完結 R18 決算大セールで購入した古民家は、イケメンのオプションつき

にじくす まさしよ

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 パネルの体は、全身硬直していたのか動かなかった。気配が消えると同時に、やっと金縛りが解けたかのように、自由に体が動き出す。

「はぁ、はぁ……。何だったの? 絶対に気のせいじゃないわ」

 頬にぶつかってきた、生ぬるい風を思い出して、その感触を消そうと手でごしごしこすった。全身から汗が噴き出している。一瞬の出来事だったし、寝ぼけただけだと思いたい。でも、手でこすっても取れない、気持ちの悪い感触は消えてなくなってはくれず、あれが現実に起こったことだと物語っていた。
 
 パンが無事かどうか心配になり隣を見ると、パネルの悲鳴を聞いたにもかかわらずパンは眠ったままだ。ひょっとして、あの気配に何かされたのかもしれない。そう思うと居ても立っても居られずに、眠っている彼を指先で軽く揺すった。

「パン、パン! 大丈夫?」

 そっと彼の体を指先で揺すると、パンは眠たそうに眼を少しだけ開けた。パネルは、パンが無事なようでほっとしたと同時に、やはり、不動産屋はああいっていたが、幽霊の噂は本当だったのだと怖くなった。

「いきなり起こしてしまってごめんなさいね。悪い夢を見てあわててしまって。わたくしも、また眠るわね。おやすみなさい、パン」

 ずっと眠っていたパンを、変に怖がらせるわけにはいかないと、パネルはさっきの出来事を彼に伝えることはしなかった。気持ちよく眠っていたパンは、昨日ひどいめにあったパネルが、眠っている自分を起こすなんて、どれほどひどい夢を見たのか心配になった。

「心配かけてごめんなさい。まだ、気持ちが落ち着いていないみたい。でも、パンがこうしていてくれるから、もう悪い夢なんて見ないわ」

 それ以降、眠れるはずもなく。パンも彼女と一緒に起きようとしていたが、眠気に勝てなかったようだ。再びすやすや眠る彼の姿を見ながら、体を縮こまらせて朝が来るのを待ちわびたのである。

 朝日が昇り、さんさんと部屋に入り込み始めた。あまり眠っていなかった彼女は、朝早くから、あの不動産屋に行くために気だるい体を起こす。

 身支度を始めたところ、昨日からほとんど食べていないため、クゥとおなかが小さく鳴った。パンが起き上がり、小さな口で大きなあくびをするのを見て、朝食を準備するためにキッチンに向かう。

「キッチンにあるものも保存魔法が効いているから、安心して使えると不動産屋さんがおっしゃっていたわ。パンの好きなものを、あるもので簡単に作りましょうか」

 もともと、平民のような生活を送っていた彼女は、ある程度の家事ができる。キッチンにあった材料を見繕い、クレープを焼き始めた。薄い丸い生地を何枚か作り、中に入れるソーセージや野菜を器用に切ってクレープで包む。

 パンは、甘いクレープのほうがいいようで、保管されていた生クリームやはちみつ、チョコレートや果物のそばでぴょんぴょん飛び跳ねていた。

「まあ、パン。朝から甘いものを食べると体に良くないのよ? おやつの時間に、そうね、甘いパンケーキを作ってあげるから、朝はきちんとしたごはんを食べましょうね」

 パンは、パネルにそう言われると、とても名残おしそうに、甘い材料の場所から離れた。甘くないクレープとはいえ、パネルの作った料理は美味しい。彼用に作ってくれた小さなクレープをむしゃむしゃ食べ始め、終わるころにはおなかをパンパンに膨らませて満足げにしていた。

「ふふふ、美味しかった見たいでよかったわ。わたくしもおなかいっぱい。本当に、保存魔法ってすごいわね。この魔法だけでも、この家の価値は支払った金額の1000倍はしてもおかしくないわ」

 寝室もキッチンも、どこもかしこも本当にすぐに住める状態の、そこそこ大きな一軒家。いくら郊外に建っていて、決算のセール最終日からといって、パネルが支払った金額で購入できるはずはない。ますます、不動産屋のいろいろな言葉や、優し気な笑顔が怪しく思えた。

「そうよ。なんで昨日のうちに、住むところをなんとかしなきゃいけないって思っていたのかしら。数日宿泊施設で寝泊まりして、物件をいろいろ見て回ってもよかったじゃない。そうすれば、実家に保証人になってもらえたんだし。やっぱり、あの店主もこの物件を売りたかっただけなんじゃないかしら。8割返してもらえるって言っていたし、早速不動産屋に行ってこの物件ではないところを紹介してもらうようにしましょう。それに、あの不動産屋だけじゃなく、ほかのお店も回ってみなきゃ」

 昨日から夜中にかけて、ひどい目にあったが、日が変わり体に栄養がいきわたった事で、昨日の事態がとてもおかしかったことに気づいた。

 幽霊が出たことを知らなかったパンは、パネルがなぜ、便利で大きな家を返品するのか、その理由を聞いてびっくりした。そうとも知らず、のほほんと眠っていた自分が許せなくパネルに申し訳ないと、ペコペコ頭を下げ続けたのである。

「パン、一瞬の事だったの。それに、痛い思いをしたわけじゃないし、こうして無事に朝を迎えることができたわ。それはね、パンがいてくれたからだと思うの。わたくしひとりだったら、どうなっていたかわからないもの。だから、もう頭を下げないで。ね?」

 パネルはそういうと、気を落ち着かせたパンと一緒に例の不動産屋に向かったのである。









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