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「何の騒ぎだ!」
マニーデの右腕が高く上がり、振り下ろされようとした時、騒めくこの場に一際大きな声が響き渡った。
「生徒会長!」
この場に現れたのは、昨年4月に行われた生徒会選挙強者たちの武闘大会で優勝した、ゴリラ獣人のゴーリンだ。とても愛情深く、普段は誰よりも温和な彼は、自分に対する攻撃や侮辱では全く動かない。
だが、一転、他者のためなら、その逞しい剛腕を振るい轟く地響きのような雄々しい声をあげて悪を挫く。
きりりとした太い眉に大きな鼻。分厚く柔らかな唇は男の色気を隠しておらず学園のアイドル的存在でもある。16才にして今年度一の力強さを誇る、身長2メートルの巨漢の彼の学力順位は、下から数えたほうが早い。
「きゃあ♡ ゴーリンくんよ!」
「ああ、ゴーリン様を見れたなんて……。これは夢かしら?」
「ゴーリン、相変わらずかっこいいぜ! くぅ~~~~!」
周囲の男女が尊敬のまなざしを向ける。黄色い声(中には野太い声)があがり、さっきよりも騒がしくなったのは言うまでもない。
マニーデの振り上げられた手が、目にもとまらぬ速さで背に隠れた。あまりの早業に、ぽかんと彼女を見つめる。マニーデは、わたくしたちを忘れて、顔を真っ赤にして彼をうっとり見つめていた。
「ご、ごーりん、さま……」
恋する乙女さながら、彼の名を口にするマニーデに倣って、じっとゴーリンを見つめていると、彼がこちらに近づいてきた。もう大丈夫だからと、目配せをされた。横を見ると、ウォンまで尊敬のこもったきらきら光る瞳で彼を見つめている。
「マニーデ、クラス代表を立派にこなす、努力家で責任感の強い君の悔しい気持ちは僕もよくわかる。でも、彼女を人間だというだけでそんな風に悪く思ったら、せっかくの君の気高い魂と美しさに影を落としてしまうよ? いつものように優しい君の寛大な心で、もう少し、この学園で一番弱い彼女を受け入れてあげて欲しいな」
「は、はい……。ゴーリンさまがそうおっしゃるなら……。アイリスさん、私ったらなんて恥ずかしくみっともない事を……。私、気が動転しすぎていて、ウォンたちにも酷く言ってしまって……反省してる。さっきは引っ込みがつかなかっただけで。そうよね、アイリスさんにしてみれば、エリマキトカゲのマッキーでも強くて恐ろしいものなのよね。怖がらせて、本当にごめんなさい……」
「分かってくれたか。やっぱり、マニーデは信頼できる素敵な女性だ」
ふっ、とイケメンの彼が微笑んで彼女にそう語れば、先ほどまでの恐ろしい気配が一瞬で霧散する。すでに彼女の心も頭も彼一色で染められているようだ。
まるで魅了魔法か催眠術にでもかかったかのように、彼女の怒りが粉雪よりも簡単に溶けさり、わたくしたちに素直──とはいいがたいかもしれないけれど──に反省をして、真摯に謝罪してくれた。
「い、いえ。分かっていただけたらそれで……」
「なんか釈然としねぇけど。ゴーリン会長の顔を立てて謝罪を受け入れるよ。ま、二度とアイリスや俺たちを馬鹿にしないでくれたらそれでいい」
「アイリスさん、ウォン……許してくれてありがとう」
「これから、同じ学園で卒業するんですもの。わたくしのほうこそ、皆さんの力をお借りしている立場で、偉そうに言ってしまってごめんなさい。良かったら、仲良くしてくれると嬉しいです」
「ええ、勿論よ。あなたのことは、私も守ってあげるわ!」
「調子良すぎるぞー」
「ははは、ウォン、そう言うな。自らの非を認めるのは難しいだろ? それをこうして行動に移せた彼女は、美しく素晴らしいとは思わないか?」
ゴーリンの言葉で、周囲の皆が一斉にわぁっと歓声を上げた。彼の言葉を誰も彼もが支持して、マニーデまでも褒めたたえた。
Aクラスでの、普段の彼女はこんな感じなのだろうか。恋する乙女然としたマニーデは、皆の声援もうけて恥じらっていてとても可愛くていじらしい。
「ああ、ゴーリンさまに美しいって言われたわ……優しいって。そうよ、ゴーリンさまにそう思っていただけるように、頭だけでなく心も磨かないと……ああ、もうどうなってもいい……」
マニーデは、彼の言葉に酔いしれてふらふらとこの場を去って行った。そんな彼女の背を優しく見つめたあと、ゴーリンがアイリスたちに視線を移動させる。
「やあ、今年度の学力一位、独走おめでとう! 同じ学園に通う者として誇らしいよ。Fクラスの皆も努力してこうして結果を出せたんだ。来年度は僕のクラス、ううん、他のクラスも負けないからね」
さわやかに、にこにことこう言う彼が大きくてごつごつした手を差し伸べて来た。わたくしは、その手をしっかり握り返す。人間のわたくしの手を痛めないように、かなり力を抜いて気遣ってくれている。
(ゴーリン様が、男女問わず慕われるのもわかるわ。さっきは怖かったけど、獣人なら当たり前くらいの事なのよね。マニーデさんの恋がうまくいくといいけれど)
「アイリス、困った事があったら僕が力になるからいつでも相談して。来年度の交流遠足、このままだと僕と君がペアになるだろうから、仲良くして欲しい」
「あ、交流遠足……。でも、わたくしはこの通り人間で魔法が使えないから、前回は……」
「うん。前回は君が先生と相談して、大怪我をするかもしれないって事で不参加だったけど。来年度は安全なルートにするって決定されているから、今度は君も参加しよう!」
「あの……」
ぶんぶんと大きくて体温の高い手が、わたくしの手を握りしめて振った。体全体まで振られてしまってぐらぐらする。
「いい思い出を皆で作るんだ。その中には、もちろん君も含まれている。じゃ、また!」
一方的にそう言うだけ言うと、ゴーリンは彼のファンたちをぞろぞろ引き連れて去って行った。Fクラスの何人かもその中に混じっているみたいで、ひゅ~っといきなり人垣が消えた事で吹いた涼しい風が、残されたわたくしたちを撫でた。
「え……と。助かったのかしら?」
「ゴーリン会長、かっけぇ~」
嵐になる前に消え去ったつむじ風に見舞われたかのように感じて、目を白黒させたあと脱力した。
マニーデの右腕が高く上がり、振り下ろされようとした時、騒めくこの場に一際大きな声が響き渡った。
「生徒会長!」
この場に現れたのは、昨年4月に行われた生徒会選挙強者たちの武闘大会で優勝した、ゴリラ獣人のゴーリンだ。とても愛情深く、普段は誰よりも温和な彼は、自分に対する攻撃や侮辱では全く動かない。
だが、一転、他者のためなら、その逞しい剛腕を振るい轟く地響きのような雄々しい声をあげて悪を挫く。
きりりとした太い眉に大きな鼻。分厚く柔らかな唇は男の色気を隠しておらず学園のアイドル的存在でもある。16才にして今年度一の力強さを誇る、身長2メートルの巨漢の彼の学力順位は、下から数えたほうが早い。
「きゃあ♡ ゴーリンくんよ!」
「ああ、ゴーリン様を見れたなんて……。これは夢かしら?」
「ゴーリン、相変わらずかっこいいぜ! くぅ~~~~!」
周囲の男女が尊敬のまなざしを向ける。黄色い声(中には野太い声)があがり、さっきよりも騒がしくなったのは言うまでもない。
マニーデの振り上げられた手が、目にもとまらぬ速さで背に隠れた。あまりの早業に、ぽかんと彼女を見つめる。マニーデは、わたくしたちを忘れて、顔を真っ赤にして彼をうっとり見つめていた。
「ご、ごーりん、さま……」
恋する乙女さながら、彼の名を口にするマニーデに倣って、じっとゴーリンを見つめていると、彼がこちらに近づいてきた。もう大丈夫だからと、目配せをされた。横を見ると、ウォンまで尊敬のこもったきらきら光る瞳で彼を見つめている。
「マニーデ、クラス代表を立派にこなす、努力家で責任感の強い君の悔しい気持ちは僕もよくわかる。でも、彼女を人間だというだけでそんな風に悪く思ったら、せっかくの君の気高い魂と美しさに影を落としてしまうよ? いつものように優しい君の寛大な心で、もう少し、この学園で一番弱い彼女を受け入れてあげて欲しいな」
「は、はい……。ゴーリンさまがそうおっしゃるなら……。アイリスさん、私ったらなんて恥ずかしくみっともない事を……。私、気が動転しすぎていて、ウォンたちにも酷く言ってしまって……反省してる。さっきは引っ込みがつかなかっただけで。そうよね、アイリスさんにしてみれば、エリマキトカゲのマッキーでも強くて恐ろしいものなのよね。怖がらせて、本当にごめんなさい……」
「分かってくれたか。やっぱり、マニーデは信頼できる素敵な女性だ」
ふっ、とイケメンの彼が微笑んで彼女にそう語れば、先ほどまでの恐ろしい気配が一瞬で霧散する。すでに彼女の心も頭も彼一色で染められているようだ。
まるで魅了魔法か催眠術にでもかかったかのように、彼女の怒りが粉雪よりも簡単に溶けさり、わたくしたちに素直──とはいいがたいかもしれないけれど──に反省をして、真摯に謝罪してくれた。
「い、いえ。分かっていただけたらそれで……」
「なんか釈然としねぇけど。ゴーリン会長の顔を立てて謝罪を受け入れるよ。ま、二度とアイリスや俺たちを馬鹿にしないでくれたらそれでいい」
「アイリスさん、ウォン……許してくれてありがとう」
「これから、同じ学園で卒業するんですもの。わたくしのほうこそ、皆さんの力をお借りしている立場で、偉そうに言ってしまってごめんなさい。良かったら、仲良くしてくれると嬉しいです」
「ええ、勿論よ。あなたのことは、私も守ってあげるわ!」
「調子良すぎるぞー」
「ははは、ウォン、そう言うな。自らの非を認めるのは難しいだろ? それをこうして行動に移せた彼女は、美しく素晴らしいとは思わないか?」
ゴーリンの言葉で、周囲の皆が一斉にわぁっと歓声を上げた。彼の言葉を誰も彼もが支持して、マニーデまでも褒めたたえた。
Aクラスでの、普段の彼女はこんな感じなのだろうか。恋する乙女然としたマニーデは、皆の声援もうけて恥じらっていてとても可愛くていじらしい。
「ああ、ゴーリンさまに美しいって言われたわ……優しいって。そうよ、ゴーリンさまにそう思っていただけるように、頭だけでなく心も磨かないと……ああ、もうどうなってもいい……」
マニーデは、彼の言葉に酔いしれてふらふらとこの場を去って行った。そんな彼女の背を優しく見つめたあと、ゴーリンがアイリスたちに視線を移動させる。
「やあ、今年度の学力一位、独走おめでとう! 同じ学園に通う者として誇らしいよ。Fクラスの皆も努力してこうして結果を出せたんだ。来年度は僕のクラス、ううん、他のクラスも負けないからね」
さわやかに、にこにことこう言う彼が大きくてごつごつした手を差し伸べて来た。わたくしは、その手をしっかり握り返す。人間のわたくしの手を痛めないように、かなり力を抜いて気遣ってくれている。
(ゴーリン様が、男女問わず慕われるのもわかるわ。さっきは怖かったけど、獣人なら当たり前くらいの事なのよね。マニーデさんの恋がうまくいくといいけれど)
「アイリス、困った事があったら僕が力になるからいつでも相談して。来年度の交流遠足、このままだと僕と君がペアになるだろうから、仲良くして欲しい」
「あ、交流遠足……。でも、わたくしはこの通り人間で魔法が使えないから、前回は……」
「うん。前回は君が先生と相談して、大怪我をするかもしれないって事で不参加だったけど。来年度は安全なルートにするって決定されているから、今度は君も参加しよう!」
「あの……」
ぶんぶんと大きくて体温の高い手が、わたくしの手を握りしめて振った。体全体まで振られてしまってぐらぐらする。
「いい思い出を皆で作るんだ。その中には、もちろん君も含まれている。じゃ、また!」
一方的にそう言うだけ言うと、ゴーリンは彼のファンたちをぞろぞろ引き連れて去って行った。Fクラスの何人かもその中に混じっているみたいで、ひゅ~っといきなり人垣が消えた事で吹いた涼しい風が、残されたわたくしたちを撫でた。
「え……と。助かったのかしら?」
「ゴーリン会長、かっけぇ~」
嵐になる前に消え去ったつむじ風に見舞われたかのように感じて、目を白黒させたあと脱力した。
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