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獣人の国と違って、ラストーリナン国の冬は寒い。あの国が近づくにつれて、雪がちらつき、冷たい風が体を突き刺してきた。
思えば、この極寒の中、魔法の保護すらできないわたくしが、あの家で薄い布一枚で耐えてきたのが信じられない。たった数年の温暖な気候で過ごしただけで、氷のような冷たい水が耐えられないほど、寒さに弱くなったようだ。
「おじい様、本当に一緒に来て良かったのですか? わたくしはおじい様が来てくださって嬉しいですけれども。でも、研究所の皆様が心配されているんじゃ?」
「研究所の変わり者どもは、適当にやってるさ。そもそも、わしが来なきゃ、お前の指輪の認識疎外の魔法をかけ直すのは誰がするというんだ。それに、わしとしても、こんなにも精巧な魔法を施した指輪を作ったやつの顔をおがみたい。あとは、わしの大事な姪を妻にしておきながら追い出したあのクソガキに一発お見舞いせねばな。そうそう、マインの行方も探そう。いやはや、やることがいっぱいで、ゆっくり真冬の故郷の観光も出来んとは。ははは」
おじい様は研究所を抜け出して、こっそりわたくしたちについて来ていた。今頃、研究所では大騒動だろう。でも、おじい様がこうして抜け出すのはたまにあったみたいで、すぐに連れ戻されないようにさっさと行こうと大笑いしている。
「アイリス、風が冷たい。吹雪になりそうだ。おじい様も、風邪を引く。ほら、部屋に戻ろう」
「ええ」
わたくしは、大好きな婚約者が差し出す大きな手を取り、一緒に宿屋の部屋へ向かう。おじい様とは別々の部屋だ。これから、大変になるというのに、ふたりきりになると、嬉しくて恥ずかしくてドキドキしてしまう。
ジョアンは、結婚のことを紙切れ一枚って言っていた。獣人にとっては、形式はそれほど重要ではなく、結婚して子をもうけ、家庭を作っているという実態が重要なんだそう。
でも、わたくしにとっては、その紙切れ一枚がとても重要だ。わたくしを、単なる学園のペアだけでなく、結婚相手にしてもいいと思えるほど大切な存在として想ってくれていたということなのだから。
ジョアンのお父様が、侯爵家に手紙を出してくれた。返事には、短時間なら会ってやってもいいとかなんとか、とても偉そうに書かれてあったらしい。
「なあ、アイリス。侯爵ってのはそんなに偉いのか?」
「序列でいうと、王室があって、大公、公爵、侯爵、伯爵と続くから、偉いんだと思う。でも、階級の序列はその時々の領地などの状況で、実態が変わったりするから……。あの人の侯爵家は、お母様がおられたころよりも経済力もなにもかもが落ちていて、実質は伯爵家にも劣っているはずなんだけど……。それなのに、侯爵以上の身分である獣人国の高官のお義父様に、失礼な手紙を出したりして、あり得ないわ……」
「よくわかんねぇが、人間の国でいうところの身分制度的には、うちのほうが上なんだな?」
「勿論そうよ。比べものにならないと思うわ」
「ならいい。うちを馬鹿にしたツケは、会った時にケリをつけてやる」
ジョアンは、自分を馬鹿にされてもそれほど怒らない。でも、家やわたくし、友人のためなら、普段は優しい彼も、鋭い爪をふるうだろう。
そもそも、無能だと馬鹿にしていたわたくしが嫁ぐ家だからといって、他国の重鎮相手に、あのような手紙を出すなんて、どちらが無能なのかと厚顔無恥さに呆れる。
そんな、礼節の礼の字も知らない人だから、しっかりものだったらしいお母様がいなくなってから、侯爵家は右肩下がりになる一方だったのだろう。
「ジョアン、こちらの誇りを傷つけた相手だもの、擁護はしないわ。でも、ほどほどにね? 相手は、屈強な獣人じゃないんだから、ジョアンの爪があんな人たちのせいで穢れたら嫌だもの」
「ん? ああ。でも魔法を使えるんだろ? そこそこにするさ。それにしても、アイリスも言うようになったな」
「だって、わたくしだって、学園の生徒なのよ。今はジョアンの婚約者なんだし。大切な人の名誉を傷つけられてまで、黙っているわけにはいかないわ」
以前のわたくしなら、言われたい放題で、じっと我慢をしていただろう。でも、今わたくしがそうすれば、義家族やジョアンまで馬鹿にされっぱなしなのだ。そんなことを享受できるはずがない。
「あちらが指定してきた日程は一月後だから、その間に指輪を作った工房を探そう」
「ええ。指輪に込められた魔法と同じ波動を追跡すれば、それほど難しくないらしいわ。この指輪を作らせた人の身辺調査よりも、そっちのほうが手っ取り早いっておじい様が仰っていたから、すぐに見つかるかも」
「そうだな」
婚約したから、人化状態で一緒に寝るのかと、最初は期待と不安と羞恥でドキドキした。でも、ジョアンは当然のように獣化してくれる。
(ジョアンとなら、いつだっていいのにな……)
獣人は、婚約状態で子作りするのは当たり前らしい。でも、ジョアンは人間のわたくしに合わせて、そういう事は結婚まで待ってくれているのかもしれない。
ホッとするような、残念なような気持ちになりつつ、モフモフな毎夜を過ごしていた。
思えば、この極寒の中、魔法の保護すらできないわたくしが、あの家で薄い布一枚で耐えてきたのが信じられない。たった数年の温暖な気候で過ごしただけで、氷のような冷たい水が耐えられないほど、寒さに弱くなったようだ。
「おじい様、本当に一緒に来て良かったのですか? わたくしはおじい様が来てくださって嬉しいですけれども。でも、研究所の皆様が心配されているんじゃ?」
「研究所の変わり者どもは、適当にやってるさ。そもそも、わしが来なきゃ、お前の指輪の認識疎外の魔法をかけ直すのは誰がするというんだ。それに、わしとしても、こんなにも精巧な魔法を施した指輪を作ったやつの顔をおがみたい。あとは、わしの大事な姪を妻にしておきながら追い出したあのクソガキに一発お見舞いせねばな。そうそう、マインの行方も探そう。いやはや、やることがいっぱいで、ゆっくり真冬の故郷の観光も出来んとは。ははは」
おじい様は研究所を抜け出して、こっそりわたくしたちについて来ていた。今頃、研究所では大騒動だろう。でも、おじい様がこうして抜け出すのはたまにあったみたいで、すぐに連れ戻されないようにさっさと行こうと大笑いしている。
「アイリス、風が冷たい。吹雪になりそうだ。おじい様も、風邪を引く。ほら、部屋に戻ろう」
「ええ」
わたくしは、大好きな婚約者が差し出す大きな手を取り、一緒に宿屋の部屋へ向かう。おじい様とは別々の部屋だ。これから、大変になるというのに、ふたりきりになると、嬉しくて恥ずかしくてドキドキしてしまう。
ジョアンは、結婚のことを紙切れ一枚って言っていた。獣人にとっては、形式はそれほど重要ではなく、結婚して子をもうけ、家庭を作っているという実態が重要なんだそう。
でも、わたくしにとっては、その紙切れ一枚がとても重要だ。わたくしを、単なる学園のペアだけでなく、結婚相手にしてもいいと思えるほど大切な存在として想ってくれていたということなのだから。
ジョアンのお父様が、侯爵家に手紙を出してくれた。返事には、短時間なら会ってやってもいいとかなんとか、とても偉そうに書かれてあったらしい。
「なあ、アイリス。侯爵ってのはそんなに偉いのか?」
「序列でいうと、王室があって、大公、公爵、侯爵、伯爵と続くから、偉いんだと思う。でも、階級の序列はその時々の領地などの状況で、実態が変わったりするから……。あの人の侯爵家は、お母様がおられたころよりも経済力もなにもかもが落ちていて、実質は伯爵家にも劣っているはずなんだけど……。それなのに、侯爵以上の身分である獣人国の高官のお義父様に、失礼な手紙を出したりして、あり得ないわ……」
「よくわかんねぇが、人間の国でいうところの身分制度的には、うちのほうが上なんだな?」
「勿論そうよ。比べものにならないと思うわ」
「ならいい。うちを馬鹿にしたツケは、会った時にケリをつけてやる」
ジョアンは、自分を馬鹿にされてもそれほど怒らない。でも、家やわたくし、友人のためなら、普段は優しい彼も、鋭い爪をふるうだろう。
そもそも、無能だと馬鹿にしていたわたくしが嫁ぐ家だからといって、他国の重鎮相手に、あのような手紙を出すなんて、どちらが無能なのかと厚顔無恥さに呆れる。
そんな、礼節の礼の字も知らない人だから、しっかりものだったらしいお母様がいなくなってから、侯爵家は右肩下がりになる一方だったのだろう。
「ジョアン、こちらの誇りを傷つけた相手だもの、擁護はしないわ。でも、ほどほどにね? 相手は、屈強な獣人じゃないんだから、ジョアンの爪があんな人たちのせいで穢れたら嫌だもの」
「ん? ああ。でも魔法を使えるんだろ? そこそこにするさ。それにしても、アイリスも言うようになったな」
「だって、わたくしだって、学園の生徒なのよ。今はジョアンの婚約者なんだし。大切な人の名誉を傷つけられてまで、黙っているわけにはいかないわ」
以前のわたくしなら、言われたい放題で、じっと我慢をしていただろう。でも、今わたくしがそうすれば、義家族やジョアンまで馬鹿にされっぱなしなのだ。そんなことを享受できるはずがない。
「あちらが指定してきた日程は一月後だから、その間に指輪を作った工房を探そう」
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