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「わっ!」
「おかえりっ!」
突然の声にびっくりして、体がびびっびくっと大きく揺れた。思わずジョアンの首にぎゅっとしがみつく。
「きゃっ」
「アイリス。ちょ、ちょっと今は……ちょーっと離れろって。前に言っただろ。俺の弟たちだ」
顔を首筋に隠したから、ジョアンの小声が吐息と共に耳にかかる。もぞっとしたくすぐったさで首をすくめた。ジョアンが焦っているみたいで、こんな彼は珍しい。びっくりして彼にしがみつくのは初めてではないのに。
「あ、弟さん……」
わたくしは声の主の正体がわかり、ジョアンから体を離す。下のほうに、ジョアンによく似た小さな男の子たちが、にやにやしながら見上げていた。
(ところで、後でならって?)
「にーちゃん、僕たちもだっこしろよー」
「ねね、おねえさん。にーちゃんのコレ?」
ちびっこたちは、ジョアンに向かって親指を立てたりピースサインをしたりしている。
「お前ら、口が悪いぞ。しかも、立てる指が間違ってる。ったく、誰に似たんだか」
「そりゃ、にーちゃん」
「にーちゃんにだけは言われたくなーい」
言葉は悪いけれど、とても仲が良いみたい。ジョアンは、わたくしをそっと降ろすと、ちびっこたちを片腕ずつで抱き上げた。
「アイリス、こっちがコモリで、こっちがフクロだ」
「コモリでーす」
「フクロだよー」
「そろそろ降りろ」
ジョアンが、ちびっこを軽くぽんぽん放り投げた。くるくる器用に空で宙返りをして、すたっと華麗に地に降り立つ。あまりの早業に、どっちがどっちかわからなくなった。
「はじめまして、きれーなおねいさん。僕がコモリ」
「はじめまして、アイリスおねーさんだよね? 僕、フクロ」
ふたりの背格好はほぼ同じで、同じ洋服を着ている。ぴたっとした白いタンクトップに、長めの半ズボン。少し、ぽこっとお腹が出ているのは食後だからだろうか。
「双子だから区別がつかねぇだろ? コモリのほうは、小さい頃のケガで額に傷が出来てるんだ。フクロは肩」
「まぁ……」
今よりも小さな頃にケガだなんて。どんなに痛かっただろう。わたくしは、赤ちゃんがケガをした様子を思い浮かべて胸が苦しくなる。ふたりが気の毒になってしゃがみ、頭を撫でた。
「コモリくん、フクロくん、はじめまして。わたくし、アイリスと申します。もう痛くない?」
「うん。ちょっとユーカリから落ちただけだからなんともないよ。ちょっとドジったぜ」
「遊んでたら、落ちたんだよねー落ちたところにちょうど枝があってさー。まいったぜ」
「あー、アイリス。こいつらはケガした直後にも泣かずに遊んでたぞ。だから大丈夫だ」
獣人は体が頑丈なのは、小さな頃からみたい。しかも、そのまま遊び続けるほど小さなケガはケガのうちにはいらないなんてびっくりした。
「そっか、ふたりとも、とっても強いのね」
「まぁね」
「まーね」
へへんと、小さな子たちが精いっぱい胸を張っている。その姿が可愛らしくて微笑ましい。
「ところで、おやじたちは?」
「あれ? まだかえってないの? ケーキのにおいがするから、いえにいたはずなんだぜ?」
「にいちゃんがおよめさんを連れてくるからって、パーティのじゅんびをしてるはずだけどー」
ふたりはそう言うと、ご両親を探しに駆けていった。流石、ジョアンの弟さんたちだけあって、あんなに小さいのにとても速い。わたくしの足では永遠に追いつけないだろう。
そんなことよりも、さっき聞き捨てならないことを言われた気がする。わたくしは、驚いてジョアンを見上げた。
「あ、ちが、ちげぇし! あいつらが、勝手に勘違いしてだな! あー、ちがうから!」
「勘違い……そっか、そうよね。びっくりしたー」
ジョアンもびっくりしたみたいで、必死に訂正を繰り返した。ほっとしたような、じりっと胸が焦げ付いたような気持の悪さを覚えた。言葉では言い表せない複雑で不思議な気持ちになり、お腹の前で組んだ左手の中にある指輪を左手の指で撫でた。
指輪は相変わらず外せなかった。もう忘れようと、何度も何度も外そうとした。だけど、外そうと指輪を見ると、彼の髪によく似たアクアマリンの光が、わたくしの中にある、クアドリ様を慕う気持ちを膨らませる。
お勉強や、ジョアンたち友人と話をしたりしている時は、彼のことはすっかり胸の中から抜け落ちているのに。指輪を見るたびに、彼を鮮明に思い出すのだ。
(お嫁さん、かぁ……)
今、アクアマリンの色は見えていない。指輪の硬さやアクアマリンの丸みを指先で感じながら、自分がきれいなドレスを着て、誰かのお嫁さんになる想像をする。すると、不思議なことに、愛しいはずのクアドリ様はモヤに包まれてはっきり思い出せなかった。そのかわり、わたくしを待つ男性の髪の色が青みを帯びた灰色のような気がしたのである。
「おかえりっ!」
突然の声にびっくりして、体がびびっびくっと大きく揺れた。思わずジョアンの首にぎゅっとしがみつく。
「きゃっ」
「アイリス。ちょ、ちょっと今は……ちょーっと離れろって。前に言っただろ。俺の弟たちだ」
顔を首筋に隠したから、ジョアンの小声が吐息と共に耳にかかる。もぞっとしたくすぐったさで首をすくめた。ジョアンが焦っているみたいで、こんな彼は珍しい。びっくりして彼にしがみつくのは初めてではないのに。
「あ、弟さん……」
わたくしは声の主の正体がわかり、ジョアンから体を離す。下のほうに、ジョアンによく似た小さな男の子たちが、にやにやしながら見上げていた。
(ところで、後でならって?)
「にーちゃん、僕たちもだっこしろよー」
「ねね、おねえさん。にーちゃんのコレ?」
ちびっこたちは、ジョアンに向かって親指を立てたりピースサインをしたりしている。
「お前ら、口が悪いぞ。しかも、立てる指が間違ってる。ったく、誰に似たんだか」
「そりゃ、にーちゃん」
「にーちゃんにだけは言われたくなーい」
言葉は悪いけれど、とても仲が良いみたい。ジョアンは、わたくしをそっと降ろすと、ちびっこたちを片腕ずつで抱き上げた。
「アイリス、こっちがコモリで、こっちがフクロだ」
「コモリでーす」
「フクロだよー」
「そろそろ降りろ」
ジョアンが、ちびっこを軽くぽんぽん放り投げた。くるくる器用に空で宙返りをして、すたっと華麗に地に降り立つ。あまりの早業に、どっちがどっちかわからなくなった。
「はじめまして、きれーなおねいさん。僕がコモリ」
「はじめまして、アイリスおねーさんだよね? 僕、フクロ」
ふたりの背格好はほぼ同じで、同じ洋服を着ている。ぴたっとした白いタンクトップに、長めの半ズボン。少し、ぽこっとお腹が出ているのは食後だからだろうか。
「双子だから区別がつかねぇだろ? コモリのほうは、小さい頃のケガで額に傷が出来てるんだ。フクロは肩」
「まぁ……」
今よりも小さな頃にケガだなんて。どんなに痛かっただろう。わたくしは、赤ちゃんがケガをした様子を思い浮かべて胸が苦しくなる。ふたりが気の毒になってしゃがみ、頭を撫でた。
「コモリくん、フクロくん、はじめまして。わたくし、アイリスと申します。もう痛くない?」
「うん。ちょっとユーカリから落ちただけだからなんともないよ。ちょっとドジったぜ」
「遊んでたら、落ちたんだよねー落ちたところにちょうど枝があってさー。まいったぜ」
「あー、アイリス。こいつらはケガした直後にも泣かずに遊んでたぞ。だから大丈夫だ」
獣人は体が頑丈なのは、小さな頃からみたい。しかも、そのまま遊び続けるほど小さなケガはケガのうちにはいらないなんてびっくりした。
「そっか、ふたりとも、とっても強いのね」
「まぁね」
「まーね」
へへんと、小さな子たちが精いっぱい胸を張っている。その姿が可愛らしくて微笑ましい。
「ところで、おやじたちは?」
「あれ? まだかえってないの? ケーキのにおいがするから、いえにいたはずなんだぜ?」
「にいちゃんがおよめさんを連れてくるからって、パーティのじゅんびをしてるはずだけどー」
ふたりはそう言うと、ご両親を探しに駆けていった。流石、ジョアンの弟さんたちだけあって、あんなに小さいのにとても速い。わたくしの足では永遠に追いつけないだろう。
そんなことよりも、さっき聞き捨てならないことを言われた気がする。わたくしは、驚いてジョアンを見上げた。
「あ、ちが、ちげぇし! あいつらが、勝手に勘違いしてだな! あー、ちがうから!」
「勘違い……そっか、そうよね。びっくりしたー」
ジョアンもびっくりしたみたいで、必死に訂正を繰り返した。ほっとしたような、じりっと胸が焦げ付いたような気持の悪さを覚えた。言葉では言い表せない複雑で不思議な気持ちになり、お腹の前で組んだ左手の中にある指輪を左手の指で撫でた。
指輪は相変わらず外せなかった。もう忘れようと、何度も何度も外そうとした。だけど、外そうと指輪を見ると、彼の髪によく似たアクアマリンの光が、わたくしの中にある、クアドリ様を慕う気持ちを膨らませる。
お勉強や、ジョアンたち友人と話をしたりしている時は、彼のことはすっかり胸の中から抜け落ちているのに。指輪を見るたびに、彼を鮮明に思い出すのだ。
(お嫁さん、かぁ……)
今、アクアマリンの色は見えていない。指輪の硬さやアクアマリンの丸みを指先で感じながら、自分がきれいなドレスを着て、誰かのお嫁さんになる想像をする。すると、不思議なことに、愛しいはずのクアドリ様はモヤに包まれてはっきり思い出せなかった。そのかわり、わたくしを待つ男性の髪の色が青みを帯びた灰色のような気がしたのである。
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