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パン①
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パネルと不動産に来たものの、昨日彼女があの家を契約したというその店は、閉店していた。
「不動産屋ぁ? んなもん昨日で店じまいだって店主が酒場で笑っていたよ。ははは、なんでも、世間知らずの金持ちが、二束三文の家を、俺ら平民が20年遊んで暮らせる金で買ったんだってよ。あの店主も、賃料払えなくて夜逃げ寸前だったからな。借金返してもまだ有り余ってるって喜んでたぜ」
「え……まさか、そんな。あの方がそんな……。今、どちらにおられるかご存じありませんか?」
昨日彼女からは、このオンボロのいかにも怪しそうな店の店主は、とても良い人で、親身になってあの家を破格で売ってくれたと聞いている。どうやら、見たまんまのうさん臭さしかない店で、彼女はすっかり騙されていたようだ。
「店主の居場所? んなもん知るわけねぇだろ。ひょっとしてあの店主に騙されたクチか? こういう下町では騙される方が悪ぃんだよ。見たところ、ねぇちゃんは金に困ってねぇだろ? 説明を受けて契約書にサインしたんなら、法外だろうか、不良物件だろうが合意だっつーこった。警察はこんな下町のグレーゾーンギリギリの悪徳商法なんかで動かねぇよ。さっさと諦めな」
「そうですか……。ご親切に教えていただいて、ありがとうございました」
大柄な男が、あからさまにパネルを馬鹿にして笑っている。パンはパネル以外の人間には基本的に見えない。とてつもなく強い魔力を持つものか、彼と同族と契約している者だけだ。
男は、パネルをいやらしい目つきで上から下まで舐るように見つめると、手を伸ばした。彼女は、話を聞いてショックを受けているので気づいていない。
パンは、ありったけの力で男の手の動きを邪魔しようとしたが、いかんせん、できることは、伝書精霊くらいの能力しかない。このままでは彼女の身が危険だ。
「俺は、店主に騙されて気の毒すぎて、ほっとけないぜ。ねぇちゃんみたいなきれいで金持ちそうな女の子は、俺が守ってやるよ。いつまでも、こんなところにいても仕方ないだろ? いいところがあるんだ。連れてってやるよ」
「え? きゃっ」
「きゃっ、だって。かわいいねぇ。なあに、心配すんなって。本当に、イイところだからよ」
男がパネルの肩をがしっと大きな手で持つ。小柄で非力な彼女は、なすすべもなく、突然体に触れた無礼千万な男から逃れられなかった。
「は、離してください!」
「いいからいいから。こういうところではな、ねぇちゃんみたいな子はひとりでいるとあぶねぇんだ。店主よりひどいやつらに、もっとひどい目にあわされる。俺に任せとけ」
「あの、でも……、近すぎます」
「このくらいくっついとかなきゃ、マジであぶねぇんだよ。おとなしくついてきな」
「そうなのですか?」
「そうなの、そうなの。最初に会ったのが善良な俺でよかったなぁ。だから、な? 俺と一緒に行こうぜ。すぐそこだから」
なんということだ。男の、明らかな嘘を半分信じているのか、こわくて抵抗できないのか、昨日の今日で、思考がおかしいのか、パネルは男に言われるがまま歩き出したではないか。このままでは、イイところと言った場所で、男のいいようにされてしまうだろう。
「……!」
パンは、ひとりではこの状況をなんともできない。危険極まりない彼女のそばを離れるのは心苦しいが、助けを求めて精霊界に戻ろうした。
するとその時、つむじ風がこのあたりを襲う。
「なんだ?」
「きゃあ!」
風が少しずつ静まっていく。すると、パネルの肩をがしっと抱いていた男が、2メートルほど離れたところで大の字でいびきをかいていた。
「ふぅ、危ないところでしたね。大丈夫ですか?」
「あ、あの。助けてくださってありがとうございます……」
「あなたね、あんな男に素直についていってどうするんですか。私がいなければ、どうなっていたか。世間知らずにもほどがある」
「申し訳ございません。逃げられなくて、困っていたのです」
「あのね、普通は悲鳴をあげたり、なんとか逃れようと身をよじったりするものです。あの男はね、この辺では有名なごろつきなんですよ」
「ごろつき、ですか?」
「……ごろつきの意味も知らないとか。もう、このあたりには近づかないほうがいいですよ」
さきほどの男よりも一回りも大きい男が、風と共に突然現れた。一難去ってまた一難かと思いきや、この男からあふれる魔力の質は心地よい。人間にはわからないが、精霊が感じることのできる、こういう魔力を持つ人間は信用していいのだ。
昨日、不動産屋にパンが一緒に行っていれば、彼女はあの幽霊物件を高額でつかまされることはなかっただろう。
パネルはその男を信じていいのかどうかとまどっているようだが、パンは、彼女の前で彼は安心だと身振り手振りで訴えたのである。
「不動産屋ぁ? んなもん昨日で店じまいだって店主が酒場で笑っていたよ。ははは、なんでも、世間知らずの金持ちが、二束三文の家を、俺ら平民が20年遊んで暮らせる金で買ったんだってよ。あの店主も、賃料払えなくて夜逃げ寸前だったからな。借金返してもまだ有り余ってるって喜んでたぜ」
「え……まさか、そんな。あの方がそんな……。今、どちらにおられるかご存じありませんか?」
昨日彼女からは、このオンボロのいかにも怪しそうな店の店主は、とても良い人で、親身になってあの家を破格で売ってくれたと聞いている。どうやら、見たまんまのうさん臭さしかない店で、彼女はすっかり騙されていたようだ。
「店主の居場所? んなもん知るわけねぇだろ。ひょっとしてあの店主に騙されたクチか? こういう下町では騙される方が悪ぃんだよ。見たところ、ねぇちゃんは金に困ってねぇだろ? 説明を受けて契約書にサインしたんなら、法外だろうか、不良物件だろうが合意だっつーこった。警察はこんな下町のグレーゾーンギリギリの悪徳商法なんかで動かねぇよ。さっさと諦めな」
「そうですか……。ご親切に教えていただいて、ありがとうございました」
大柄な男が、あからさまにパネルを馬鹿にして笑っている。パンはパネル以外の人間には基本的に見えない。とてつもなく強い魔力を持つものか、彼と同族と契約している者だけだ。
男は、パネルをいやらしい目つきで上から下まで舐るように見つめると、手を伸ばした。彼女は、話を聞いてショックを受けているので気づいていない。
パンは、ありったけの力で男の手の動きを邪魔しようとしたが、いかんせん、できることは、伝書精霊くらいの能力しかない。このままでは彼女の身が危険だ。
「俺は、店主に騙されて気の毒すぎて、ほっとけないぜ。ねぇちゃんみたいなきれいで金持ちそうな女の子は、俺が守ってやるよ。いつまでも、こんなところにいても仕方ないだろ? いいところがあるんだ。連れてってやるよ」
「え? きゃっ」
「きゃっ、だって。かわいいねぇ。なあに、心配すんなって。本当に、イイところだからよ」
男がパネルの肩をがしっと大きな手で持つ。小柄で非力な彼女は、なすすべもなく、突然体に触れた無礼千万な男から逃れられなかった。
「は、離してください!」
「いいからいいから。こういうところではな、ねぇちゃんみたいな子はひとりでいるとあぶねぇんだ。店主よりひどいやつらに、もっとひどい目にあわされる。俺に任せとけ」
「あの、でも……、近すぎます」
「このくらいくっついとかなきゃ、マジであぶねぇんだよ。おとなしくついてきな」
「そうなのですか?」
「そうなの、そうなの。最初に会ったのが善良な俺でよかったなぁ。だから、な? 俺と一緒に行こうぜ。すぐそこだから」
なんということだ。男の、明らかな嘘を半分信じているのか、こわくて抵抗できないのか、昨日の今日で、思考がおかしいのか、パネルは男に言われるがまま歩き出したではないか。このままでは、イイところと言った場所で、男のいいようにされてしまうだろう。
「……!」
パンは、ひとりではこの状況をなんともできない。危険極まりない彼女のそばを離れるのは心苦しいが、助けを求めて精霊界に戻ろうした。
するとその時、つむじ風がこのあたりを襲う。
「なんだ?」
「きゃあ!」
風が少しずつ静まっていく。すると、パネルの肩をがしっと抱いていた男が、2メートルほど離れたところで大の字でいびきをかいていた。
「ふぅ、危ないところでしたね。大丈夫ですか?」
「あ、あの。助けてくださってありがとうございます……」
「あなたね、あんな男に素直についていってどうするんですか。私がいなければ、どうなっていたか。世間知らずにもほどがある」
「申し訳ございません。逃げられなくて、困っていたのです」
「あのね、普通は悲鳴をあげたり、なんとか逃れようと身をよじったりするものです。あの男はね、この辺では有名なごろつきなんですよ」
「ごろつき、ですか?」
「……ごろつきの意味も知らないとか。もう、このあたりには近づかないほうがいいですよ」
さきほどの男よりも一回りも大きい男が、風と共に突然現れた。一難去ってまた一難かと思いきや、この男からあふれる魔力の質は心地よい。人間にはわからないが、精霊が感じることのできる、こういう魔力を持つ人間は信用していいのだ。
昨日、不動産屋にパンが一緒に行っていれば、彼女はあの幽霊物件を高額でつかまされることはなかっただろう。
パネルはその男を信じていいのかどうかとまどっているようだが、パンは、彼女の前で彼は安心だと身振り手振りで訴えたのである。
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