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店主は、そのページを見るなり、取り扱う物件の中で、彼女が住める唯一無二の家だと判断した。
もしも、他の物件に若い女性が住めば瞬く間に食い物にされる。特に、見るからに裕福で美しい彼女は、周囲の狼たちに狙われるだろう。
「うちが取り扱っているものは、地域的にも治安がよく、どれもお勧めの素晴らしい自慢の物件ばかりなのです」
「まあ、そうなのですね」
「はい。で、ですね。今は決算時期ということともあり、価格もぐっとお手頃になっておりまして。まずはこちらをご覧ください」
店主は、まずは小さな間取りの賃貸を紹介した。それは、トイレはあるが風呂はない。コンロひとつのキッチンつきの1DKだ。
「そうそう、物件を借りるには、保証人をたてる必要があるのです。どなたか信用のおける方のサインをすぐに書いていただかないと、今日中に住めるのは、このような物件くらいしかありませんが」
「そんな。保証人になってくれる人はいますが、すぐにサインはできません……。なんとかならないでしょうか。この物件はあまりにも……」
「ええ、こちらで生活するには少々不便でしょう。いえね、お嬢さんを疑っているわけではありませんが、借り主にも酷いやつがいるんですよ。賃料を払わなかったり、部屋を壊したり夜逃げしたり……。うちも心苦しいのですが、今のお嬢さんにご紹介できる物件は……。ああ、では、こちらではいかがです?」
ちなみに、この賃貸のアパートのこの物件のドアノブは、今時珍しい丸形をしていて、魔法のセキュリティがかかっていない。スリッパでパーンと叩くと鍵が開くのだが、それは書類には書かれていない。
彼女から聞かれもしないから答えることもせず、真剣に吟味するふりをして、次の物件を紹介した。
「お、いいのが残ってました。こちらは、家主がとても親切な方でして。お金はあるけれど、困っている人に、保証人なしでも良いと、数件のアパートを経営されているんですよ。ただ、その分割高でして」
そのアパートは、先程の物件よりもややマシに見えた。だが、部屋数が同じでシャワーがついただけなのに、値段が先程の1000倍以上する。このアパートに住めば、貰ったお金は半年経たずに消えるだろう。
「いくらなんでも、この額は払えません……」
パネルは、安価でいい物件などすぐに見つかるだろうと考えていた。だが、実際にはかなり厳しい。困り果てて、店主にすがるように見つめた。
「そうですか。困りましたねぇ……。個人的にはお嬢さんのためになにかして差し上げたいのですが、うちの社員の給料も払わなくてはなりません。全員にサービスするわけにもいかないんですよ」
真っ赤な嘘である。社員はひとりもいない。店主ひとりで営んでいるから、ある意味社員は彼だとも言えるかもしれない。
「ええ、それは勿論そうでしょう……。皆さんの生活もありますものね……。ですが、どうしたら……」
「そうですね。そろそろ閉店時間なんですが、もうちょっと探してみましょう」
「本当に申し訳ありません。優しいお言葉に、これ以上甘えさせていただいてもいいのでしょうか」
「なあに、うちの孫のような年齢のお嬢さんを宿無しで追い出すわけにもいきません。どんと甘えて、お任せください」
パネルは、胸を張って応える店主が、更に頼もしく見えた。全幅の信頼を寄せはじめた彼女は、彼が真剣な眼差しで資料を捲るのを見守る。
善良な店主の仮面を被った店主は、恩着せがましい言葉を彼女に聞こえるように呟きながら、顔を資料に向けてページをめくった。
「あ!」
「なにか?」
店主は、先程見つけた物件の資料を、初めて見たかのように大げさに声をあげた。
パネルは、期待と不安でいっぱいの胸に手を当てて、彼の言葉を待つ。
「いいものがありました。いやあ、すっかりこの物件のことを忘れてました。こちらなんかどうです?」
大きく開かれたその資料の物件を、まじまじ見つめ、彼女は首を振った。
「あの、この家は一軒家では? 私には立派すぎるような気がします。それに、先程の賃貸よりも高額が書かれていますが……」
「いえいえ、お値段でしたら大丈夫ですよ。決算大セール中ですから価格の勉強は十二分にさせていただきます。こちらなら、賃貸ではありませんから、一括でお支払いいただければ保証人は必要ありません」
にっこり微笑む人の良さそうな店主の言葉に、パネルは彼女が購入できる程の値引きができるのかどうか、半信半疑で説明を聞き続けたのであった。
もしも、他の物件に若い女性が住めば瞬く間に食い物にされる。特に、見るからに裕福で美しい彼女は、周囲の狼たちに狙われるだろう。
「うちが取り扱っているものは、地域的にも治安がよく、どれもお勧めの素晴らしい自慢の物件ばかりなのです」
「まあ、そうなのですね」
「はい。で、ですね。今は決算時期ということともあり、価格もぐっとお手頃になっておりまして。まずはこちらをご覧ください」
店主は、まずは小さな間取りの賃貸を紹介した。それは、トイレはあるが風呂はない。コンロひとつのキッチンつきの1DKだ。
「そうそう、物件を借りるには、保証人をたてる必要があるのです。どなたか信用のおける方のサインをすぐに書いていただかないと、今日中に住めるのは、このような物件くらいしかありませんが」
「そんな。保証人になってくれる人はいますが、すぐにサインはできません……。なんとかならないでしょうか。この物件はあまりにも……」
「ええ、こちらで生活するには少々不便でしょう。いえね、お嬢さんを疑っているわけではありませんが、借り主にも酷いやつがいるんですよ。賃料を払わなかったり、部屋を壊したり夜逃げしたり……。うちも心苦しいのですが、今のお嬢さんにご紹介できる物件は……。ああ、では、こちらではいかがです?」
ちなみに、この賃貸のアパートのこの物件のドアノブは、今時珍しい丸形をしていて、魔法のセキュリティがかかっていない。スリッパでパーンと叩くと鍵が開くのだが、それは書類には書かれていない。
彼女から聞かれもしないから答えることもせず、真剣に吟味するふりをして、次の物件を紹介した。
「お、いいのが残ってました。こちらは、家主がとても親切な方でして。お金はあるけれど、困っている人に、保証人なしでも良いと、数件のアパートを経営されているんですよ。ただ、その分割高でして」
そのアパートは、先程の物件よりもややマシに見えた。だが、部屋数が同じでシャワーがついただけなのに、値段が先程の1000倍以上する。このアパートに住めば、貰ったお金は半年経たずに消えるだろう。
「いくらなんでも、この額は払えません……」
パネルは、安価でいい物件などすぐに見つかるだろうと考えていた。だが、実際にはかなり厳しい。困り果てて、店主にすがるように見つめた。
「そうですか。困りましたねぇ……。個人的にはお嬢さんのためになにかして差し上げたいのですが、うちの社員の給料も払わなくてはなりません。全員にサービスするわけにもいかないんですよ」
真っ赤な嘘である。社員はひとりもいない。店主ひとりで営んでいるから、ある意味社員は彼だとも言えるかもしれない。
「ええ、それは勿論そうでしょう……。皆さんの生活もありますものね……。ですが、どうしたら……」
「そうですね。そろそろ閉店時間なんですが、もうちょっと探してみましょう」
「本当に申し訳ありません。優しいお言葉に、これ以上甘えさせていただいてもいいのでしょうか」
「なあに、うちの孫のような年齢のお嬢さんを宿無しで追い出すわけにもいきません。どんと甘えて、お任せください」
パネルは、胸を張って応える店主が、更に頼もしく見えた。全幅の信頼を寄せはじめた彼女は、彼が真剣な眼差しで資料を捲るのを見守る。
善良な店主の仮面を被った店主は、恩着せがましい言葉を彼女に聞こえるように呟きながら、顔を資料に向けてページをめくった。
「あ!」
「なにか?」
店主は、先程見つけた物件の資料を、初めて見たかのように大げさに声をあげた。
パネルは、期待と不安でいっぱいの胸に手を当てて、彼の言葉を待つ。
「いいものがありました。いやあ、すっかりこの物件のことを忘れてました。こちらなんかどうです?」
大きく開かれたその資料の物件を、まじまじ見つめ、彼女は首を振った。
「あの、この家は一軒家では? 私には立派すぎるような気がします。それに、先程の賃貸よりも高額が書かれていますが……」
「いえいえ、お値段でしたら大丈夫ですよ。決算大セール中ですから価格の勉強は十二分にさせていただきます。こちらなら、賃貸ではありませんから、一括でお支払いいただければ保証人は必要ありません」
にっこり微笑む人の良さそうな店主の言葉に、パネルは彼女が購入できる程の値引きができるのかどうか、半信半疑で説明を聞き続けたのであった。
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