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カンソ②
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「はあ、なんだって私がこんなドいなかに来なきゃいけないんだ。それにしても、こんな粗末な小さなボロ家にパネルがいるのか?」
パネルの実家に行き、男爵夫妻や彼女の兄夫婦に、さんざん嫌みを言われた。彼女との結婚のときは、あれほど喜んでいた彼らが、とんだ手のひら返しだ。彼女も離婚にすぐに快諾して出て行ったというのに、両親も男爵家の連中も、私だけが悪いかのように文句を言うなんて。
幸い、父も母も小さなトラップの愛らしさにほだされたようで、愛する人を追い出すようなマネはしなかった。ただ、やはり結婚は認められないから離れでひっそり過ごすようにと難色を示されている。トラップももちろん私生児として迎え入れると言われた。
私は、どうしても彼女と子供を認めない頑固な両親に、私の素晴らしい計画を包み隠さず伝えた。そうすれば、私のアイデアに感銘を受けて、すぐに再婚してトラップを嫡子として発表できると思ったから。
なのに、出てくる言葉は、私を責めてパネルをかばう内容だけ。フィルタのことも、私の安易な考えに巻き込まれてしまった気の毒な女性で、被害者のひとりだと言う。相思相愛の私たちの仲を、まるで加害者と被害者がいるかのように話されムカムカする不快感を抑え込んだ。
なんだかんだで、両親の命令で、愛する妻と子を離れに残して、パネルの行方を追うことになった。幸い目撃者がいて、店じまいをした不動産屋の店主と話をすることに成功する。
伯爵家の妻だった女性に、法外な金額でパネルにポツンと一軒だけ建っている物件を売りつけたらしい。彼女には、実家に帰っても余るほどの金額くらいは渡したものの、物件を買えば残りはほとんどないはずだ。
万が一、彼女に何かがあれば、私は両親や男爵たちに何を言われるか。それに、フィルタたちの将来も心配しかない。
無事でいてほしいと切に願いながらたどり着いた、犬小屋ほどの小さなボロ屋の扉をノックした。すると、純粋な私の祈りが神に届いたのだろう。パネルが出てきたのであった。
「パネル、無事だったのか! 心配したんだぞ? なぜ実家に帰らなかったんだ?」
「カンソさま、どうしてここに?」
目を丸くして、私を見つめるパネルは、今にも消えそうなほど頼りなくはかない。そんな不安そうな表情の彼女の姿に、私は、一時期とはいえ、妻だった女性に胸が少々痛んだ。だが、私の心はフィルタに捧げている。妻を裏切るわけにはいかないため、パネルへの同情心をシャットアウトする。
「まあ、無事ならそれでいい。実は……」
私は、パネルが出て行ってからわが身に降りかかった、災難のような両親たちの話をした。そして、パネルに一度伯爵家に戻って、フィルタたちを認めるように父たちに話をしてもらいたいと伝える。
「そうですか、それは大変なことでございましたね」
「だろう? もう子は産まれているんだ。なのに、日陰の身で一生過ごさせようとするなんて、我が親ながら悪魔か鬼のように冷たい。だが、君から私たちのことを祝福してもらえれば。そうすれば、きっとすべてが丸く収まるはずなんだ」
「全てが、丸く、収まる、ですか?」
私が自信を持ってそういうと、パネルは怪訝そうな顔をしたまま首を傾げた。そして、数秒押し黙ったあと、私にとって晴天の霹靂ともいえるべき言葉が放たれたのである。
「あなただけにとって、都合の良いように、収まる、ではありませんか?」
「は?」
「平民の女性を、わたくしと結婚しているときからお付き合いして子を設けていた。これだけでも、社交界のつまはじきものです。フィルタさまは、あなたとご結婚できたとしても、肩身の狭い思いをなさるでしょうに……。お子様にしても、伯爵家の次期後継者の嫡子と、国が認めないかと思います。そんなことをすれば、お家騒動に発展するため、カンソさまが貴族の女性と結婚して子を設けないかぎり、ホース伯爵様はご親族のどなたかを養子にされるでしょう」
カンソとて、そこまで馬鹿ではない。一応、学園での成績は上位を示していたし、人脈もそこそこある。だが、パネルが言ったことまで考えが及ばなかった。苦し紛れに、いやがらせのようにそんなことを言う彼女に、両親たちから受けた屈辱のうっ憤を晴らすように声が荒々しくなっていく。
「小賢しいことを言うな。だから、何度も言っているように、父をお前が説得するんだ」
「なぜ、わたくしがそのようなことを? カンソさまから一方的に不倫の告白をされた直後に家を追い出されたのです。わたくしにとって、今回の結婚と離婚は、丸く収まるとはかけ離れた状況ですわ」
「今は、私とフィルタたちのことを話している。お前のことなど知った事ではない」
「カンソさま、もう一度よくお考えになってはいかがでしょうか? そもそも、フィルタさまは諸事情をご存じなのですか? わたくしと同じように何も聞かされないまま、あわよくば結婚できたとして、辛い思いをされるのは彼女なのではないでしょうか。わたくしが、ホース伯爵さまを説得できたとしても、あなたにしかメリットがないように思えます」
「はっ、私とフィルタの仲を嫉妬しているとはいえ、ずいぶん酷い物言いができたものだ。いいから、お前は私の言う通りにすればいい」
「お断りします」
カンソの申し出をきっぱり断ったパネルは、胸を張りしっかり視線を合わせている。カンソはいら立ちのあまり、生意気な元妻を屈服させたくて、無理やりつれていこうと細い腕を掴もうとした。
パネルの実家に行き、男爵夫妻や彼女の兄夫婦に、さんざん嫌みを言われた。彼女との結婚のときは、あれほど喜んでいた彼らが、とんだ手のひら返しだ。彼女も離婚にすぐに快諾して出て行ったというのに、両親も男爵家の連中も、私だけが悪いかのように文句を言うなんて。
幸い、父も母も小さなトラップの愛らしさにほだされたようで、愛する人を追い出すようなマネはしなかった。ただ、やはり結婚は認められないから離れでひっそり過ごすようにと難色を示されている。トラップももちろん私生児として迎え入れると言われた。
私は、どうしても彼女と子供を認めない頑固な両親に、私の素晴らしい計画を包み隠さず伝えた。そうすれば、私のアイデアに感銘を受けて、すぐに再婚してトラップを嫡子として発表できると思ったから。
なのに、出てくる言葉は、私を責めてパネルをかばう内容だけ。フィルタのことも、私の安易な考えに巻き込まれてしまった気の毒な女性で、被害者のひとりだと言う。相思相愛の私たちの仲を、まるで加害者と被害者がいるかのように話されムカムカする不快感を抑え込んだ。
なんだかんだで、両親の命令で、愛する妻と子を離れに残して、パネルの行方を追うことになった。幸い目撃者がいて、店じまいをした不動産屋の店主と話をすることに成功する。
伯爵家の妻だった女性に、法外な金額でパネルにポツンと一軒だけ建っている物件を売りつけたらしい。彼女には、実家に帰っても余るほどの金額くらいは渡したものの、物件を買えば残りはほとんどないはずだ。
万が一、彼女に何かがあれば、私は両親や男爵たちに何を言われるか。それに、フィルタたちの将来も心配しかない。
無事でいてほしいと切に願いながらたどり着いた、犬小屋ほどの小さなボロ屋の扉をノックした。すると、純粋な私の祈りが神に届いたのだろう。パネルが出てきたのであった。
「パネル、無事だったのか! 心配したんだぞ? なぜ実家に帰らなかったんだ?」
「カンソさま、どうしてここに?」
目を丸くして、私を見つめるパネルは、今にも消えそうなほど頼りなくはかない。そんな不安そうな表情の彼女の姿に、私は、一時期とはいえ、妻だった女性に胸が少々痛んだ。だが、私の心はフィルタに捧げている。妻を裏切るわけにはいかないため、パネルへの同情心をシャットアウトする。
「まあ、無事ならそれでいい。実は……」
私は、パネルが出て行ってからわが身に降りかかった、災難のような両親たちの話をした。そして、パネルに一度伯爵家に戻って、フィルタたちを認めるように父たちに話をしてもらいたいと伝える。
「そうですか、それは大変なことでございましたね」
「だろう? もう子は産まれているんだ。なのに、日陰の身で一生過ごさせようとするなんて、我が親ながら悪魔か鬼のように冷たい。だが、君から私たちのことを祝福してもらえれば。そうすれば、きっとすべてが丸く収まるはずなんだ」
「全てが、丸く、収まる、ですか?」
私が自信を持ってそういうと、パネルは怪訝そうな顔をしたまま首を傾げた。そして、数秒押し黙ったあと、私にとって晴天の霹靂ともいえるべき言葉が放たれたのである。
「あなただけにとって、都合の良いように、収まる、ではありませんか?」
「は?」
「平民の女性を、わたくしと結婚しているときからお付き合いして子を設けていた。これだけでも、社交界のつまはじきものです。フィルタさまは、あなたとご結婚できたとしても、肩身の狭い思いをなさるでしょうに……。お子様にしても、伯爵家の次期後継者の嫡子と、国が認めないかと思います。そんなことをすれば、お家騒動に発展するため、カンソさまが貴族の女性と結婚して子を設けないかぎり、ホース伯爵様はご親族のどなたかを養子にされるでしょう」
カンソとて、そこまで馬鹿ではない。一応、学園での成績は上位を示していたし、人脈もそこそこある。だが、パネルが言ったことまで考えが及ばなかった。苦し紛れに、いやがらせのようにそんなことを言う彼女に、両親たちから受けた屈辱のうっ憤を晴らすように声が荒々しくなっていく。
「小賢しいことを言うな。だから、何度も言っているように、父をお前が説得するんだ」
「なぜ、わたくしがそのようなことを? カンソさまから一方的に不倫の告白をされた直後に家を追い出されたのです。わたくしにとって、今回の結婚と離婚は、丸く収まるとはかけ離れた状況ですわ」
「今は、私とフィルタたちのことを話している。お前のことなど知った事ではない」
「カンソさま、もう一度よくお考えになってはいかがでしょうか? そもそも、フィルタさまは諸事情をご存じなのですか? わたくしと同じように何も聞かされないまま、あわよくば結婚できたとして、辛い思いをされるのは彼女なのではないでしょうか。わたくしが、ホース伯爵さまを説得できたとしても、あなたにしかメリットがないように思えます」
「はっ、私とフィルタの仲を嫉妬しているとはいえ、ずいぶん酷い物言いができたものだ。いいから、お前は私の言う通りにすればいい」
「お断りします」
カンソの申し出をきっぱり断ったパネルは、胸を張りしっかり視線を合わせている。カンソはいら立ちのあまり、生意気な元妻を屈服させたくて、無理やりつれていこうと細い腕を掴もうとした。
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