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なんだか寒い気がして目が覚めた。あったかさを求めてお腹を弄ってみたけれど、お腹にいたコアラがいない。
「……? ジョアンさん?」
トイレにでもいったのだろうか。ゆっくり起き上がり、彼を探す。
「ジョアン?」
雷は聞こえないけれど、まだ強い雨が降り続いているようだ。
山の中にある、外灯ひとつない小屋は、さっきの部屋は暖炉で明るかったけれど、別の部屋では小さなランプの炎だけが揺れているだけ。ぼんやりとは明るいが、真っ暗闇に取り残された気がして恐ろしくなった。
「ジョアンさん、ジョアンさん!」
必死に彼を呼ぶ。すると、玄関のドアがバタンと開く。音にびっくりしてしゃがんだ。
「なな、なんだ、どうした、アイリス!」
「あ、ジョアンさん!」
わたくしが、半分パニックになっているからか、彼が焦ったように名前を呼んでくれた。わたくしは、その瞬間、コアラじゃない大きな彼に駆け寄って抱きつく。
「ジョアンさん、ジョアンさん……」
「アイリス、どうしたんだ?」
わたくしがいきなり抱きついたことで、彼は戸惑っているようだ。でも、彼の名前を繰り返すわたくしの頭と背中を、子供をあやすように撫でてくれた。
さっきまでの恐ろしい気持ちが瞬く間になくなった。心が落ち着いてくると、何もないのに変に怖がって、抱きついてしまったことが恥ずかしくなる。
でも、いきなり離れるのも変に思えて、彼の腕にすっぽりおさまったままになった。
(どどど、どうしよう……。さっきまでは、もふもふの彼を抱っこしていたのはわたくしなのに、今は逆じゃない)
この後、どうしていいかわからず、頭がくらくらする。
「アイリス、落ち着いたか?」
なぜだろう。ジョアンさんがすごく優しい。撫でてくれる手も、以前も優しかったけれど、もっと慎重に、でもしっかり撫でてくれている気がする。
まるで、守ってくれているみたいに思えて、ほっと力が抜けた。
「あの、起きたらコアラ、ジョアンさんがいなくて、びっくりしちゃったんです……。あと、暗くてシーンとしていたから、ジョアンさんがどこかに行っちゃったかと思って……怖かったんです」
すると、ぎゅっと抱きしめられた。
「こんなところに、愛、……アイリスを置いていくわけないだろ。あー、さっきは。……そう、外を見回っていただけだ」
「大雨の中?」
「こんなの、たいした雨じゃねぇよ。危険なものもいなかったし、安心してここで寝てて良いからな」
なんと、ジョアンさんは周囲の見回りをしてくれていたらしい。わたくしは、自分ひとり休んでしまい申し訳なくなる。
「あの、わたくしも見回りをしますから」
「馬鹿なことを言うな。こういうときは獣人の女の子でも男に任せるもんだ。ハイエナ獣人とかは例外だが。だから、アイリスはゆっくり休んでろ」
やっぱり、わたくしは足手まといなんだとがっくり肩を落とす。でも、無理に動いて彼の足をひっぱるほうが迷惑だろう。
(わたくしが、ジョアンさんのためにできることは、ないのかしら……何か……あ!)
そういえば、わたくしたちはお昼ご飯を食べたっきりだ。悪天候のために、日の傾きどころか星も見えない。でも、彼はお腹が空いているかもと、小屋にある保存食を使って料理を作ろうと思った。
「ジョアンさん、お腹空いてませんか?」
「ん? ああ、そういえば夕食時は過ぎているか」
「保存食くらいありますよね? わたくし、あるもので何か作りますから、今度はジョアンさんが休んでください」
「え? いや……お前、疲れているだろう?」
「ジョアンさんのおかげで、体が軽くなったんです。ですから、料理くらい任せてください!」
「なら頼む。実は、ちょっとした遊びのような運動をしたから、腹ペコだったんだ」
大雨の中の見回りは、わたくしは怖くてたまらないのに、彼にしてみればお遊びくらいの感覚なのかと驚いた。
(ジョアンさんって、やっぱりすごいのねぇ)
もう褒めるところがないくらい、評価があがっていたのに、ジョアンさんのすごいところは青天井のようだ。頼もしい彼がペアになってくれて、改めて嬉しいと思う。
わたくしは、ジョアンさんを、さっきまでお昼寝をしていたチェアに座らせた。
暖炉には、ちょっとした料理が作れるように細工しているのが見えたので、キッチンに向かう。色々戸棚を物色すると、思った以上に沢山の調理器具があった。
「えーと。何があるかしら? あ、飯盒もあるわ」
バーベキュー用のものを中心に、献立を考える。保存食を取り出した。
「よし、これにしよう」
わたくしは、備蓄されていたお米を研いで、飯盒に入れた。水に浸している間に、小麦粉と塩を練って簡単なパン生地を作る。その中に、干し椎茸、干し鮑などの食材を戻したあと小さく切り、カレールゥで炒めたものを入れた。
はちみつも見つけたので、パン生地にドライフルーツを練り込み、外に塗って甘みをつけた。
オーブンで簡単な惣菜パンを焼いている間に、飯盒でごはんを炊く。10分ほどで火から降ろそうとした時、焦げのにおいがした。火力が強かったからか、底のほうが焦げてしまったようだ。
「うまそうだな」
「え? ジョアンさん、寝てたんじゃ……」
「カレーやはちみつの匂いで目が覚めた。やけどするから、米は俺がやる」
「ダメです。ジョアンさんは休んでいてください」
「アイリスの手料理を、早く食べたいんだ。アイリスは、パンでも焼いているのか? それを持ってきてくれ」
お言葉に甘えて、オーブンを見にいくことにした。ジョアンさんが、手際よく飯盒をひっくり返す。15分ほど蒸らせば完成だ。
(ジョアンさんは、きっといい旦那様やお父様になるわね)
面倒見が良くて優しくて、こうした家事なんかも、手伝いじゃなくて率先してこなす。
これほど完璧な人がいるなんてと驚いた。
暖炉の側の、小さなテーブルに料理を並べる。椅子はないから、フローリングに直に座った。
「アイリスは、食べないのか?」
「わたくしは、お昼寝をしちゃったからあまり空いてませんけれども」
「食べないとダメだ。俺達と違うんだ。少しでもいいからお前も食べろ。お前が食べないのなら、俺も食べない」
本当にお腹が空いていないのに、そう言われてしまい、彼と一緒に夕食を楽しんだのであった。
「……? ジョアンさん?」
トイレにでもいったのだろうか。ゆっくり起き上がり、彼を探す。
「ジョアン?」
雷は聞こえないけれど、まだ強い雨が降り続いているようだ。
山の中にある、外灯ひとつない小屋は、さっきの部屋は暖炉で明るかったけれど、別の部屋では小さなランプの炎だけが揺れているだけ。ぼんやりとは明るいが、真っ暗闇に取り残された気がして恐ろしくなった。
「ジョアンさん、ジョアンさん!」
必死に彼を呼ぶ。すると、玄関のドアがバタンと開く。音にびっくりしてしゃがんだ。
「なな、なんだ、どうした、アイリス!」
「あ、ジョアンさん!」
わたくしが、半分パニックになっているからか、彼が焦ったように名前を呼んでくれた。わたくしは、その瞬間、コアラじゃない大きな彼に駆け寄って抱きつく。
「ジョアンさん、ジョアンさん……」
「アイリス、どうしたんだ?」
わたくしがいきなり抱きついたことで、彼は戸惑っているようだ。でも、彼の名前を繰り返すわたくしの頭と背中を、子供をあやすように撫でてくれた。
さっきまでの恐ろしい気持ちが瞬く間になくなった。心が落ち着いてくると、何もないのに変に怖がって、抱きついてしまったことが恥ずかしくなる。
でも、いきなり離れるのも変に思えて、彼の腕にすっぽりおさまったままになった。
(どどど、どうしよう……。さっきまでは、もふもふの彼を抱っこしていたのはわたくしなのに、今は逆じゃない)
この後、どうしていいかわからず、頭がくらくらする。
「アイリス、落ち着いたか?」
なぜだろう。ジョアンさんがすごく優しい。撫でてくれる手も、以前も優しかったけれど、もっと慎重に、でもしっかり撫でてくれている気がする。
まるで、守ってくれているみたいに思えて、ほっと力が抜けた。
「あの、起きたらコアラ、ジョアンさんがいなくて、びっくりしちゃったんです……。あと、暗くてシーンとしていたから、ジョアンさんがどこかに行っちゃったかと思って……怖かったんです」
すると、ぎゅっと抱きしめられた。
「こんなところに、愛、……アイリスを置いていくわけないだろ。あー、さっきは。……そう、外を見回っていただけだ」
「大雨の中?」
「こんなの、たいした雨じゃねぇよ。危険なものもいなかったし、安心してここで寝てて良いからな」
なんと、ジョアンさんは周囲の見回りをしてくれていたらしい。わたくしは、自分ひとり休んでしまい申し訳なくなる。
「あの、わたくしも見回りをしますから」
「馬鹿なことを言うな。こういうときは獣人の女の子でも男に任せるもんだ。ハイエナ獣人とかは例外だが。だから、アイリスはゆっくり休んでろ」
やっぱり、わたくしは足手まといなんだとがっくり肩を落とす。でも、無理に動いて彼の足をひっぱるほうが迷惑だろう。
(わたくしが、ジョアンさんのためにできることは、ないのかしら……何か……あ!)
そういえば、わたくしたちはお昼ご飯を食べたっきりだ。悪天候のために、日の傾きどころか星も見えない。でも、彼はお腹が空いているかもと、小屋にある保存食を使って料理を作ろうと思った。
「ジョアンさん、お腹空いてませんか?」
「ん? ああ、そういえば夕食時は過ぎているか」
「保存食くらいありますよね? わたくし、あるもので何か作りますから、今度はジョアンさんが休んでください」
「え? いや……お前、疲れているだろう?」
「ジョアンさんのおかげで、体が軽くなったんです。ですから、料理くらい任せてください!」
「なら頼む。実は、ちょっとした遊びのような運動をしたから、腹ペコだったんだ」
大雨の中の見回りは、わたくしは怖くてたまらないのに、彼にしてみればお遊びくらいの感覚なのかと驚いた。
(ジョアンさんって、やっぱりすごいのねぇ)
もう褒めるところがないくらい、評価があがっていたのに、ジョアンさんのすごいところは青天井のようだ。頼もしい彼がペアになってくれて、改めて嬉しいと思う。
わたくしは、ジョアンさんを、さっきまでお昼寝をしていたチェアに座らせた。
暖炉には、ちょっとした料理が作れるように細工しているのが見えたので、キッチンに向かう。色々戸棚を物色すると、思った以上に沢山の調理器具があった。
「えーと。何があるかしら? あ、飯盒もあるわ」
バーベキュー用のものを中心に、献立を考える。保存食を取り出した。
「よし、これにしよう」
わたくしは、備蓄されていたお米を研いで、飯盒に入れた。水に浸している間に、小麦粉と塩を練って簡単なパン生地を作る。その中に、干し椎茸、干し鮑などの食材を戻したあと小さく切り、カレールゥで炒めたものを入れた。
はちみつも見つけたので、パン生地にドライフルーツを練り込み、外に塗って甘みをつけた。
オーブンで簡単な惣菜パンを焼いている間に、飯盒でごはんを炊く。10分ほどで火から降ろそうとした時、焦げのにおいがした。火力が強かったからか、底のほうが焦げてしまったようだ。
「うまそうだな」
「え? ジョアンさん、寝てたんじゃ……」
「カレーやはちみつの匂いで目が覚めた。やけどするから、米は俺がやる」
「ダメです。ジョアンさんは休んでいてください」
「アイリスの手料理を、早く食べたいんだ。アイリスは、パンでも焼いているのか? それを持ってきてくれ」
お言葉に甘えて、オーブンを見にいくことにした。ジョアンさんが、手際よく飯盒をひっくり返す。15分ほど蒸らせば完成だ。
(ジョアンさんは、きっといい旦那様やお父様になるわね)
面倒見が良くて優しくて、こうした家事なんかも、手伝いじゃなくて率先してこなす。
これほど完璧な人がいるなんてと驚いた。
暖炉の側の、小さなテーブルに料理を並べる。椅子はないから、フローリングに直に座った。
「アイリスは、食べないのか?」
「わたくしは、お昼寝をしちゃったからあまり空いてませんけれども」
「食べないとダメだ。俺達と違うんだ。少しでもいいからお前も食べろ。お前が食べないのなら、俺も食べない」
本当にお腹が空いていないのに、そう言われてしまい、彼と一緒に夕食を楽しんだのであった。
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