17 / 26
13
しおりを挟む
夜中のベッドに、男女がふたりきり。この状況で、何事もなかったなど、誰も信じてくれないだろう。何事かはあった。世間一般の人間には信じられないような、とても恐ろしい事態が。
「パ、パネルさん、真夜中だというのに、とんだ失礼を。すぐ出ていきますから」
「い、いやです。ここにいてください!」
部屋を出ていこうとするダンパーを、パネルは必死に引き留めた。彼が来てくれたから、正体不明の恐ろしい気配が消えたのだ。絶対にひとりきりにはなりたくない。
パンはというと、ふたりがそこそこ大きな声を出して話をしているというのに、すやすや熟睡している。普段はとても頼りになる友だが、この怪奇現象に対しては全く持って頼りない。
「パネルさん。しかし、このままここにいては……。ダイレクトはああ言っていたが、私も男ですし、その……」
「あなたがいなくなったら、またアレが出るかも……。そう思ったら、わたくし怖くて。お願いです、このままここにいてください!」
「いや、ですが……」
「パンもいます。ふたりきりではありませんから!」
「わかりました。わかりましたから、パネルさん。せめて、これを着てください」
パネルは、顔を赤らめて彼が魔法で出して差し出したコートを見るや否や、彼の前で破廉恥極まりない姿だということに気づいた。ボッと火が顔についたかのように熱い。
ふたりして、自分でも何を言っているのかわからない程、わたわたと狼狽えている。今にも部屋を出ていこうとする紳士的な彼を、なんとしても引き留めようと爆睡しているパンをビシっと指さしてまで引き留めた。
ふたりして平静とは程遠い心境の中、結局ダンパーはパネルと一緒に一夜を過ごすこととなる。
応接室にでも行こうかとしたが、流石に薄着で就寝していた姿のまま部屋を出るわけにはいかない。かといって、この部屋で眠るのも怖いが、彼に部屋をいったん出てもらって着替えるその短い時間もひとりきりになりたくない。
結局、パンが眠る部屋の小さなテーブルに向かって座り、朝日が昇るまでいろんな話をしながら過ごしたのである。
パネルが、身の上の話を正直に全て言い終わると、彼はとても心配そうにしていた。
「そうだったのですね。怪奇現象のことがあるのでまだ気が抜けないでしょうが、あなたさえよろしければ、いつまでもここにいていただいても結構です」
「いえ、しばらくしたら、実家に帰ろうかと思います。あいにく、自分ひとりで身を立てる術を持ちませんから、また、どなたかと結婚することになるかと思いますが……」
「100年以上経過しても、女性の地位はあまりかわらないようですね。パネルさん、安心してください。私には、一生かかっても返せないほど、ヒートポンプ男爵に恩があるのです。あの方の子孫であるあなたに、その恩を返したいと思います。望まない結婚など考えないでください」
「そう言っていただけて、とてもありがたいことでございます。ずっと、とまではいきませんでしょうから、しばらくの間お世話になりたいと思います。ダンパーさまは、わたくしの祖先のヒートポンプのことをよくご存じなのですか?」
「ええ。彼には、まだ食べるにも困るほどの駆け出しのころに大変お世話になりまして。彼に出資していただいたおかげで、私も当時は一応食べていけるだけの魔法アイテムを作って暮らすことができたのです。今でもありますかね?」
「ええ、その会社は今や家電の世界シェアを誇る大企業ですわね。まさか、創始者がダンパーさまで、出資者がわたくしの祖先とは思いもしませんでしたわ」
ダンパーが自分が研究したというアイテムは、今では家庭にはなくてはならない物ばかりだった。そこそこ効果なものだから、中流家庭の平民以上の家には必ずある。例えば、食品を鮮度を保ったまま保存できるボックスに、衣類を自動で洗濯から乾燥までできるアイテム。さらには、自分で出発してオートで埃を吸い取るものまで。
生活において必需品ばかりを開発した人物に会えて、パネルは彼の話を興味深く聞きたがった。
楽しい時間はあっというまに朝日をよんでくれた。寝不足で頭と体が少々ぼんやりして気だるいが、心は晴れやかだった。
「パネルさん、今日から部屋を変えましょう。私の部屋の隣になりますが」
「ダンパーさまと隣ですか? わたくしとしては、そのほうがありがたいです」
ダンパーの複雑な内心を知らないパネルは、手を叩いて大喜びで彼の提案に乗った。ダンパーは、世間知らずでひとを信じすぎる彼女を見て、ヒートポンプ男爵もそうだったなと、つくづく今まで無事で過ごせたものだと苦笑する。
部屋をダンパーの隣に変えてから、あの妙な気配が現れることはなくなった。正体が気になるが、知りたくもない。ダンパーとパンとの平和で静かな生活の中、カンソたちから与えられた心の傷を癒していったのである。
「ダンパーさまはすばらしい方ですわね。わたくしも、なにかできることをしたいです」
「家を過ごしやすく整えてくれて、美味しい料理を作ってくれる。ずっと独り身だった私には、それが何よりのご褒美ですね」
「まあ、ダンパーさまったら、ご冗談を。ふふふ」
「冗談ではないのですがねぇ。ははは」
そんなとりとめのない、平和な日常を送っていると来客があった。パネルが誰何すると、応答した人物の声は、すっかり忘れていた人物のものであった。
「パ、パネルさん、真夜中だというのに、とんだ失礼を。すぐ出ていきますから」
「い、いやです。ここにいてください!」
部屋を出ていこうとするダンパーを、パネルは必死に引き留めた。彼が来てくれたから、正体不明の恐ろしい気配が消えたのだ。絶対にひとりきりにはなりたくない。
パンはというと、ふたりがそこそこ大きな声を出して話をしているというのに、すやすや熟睡している。普段はとても頼りになる友だが、この怪奇現象に対しては全く持って頼りない。
「パネルさん。しかし、このままここにいては……。ダイレクトはああ言っていたが、私も男ですし、その……」
「あなたがいなくなったら、またアレが出るかも……。そう思ったら、わたくし怖くて。お願いです、このままここにいてください!」
「いや、ですが……」
「パンもいます。ふたりきりではありませんから!」
「わかりました。わかりましたから、パネルさん。せめて、これを着てください」
パネルは、顔を赤らめて彼が魔法で出して差し出したコートを見るや否や、彼の前で破廉恥極まりない姿だということに気づいた。ボッと火が顔についたかのように熱い。
ふたりして、自分でも何を言っているのかわからない程、わたわたと狼狽えている。今にも部屋を出ていこうとする紳士的な彼を、なんとしても引き留めようと爆睡しているパンをビシっと指さしてまで引き留めた。
ふたりして平静とは程遠い心境の中、結局ダンパーはパネルと一緒に一夜を過ごすこととなる。
応接室にでも行こうかとしたが、流石に薄着で就寝していた姿のまま部屋を出るわけにはいかない。かといって、この部屋で眠るのも怖いが、彼に部屋をいったん出てもらって着替えるその短い時間もひとりきりになりたくない。
結局、パンが眠る部屋の小さなテーブルに向かって座り、朝日が昇るまでいろんな話をしながら過ごしたのである。
パネルが、身の上の話を正直に全て言い終わると、彼はとても心配そうにしていた。
「そうだったのですね。怪奇現象のことがあるのでまだ気が抜けないでしょうが、あなたさえよろしければ、いつまでもここにいていただいても結構です」
「いえ、しばらくしたら、実家に帰ろうかと思います。あいにく、自分ひとりで身を立てる術を持ちませんから、また、どなたかと結婚することになるかと思いますが……」
「100年以上経過しても、女性の地位はあまりかわらないようですね。パネルさん、安心してください。私には、一生かかっても返せないほど、ヒートポンプ男爵に恩があるのです。あの方の子孫であるあなたに、その恩を返したいと思います。望まない結婚など考えないでください」
「そう言っていただけて、とてもありがたいことでございます。ずっと、とまではいきませんでしょうから、しばらくの間お世話になりたいと思います。ダンパーさまは、わたくしの祖先のヒートポンプのことをよくご存じなのですか?」
「ええ。彼には、まだ食べるにも困るほどの駆け出しのころに大変お世話になりまして。彼に出資していただいたおかげで、私も当時は一応食べていけるだけの魔法アイテムを作って暮らすことができたのです。今でもありますかね?」
「ええ、その会社は今や家電の世界シェアを誇る大企業ですわね。まさか、創始者がダンパーさまで、出資者がわたくしの祖先とは思いもしませんでしたわ」
ダンパーが自分が研究したというアイテムは、今では家庭にはなくてはならない物ばかりだった。そこそこ効果なものだから、中流家庭の平民以上の家には必ずある。例えば、食品を鮮度を保ったまま保存できるボックスに、衣類を自動で洗濯から乾燥までできるアイテム。さらには、自分で出発してオートで埃を吸い取るものまで。
生活において必需品ばかりを開発した人物に会えて、パネルは彼の話を興味深く聞きたがった。
楽しい時間はあっというまに朝日をよんでくれた。寝不足で頭と体が少々ぼんやりして気だるいが、心は晴れやかだった。
「パネルさん、今日から部屋を変えましょう。私の部屋の隣になりますが」
「ダンパーさまと隣ですか? わたくしとしては、そのほうがありがたいです」
ダンパーの複雑な内心を知らないパネルは、手を叩いて大喜びで彼の提案に乗った。ダンパーは、世間知らずでひとを信じすぎる彼女を見て、ヒートポンプ男爵もそうだったなと、つくづく今まで無事で過ごせたものだと苦笑する。
部屋をダンパーの隣に変えてから、あの妙な気配が現れることはなくなった。正体が気になるが、知りたくもない。ダンパーとパンとの平和で静かな生活の中、カンソたちから与えられた心の傷を癒していったのである。
「ダンパーさまはすばらしい方ですわね。わたくしも、なにかできることをしたいです」
「家を過ごしやすく整えてくれて、美味しい料理を作ってくれる。ずっと独り身だった私には、それが何よりのご褒美ですね」
「まあ、ダンパーさまったら、ご冗談を。ふふふ」
「冗談ではないのですがねぇ。ははは」
そんなとりとめのない、平和な日常を送っていると来客があった。パネルが誰何すると、応答した人物の声は、すっかり忘れていた人物のものであった。
11
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる