10 / 26
9
しおりを挟む
パネルの体は、全身硬直していたのか動かなかった。気配が消えると同時に、やっと金縛りが解けたかのように、自由に体が動き出す。
「はぁ、はぁ……。何だったの? 絶対に気のせいじゃないわ」
頬にぶつかってきた、生ぬるい風を思い出して、その感触を消そうと手でごしごしこすった。全身から汗が噴き出している。一瞬の出来事だったし、寝ぼけただけだと思いたい。でも、手でこすっても取れない、気持ちの悪い感触は消えてなくなってはくれず、あれが現実に起こったことだと物語っていた。
パンが無事かどうか心配になり隣を見ると、パネルの悲鳴を聞いたにもかかわらずパンは眠ったままだ。ひょっとして、あの気配に何かされたのかもしれない。そう思うと居ても立っても居られずに、眠っている彼を指先で軽く揺すった。
「パン、パン! 大丈夫?」
そっと彼の体を指先で揺すると、パンは眠たそうに眼を少しだけ開けた。パネルは、パンが無事なようでほっとしたと同時に、やはり、不動産屋はああいっていたが、幽霊の噂は本当だったのだと怖くなった。
「いきなり起こしてしまってごめんなさいね。悪い夢を見てあわててしまって。わたくしも、また眠るわね。おやすみなさい、パン」
ずっと眠っていたパンを、変に怖がらせるわけにはいかないと、パネルはさっきの出来事を彼に伝えることはしなかった。気持ちよく眠っていたパンは、昨日ひどいめにあったパネルが、眠っている自分を起こすなんて、どれほどひどい夢を見たのか心配になった。
「心配かけてごめんなさい。まだ、気持ちが落ち着いていないみたい。でも、パンがこうしていてくれるから、もう悪い夢なんて見ないわ」
それ以降、眠れるはずもなく。パンも彼女と一緒に起きようとしていたが、眠気に勝てなかったようだ。再びすやすや眠る彼の姿を見ながら、体を縮こまらせて朝が来るのを待ちわびたのである。
朝日が昇り、さんさんと部屋に入り込み始めた。あまり眠っていなかった彼女は、朝早くから、あの不動産屋に行くために気だるい体を起こす。
身支度を始めたところ、昨日からほとんど食べていないため、クゥとおなかが小さく鳴った。パンが起き上がり、小さな口で大きなあくびをするのを見て、朝食を準備するためにキッチンに向かう。
「キッチンにあるものも保存魔法が効いているから、安心して使えると不動産屋さんがおっしゃっていたわ。パンの好きなものを、あるもので簡単に作りましょうか」
もともと、平民のような生活を送っていた彼女は、ある程度の家事ができる。キッチンにあった材料を見繕い、クレープを焼き始めた。薄い丸い生地を何枚か作り、中に入れるソーセージや野菜を器用に切ってクレープで包む。
パンは、甘いクレープのほうがいいようで、保管されていた生クリームやはちみつ、チョコレートや果物のそばでぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「まあ、パン。朝から甘いものを食べると体に良くないのよ? おやつの時間に、そうね、甘いパンケーキを作ってあげるから、朝はきちんとしたごはんを食べましょうね」
パンは、パネルにそう言われると、とても名残おしそうに、甘い材料の場所から離れた。甘くないクレープとはいえ、パネルの作った料理は美味しい。彼用に作ってくれた小さなクレープをむしゃむしゃ食べ始め、終わるころにはおなかをパンパンに膨らませて満足げにしていた。
「ふふふ、美味しかった見たいでよかったわ。わたくしもおなかいっぱい。本当に、保存魔法ってすごいわね。この魔法だけでも、この家の価値は支払った金額の1000倍はしてもおかしくないわ」
寝室もキッチンも、どこもかしこも本当にすぐに住める状態の、そこそこ大きな一軒家。いくら郊外に建っていて、決算のセール最終日からといって、パネルが支払った金額で購入できるはずはない。ますます、不動産屋のいろいろな言葉や、優し気な笑顔が怪しく思えた。
「そうよ。なんで昨日のうちに、住むところをなんとかしなきゃいけないって思っていたのかしら。数日宿泊施設で寝泊まりして、物件をいろいろ見て回ってもよかったじゃない。そうすれば、実家に保証人になってもらえたんだし。やっぱり、あの店主もこの物件を売りたかっただけなんじゃないかしら。8割返してもらえるって言っていたし、早速不動産屋に行ってこの物件ではないところを紹介してもらうようにしましょう。それに、あの不動産屋だけじゃなく、ほかのお店も回ってみなきゃ」
昨日から夜中にかけて、ひどい目にあったが、日が変わり体に栄養がいきわたった事で、昨日の事態がとてもおかしかったことに気づいた。
幽霊が出たことを知らなかったパンは、パネルがなぜ、便利で大きな家を返品するのか、その理由を聞いてびっくりした。そうとも知らず、のほほんと眠っていた自分が許せなくパネルに申し訳ないと、ペコペコ頭を下げ続けたのである。
「パン、一瞬の事だったの。それに、痛い思いをしたわけじゃないし、こうして無事に朝を迎えることができたわ。それはね、パンがいてくれたからだと思うの。わたくしひとりだったら、どうなっていたかわからないもの。だから、もう頭を下げないで。ね?」
パネルはそういうと、気を落ち着かせたパンと一緒に例の不動産屋に向かったのである。
「はぁ、はぁ……。何だったの? 絶対に気のせいじゃないわ」
頬にぶつかってきた、生ぬるい風を思い出して、その感触を消そうと手でごしごしこすった。全身から汗が噴き出している。一瞬の出来事だったし、寝ぼけただけだと思いたい。でも、手でこすっても取れない、気持ちの悪い感触は消えてなくなってはくれず、あれが現実に起こったことだと物語っていた。
パンが無事かどうか心配になり隣を見ると、パネルの悲鳴を聞いたにもかかわらずパンは眠ったままだ。ひょっとして、あの気配に何かされたのかもしれない。そう思うと居ても立っても居られずに、眠っている彼を指先で軽く揺すった。
「パン、パン! 大丈夫?」
そっと彼の体を指先で揺すると、パンは眠たそうに眼を少しだけ開けた。パネルは、パンが無事なようでほっとしたと同時に、やはり、不動産屋はああいっていたが、幽霊の噂は本当だったのだと怖くなった。
「いきなり起こしてしまってごめんなさいね。悪い夢を見てあわててしまって。わたくしも、また眠るわね。おやすみなさい、パン」
ずっと眠っていたパンを、変に怖がらせるわけにはいかないと、パネルはさっきの出来事を彼に伝えることはしなかった。気持ちよく眠っていたパンは、昨日ひどいめにあったパネルが、眠っている自分を起こすなんて、どれほどひどい夢を見たのか心配になった。
「心配かけてごめんなさい。まだ、気持ちが落ち着いていないみたい。でも、パンがこうしていてくれるから、もう悪い夢なんて見ないわ」
それ以降、眠れるはずもなく。パンも彼女と一緒に起きようとしていたが、眠気に勝てなかったようだ。再びすやすや眠る彼の姿を見ながら、体を縮こまらせて朝が来るのを待ちわびたのである。
朝日が昇り、さんさんと部屋に入り込み始めた。あまり眠っていなかった彼女は、朝早くから、あの不動産屋に行くために気だるい体を起こす。
身支度を始めたところ、昨日からほとんど食べていないため、クゥとおなかが小さく鳴った。パンが起き上がり、小さな口で大きなあくびをするのを見て、朝食を準備するためにキッチンに向かう。
「キッチンにあるものも保存魔法が効いているから、安心して使えると不動産屋さんがおっしゃっていたわ。パンの好きなものを、あるもので簡単に作りましょうか」
もともと、平民のような生活を送っていた彼女は、ある程度の家事ができる。キッチンにあった材料を見繕い、クレープを焼き始めた。薄い丸い生地を何枚か作り、中に入れるソーセージや野菜を器用に切ってクレープで包む。
パンは、甘いクレープのほうがいいようで、保管されていた生クリームやはちみつ、チョコレートや果物のそばでぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「まあ、パン。朝から甘いものを食べると体に良くないのよ? おやつの時間に、そうね、甘いパンケーキを作ってあげるから、朝はきちんとしたごはんを食べましょうね」
パンは、パネルにそう言われると、とても名残おしそうに、甘い材料の場所から離れた。甘くないクレープとはいえ、パネルの作った料理は美味しい。彼用に作ってくれた小さなクレープをむしゃむしゃ食べ始め、終わるころにはおなかをパンパンに膨らませて満足げにしていた。
「ふふふ、美味しかった見たいでよかったわ。わたくしもおなかいっぱい。本当に、保存魔法ってすごいわね。この魔法だけでも、この家の価値は支払った金額の1000倍はしてもおかしくないわ」
寝室もキッチンも、どこもかしこも本当にすぐに住める状態の、そこそこ大きな一軒家。いくら郊外に建っていて、決算のセール最終日からといって、パネルが支払った金額で購入できるはずはない。ますます、不動産屋のいろいろな言葉や、優し気な笑顔が怪しく思えた。
「そうよ。なんで昨日のうちに、住むところをなんとかしなきゃいけないって思っていたのかしら。数日宿泊施設で寝泊まりして、物件をいろいろ見て回ってもよかったじゃない。そうすれば、実家に保証人になってもらえたんだし。やっぱり、あの店主もこの物件を売りたかっただけなんじゃないかしら。8割返してもらえるって言っていたし、早速不動産屋に行ってこの物件ではないところを紹介してもらうようにしましょう。それに、あの不動産屋だけじゃなく、ほかのお店も回ってみなきゃ」
昨日から夜中にかけて、ひどい目にあったが、日が変わり体に栄養がいきわたった事で、昨日の事態がとてもおかしかったことに気づいた。
幽霊が出たことを知らなかったパンは、パネルがなぜ、便利で大きな家を返品するのか、その理由を聞いてびっくりした。そうとも知らず、のほほんと眠っていた自分が許せなくパネルに申し訳ないと、ペコペコ頭を下げ続けたのである。
「パン、一瞬の事だったの。それに、痛い思いをしたわけじゃないし、こうして無事に朝を迎えることができたわ。それはね、パンがいてくれたからだと思うの。わたくしひとりだったら、どうなっていたかわからないもの。だから、もう頭を下げないで。ね?」
パネルはそういうと、気を落ち着かせたパンと一緒に例の不動産屋に向かったのである。
1
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる