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なんだか、久しぶりにゆっくり眠った気がする。とても幸せな夢を見ていたのか、いつもの目覚めよりも、体も心も軽かった。
「起きたか?」
「あ、ジョアン。おはよう」
「おはよう」
昨晩、シャワーを浴びた後、ジョアンの机を借りて勉強をしていたはずだ。いつの間にか寝てしまっていたらしい。でも、どうしてベッドでジョアンを抱きしめているのだろう。
「もしかして、ジョアンがベッドに連れてきてくれたの? わたくし、寝ぼけてジョアンを呼んじゃった?」
「いや。あー、ちょっと心配で部屋に来たら、お前が机で寝てたんだ。だから、ベッドに移動させたんだが。起こしたほうが良かったか?」
「ううん。ハリー先生たちにも、たまにはぐっすり寝たほうが良いって言われていたの。ジョアンのおかげで、しっかり眠れたし、気分も頭もすっきり。こんなこと、産まれて初めてだわ」
「なら良かった。そろそろ朝食だから起きるか?」
「ええ」
わたくしは、ジョアンを抱っこしたまま体を起こした。もふもふのぬいぐるみの毛が気持ちいいから、このまま抱っこしていたいくらい。ぎゅうっと抱きしめていると、ジョアンがポンポン叩いてきた。
「アイリス、そろそろ離してくれるか?」
「あ、そ、そうね。あんまりにも気持ちよくて。ごめんね」
腕の中にあったコアラが消えてしまった。瞬間、もう一度抱きしめたくなる。とっさに、寒さと寂しさとを感じた腕を抱えた。
(ジョアンがコアラになって、一晩中抱っこさせてくれていたから、悪夢を見なかったのかな……)
ちくりと、組んだ腕に隠れた指輪が肌を刺す。そういえば指輪をしていたんだったとその存在を思い出すけれど、不思議とあの人のことは思い出さなかった。
(ジョアン……)
なぜだろう。彼がいれば、わたくしは過去の現実がどれほど傷つけようとしても、ぜんぜんへっちゃらだという心強さを持てる。過去と決別できるような、そんな気がするのだ。
(あれは……夢、よね?)
おぼろげに、ジョアンが夢の中にいてくれたという記憶があるような気がする。ありえないことに、その時の彼は裸だった。
(たしかにコアラは裸。毛皮があるけれど裸。ううん、そうじゃなくて、夢の中の彼は、もっと肌色だったというか……)
『アイリス、もう大丈夫だから』
ジョアンの、鍛えられた肩や腕、そしてがっしりした胸板の中に、すっぽり包まれた、気がする。だから、とても安心できて幸せだった。
(やっぱり、裸、だったような。ま、まさかね!)
思わず、いかがわしいことを想像してしまい、ボンッと爆発されたみたいになった。恥ずかしすぎて顔をあげれない。
(わたくしったら、なんてはしたない想像を……! ジョアンに限って、そんな、裸でわたくしを抱きしめるってことは絶対にないわっ。そうよ、絶対にっ!)
ぶんぶん顔を横に振っていると、ジョアンが心配して覗き込む。灰色の毛皮とつぶらなまん丸の黒い瞳がかわいらしい。
(今のジョアンはコアラ。だから、人化した状態で、裸だったわけないわっ!)
「アイリス、どうした?」
「な、なんでもないの。そうだ、ジョアン、人化してお着替えをしてくるわよね?」
「ん? ああ」
「わたくしも、今のうちに着替えておくわ!」
「そうか? じゃあ、すぐ準備して戻って来る」
ジョアンが部屋から出ていった。のそのそと、ベッドから起き上がり、着替えを取り出す。
そもそも、一晩中、彼が全裸でわたくしを抱きしめていただなんて、そんなこと、想像するだけでもジョアンに対して失礼だ。
わたくしが変な考えなばっかりに、不名誉極まりない不謹慎な想像をしてはいけないと、着替えをしながら頭と心の中から肌色を追い出した。
「アイリス、準備できたか?」
「ええ!」
一度部屋から出て行ったジョアンが、人化して迎えに来てくれる。いつものように、優しくて紳士な彼と一緒に、ダイニングルームに向かった。
(ああ、ダメだわ。どうしても夢を思い出しちゃう。そうだ、別の話しをしましょう。そうしましょう)
「ジョアンの家は、とっても広いのね」
「この辺は、だだっぴろい土地だけで、なんもないからな」
聞けば、ユーカリの木が生えている土地の全てが彼の家の敷地だという。ご両親は、ユーカリの木の管理を任されていて、品種改良などの研究もしているとのことだ。
「コアラの状態なら、ユーカリの毒素なんか平気なんだが、その毒素を抜けないかと思ってな」
「もしかして、ジョアンもいずれご両親の研究を手伝うの?」
「俺は、まだ、将来の事は考えてない。別にあとを継げとか言われてないからな。ただ、おやじたちの研究は、やり甲斐のある立派な仕事だと思ってる」
「わたくしも、そう思うわ。自分のためだけじゃなくて、皆のために頑張ってらっしゃるのね。今後産まれてくる子どもたちにとっても、素晴らしい研究になるでしょうね」
「そんな、世界平和だとか、大発見みたいな大層なもんでもないけどな。たったひとりでも、ユーカリの毒素に苦しむやつがいなくなったらいいなと思ってる」
ジョアンが、少し照れくさそうに頬を掻く。ご両親と同じように、彼も人の役に立つような仕事を志しているのかなと思った。
(自分のためじゃなく、誰かひとりでも……)
わたくしは、ジョアンのご両親とは違い、この国の永住権をえるためだけに頑張ろうとしていたことに気づいた。目的も目標も、自分のためだけに。そんなことでは、決して皆に認められる成果など出せやしないだろう。
(たったひとりでも、誰かのために……魔法も使えない人間のわたくしに、出来ることがあるのかしら?)
自分ひとりのことすら、まともに守ることのできない自分が、誰かの助け手になることができるのだろうか。わたくしには、彼らのような目標も実力もない。
ジョアンの誇らしげな横顔を見上げて、ほんの少しだけ羨ましくなった。
「起きたか?」
「あ、ジョアン。おはよう」
「おはよう」
昨晩、シャワーを浴びた後、ジョアンの机を借りて勉強をしていたはずだ。いつの間にか寝てしまっていたらしい。でも、どうしてベッドでジョアンを抱きしめているのだろう。
「もしかして、ジョアンがベッドに連れてきてくれたの? わたくし、寝ぼけてジョアンを呼んじゃった?」
「いや。あー、ちょっと心配で部屋に来たら、お前が机で寝てたんだ。だから、ベッドに移動させたんだが。起こしたほうが良かったか?」
「ううん。ハリー先生たちにも、たまにはぐっすり寝たほうが良いって言われていたの。ジョアンのおかげで、しっかり眠れたし、気分も頭もすっきり。こんなこと、産まれて初めてだわ」
「なら良かった。そろそろ朝食だから起きるか?」
「ええ」
わたくしは、ジョアンを抱っこしたまま体を起こした。もふもふのぬいぐるみの毛が気持ちいいから、このまま抱っこしていたいくらい。ぎゅうっと抱きしめていると、ジョアンがポンポン叩いてきた。
「アイリス、そろそろ離してくれるか?」
「あ、そ、そうね。あんまりにも気持ちよくて。ごめんね」
腕の中にあったコアラが消えてしまった。瞬間、もう一度抱きしめたくなる。とっさに、寒さと寂しさとを感じた腕を抱えた。
(ジョアンがコアラになって、一晩中抱っこさせてくれていたから、悪夢を見なかったのかな……)
ちくりと、組んだ腕に隠れた指輪が肌を刺す。そういえば指輪をしていたんだったとその存在を思い出すけれど、不思議とあの人のことは思い出さなかった。
(ジョアン……)
なぜだろう。彼がいれば、わたくしは過去の現実がどれほど傷つけようとしても、ぜんぜんへっちゃらだという心強さを持てる。過去と決別できるような、そんな気がするのだ。
(あれは……夢、よね?)
おぼろげに、ジョアンが夢の中にいてくれたという記憶があるような気がする。ありえないことに、その時の彼は裸だった。
(たしかにコアラは裸。毛皮があるけれど裸。ううん、そうじゃなくて、夢の中の彼は、もっと肌色だったというか……)
『アイリス、もう大丈夫だから』
ジョアンの、鍛えられた肩や腕、そしてがっしりした胸板の中に、すっぽり包まれた、気がする。だから、とても安心できて幸せだった。
(やっぱり、裸、だったような。ま、まさかね!)
思わず、いかがわしいことを想像してしまい、ボンッと爆発されたみたいになった。恥ずかしすぎて顔をあげれない。
(わたくしったら、なんてはしたない想像を……! ジョアンに限って、そんな、裸でわたくしを抱きしめるってことは絶対にないわっ。そうよ、絶対にっ!)
ぶんぶん顔を横に振っていると、ジョアンが心配して覗き込む。灰色の毛皮とつぶらなまん丸の黒い瞳がかわいらしい。
(今のジョアンはコアラ。だから、人化した状態で、裸だったわけないわっ!)
「アイリス、どうした?」
「な、なんでもないの。そうだ、ジョアン、人化してお着替えをしてくるわよね?」
「ん? ああ」
「わたくしも、今のうちに着替えておくわ!」
「そうか? じゃあ、すぐ準備して戻って来る」
ジョアンが部屋から出ていった。のそのそと、ベッドから起き上がり、着替えを取り出す。
そもそも、一晩中、彼が全裸でわたくしを抱きしめていただなんて、そんなこと、想像するだけでもジョアンに対して失礼だ。
わたくしが変な考えなばっかりに、不名誉極まりない不謹慎な想像をしてはいけないと、着替えをしながら頭と心の中から肌色を追い出した。
「アイリス、準備できたか?」
「ええ!」
一度部屋から出て行ったジョアンが、人化して迎えに来てくれる。いつものように、優しくて紳士な彼と一緒に、ダイニングルームに向かった。
(ああ、ダメだわ。どうしても夢を思い出しちゃう。そうだ、別の話しをしましょう。そうしましょう)
「ジョアンの家は、とっても広いのね」
「この辺は、だだっぴろい土地だけで、なんもないからな」
聞けば、ユーカリの木が生えている土地の全てが彼の家の敷地だという。ご両親は、ユーカリの木の管理を任されていて、品種改良などの研究もしているとのことだ。
「コアラの状態なら、ユーカリの毒素なんか平気なんだが、その毒素を抜けないかと思ってな」
「もしかして、ジョアンもいずれご両親の研究を手伝うの?」
「俺は、まだ、将来の事は考えてない。別にあとを継げとか言われてないからな。ただ、おやじたちの研究は、やり甲斐のある立派な仕事だと思ってる」
「わたくしも、そう思うわ。自分のためだけじゃなくて、皆のために頑張ってらっしゃるのね。今後産まれてくる子どもたちにとっても、素晴らしい研究になるでしょうね」
「そんな、世界平和だとか、大発見みたいな大層なもんでもないけどな。たったひとりでも、ユーカリの毒素に苦しむやつがいなくなったらいいなと思ってる」
ジョアンが、少し照れくさそうに頬を掻く。ご両親と同じように、彼も人の役に立つような仕事を志しているのかなと思った。
(自分のためじゃなく、誰かひとりでも……)
わたくしは、ジョアンのご両親とは違い、この国の永住権をえるためだけに頑張ろうとしていたことに気づいた。目的も目標も、自分のためだけに。そんなことでは、決して皆に認められる成果など出せやしないだろう。
(たったひとりでも、誰かのために……魔法も使えない人間のわたくしに、出来ることがあるのかしら?)
自分ひとりのことすら、まともに守ることのできない自分が、誰かの助け手になることができるのだろうか。わたくしには、彼らのような目標も実力もない。
ジョアンの誇らしげな横顔を見上げて、ほんの少しだけ羨ましくなった。
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