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ダンパー①
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長い溜息を吐いたのを見て、女性はいぶかし気にこちらを見ていた。男は、その視線に気が付くと、彼女のほうを見て、何とも言えない表情をする。
「実は、つい30分ほど前に、あなたと出会った場所付近でスリにあってしまって。そのスリをすぐに探してみたものの、見失っていた時に、あなたがあの男に連れ去られそうになるのを見つけたのです」
「30分ほど前、ですか? でも、わたくしがこの鍵をいただいたのは、昨日の夕刻ですが……」
「実は、私も少々戸惑っておりまして。あなたにとっても荒唐無稽でとても信じられないかと思いますが、私が鍵を盗まれたのは30分ほど前なのです」
「あの、もしかして、契約書も偽物だったのでしょうか……。知らなかったこととはいえ、勝手に家に入ってしまい、申し訳ございませんでした」
「ああ、いや、謝罪する必要などありません。その鍵は、確かにこの家の鍵です。ですので、あなたは不動産屋でこの家を購入したというわけですから、悪くはないのです」
「そう言っていただけると。ですが、このままでは……」
自分でもわけのわからないことを言って女性を困らせているなと苦笑しつつ、このままでは拉致があかないと、ふたりは家に入った。現段階では、ふたりともこの家の持ち主だ。だが、物件の所有者が複数などという法はない。
勝手知ったる我が家のキッチンで、慣れた手つきでお茶をふるまった。
「申し遅れました。私はダンパー。ダンパー・ファインバーブルと申します。あなたのお名前をお聞きしても?」
「わたくしのほうこそ、名乗りが遅れて申し訳ございません。パネル・アルミフィ……、じゃない。パネル・ウィンドアイロンと申します」
パネルと名乗った女性は、とてもはかなげで、吹けば飛びそうなご令嬢だ。ウィンドアイロン家といえば、名の知れた羽振りのよい由緒ある男爵家で、ダンパーの仕事に多額の出資をしてもらったことがある。
だというのに、目の前の女性の服装は、とても金銭的に余裕があるような家柄の物ではなさそうに見える。せいぜい、小金持ちの商家のお嬢さんといったところだ。
「あの、失礼ですが、ウィンドアイロン男爵家のご令嬢でしょうか? 現在、この国に同じ家名はありますか?」
「わたくしの実家は、今は父が相続しておりまして、この国で唯一の家名です。わたくしは、その家で生まれました」
「おお、奇遇なこともあるものですね。ヒートポンプ男爵はご健勝でしょうか?」
「あの、ヒートポンプは、確かに我が男爵家の系譜ではありますが、とっくに亡くなっておりますが……」
「ああ、失礼しました。先ほど新聞で確かめたのですが、今はヒートポンプ男爵がご存命だった時代から、100年以上経過しているようですね」
「え、ええ……」
彼女は、ますますわけがわからないといった風に、お茶を一口飲んだ。ダンパーは、とりあえず自分の事情を話さないと話が前に進まないと思い、さらに彼女が驚愕するであろう事実を伝えた。
「30分ほど前にスリを捕まえるために使用した魔法の不具合のせいで、私が生きていた時代から現在に来てしまったようです」
「え? あの、過去から未来に、ということでしょうか? 魔法に長けた方は、稀にそういったことができると耳にしていましたが……伝説のようなもので、まさか……」
「そのまさかです。見てください、私の服装を。街中の人々とは全く違うでしょう? 今時、このようなデザインの服を着ている男はいますか?」
「ええ、確かに、ダンパーさまの服装を着ている男性は見かけません。それに、この家の元の主人は、ある日忽然と姿を消したと不動産屋でお聞きしました。では、本当に?」
「はい、証拠は、私を受け入れたこの家そのものと、私の言葉だけですが、信じていただけますか?」
「そのようにお聞きしますと、これまでの不可解な言葉が納得できるような気がします。まだ、信じられない思いでいっぱいですが、パンがあなたの言うことは本当だと頷いていますので、あなたを、というよりも、パンを信じようと思います」
「はは、正直におっしゃいますね。出会ったばかりの男を信用できないのもわかります。そうだ、私の精霊を召喚してみましょう。嘘をつかない精霊の言葉があれば、あなたも確信が持てるでしょうし」
ダンパーはそう言うなり、契約精霊を呼び出した。すると、パンは嬉しそうに満面の笑顔で、現れた精霊に飛びついたのである。
「実は、つい30分ほど前に、あなたと出会った場所付近でスリにあってしまって。そのスリをすぐに探してみたものの、見失っていた時に、あなたがあの男に連れ去られそうになるのを見つけたのです」
「30分ほど前、ですか? でも、わたくしがこの鍵をいただいたのは、昨日の夕刻ですが……」
「実は、私も少々戸惑っておりまして。あなたにとっても荒唐無稽でとても信じられないかと思いますが、私が鍵を盗まれたのは30分ほど前なのです」
「あの、もしかして、契約書も偽物だったのでしょうか……。知らなかったこととはいえ、勝手に家に入ってしまい、申し訳ございませんでした」
「ああ、いや、謝罪する必要などありません。その鍵は、確かにこの家の鍵です。ですので、あなたは不動産屋でこの家を購入したというわけですから、悪くはないのです」
「そう言っていただけると。ですが、このままでは……」
自分でもわけのわからないことを言って女性を困らせているなと苦笑しつつ、このままでは拉致があかないと、ふたりは家に入った。現段階では、ふたりともこの家の持ち主だ。だが、物件の所有者が複数などという法はない。
勝手知ったる我が家のキッチンで、慣れた手つきでお茶をふるまった。
「申し遅れました。私はダンパー。ダンパー・ファインバーブルと申します。あなたのお名前をお聞きしても?」
「わたくしのほうこそ、名乗りが遅れて申し訳ございません。パネル・アルミフィ……、じゃない。パネル・ウィンドアイロンと申します」
パネルと名乗った女性は、とてもはかなげで、吹けば飛びそうなご令嬢だ。ウィンドアイロン家といえば、名の知れた羽振りのよい由緒ある男爵家で、ダンパーの仕事に多額の出資をしてもらったことがある。
だというのに、目の前の女性の服装は、とても金銭的に余裕があるような家柄の物ではなさそうに見える。せいぜい、小金持ちの商家のお嬢さんといったところだ。
「あの、失礼ですが、ウィンドアイロン男爵家のご令嬢でしょうか? 現在、この国に同じ家名はありますか?」
「わたくしの実家は、今は父が相続しておりまして、この国で唯一の家名です。わたくしは、その家で生まれました」
「おお、奇遇なこともあるものですね。ヒートポンプ男爵はご健勝でしょうか?」
「あの、ヒートポンプは、確かに我が男爵家の系譜ではありますが、とっくに亡くなっておりますが……」
「ああ、失礼しました。先ほど新聞で確かめたのですが、今はヒートポンプ男爵がご存命だった時代から、100年以上経過しているようですね」
「え、ええ……」
彼女は、ますますわけがわからないといった風に、お茶を一口飲んだ。ダンパーは、とりあえず自分の事情を話さないと話が前に進まないと思い、さらに彼女が驚愕するであろう事実を伝えた。
「30分ほど前にスリを捕まえるために使用した魔法の不具合のせいで、私が生きていた時代から現在に来てしまったようです」
「え? あの、過去から未来に、ということでしょうか? 魔法に長けた方は、稀にそういったことができると耳にしていましたが……伝説のようなもので、まさか……」
「そのまさかです。見てください、私の服装を。街中の人々とは全く違うでしょう? 今時、このようなデザインの服を着ている男はいますか?」
「ええ、確かに、ダンパーさまの服装を着ている男性は見かけません。それに、この家の元の主人は、ある日忽然と姿を消したと不動産屋でお聞きしました。では、本当に?」
「はい、証拠は、私を受け入れたこの家そのものと、私の言葉だけですが、信じていただけますか?」
「そのようにお聞きしますと、これまでの不可解な言葉が納得できるような気がします。まだ、信じられない思いでいっぱいですが、パンがあなたの言うことは本当だと頷いていますので、あなたを、というよりも、パンを信じようと思います」
「はは、正直におっしゃいますね。出会ったばかりの男を信用できないのもわかります。そうだ、私の精霊を召喚してみましょう。嘘をつかない精霊の言葉があれば、あなたも確信が持てるでしょうし」
ダンパーはそう言うなり、契約精霊を呼び出した。すると、パンは嬉しそうに満面の笑顔で、現れた精霊に飛びついたのである。
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