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今日は、ダンパーが所要のために不在だ。その間にカンソが再び訪れたらどうしようと思っていた。不安な気持ちを抱きつつ、すっかり信用しきってしまったダンパーを見上げた。
(出来ることなら連れて行ってほしい。ひとりにしないで)
男性が出かけるのに、心細さのあまり、思わずそんな子供じみた言葉を出しかけて飲み込む。不安だからだけではない。一分でも一秒でも長く彼と一緒にいたい、そんな急速に成長してしまった彼への想いが、はしたなくも、ますます我儘に彼を求めそうになった。
「今日は、遅くなるかもしれません。ですが、夕飯までには必ず帰ってきますから。もしも、誰かがこの家を訪れたとしても、私とパネル、んんっ……パネルさん以外は入れないように魔法をかけていますから、絶対にドアを開けなければ大丈夫ですよ」
「わたくしのことで、いろいろお手を煩わせてしまい、本当に申し訳ございません。ですが、ありがとうございます。あの、ダンパーさま」
「はい、なんでしょう?」
「あの、ダンパーさまのお好きなものを作って待っておりますので、お気をつけていってらっしゃいませ」
「はい、どんな夕食が出るのか楽しみにしながら帰ってきますね」
パネルは、ダンパーの瞳に、優しさだけでない熱い何かが込められているような気がして、自意識過剰すぎると頬を赤らめた。そんな彼女の表情を見てダンパーは生唾を飲み込んだが、パネルはそれに気づかないまま、彼を見送る。
「夕食まで半日ほどあるわね。玄関のドアを開けちゃダメというのなら、この家から出られないわ。そうだ、せっかくだから大掃除しましょうか」
側を飛ぶパンにそう言い、パネルはキッチンから掃除を開始した。といっても、クリーンな状態を保存する魔法が施されているうえに、自動で埃を根こそぎキャッチするアイテムもあるから、手を加える必要はほぼない。二箇所を除いて、あっという間に家中の掃除が終了した。その場所は、ダンパーの私室と、もう一つは初日と翌日に寝ていた例の部屋である。
「あら、パン? おかしいわね、一体どこにいっちゃったのかしら」
掃除道具を片付けた後、ついさっきまで側を飛んでいたパンがいないことに気づく。彼を探していると、パンの気配が例の部屋から感じられた。
「パンったら、どうしてこの部屋に……。まだ昼間だから大丈夫だなんて保障はないのに」
恐ろしい思いをしたこの部屋に入るどころか、こうして側に寄ることすら足がすくむ。だが、パンが万が一にも例のおぞましい気配に遭遇してどうにかなったら大変だ。パネルは、恐る恐る扉を少しだけあけて、左目を閉じながら中の様子をうかがった。
するとそこには、部屋にあるベッドの上で、パンが楽しそうにクルクル回っていた。まるでロンドを踊っているかのようで、彼はパネルには見えないなにかと遊んでいるかのように見えた。
「パン、ここにいたのね。どうかしたの?」
危険はなさそうだ。窓から明るい陽射しも入りこんでいる。パンも起きているため、パネルは声をかけてみた。すると、パンはびっくりしたように、体を震わせたかと思うと、誰かにさようならと手を振ってから彼女の側に戻ってきた。
「パン、何をしていたの? 危ないことじゃないわよね? 変な気配はなかった?」
パンは、パネルの問いに、ぶんぶん首を横にふる。パネルはパンの想いをなんとなくしか察することができない。パンも人語を話すことができない。彼の父であるダイレクトがいれば、通訳をしてもらえるが、あいにくダンパーとともにどこかに行っていて不在だ。
とにかく危険な目に逢ってなければいい。パネルは、その部屋をしっかり閉めてパンとともにそこから離れた。
「うーん、あまりおなかがすかないし……」
見ていて気持ちよくなるくらい、ダンパーがパネルの手料理をバクバク食べてくれるおかげで、つられて食べるようになった。伯爵家にいるときは、実家にいたころの半分くらいの量になるほど食欲がわかなかったし、自分だけ味も形も違う料理とはいえないものがふるまわれるか、給仕されないこともあった。
すっかり胃が小さくなってしまったパネルでも、ダンパーと一緒に食事をするときのみ楽しくて食べてしまう。
簡単に、酢で煮込んだホロホロほどける鳥を細かく裂き、調味料で味を調えて、野菜と一緒にクレープに包んで一切れ食べた。小さく包んだクレープは、パンに渡すには巨大ではあるが、パンはゆっくり完食する。
その姿を見て、一瞬でダンパーの食事する姿を思い出したパネルは、自然と頬が緩んだ。
(帰ってきたら、彼もこんなふうにおいしそうに食べてくれるかしら。実家にいて家族のために作っていたころよりも、こんなにも幸せな気分になれるなんて)
そう考えただけで、心があたたまりポカポカした。彼が帰ってくるまで、まだまだ時間がある。普段よりも一分一秒がとても長く感じて、いつもはまだまだ太陽が沈まないでほしいと思う。なのに、今日は、早く夜になってもらいたくて仕方がなかった。
「ふふふ、パンもたくさん食べてくれるわね。とっても嬉しいわ。多すぎない? え? おかわりが欲しいの?」
人間の体の比率でいうと、5キロくらいの穀物の袋ほどの大きさだった。ひょっとして、さっき楽しそうに何かをしてたくさん体を動かしたから、普段よりもおなかがすくのかもしれない。
「じゃあ、もう一度作るわね。中身はさっきと同じでいい?」
パンが、ぱぁっと満面の笑みを浮かべる。早速クレープを作ろうとしたが、小さすぎて材料が余る。パンの分以外にもいくつかミニクレープができた。
「うーん、これは保存のアイテムに入れておきましょうか。パン、ここに入れておくから、おなかがすいたら食べてね」
パンは、にこにこして頷いたあと、いったん昼寝をし始めた。パネルが、すやすや眠っているパンの頬を、起こさないようにツンっと指でつっつくと、夕食の準備に取り掛かった。
「さて、じっくり煮込んだタンシチューを作りましょう。時間がかかるけれど、ちょうどいいわ」
手持ち無沙汰で何もせずに過ごすよりも、彼のために手足を動かしたい。鍋の底を焦がさないように、シチューから離れずにかき混ぜ続けた。
その間に、昼寝から目が覚めたパンが、先ほど保存したクレープを持ってどこかにいったことに気づくことはなかった。
(出来ることなら連れて行ってほしい。ひとりにしないで)
男性が出かけるのに、心細さのあまり、思わずそんな子供じみた言葉を出しかけて飲み込む。不安だからだけではない。一分でも一秒でも長く彼と一緒にいたい、そんな急速に成長してしまった彼への想いが、はしたなくも、ますます我儘に彼を求めそうになった。
「今日は、遅くなるかもしれません。ですが、夕飯までには必ず帰ってきますから。もしも、誰かがこの家を訪れたとしても、私とパネル、んんっ……パネルさん以外は入れないように魔法をかけていますから、絶対にドアを開けなければ大丈夫ですよ」
「わたくしのことで、いろいろお手を煩わせてしまい、本当に申し訳ございません。ですが、ありがとうございます。あの、ダンパーさま」
「はい、なんでしょう?」
「あの、ダンパーさまのお好きなものを作って待っておりますので、お気をつけていってらっしゃいませ」
「はい、どんな夕食が出るのか楽しみにしながら帰ってきますね」
パネルは、ダンパーの瞳に、優しさだけでない熱い何かが込められているような気がして、自意識過剰すぎると頬を赤らめた。そんな彼女の表情を見てダンパーは生唾を飲み込んだが、パネルはそれに気づかないまま、彼を見送る。
「夕食まで半日ほどあるわね。玄関のドアを開けちゃダメというのなら、この家から出られないわ。そうだ、せっかくだから大掃除しましょうか」
側を飛ぶパンにそう言い、パネルはキッチンから掃除を開始した。といっても、クリーンな状態を保存する魔法が施されているうえに、自動で埃を根こそぎキャッチするアイテムもあるから、手を加える必要はほぼない。二箇所を除いて、あっという間に家中の掃除が終了した。その場所は、ダンパーの私室と、もう一つは初日と翌日に寝ていた例の部屋である。
「あら、パン? おかしいわね、一体どこにいっちゃったのかしら」
掃除道具を片付けた後、ついさっきまで側を飛んでいたパンがいないことに気づく。彼を探していると、パンの気配が例の部屋から感じられた。
「パンったら、どうしてこの部屋に……。まだ昼間だから大丈夫だなんて保障はないのに」
恐ろしい思いをしたこの部屋に入るどころか、こうして側に寄ることすら足がすくむ。だが、パンが万が一にも例のおぞましい気配に遭遇してどうにかなったら大変だ。パネルは、恐る恐る扉を少しだけあけて、左目を閉じながら中の様子をうかがった。
するとそこには、部屋にあるベッドの上で、パンが楽しそうにクルクル回っていた。まるでロンドを踊っているかのようで、彼はパネルには見えないなにかと遊んでいるかのように見えた。
「パン、ここにいたのね。どうかしたの?」
危険はなさそうだ。窓から明るい陽射しも入りこんでいる。パンも起きているため、パネルは声をかけてみた。すると、パンはびっくりしたように、体を震わせたかと思うと、誰かにさようならと手を振ってから彼女の側に戻ってきた。
「パン、何をしていたの? 危ないことじゃないわよね? 変な気配はなかった?」
パンは、パネルの問いに、ぶんぶん首を横にふる。パネルはパンの想いをなんとなくしか察することができない。パンも人語を話すことができない。彼の父であるダイレクトがいれば、通訳をしてもらえるが、あいにくダンパーとともにどこかに行っていて不在だ。
とにかく危険な目に逢ってなければいい。パネルは、その部屋をしっかり閉めてパンとともにそこから離れた。
「うーん、あまりおなかがすかないし……」
見ていて気持ちよくなるくらい、ダンパーがパネルの手料理をバクバク食べてくれるおかげで、つられて食べるようになった。伯爵家にいるときは、実家にいたころの半分くらいの量になるほど食欲がわかなかったし、自分だけ味も形も違う料理とはいえないものがふるまわれるか、給仕されないこともあった。
すっかり胃が小さくなってしまったパネルでも、ダンパーと一緒に食事をするときのみ楽しくて食べてしまう。
簡単に、酢で煮込んだホロホロほどける鳥を細かく裂き、調味料で味を調えて、野菜と一緒にクレープに包んで一切れ食べた。小さく包んだクレープは、パンに渡すには巨大ではあるが、パンはゆっくり完食する。
その姿を見て、一瞬でダンパーの食事する姿を思い出したパネルは、自然と頬が緩んだ。
(帰ってきたら、彼もこんなふうにおいしそうに食べてくれるかしら。実家にいて家族のために作っていたころよりも、こんなにも幸せな気分になれるなんて)
そう考えただけで、心があたたまりポカポカした。彼が帰ってくるまで、まだまだ時間がある。普段よりも一分一秒がとても長く感じて、いつもはまだまだ太陽が沈まないでほしいと思う。なのに、今日は、早く夜になってもらいたくて仕方がなかった。
「ふふふ、パンもたくさん食べてくれるわね。とっても嬉しいわ。多すぎない? え? おかわりが欲しいの?」
人間の体の比率でいうと、5キロくらいの穀物の袋ほどの大きさだった。ひょっとして、さっき楽しそうに何かをしてたくさん体を動かしたから、普段よりもおなかがすくのかもしれない。
「じゃあ、もう一度作るわね。中身はさっきと同じでいい?」
パンが、ぱぁっと満面の笑みを浮かべる。早速クレープを作ろうとしたが、小さすぎて材料が余る。パンの分以外にもいくつかミニクレープができた。
「うーん、これは保存のアイテムに入れておきましょうか。パン、ここに入れておくから、おなかがすいたら食べてね」
パンは、にこにこして頷いたあと、いったん昼寝をし始めた。パネルが、すやすや眠っているパンの頬を、起こさないようにツンっと指でつっつくと、夕食の準備に取り掛かった。
「さて、じっくり煮込んだタンシチューを作りましょう。時間がかかるけれど、ちょうどいいわ」
手持ち無沙汰で何もせずに過ごすよりも、彼のために手足を動かしたい。鍋の底を焦がさないように、シチューから離れずにかき混ぜ続けた。
その間に、昼寝から目が覚めたパンが、先ほど保存したクレープを持ってどこかにいったことに気づくことはなかった。
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