完結R18 外れガチャの花嫁 

にじくす まさしよ

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 山の天候は変わりやすいというのは、本で知っていた。
 それに、ウォンたちも、十分気をつけるようにアドバイスをしてくれていたから、一泊予定だけれど、リュックにはパジャマの他に、下着とタオルを2組は持ってきていた。

 でも、頼りになるジョアンさんと一緒だから、どこか安心しきっていたのも事実で。何かあっても、彼がなんとかしてくれるという、安心という油断があった。

 あの一瞬で、体の芯まで凍えるほどの大雨になるとは思いもしなかった。しかも、空が近いため、雷がすごく近い。あれほど澄んでいた空が、怒っているように、恐ろしい様相になり、地響きが起こるほどの落雷が起こった。

 頭が真っ白になっていたわたくしを、ジョアンさんが小屋に入れてくれた。すぐに火を起こしてくれたおかげで、一ミリも動かせなくなっていた体が動くようになる。

 氷水のように冷たい水は、ラドロウや侍女たちに何度もかけられた。だから、びっとり肌にはりついた服を脱ぐのは、わりとスムーズにできた。

 タオルで体を拭き取り、下着を身につける。これは、マニーデさんと今回の遠足のために連れて行って貰ったショップで購入したものだ。普段は、白い木綿のおばあちゃんが着るような下着だったから、マニーデさんに強引にプレゼントされたものである。

 初めて着る、おしゃれな下着は上下セットになっていた。いつもの下着よりも、布が半分くらいすくない。しかも横が紐だから、これでいいのかなとリボン結びをした。

 少し照れくさいけれど、とてもかわいい。

 マニーデさん監修の、ふわもこのパジャマに着替えて隠すのが残念なくらいだった。

 温かい火の側で着替えをしていると、徐々に体が温まり余裕が出てきた。

(そういえば、ジョアンさんは? 彼もずぶ濡れよね?)

 わたくしは、自分のことで精一杯だった。でも、ここまで守って連れてきてくれた大恩人を忘れてしまうなんてと、心が冷える。

(大変っ! はやくジョアンさんと交代しないとっ!)

 ジョアンさんは、わたくしのために隣の部屋に向かった。早く行きたいのに、恐怖と寒さの名残のせいで
足がうまく動かせない。

「きゃぁっ!」

 自分の傷めていた足首をさする。この足首のせいで、こういう時に迅速に動かせないのは悲しくて悔しい。

(早く、ジョアンさんを呼びに行かないと……どうして、わたくしの足はこんななの? 普通のことすらできないなんて、情けない……)

 目尻に涙が浮かぶ。でも、きゅっと力を入れて立ち上がった。

 今度は転ばないように、慎重に慎重に足を左右交互に動かした。

「ジョアンさん、おまたせ……え? ジョアンさん?」

 でも、そこにいるはずのジョアンさんがいなかった。

(大変……っ! もしかして、着替えるわたくしに気を使って小屋の外に? 彼だってずぶ濡れで寒いはずなのに……)

 思った通り、彼の心遣いと優しさは本物だ。授業をサボっているのはよくわからないけれど、彼は、紳士で大人でとっても頼れる素敵な男子だ。

(ジョアンさん……雷は遠くなっていってるけれど、外はまだ横殴りの雨なのに……わたくしがいなかったら、彼はとっくに頂上に着いていて、こんな目にあわなかったわよね)

 自分とペアになることを了承してくれた彼に、感謝と同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 慌てて小屋の玄関に向かおうとした時、部屋の角から声がした。

「ジョアンさーん、どこですか?!」
「……ここだ」
「え? その声……まさかジョアンさん、なの?」
「……他に誰がいる」

 声のしたほうを向くと、暗がりの部屋の角で、こんもりした何かがうごうごうごめいていた。

「ひっ!」

 ここは、ほとんど放置された山小屋の中だ。しかも、外は雷を伴った荒れ狂う暴風雨に囲まれている。

 ジョアンさんがつけてくれた暖炉がある部屋とは違い、ここは肌寒い。空気もなんだか、まるで墓場のように不気味な感じがして恐ろしいと思った。

「じょ、ジョアン、さん。ど、どどど、どこです、か?」

 声が震える。なんとか彼を呼んで姿を探そうとするが、やっぱり彼どころか、ひとっこひとりいない。

「だから、ここだと言ってるだろうがっ!」

 すると、さっきの恐ろしい物体が、ぶわっとこっちに向かってやってきた。思わず目を閉じてしゃがみこむ。

「ひゃあっ! わ、わたくしを食べても美味しくないですよっ!」

 襲ってきたのは、おばけか悪魔か、はたまた幽霊か。命乞いを必死にしていると、頭にとんっと、もふぷにっとしたものが乗せられた。

「誰が食うかっ! いい加減、落ち着けっ!」

 ジョアンさんの声が近くでする。やっと彼が来てくれた。安心しつつ、でも正体不明のあれが怖いから、恐る恐る目を開ける。

「か、かわいい~」

 すると、目の前に、もふっとしたコアラがいた。だいたい、70センチくらいだろうか。つぶらなまん丸のお目めに、ぷっくりしたお鼻。キュートな口は、なんだか笑っているよう。
 青みがかった灰色の毛皮は少し長めで、ふんわり柔らかそうだ。真っ白のお腹に、茶色い縦の模様が入っている。
 
 かわいいぬいぐるみみたいで、思わずぎゅっと抱きしめた。

(ちょっと、チクっとするところがあるけど、ふっかふか~。このコもあの雨に濡れちゃったのかしら? ブルブルして水気を飛ばしたみたいだけれど、少し濡れているわ。はやく乾かしてあげないと、風邪を引いちゃう)

「さあ、あっちの部屋で体を乾かしましょうね~」

 コアラのあまりのかわいらしさに、おばけやジョアンさんのことまでふっとぶ。よっこらしょと抱き上げようとしたら、腕の中でばたばた暴れだした。

「あ、苦しかった? ごめんね。ヨシヨシ」

「ちょ、アイリス。だから、俺だって!」

 二本ある親指と、くっついた人差し指と中指で、肩を軽く掴まれた。

(目の前のこのコから、ジョアンさんの声がするなんて変なの。あ、そういえば、ジョアンさんはどこ?)

「お前な、俺がコアラ獣人だってこと、忘れてるだろ!」
「え? は? まさか、ジョアンさん?」
「だから、さっきから言ってるだろ!」
「えええええええ?」

 まさか、こんなにかわいいコアラがジョアンさんだなんて。わたくしは、獣人国にとって当たり前の、彼がコアラだということに初めて直面して驚いたのだった。

 
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