完結 R18 決算大セールで購入した古民家は、イケメンのオプションつき

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
6 / 26

5

しおりを挟む
 伯爵夫人どころか、愛され求められて(実は愛されていなかったが)結婚した夫にも、まったく相手にされていない貧乏男爵令嬢をかくまってくれるような他家の者がいるはずなどない。

 そんなパネルは、目の前の不動産屋を見て、住む場所を見つけるためには、ここが一番良いと思いついた。だが、目の前にある築何十年にもなっているだろうおんぼろ店舗は、普段であれば絶対に入らない。たとえ平民であっても、平均的な普通の女性ひとりが物件を探すには到底不釣り合いであった。
 店舗の外観からは、まともな物件がなさそうで、こういう場所を利用するのは、訳ありの男性御用達といった雰囲気だ。

 だが、胸の奥が深く傷ついたパネルは、自覚はしていないが完全に精神的に参りすぎていた。
 この店ではなく、もう少し大きく清潔感あふれる不動産屋を探す事すら思いつかない。判断能力が0どころかマイナスな状態の彼女は、雨が降ってきたのもあって、触るのも憚られるくらいめっきの剥がれたドアノブに手をかけた。

 ギギギ、ギーィ

 古いドアの蝶番も、かなり年季が入っているようだ。歪みもあるのか、黒板に爪を立ててひっかいたような耳障りな音がした。

 貴族が来店するなどなさそうな店舗の中は、思った以上に整理整頓されていた。というよりも、物がなかった。質素すぎる事務所には、アンティークとはとても言えないボロ机とチェア、そしてソファがあった。そのソファは、穴が数か所開いており、子供でも買える値段で売られているようなテープが張られているだけの簡単すぎる修繕しかされていない。

 これほどひどい有様の部屋は見たことがない。中の様子を見て、パネルは、ようやくこの店に安易に入った事を後悔した。


「へい、らっしゃーい。おや、こんな店には来なさそうなご令嬢ですね。何か御用で?」
「あ、あの……」

 貧乏でも男爵家の令嬢だったパネルは、平民でも富豪の商人くらいしか会ったことがない。店主の来ている服も言葉遣いも荒々しすぎる。ぶっきらぼうに適当に挨拶をされるなどという体験が初めてで戸惑い、身の危険も感じた。

 事務所の中には、彼女に声をかけた壮年期の男性以外のスタッフの姿がない。パネルは、ポケットに入っている、結婚のときに実家から持たされた救援が必要な時に発動させると大きな音が出るアイテムに触れた。

 男はゆっくり立ち上がり、彼女に近づく。明らかに警戒を始めたパネルを、なるべく怖がらせないように笑顔を絶やさないようにしているのがわかった。

 店舗に入った事を後悔し続けている彼女は、ここでいきなり踵を返して店を出たら彼に対して大変失礼かと思い、立ち止まったまま彼の行動を見続けた。いざとなったら、両親が彼女に持たせたアイテムを使おうと、それをぎゅっと強く握った。

 アイテムを使ったところで、大きな音が出るだけで、彼が悪人であれば効果は全くない。だが、みんなに守られて危険と無縁だった彼女は、このアイテムがあれば身の安全が保障されると思い込んでいた。

「お嬢さん、物件をお探しで?」
「あ、はい。あの、今日から住める家はありませんか?」

 基本的に人を疑う必要のない人生を送ってきた彼女は、彼の問いに素直に答えた。お嬢さんではないと言いかけたが、ついさきほどまで人妻だったが、今は離婚して独身だから「お嬢さん」で間違いない。

 人の好さそうな店主の表情と声音に、彼女はなんとなくほっとして、彼に促されるまま、穴だらけのソファに腰を落とした。
 出されたお茶は、見たこともない小さなカップに入れられている。ほとんど使われていなさそうなカップに、熱湯を安い茶葉に注いだだけのそれは、お世辞にもおいしいとは思えなかった。
 熱すぎるお茶を一口飲み一息ついた彼女は、伯爵家でさんざん馬鹿にされ、夫に必要とされていない無価値の自分にお茶を淹れてくれた彼の気遣いが嬉しく思えた。彼にしてみれば、店に来た客に、サービスの一環として適当にお茶を淹れただけなのだが。

「実は、先ほど家を追い出されてしまいまして。行く当てがないんです」
「なんと、それは大変でしたね。美しいお嬢さんが、こんなさびれた店に来てくれたんだ。私が責任を持って、とっておきの物件をご紹介しますよ」
「まぁ、ご親切にありがとうございます」
「親切丁寧に、が、わが社のモットーですからね。さきほどから雨が降ってきましたし、もうすぐ夜だ。本来なら、お客さんが気に入ってくださるまで現地を案内するのですがね、今日中にということで、時間もありませんし……。そこで、私が、お嬢さんにおすすめの物件をいくつかご紹介しようと思います。それでよろしいですかね?」
「はい。物件に関しては、わたくしは何も知りません。ですので、プロのあなたにお任せしたいです」

 店主は、売れていない悪条件の物件や賃貸の部屋を、見た目金持ちそうな彼女に相場の倍から3倍で売るつもりだった。だが、あまりにも素直すぎて、自分を信頼する彼女の姿に、普段は全く感じない罪悪感が心に芽生える。

「は、ははは。ええ、この道30年の私にお任せください。お嬢さんにぴったりの物件をご紹介させていただきましょう」

 そう胸を張って言ったものの、自分が扱っている物件や賃貸は、日雇い労働の屈強で粗野な男たち専用だ。たおやかで美しいご令嬢が住む物件などひとつもない。考えあぐねた彼は、分厚い資料をめくる。資料が2冊目になったとき、ふと、とあるページの物件が目についたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...