【完結・R18】騎士様、はじめまして。もうすぐ消えてしまうので、最後の思い出に私(魔王)とデートしてくれませんか?

にじくす まさしよ

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17 愛を伝えるための言葉は必要がない

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 あの日から、私は、本性のマメハチドリの姿しか取れなくなった。前のように肌を合わせて愛を確かめる事が出来なくなり、少し、いや、かなり悲しい気分になった。

 気持ちと体は切り離せない。愛しているからくっつきたいし、沢山交じり合いたいと思うから。

 こんな姿じゃ、流石に満足させる事なんて出来やしない。だから、いずれ彼も嫌気がさすんじゃないかって不安になる。

 でも、それは全くの杞憂だった。

『サニー、俺はもともと女性とは縁がないと思っていたし、興味もそれほどなかった。俺が初めて欲しいと思ったのはサニーだけだ。このままずっと、その小さな姿であっても、俺はあなたの側を離れない。それに、とてもかわいいし綺麗だ。愛している』

 申し訳なさと、自信のなさから、やっぱり不安が押し寄せてションボリする私に、何を悩んでいるのか察してくれて、姿形じゃなく、私自身を愛しているって何度も伝えてくれた。

 そして、今は人の形を取れない小鳥のままの私に、変わらぬ愛を毎日のように注いでくれている。どちらかというと、前よりも今の方が大きくて深いかもしれない。
  なんというか、可愛いらしいものを愛でる別の感情のような気もするけれど、私たちはお互いがそこに在るだけで満足だった。

 彼が私の嘴の側に美味しい花の蜜を近づけてくれた。それに嘴を突っ込んですすりながら、彼に大好きだと何度も伝える。

「サニー、美味いか?」

「ピピッ! ピーチュッ! ピィッ!」

「俺も。愛している」

「ピピッ!」

 甘い蜜を吸い、それよりも甘い彼の視線と言葉に酔いしれるのだった。



※※※※


 私たちが話し合いをしていたのは、バトルをしていた大広間だ。

 勇者は、彼の無謀ともいえるその作戦のために、固唾を飲んで見守る皆の視線をものともせず、部屋の端に置いたグローリー・ソードを手に取り戻って来た。

「で、どうするんだ?」

 シエナマーガが、そのまま不意打ちで私を切りはしないか警戒心を露わにして勇者に訊ねた。

「とりあえず、これを魔王が体に取り込んでみるのは危なすぎるから、指とかで触ってみるとか」

 なるほど、勇者が動かず、私がそっと指をグローリー・ソードに当てたとしても効果は同じかもしれない。だけど、問題があった。

「……ユウシャ君、その剣は勇気を持って魔王を倒すという決意が必要なの。今の凪いだ感情では、それはただの張りぼての剣に過ぎないのよ」

「あー……、そういえば、さっきバトルしていた時みたいに剣が俺と共鳴というか、半身みたいな感じがしないな。でも、あんな気持ち、サニーさんに、もう持てないんだけど……」

 すっかり、私を倒すというより助けたいという気分になった勇者は、グローリー・ソードを危なくないようにぶんぶん試しに振るうが、剣が彼に応える気配はなかった。

「うーむ……どうしたもんかのう。そうじゃ、魔王ではなく、魔王の中の魔力に対してさっきまでの気持ちを高めるというのはどうじゃ? そもそも、そんな魔力がなければこれほど拗れはしなかったのじゃ」

「魔王じゃなくて、魔王を苦しめる力の根源にか……やってみる!」

 勇者は、両手で剣を持ち、目を閉じると精神統一を始めた。するとどうだろう、静まり返っていた単なる無機物だった剣の刀身に、勇者の気迫が纏い底知れぬ力を現し始めたのである。

「うお、勇者、良い感じだ! そのまま行けぇ!」

「はぁあああ! これなら、どう、だあああ!」

 少し離れているというのに、グローリー・ソードの魔王を滅する力に気圧されそうだ。近づけば、ひょっとしたらそれだけで塵になってしまうかもしれない。

 私は、私の手を握る大きな手を握り返し、ごくりと唾を飲んだ。

 そして、そうっと、切っ先が天井を向いているグローリー・ソードのつばの部分に指先をつける。

 私をこの世界から消そうとする凄まじい破滅の力が私を襲う。指を咄嗟にひっこめようとしても、何かでべったりへばりつけられたかのように離す事ができなかった。


「ああああっ!」

「サニー!」

 苦しい、痛い、怖い。

 体がバラバラになりそうだ。

 私のただならぬ様子を見て、全員が目を見開く。愛しい人が必死に叫んでいるけれど、それに応えるための言葉は絶叫をあげつづける私には出せなかった。

「な! くそ、どうなってんだよ! ちょっと指先が触れているだけじゃないか! 静まれっ! しずまれぇええ!」

 勇者が必死に高めた気を静めようと試みるが、彼の意思に反して、私の魔力を吸い上げるかのように消していくグローリー・ソードの威力が跳ねあがる。

「うう、うあああ!」

「サニー、サニー。くそ、剣が離れない!」

 大きく涎を流しながら開けた唇の口角の皮膚がつっぱり、ぴりっと皮膚に傷がつく。

 グローリーソードが輝き始め、やはりこのまま消滅するのかと思うと、必死に私を呼び続ける人の腕の中で逝ける事が、悲しくも幸せを私の胸の中に植えてくれた。

「ない……と、さま……。あい……し、て……」

「サニー! 逝くな、俺を置いて逝かないでくれ! くそ!」

 意識がほとんど解けて無くなる。視界が歪み、もっと見たいのに愛しい人の顔がぼやけていく。

「頼む、ユウシャ殿! 俺を彼女と一緒に逝かせてくれ!」

「バカな事を言うなっ!」

「馬鹿でもいい。ほんの一瞬たりとも、彼女のいない世界にとどまりたくないんだ!」

 ぎゅうぎゅう抱きしめられた体は、あれほど私を蝕んでいた魔力が急速に消えた事もありとても軽い気がする。こんなにも楽になるなど、いつぐらいぶりだろう。

ぽた、ぽたと、私の瞼や頬、顔中に温かい水滴が降り注いでいる。いつの間に雨が降ったのか。

 城の中なのに、雨が降るなんておかしいななんて、くすりと笑いたいのに唇が弧を描かず、不随意にぴくぴく痙攣をおこしているだけだ。

 私の魔力の減少とは逆に、グローリー・ソードが輝き始めた。誰も、どうする事も出来ない状況に、皆が嘆き悲しむ気持ちが私の体に落ちて入ってくる。

「魔王! お前は最後まで諦めないんじゃなかったのか! 目を開けろ!」

「魔王様、そんな剣など、いつものように軽くいなしてくださいっ!」

「魔王ちゃん……! このまま消えちゃうなんてゆるさないから!」

「魔王様、僕のための剣をくれるって約束したじゃないか! はやく目を開けてよおおお!」

嘘つきで、泣き虫で、約束を破ってごめんなさい……どうか、幸せになって……

 私が彼らにした約束は、どうやら果たせないようだ。目を閉じ、痛みがなくなり、苦しみから解放された体を、硬くて逞しい何かが抱きしめてくれている。

「サニー……! 待ってろ、今俺が……!」

 ああ、あなたがここにいるだなんて、とても幸せ……ごめんなさい、あなたに会えてよかった……

 彼への気持ちが、小さな点のような、でも、それが私をつくる全てのように感じる。この気持ちだけは、私の中から、決して消えはしないのだ。

「ナイト、何を……! やめろ、やめるんだ!」

「剣がサニーの全てを欲しがるのなら、代わりに俺が……!」

 ふっと、さっきまで急激に無くなり私を誘う、死出の荒れ狂う流れが止まった。途端に、意識が引っ張り上げられ、瞼が開いていく。

「そんな……! ナイト、嘘だろう?」

「ナイト殿! グローリー・ソードを離すんじゃ!」

 やっと、今の自分の状況を思い出しかけ、視力が戻った瞬間、私を片腕で抱きしめながら彼がグローリー・ソードに胸を突かれる光景が目に飛び込んできたのであった。

「……う……い、や……」

 魔力のほとほんどが、体の中から無くなっているのが分かった。だけど、自分の体の事よりも、目の前の彼の姿だけが、私の頭も心も、ガンガンと強く金づちか何かで叩いているかのように衝撃を与える。

 あれほどついて離れなかったというのに、指先が自由になっていた。

「サニー、もう、大丈夫だ」

「や、やあ、ないと、さま……どう、して……」

「言っただろう? 俺がサニーを守ると。すでに俺も世界の敵で、あなたと同じ魔王のつもりなんだ」

「だからって……張りぼてとはいえ、その剣の物理攻撃は人であるあなたには凶器に……!」

「サニー、もう黙って……」

 突然、私の唇が彼のそれに塞がれた。まるで、これ以上は何も言うなと、言葉を封じられたみたい。

 ひっくひっくと、咽がひくつく。

 泣きたいのに、それは彼の唇のせいで許されないかのようで、必死に逃れようとした。

「サニー、落ち着け。俺は大丈夫そうだ。なぜだ……?」

 私が、彼の力に抗えずくたりと脱力したと同時に、唇が離れた。そして、彼自身も不思議そうにそう言ったのだ。

「え……? グローリー・ソードが消えている……? なんで?」

「魔王を滅するという事は、すなわち、魔王の魔力でグローリー・ソードもまた滅する事ができるのじゃろう。しかも、ソードマスターであるほど魔力の高いナイト殿の力も加わった事もあり、まるで意思を持ったかのように貫いた胸からナイト殿の中に入り込んでいったのじゃ」

 どうやら、ナイト様は私と共に逝くつもりで剣を胸に自ら突き立てたらしい。
 だけど、世界の調律から外れた彼の行動により、そのまま人である彼を傷つけるわけにはいかない、魔王専用の武器としての役割を持つ剣は、自らの力で彼を助けるために彼と同化したのじゃないかと賢者が推測する。

 よくわからないけれど、要するに、彼がグローリー・ソードを取り込んだという事だろう。

 確かに、彼の体の中から、剣の存在を感じる。そして、彼というベール越しに、今も尚、私の魔力を吸い取ろうとしている力が働いているのが分かった。

 とにかく、ずっと一緒にいてくれる彼自身がグローリー・ソードとなり、私の魔力を吸収してくれるのであれば、今までのように魔力が飽和状態になり世界の危機に陥る事はない。

「理屈や理由はどうでもいい。サニーが無事で、俺と共にいる、その事だけでいい」

「ナイト様、私も……」

 お互いを求めあう私たちは、危機を脱した後皆に祝福された。といっても、彼は家族たちからは複雑な表情をされていたけれども。

 そして、賢者の提案で魔王である私は城や皆と共に滅び、ひとりの騎士はその死闘で犠牲になった事にされた。

 グローリー・ソードの力をもろに受けた私は、力を使い果たし、本性の姿になってしまったのであった。





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