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翌日の早朝から、ジョアンさんがわたくしをおんぶして頂上を目指してくれた。
泊まった小屋までの道のりよりも傾斜がかなり厳しい。でも、断崖絶壁のような場所すら、彼は羽が生えたかのようにひょいひょい登って行く。硬い岩盤に、指先から伸びた黒い爪が簡単に突き刺さるから、彼のものすごいパワーがわかった。
「アイリス、大丈夫か?」
「はい。ジョアンさんがコアラになって抱っこ枕になってくれたから、氷点下になった一晩を温かく過ごせましたから。おかげ様で、いつもよりも、たっぷり眠れましたし、元気いっぱいです。もっと、わたくしに遠慮せずジョアンさんのペースで登っていただいて結構ですよ」
振り返ると、遥か先に、登って来た道やふもとの景色が見えてわくわくする。昨日の悪天候が嘘のように、とても晴れやかで、目を凝らせば学園も見えた。
ジョアンさんは、わたくしを傷つけない。わたくしを、絶対に落とさない。
わたくしには、考えられないほどの猛スピードなのに、あまりにも彼が余裕だから、安心して彼の広い背中に体を預けていた。
「アイリス、もうすぐ頂上だぞ。ほら、見えて来た」
「わあ、ほんとだ」
二時間もかからないうちに、頂上のゴールにたどり着いた。彼じゃなかったら──ゴーリン会長も出来るかもしれない──午前中のうちに到着など出来なかっただろう。
「ジョアンさん、本当にありがとう。あなたがいなかったら、きっと泊まった場所にすらたどり着いていないわ」
「ふん、このくらい余裕だ。ところで、昨日約束しただろう? 恐らく、卒業まで俺たちはペアなんだから、俺のことはジョアンと呼べよ」
「そうだった。ジョアン、ありがとう」
わたくしが笑顔でジョアンの名前を言うと、彼は照れくさそうに、ぷいっとそっぽを向いた彼の耳の頭がほんのり赤くなっていた。わたくしは、頂上の宿泊施設の前で彼に降ろしてもらった。
ここは、交流遠足でたどり着いた順番に、いい部屋で過ごせる。ここに滞在するのは一泊の予定だった。本当なら、昨日のうちに皆がたどり着いていたはずなのに、天候のくずれでほとんどの学生がまだ着いていなかった。今日中には合流するだろうから、予定を変更して、全員で今日から一泊するのとのことだった。
「ちっ先客がいた……いち、にぃ。3番目か。まあ、及第点ってとこだな」
ジョアンは一位を取りたかったみたい。わたくしがペアじゃなかったら余裕で一位だったのだろう。申し訳なくて謝ろうとすると、頭に手をポンと置かれた。
「もともと、今年は3位以内が目標だっただろ。それに、あの悪天候じゃあ、しょうがない。来年こそ、俺たちがトップを取ろうぜ」
「うん!」
ジョアンが足を止めると、宿泊施設の奥からマニーデが突風のようにやってきた。軽く跳躍すると、わたくしの真ん前に立ちぎゅっと抱きしめられる。
「アイリスッ、無事だったのね! ああ、心配したのよ? どこもケガをしていない?」
「マニーデさん……! わたくしは、だいじょぶ、です」
彼女は力加減をしてくれているが、感極まっているのか普段よりも圧迫される。ミシっとどこかが鳴った気がするけれども、彼女の心配もわかるし、こんな風にわたくしのことを気にかけてくれる存在が嬉しくて、彼女の背に腕を回した。
「アイリス、良かった。皆、心配していたんだ」
ふと後ろを見ると、先生やゴーリン会長がいた。Fクラスは、ウォンとマッキーが着いていたみたいで、彼らも涙ぐんでいる。今のわたくしは、こんなにも優しい皆に囲まれていたんだなぁと実感した。あまりにも幸せすぎて、目に涙が浮かぶ。
「ゴーリン会長、ウォン、マッキー……みんな……。先生がたもご心配おかけしました」
「アイリスが無事なのが一番だから! 私もさっき着いたところなの。ね、とりあえず、埃を流しに行かない?」
「ええ!」
マニーデが、わたくしを解放して手をつないで歩く。ジョアンが気になって彼を見ると、行ってこいと手を振られた。
彼女にひっぱられて行くと、奥に温泉があった。暖炉のおかげで、濡れた服やタオルは乾いている。
湯けむりの中、広い温泉で手足を伸ばす。なんて贅沢なんだろうと、ほうっと息を吐いた。
「今のところ、女子は私たちだけよ。貸し切り状態の今のうちに、温泉を満喫しましょう!」
「ええ!」
マニーデは、ウォンとペアだったらしい。マニーデがゴーリン会長の側にいたくて、獣化状態のウォンを抱えて登ってきたという。
「一位はゴーリン様とマッキーペアだったわ。私たちは二位」
「え、ウォンって獣化状態でも30キロ以上あるんじゃ?」
「ちょっと骨が折れたわね。でも、あの大雨の中、わたくしがウォンを持ちにくそうにしているのを見て、ゴーリン様が、マッキーをポケットに入れて私ごとウォンを抱えてくれたの」
「まぁ。ゴーリン会長も、とっても力もちで優しいのね」
「ふふふ、だってゴーリン様なのよ? そりゃ、不可能を可能にしちゃうわ。他の生徒たちのことも助けていたんだから!」
自分だけ優しいってわけじゃないから、ちょっと残念だとマニーデさんが笑う。でもそんな彼のことが大好きなんだと頬を染めた。
「ふふふ、マニーデさんかわいい」
「んなっ! かわいいだなんて」
きゃあきゃあと、マニーデさんとふたりで温泉ではしゃいだ。そうこうしていると、他の女の子たちが次々入ってくる。
「あ、マニーデ。やっぱ女子の一位はマニーデだったかぁ。それにアイリスもいるー。マニーデは当然だけど、アイリスがもう到着してるなんてびっくり!」
「ジョアン、張り切ったのねぇ。人間には大変だったでしょ? お疲れ様」
「夜は冷えたけど、風邪ひいてない? 人間は弱いんだから、ちょっとでもおかしいと思ったらすぐに言ってね」
「無理せず、部屋で寝てていいのよ?」
人間のわたくしと一緒のお湯に浸かることを、誰もが嫌がらなかった。それどころか、心配して我先にとお世話をしようとしてくれる。
「皆、ありがとう。ジョアンのおかげで、今のほうが元気なくらいなの。それに、皆といると、とっても楽しいわ」
ここにいると、白い髪の自分がごく普通の女の子になれる気がする。温泉があまりにも楽しすぎて、のぼせてしまい、余命いくばくもない者のように扱われてしまった。
泊まった小屋までの道のりよりも傾斜がかなり厳しい。でも、断崖絶壁のような場所すら、彼は羽が生えたかのようにひょいひょい登って行く。硬い岩盤に、指先から伸びた黒い爪が簡単に突き刺さるから、彼のものすごいパワーがわかった。
「アイリス、大丈夫か?」
「はい。ジョアンさんがコアラになって抱っこ枕になってくれたから、氷点下になった一晩を温かく過ごせましたから。おかげ様で、いつもよりも、たっぷり眠れましたし、元気いっぱいです。もっと、わたくしに遠慮せずジョアンさんのペースで登っていただいて結構ですよ」
振り返ると、遥か先に、登って来た道やふもとの景色が見えてわくわくする。昨日の悪天候が嘘のように、とても晴れやかで、目を凝らせば学園も見えた。
ジョアンさんは、わたくしを傷つけない。わたくしを、絶対に落とさない。
わたくしには、考えられないほどの猛スピードなのに、あまりにも彼が余裕だから、安心して彼の広い背中に体を預けていた。
「アイリス、もうすぐ頂上だぞ。ほら、見えて来た」
「わあ、ほんとだ」
二時間もかからないうちに、頂上のゴールにたどり着いた。彼じゃなかったら──ゴーリン会長も出来るかもしれない──午前中のうちに到着など出来なかっただろう。
「ジョアンさん、本当にありがとう。あなたがいなかったら、きっと泊まった場所にすらたどり着いていないわ」
「ふん、このくらい余裕だ。ところで、昨日約束しただろう? 恐らく、卒業まで俺たちはペアなんだから、俺のことはジョアンと呼べよ」
「そうだった。ジョアン、ありがとう」
わたくしが笑顔でジョアンの名前を言うと、彼は照れくさそうに、ぷいっとそっぽを向いた彼の耳の頭がほんのり赤くなっていた。わたくしは、頂上の宿泊施設の前で彼に降ろしてもらった。
ここは、交流遠足でたどり着いた順番に、いい部屋で過ごせる。ここに滞在するのは一泊の予定だった。本当なら、昨日のうちに皆がたどり着いていたはずなのに、天候のくずれでほとんどの学生がまだ着いていなかった。今日中には合流するだろうから、予定を変更して、全員で今日から一泊するのとのことだった。
「ちっ先客がいた……いち、にぃ。3番目か。まあ、及第点ってとこだな」
ジョアンは一位を取りたかったみたい。わたくしがペアじゃなかったら余裕で一位だったのだろう。申し訳なくて謝ろうとすると、頭に手をポンと置かれた。
「もともと、今年は3位以内が目標だっただろ。それに、あの悪天候じゃあ、しょうがない。来年こそ、俺たちがトップを取ろうぜ」
「うん!」
ジョアンが足を止めると、宿泊施設の奥からマニーデが突風のようにやってきた。軽く跳躍すると、わたくしの真ん前に立ちぎゅっと抱きしめられる。
「アイリスッ、無事だったのね! ああ、心配したのよ? どこもケガをしていない?」
「マニーデさん……! わたくしは、だいじょぶ、です」
彼女は力加減をしてくれているが、感極まっているのか普段よりも圧迫される。ミシっとどこかが鳴った気がするけれども、彼女の心配もわかるし、こんな風にわたくしのことを気にかけてくれる存在が嬉しくて、彼女の背に腕を回した。
「アイリス、良かった。皆、心配していたんだ」
ふと後ろを見ると、先生やゴーリン会長がいた。Fクラスは、ウォンとマッキーが着いていたみたいで、彼らも涙ぐんでいる。今のわたくしは、こんなにも優しい皆に囲まれていたんだなぁと実感した。あまりにも幸せすぎて、目に涙が浮かぶ。
「ゴーリン会長、ウォン、マッキー……みんな……。先生がたもご心配おかけしました」
「アイリスが無事なのが一番だから! 私もさっき着いたところなの。ね、とりあえず、埃を流しに行かない?」
「ええ!」
マニーデが、わたくしを解放して手をつないで歩く。ジョアンが気になって彼を見ると、行ってこいと手を振られた。
彼女にひっぱられて行くと、奥に温泉があった。暖炉のおかげで、濡れた服やタオルは乾いている。
湯けむりの中、広い温泉で手足を伸ばす。なんて贅沢なんだろうと、ほうっと息を吐いた。
「今のところ、女子は私たちだけよ。貸し切り状態の今のうちに、温泉を満喫しましょう!」
「ええ!」
マニーデは、ウォンとペアだったらしい。マニーデがゴーリン会長の側にいたくて、獣化状態のウォンを抱えて登ってきたという。
「一位はゴーリン様とマッキーペアだったわ。私たちは二位」
「え、ウォンって獣化状態でも30キロ以上あるんじゃ?」
「ちょっと骨が折れたわね。でも、あの大雨の中、わたくしがウォンを持ちにくそうにしているのを見て、ゴーリン様が、マッキーをポケットに入れて私ごとウォンを抱えてくれたの」
「まぁ。ゴーリン会長も、とっても力もちで優しいのね」
「ふふふ、だってゴーリン様なのよ? そりゃ、不可能を可能にしちゃうわ。他の生徒たちのことも助けていたんだから!」
自分だけ優しいってわけじゃないから、ちょっと残念だとマニーデさんが笑う。でもそんな彼のことが大好きなんだと頬を染めた。
「ふふふ、マニーデさんかわいい」
「んなっ! かわいいだなんて」
きゃあきゃあと、マニーデさんとふたりで温泉ではしゃいだ。そうこうしていると、他の女の子たちが次々入ってくる。
「あ、マニーデ。やっぱ女子の一位はマニーデだったかぁ。それにアイリスもいるー。マニーデは当然だけど、アイリスがもう到着してるなんてびっくり!」
「ジョアン、張り切ったのねぇ。人間には大変だったでしょ? お疲れ様」
「夜は冷えたけど、風邪ひいてない? 人間は弱いんだから、ちょっとでもおかしいと思ったらすぐに言ってね」
「無理せず、部屋で寝てていいのよ?」
人間のわたくしと一緒のお湯に浸かることを、誰もが嫌がらなかった。それどころか、心配して我先にとお世話をしようとしてくれる。
「皆、ありがとう。ジョアンのおかげで、今のほうが元気なくらいなの。それに、皆といると、とっても楽しいわ」
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