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ダンパーは、初代国王と勘違いさせて(といっても王族や貴族たちが勝手に勘違いしたようだが)、この国にはびこる不正を是正しなければ、精霊の力を借りて国家を建国する前の状態に戻すこともやぶさかではないと宣言したらしい。そうなれば、現王たちは今の地位もなにもかも失う。すぐさま手を打ち、脱税をしていたアルミフィン伯爵はじめ、いくつかの貴族はそれぞれに応じた罰を受け降格したようだ。
パネルは、これでもうカンソたちを恐れずにすむと喜ぶと同時に、危機が去った今、ダンパーの家にいつまでも住み続けるわけにはいかないと思うと悲しくもなる。
幾度となく助けられ、あっという間に彼女の心の中のど真ん中に居座った大きな彼。生活のことよりも何よりも、その彼と離れることが辛い。側にいたいと願う貪欲な気持ちは、日々膨らみ、もっともっとと彼のすべてを欲しがるようになった。
そんな図々しくも浅ましい感情を恥じながらも、彼にどうしようも惹かれていく自分の心に嘘はつけなかった。結局、彼の厚意に甘えて、ずるずるあの家で暮らしている。
あれから数か月、今日はとある小さな島国に来ている。歩いて雑談すれば、島の端から端まであっという間に到達できるほどの面積しかない。
ダンパーが先日所有者となった、この小さな島の周囲には、穏やかな海が広がっている。精霊たちの力を借りて、過ごしやすいビーチを作り、海流をコントロールすることで、海洋の危険な生物がビーチに入り込んでくることはない。
パネルの魔力量はとても少ない。そのため、精霊は彼女と契約すれば、心身の負担にならないように人間界で力が制限される。力を使うほどに成長する精霊たちは、ほとんど活躍の場がない契約者であっても、居心地の良い人間を選ぶ傾向がある。時の流れも考え方もなにもかもが人間と違うのだ。その人間との契約期間中に成長が芳しくなくても問題はない。彼らにとって、刹那の時をともにする人間との契約において、もっとも重要なのはストレスがかからないことなのだから。
辛いときも悲しいときも、楽しいときも幸せなときも、一緒にすごしてくれたパンが幸せならと、パネルは他の3人の精霊たちと友達になった。
力を分散することになったので、パネルから与えられる魔力量がほぼなくなり、パンは人間界で伝書精霊のようなことも出来なくなったが、4人一緒にいるほうが楽しそうで、パネルも彼らが遊んでいるのを微笑ましく見て過ごす。
数日前から小さな島で遊んでいる契約精霊となった小さな友達たちは、遊び疲れたのか、それぞれの親とともに精霊界に戻った。今はダンパーと彼女のふたりきり。
水平線の向こう側に消えかかる太陽が、最後の輝きに緑色を空に向かって放っている。その光景に、パネルは心奪われ、消えてしまう一瞬すらも見逃さないように見ていた。
「グリーンフラッシュが現れるなんて、珍しいですね」
「ええ、初めて見ました。幻想的で、まるでこの世のものではないほど美しいですね」
「ええ……私も初めて見ましたが、この時をパネルさんと見ることができて光栄です」
大自然の、底知れぬ恐ろしさを秘めた美しさ。静まりかえったふたりの耳に入るのは、波が作る音と互いの声だけ。
ふと、心もとない水着に、薄手のラッシュガードを羽織っているだけの姿が、やけに気恥ずかしく感じられた。さきほどまではパンたちと一緒にいたし、海で遊んでいたからそれほど気にはならなかったというのに。
パネルは、ダンパーをちらっと見上げながら、ラッシュガードの前をそっと閉じ体を少しでも隠そうとした。すると、夕日に照らされた彼が、太陽ではなく自分を一直線に見ていたのに気づき、瞬く間にその視線に捕らえられる。
太陽を見るのも忘れたパネルには、彼だけしか見えない。やがて太陽が沈み、暗闇が訪れたというのに、それすら気づかないほど、彼だけが彼女の視界も、心もどこもかしこもを支配していた。
「パネルさん、私と一生を歩んでいただけませんか?」
目の前で、とても大きくて頼りになる立派な方が、言いづらそうに頬を赤らめてパネルに真剣な眼差しを向けている。彼女は、息をするのも、言葉を発するのも忘れて、まるで時が止まったかのように彼を見つめ返していた。
「ダンパー、さま。わ、わたくし」
続く言葉が出てこない。なんとなく、彼の気持ちを察していた。どうしても自分の都合の良いようにその度に否定しようとしても、彼も同じ気持ちでいるのではないかと思っていた。
こうして、彼から言葉にして伝えられると、とてつもない幸せな気持ちがどっと押し寄せ、自分自身を置いてけぼりにしたかのようだ。彼に応えるための言葉をうまく返せない。
一方のダンパーもまた、勝算しかない自分の言葉への返事がなかなかないことで、一秒がとても長く感じられたようだ。そっと、彼女の小さな肩に手を置き、否定の言葉を封じるように、小さな唇を覆う。
ふたりの触れ合う唇が、音もなくそっと離れると、パネルは、彼が自分に何をしたのかほんの少しだけ理解した。先ほどのグリーンフラッシュが見せた幻か、それとも夢なのか。とても信じられない彼の行動に、言葉よりも、心よりも早く動いたのは、彼女の体だった。
「パネルさん」
唇を合わせただけのキス。それが呼び水となったのだろうか。パネルは、彼の大きな胸板に飛び込んだ。彼女に抱き着かれ、ダンパーは水着のあられもない彼女の姿に、抑え込んでいた邪心がその檻を壊そうとしていた。かろうじて耐えていた、それをとらえていた檻が、ついにはじけ飛ぶ。
「……パネルさん、愛しています」
直球すぎるその言葉にすら、パネルは返事をしない。いや、できない。ただ、それにイエスと答えるように、頬と体を摺り寄せた。
「私の、妻となっていただけますね? 嫌と言っても、もう逃しませんが」
パネルは、彼のその言葉が意味する彼の気持ちを、取り違えることなく小さく頷いた。その動きに、ダンパーは彼女を横抱きにして、小さな別荘に足を向けたのである。
パネルは、これでもうカンソたちを恐れずにすむと喜ぶと同時に、危機が去った今、ダンパーの家にいつまでも住み続けるわけにはいかないと思うと悲しくもなる。
幾度となく助けられ、あっという間に彼女の心の中のど真ん中に居座った大きな彼。生活のことよりも何よりも、その彼と離れることが辛い。側にいたいと願う貪欲な気持ちは、日々膨らみ、もっともっとと彼のすべてを欲しがるようになった。
そんな図々しくも浅ましい感情を恥じながらも、彼にどうしようも惹かれていく自分の心に嘘はつけなかった。結局、彼の厚意に甘えて、ずるずるあの家で暮らしている。
あれから数か月、今日はとある小さな島国に来ている。歩いて雑談すれば、島の端から端まであっという間に到達できるほどの面積しかない。
ダンパーが先日所有者となった、この小さな島の周囲には、穏やかな海が広がっている。精霊たちの力を借りて、過ごしやすいビーチを作り、海流をコントロールすることで、海洋の危険な生物がビーチに入り込んでくることはない。
パネルの魔力量はとても少ない。そのため、精霊は彼女と契約すれば、心身の負担にならないように人間界で力が制限される。力を使うほどに成長する精霊たちは、ほとんど活躍の場がない契約者であっても、居心地の良い人間を選ぶ傾向がある。時の流れも考え方もなにもかもが人間と違うのだ。その人間との契約期間中に成長が芳しくなくても問題はない。彼らにとって、刹那の時をともにする人間との契約において、もっとも重要なのはストレスがかからないことなのだから。
辛いときも悲しいときも、楽しいときも幸せなときも、一緒にすごしてくれたパンが幸せならと、パネルは他の3人の精霊たちと友達になった。
力を分散することになったので、パネルから与えられる魔力量がほぼなくなり、パンは人間界で伝書精霊のようなことも出来なくなったが、4人一緒にいるほうが楽しそうで、パネルも彼らが遊んでいるのを微笑ましく見て過ごす。
数日前から小さな島で遊んでいる契約精霊となった小さな友達たちは、遊び疲れたのか、それぞれの親とともに精霊界に戻った。今はダンパーと彼女のふたりきり。
水平線の向こう側に消えかかる太陽が、最後の輝きに緑色を空に向かって放っている。その光景に、パネルは心奪われ、消えてしまう一瞬すらも見逃さないように見ていた。
「グリーンフラッシュが現れるなんて、珍しいですね」
「ええ、初めて見ました。幻想的で、まるでこの世のものではないほど美しいですね」
「ええ……私も初めて見ましたが、この時をパネルさんと見ることができて光栄です」
大自然の、底知れぬ恐ろしさを秘めた美しさ。静まりかえったふたりの耳に入るのは、波が作る音と互いの声だけ。
ふと、心もとない水着に、薄手のラッシュガードを羽織っているだけの姿が、やけに気恥ずかしく感じられた。さきほどまではパンたちと一緒にいたし、海で遊んでいたからそれほど気にはならなかったというのに。
パネルは、ダンパーをちらっと見上げながら、ラッシュガードの前をそっと閉じ体を少しでも隠そうとした。すると、夕日に照らされた彼が、太陽ではなく自分を一直線に見ていたのに気づき、瞬く間にその視線に捕らえられる。
太陽を見るのも忘れたパネルには、彼だけしか見えない。やがて太陽が沈み、暗闇が訪れたというのに、それすら気づかないほど、彼だけが彼女の視界も、心もどこもかしこもを支配していた。
「パネルさん、私と一生を歩んでいただけませんか?」
目の前で、とても大きくて頼りになる立派な方が、言いづらそうに頬を赤らめてパネルに真剣な眼差しを向けている。彼女は、息をするのも、言葉を発するのも忘れて、まるで時が止まったかのように彼を見つめ返していた。
「ダンパー、さま。わ、わたくし」
続く言葉が出てこない。なんとなく、彼の気持ちを察していた。どうしても自分の都合の良いようにその度に否定しようとしても、彼も同じ気持ちでいるのではないかと思っていた。
こうして、彼から言葉にして伝えられると、とてつもない幸せな気持ちがどっと押し寄せ、自分自身を置いてけぼりにしたかのようだ。彼に応えるための言葉をうまく返せない。
一方のダンパーもまた、勝算しかない自分の言葉への返事がなかなかないことで、一秒がとても長く感じられたようだ。そっと、彼女の小さな肩に手を置き、否定の言葉を封じるように、小さな唇を覆う。
ふたりの触れ合う唇が、音もなくそっと離れると、パネルは、彼が自分に何をしたのかほんの少しだけ理解した。先ほどのグリーンフラッシュが見せた幻か、それとも夢なのか。とても信じられない彼の行動に、言葉よりも、心よりも早く動いたのは、彼女の体だった。
「パネルさん」
唇を合わせただけのキス。それが呼び水となったのだろうか。パネルは、彼の大きな胸板に飛び込んだ。彼女に抱き着かれ、ダンパーは水着のあられもない彼女の姿に、抑え込んでいた邪心がその檻を壊そうとしていた。かろうじて耐えていた、それをとらえていた檻が、ついにはじけ飛ぶ。
「……パネルさん、愛しています」
直球すぎるその言葉にすら、パネルは返事をしない。いや、できない。ただ、それにイエスと答えるように、頬と体を摺り寄せた。
「私の、妻となっていただけますね? 嫌と言っても、もう逃しませんが」
パネルは、彼のその言葉が意味する彼の気持ちを、取り違えることなく小さく頷いた。その動きに、ダンパーは彼女を横抱きにして、小さな別荘に足を向けたのである。
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