完結R18 外れガチャの花嫁 

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
3 / 71

しおりを挟む
「お父様、お呼びでしょ……」
「遅い、いつまで待たせるんだ。来年度からお前は隣国の全寮制の学園に行くんだ」
「……え?」

 冬が過ぎ、少しずつ桃のつぼみが膨らみ咲き始めた頃、三か月ぶりに父にいきなり呼び出された。執務室に入ると、挨拶も全て終わらないうちに、被せるようにそれだけを言われる。

 父は、ここ、ラストーリナン国の侯爵だ。

 といっても、宰相とか重要な役職についているわけでもなく。国のどの機関にも属さずに、主に自治領の発展を部下に完全に任せて過ごしている。幸い、部下たちが優秀なのか、領地が潤っているからかわからないが、貧乏ではなさそうだ。わたくし以外の使用人たちは良いものを着ているし、家全体は金や高級な家具、花瓶、宝石があしらわれている彫刻が所狭しと飾られているのだから。

 わたくし自身は、ひび割れた壁の寒い一角に住んでおり、私物はほとんどなく、服は古いものをリメイクしている。

 わたくしは、彼自身が何をしているのかは全く知らない。普段、どこにどうやって住んでいるのかも。

 わたくしの住む家はとても広い。だから、同居していても、こうして会うために機会を設けなければ、いるのかいないのかすらわからないのだ。

 使用人たちが、父の幼馴染である未亡人の家に、ここ10年入り浸りだってヒソヒソしていたから、きっとそこに住んでいるのだろう。

「隣国というと、この自治領の隣にある大国、オウトレスイリア国でしょうか?」
「他に、隣国がどこにあるというのだ。馬鹿め。我が家に能無しどころか愚か者がいるとはな。全く嘆かわしいことだ」
「……」

 実は、陸続きの隣国はいっぱいある。ラストーリナン国に隣接する国は、小さな子でも3国くらいはすっと言えるくらいには。

 けれども、そんな事を言えば、生意気だと頬を叩かれる。きゅっと唇を噛んで、目を臥して口をつぐんだ。

「私の娘も、もう10才……。ハーフ成人式を迎えた。ああ、お前は知らなかったか。けがらわしい女が産んだ忌み子のお前と違って、正真正銘私の子だ。そろそろ、正式に後継者として我が家で過ごしてもらう事になった。つまり、お前はこの家にいらなくなった不用品なのだ。ま愛らしく優しいラドロウが、書類上の姉であるお前の事を心配しておるから、留学と嫁ぎ先だけは世話をしてやる。ああ、言っておくが、あの子に必要以上に近づくな。もしも何か酷い事をすれば黙ってはおらんからな。いいな、あーアイ……、アス…………アリス! わかったか!」


(わたくしは、去年10才になったのですけれども……。あの日は、使用人たちがいつも投げるようにくれる、野菜くずの入ったスープとカチカチのパンを食べたわね……)

 そう思いつつ、わたくしの名前も知らないのかと内心ため息を吐く。



 父は、わたくしが産まれるまでは母を溺愛していたらしい。
 貴族には珍しく恋愛結婚した二人の仲は、それはもう社交界で知らない人はいないほどだったようだ。

 父は母を慈しみ、自治領を盛り立てようと精力的に働いていたそうだ。母もまた、その才覚でどんどん新しい商業を取り入れて、その頃の自治領は、今と比べ物にならないほど発展していたという。

 ところが、産まれて来た子が白い髪にヘーゼルの瞳だった。父の家系にも、母の家系にもないその色は、母の不貞を疑わせた。どれほど母が、不貞などしていないと泣きながら訴えても無駄だった。

 当時、母はわたくしと父の親子鑑定を依頼した。ところが、父は、わたくしと父が親子関係だと証明した魔法使いに嘘だと怒鳴り、その鑑定書を破ったらしい。

 白い髪は、ただでさえ神に背くモノとして忌み嫌われる。

 その事が、父には信じがたかったのだろう。そんな忌み子を産んだ母を浮気者だと憎んだ。そして、この家の後継者であるわたくしと一緒に出て行こうとする母を、吹雪の中、単身追い出したと父から聞いている。母は、実家には帰っておらず、消息不明のまま現在に至る。

 どこかで野垂れ死にしたのだろうと、父が醜く顔を歪めて高笑いしていた小さな頃の恐ろしい記憶が残っていた。

 親子関係を証明された事実があり、それは親戚など複数名が知っている。そのため、追い出すのは体裁が悪いからという理由だけで、わたくしはこの家に残され生かされた。

 そんな経緯だから、白い髪を持つわたくしは、屋敷の中の使用人からも、ほぼいない存在として扱われた。

 必要最低限の食事と衣服が与えられたけれども、ベッドのシーツは自分で取り換え、お風呂はあるけれども使える状態じゃないから冷たい井戸水で体を洗ったものだ。

 魔法が使えないわたくしは、水をお湯にすることすらできない。
 雪の降る中では、水は氷が張っていてナイフのようだった。





しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...