドロウから貰ったハンカチをあてて進捗状況を聞く。
「こちらを……。今までとは比べ物にならないほど強力なものが出来ました」
「ふん」
俺は、男が差し出した小さな指輪を手に取る。そいつのごつごつした指先は、洗っても汚れないほど汚れていて、指輪を受け取るために少々触れるのが非常に嫌だが仕方ない。台座の上には、アクアマリンがあしらわれていた。
「今度は、無能な色なしの女以外にも効くんだろうな?」
以前、試作品を、悍ましい白い髪の化け物に与えた。よく見れば顔立ちは整っていたが、なんせ世界の忌み子だ。家のためとはいえ、婚約状態を続けるのは吐き気を催すほど生理的に受け付けなかった。
だから、アレに会うたびに、なるべく見ないようにしていたが、ふとした時に見えるアレの髪が札束に見えるように認識阻害の魔法をかけてもらっていた。札束相手になら、心にもない甘い言葉などいくらでもかけられた。そうでなければ、側に近寄っただけで嘔吐しただろう。
「うちの職人で試してみましたが、通常の人間の持つ魔力量くらいでははじかれませんでした」
「通常の人間では役に立たないだろう? 相手は貴族なんだ。ほとんどが平民の国の平均値など高が知れている。最低でも、伯爵家の人間には効果がないと無駄だ!」
俺は、渡されたアクアマリンを、風魔法で粉々にしようと切りつけた。中に込められた魔力は大したことはないが、アクアマリンそのものは本物だ。俺の魔法では、小さな傷がついただけで粉々にはならなかったのが腹立たしい。
「で、ですが。純度が高い宝石に、魅了のような精神に強制的に影響を及ぼすような魔法を込めるのは至難の業でして。魔力持ちの高位貴族のご令嬢に効力を発揮するくらいまでの魔法を込めるには、まだ時間がかかるかと」
「ちっ」
今の婚約者のラドロウは、その身の内に火の魔法を操る膨大な魔力を秘めている。初期の試作品である、アクアマリンの指輪を身に着けるだけで、いとも簡単にかかった無能のアレではない。
何度か俺の色の宝石類を渡したが、彼女は、最初のころは俺に興味すら持たなさそうだった。侯爵家の後継者である彼女の姉という存在を出し抜くために、俺を利用して声をかけてきたのはわかっている。
だが、アップグレードした試作品ができるたびにそれらを身に着けさせ、催眠系の薬をお茶などで摂取させなければ、ここまで俺にほれ込むことはなかっただろう。
今では俺にぞっこんだ。婚約状態はいつでも解消されるが、このまま順当にいけば、近いうちにラドロウが女侯爵となり、彼女の最愛の夫である俺が侯爵家を思うがままに動かせる。
(ラドロウは、俺の言うことは聞くだろうが、いつ気が変わるかわからない。人間というものは、欲が出るとどれほどあくどいことも平気でする。そして、いとも簡単に裏切るものだ。絶対に、死ぬまで俺のことを絶対的な存在だと思わせておかなければ)
「あと2年だ。彼女が正式に女侯爵になる前に、彼女をその指輪だけで魅了できるアイテムを作れ。作れなければ、お前だけでなく従業員は再び職を失うぞ。そうなれば、家族も……わかってるな?」
「は、はい。温情、ありがとうございます」
俯いた男の瞳に、反抗めいた光が見える。それもそのはず。男たちは、このような違法な仕事をしたくないからだ。だが、工房が破産して路頭に迷っていたこいつらに仕事を与えて救ったのは俺だ。さらに、保険として仕事仲間や身内を盾にとっている間は言うことを聞くだろう。
(まぁ、この男や従業員が働いていたもとの工房を破産させたのは俺だがな)
男たちは、俺が破産させた男だとは気づいていない。不服でも、恩人ということもあり必死に俺の望み通りのアイテムを作り続けるだろう。
(ラドロウを完全に支配下に置けば……)
あの家は、今は落ちぶれているが、先妻が残した事業の名残がたくさんある。それらを有効活用して、莫大な富を得る算段はついているのだ。今すぐその事業をすれば、その富は全て現公爵とラドロウのものになる。その金を、俺ひとりのものにするには、まずは侯爵家の婿という立場にならなければならない。
「とりあえず、今のアイテムは貰っていく。次に来た時には、もっと完成度を上げておけよ」
そう言いながら、男が差し出したアクアマリンの指輪とネックレス、そしてピアスのセットをわしづかんだ。
その足でラドロウの元に向かう。手にはさっきのアクアマリンのセットと、催眠剤入りのクッキーを持って。
(そういえば、アレに渡した指輪を回収していないな。魅了されているとはいえ、アレに慕われているとか身の毛がよだつ。まあ、二度と会わないだろうが気持ちのいいものではないな)
忌々しい、過去の汚点。他者が無理に外せば、アレの精神がずたずただ。かといって、俺が外してやらねば、アレは指輪を見る度に俺の面影と俺への愛を思い出して、外そうとしないだろう。
(化け物の精神がどうなろうが知った事ではない。いっそ、スリにでも、無理やり抜き取られれば良いものを)
舌打ちをしながら、ラドロウの元に向かったのである。
quadriークアドリ:四番目の、二の次
「これはこれは、お坊ちゃま。むさ苦しいところにようこそお越しいただき……」
小さな地下室では、汚い平民の男たちが作業しているから、むさ苦しいだけでなく臭いし汚い。余計な時間を一秒たりともこんなところで過ごしたくない。すぐさま本題に入った。
「長ったらしい挨拶はいい。どうだ、できたか?」
鼻に、ラドロウから貰ったハンカチをあてて進捗状況を聞く。
「こちらを……。今までとは比べ物にならないほど強力なものが出来ました」
「ふん」
俺は、男が差し出した小さな指輪を手に取る。そいつのごつごつした指先は、洗っても汚れないほど汚れていて、指輪を受け取るために少々触れるのが非常に嫌だが仕方ない。台座の上には、アクアマリンがあしらわれていた。
「今度は、無能な色なしの女以外にも効くんだろうな?」
以前、試作品を、悍ましい白い髪の化け物に与えた。よく見れば顔立ちは整っていたが、なんせ世界の忌み子だ。家のためとはいえ、婚約状態を続けるのは吐き気を催すほど生理的に受け付けなかった。
だから、アレに会うたびに、なるべく見ないようにしていたが、ふとした時に見えるアレの髪が札束に見えるように認識阻害の魔法をかけてもらっていた。札束相手になら、心にもない甘い言葉などいくらでもかけられた。そうでなければ、側に近寄っただけで嘔吐しただろう。
「うちの職人で試してみましたが、通常の人間の持つ魔力量くらいでははじかれませんでした」
「通常の人間では役に立たないだろう? 相手は貴族なんだ。ほとんどが平民の国の平均値など高が知れている。最低でも、伯爵家の人間には効果がないと無駄だ!」
俺は、渡されたアクアマリンを、風魔法で粉々にしようと切りつけた。中に込められた魔力は大したことはないが、アクアマリンそのものは本物だ。俺の魔法では、小さな傷がついただけで粉々にはならなかったのが腹立たしい。
「で、ですが。純度が高い宝石に、魅了のような精神に強制的に影響を及ぼすような魔法を込めるのは至難の業でして。魔力持ちの高位貴族のご令嬢に効力を発揮するくらいまでの魔法を込めるには、まだ時間がかかるかと」
「ちっ」
今の婚約者のラドロウは、その身の内に火の魔法を操る膨大な魔力を秘めている。初期の試作品である、アクアマリンの指輪を身に着けるだけで、いとも簡単にかかった無能のアレではない。
何度か俺の色の宝石類を渡したが、彼女は、最初のころは俺に興味すら持たなさそうだった。侯爵家の後継者である彼女の姉という存在を出し抜くために、俺を利用して声をかけてきたのはわかっている。
だが、アップグレードした試作品ができるたびにそれらを身に着けさせ、催眠系の薬をお茶などで摂取させなければ、ここまで俺にほれ込むことはなかっただろう。
今では俺にぞっこんだ。婚約状態はいつでも解消されるが、このまま順当にいけば、近いうちにラドロウが女侯爵となり、彼女の最愛の夫である俺が侯爵家を思うがままに動かせる。
(ラドロウは、俺の言うことは聞くだろうが、いつ気が変わるかわからない。人間というものは、欲が出るとどれほどあくどいことも平気でする。そして、いとも簡単に裏切るものだ。絶対に、死ぬまで俺のことを絶対的な存在だと思わせておかなければ)
「あと2年だ。彼女が正式に女侯爵になる前に、彼女をその指輪だけで魅了できるアイテムを作れ。作れなければ、お前だけでなく従業員は再び職を失うぞ。そうなれば、家族も……わかってるな?」
「は、はい。温情、ありがとうございます」
俯いた男の瞳に、反抗めいた光が見える。それもそのはず。男たちは、このような違法な仕事をしたくないからだ。だが、工房が破産して路頭に迷っていたこいつらに仕事を与えて救ったのは俺だ。さらに、保険として仕事仲間や身内を盾にとっている間は言うことを聞くだろう。
(まぁ、この男や従業員が働いていたもとの工房を破産させたのは俺だがな)
男たちは、俺が破産させた男だとは気づいていない。不服でも、恩人ということもあり必死に俺の望み通りのアイテムを作り続けるだろう。
(ラドロウを完全に支配下に置けば……)
あの家は、今は落ちぶれているが、先妻が残した事業の名残がたくさんある。それらを有効活用して、莫大な富を得る算段はついているのだ。今すぐその事業をすれば、その富は全て現公爵とラドロウのものになる。その金を、俺ひとりのものにするには、まずは侯爵家の婿という立場にならなければならない。
「とりあえず、今のアイテムは貰っていく。次に来た時には、もっと完成度を上げておけよ」
そう言いながら、男が差し出したアクアマリンの指輪とネックレス、そしてピアスのセットをわしづかんだ。
その足でラドロウの元に向かう。手にはさっきのアクアマリンのセットと、催眠剤入りのクッキーを持って。
(そういえば、アレに渡した指輪を回収していないな。魅了されているとはいえ、アレに慕われているとか身の毛がよだつ。まあ、二度と会わないだろうが気持ちのいいものではないな)
忌々しい、過去の汚点。他者が無理に外せば、アレの精神がずたずただ。かといって、俺が外してやらねば、アレは指輪を見る度に俺の面影と俺への愛を思い出して、外そうとしないだろう。
(化け物の精神がどうなろうが知った事ではない。いっそ、スリにでも、無理やり抜き取られれば良いものを)
舌打ちをしながら、ラドロウの元に向かったのである。
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