上 下
7 / 41

6 Goeie dag 異界から来た神託の乙女とおまけの子供 

しおりを挟む
 俺は、ジスクール王子の護衛として長年の月日をかけた召喚術が施される部屋にいた。

 それにしても熱い。熱すぎる。

 この部屋には換気口以外の窓がない。今は冬だ。といってもこの国の外の気温は16度を下回る事はないが、暖炉には火がくべられていて汗が流れる。室内の温度は22度だと、温度計が示していた。

『ようやくだ。ようやく……。私の花嫁はどんな女性なのだろう。ああ、彼女は私を気に入ってくれるだろうか……』

 ジスクール王子は、小さな頃からこの召喚術をとても良い出来事だと聞かされていて、適齢期に間に合えば神託の乙女を、彼女の意思が得られれば花嫁にしていいと王から言われていた。
 だからだろうか、会ってもいないその女性に対して大いなる期待と、憧れよりも強いまるで初恋のような気持ちを持っていたようだ。

『しんたくのおとめを、およめさんにするんだ』

とニコニコ笑顔で言う幼い王子を微笑ましく見ていた周囲も、王子が15才を超えてしまっても尚、神託の乙女を待ち続けている事に焦り出した。

 数々のお見合いも全て、

『神託の乙女しか妃にしない』

と王子が断わるため、こうなったら神託の乙女を何が何でも早期に成功させねばならない、と急ピッチで準備が進められることになった。

『まだ不安材料があるからもう少し待って欲しい』

と神官たちが申し出ても、こうして強行される事になったのである。

 そして、目の前で召喚のために敷かれた魔法陣が光り、目を凝らしてみていると女性一人にしては大きい塊が現れたのである。
 異界の人物は、神託の乙女とはいえ、どんな相手かはわからない。俺は現れた人物が危険なマネをしないか警戒し、いざとなれば王子を守るためにすぐに拘束できるように身構えた。

 ジスクール王子は浮かれ切っていて、現れた塊の一つである長いサラサラの黒髪に、黒いジャケットを羽織り、膝が見えるほど短いチェック柄のプリーツスカートの女性に近づき彼女だけを優しく助け起こした。
 その後ろには小さな子供が尻もちをついて呆然としているというのに。

 俺はすぐさま子供に近寄ろうとしたが、その子は自分で起き上がりスカートの乱れを直していた。

 子供が神託の乙女に声をかけたため、ようやくその存在に気付いたジスクール王子はびっくりしていた。王子はどちらかといえば児童に酷い事をする人物を軽蔑しているような性格だから、恐らくは胸中は自分を責めているに違いない。
 勿論、今回の召喚では一人しか現れないはずが、予定外の召喚された子供がいるなんて思いもしなかったのだろう。
 その子に対して放置をしてしまった王子は、神託の乙女に嫌われてしまったようだ。恋焦がれた乙女に嫌われた王子を少々気の毒に思ったが、どう考えてもか弱い子供を無視した彼が悪いのだから仕方があるまい。

 ビィノと名乗った乙女はすぐに帰して欲しいと言った。

 神託によると召喚される花嫁は、その世界から消えたいと思っているほどその世界を嫌っていると聞いていた。召喚されたことで喜びこの国で幸せに暮らすだろうと。それなのに帰りたいとは一体どういう事なのだろうか……。

 やはり、今回の召喚は神官たちが言う通り、懸念材料を残した状態で行われたために、成功はしたものの問題が生じたようだ。

 神託の乙女が、この状況を王子から聞き意識を失った。王子はすぐに乙女を抱き上げ、俺に子供を任せると命令する。
 王子と共に、乙女の夫候補たちが部屋を出た後、子供は異界の家族を呼んでいた。小さな手が、顔を覆い隠しているため顔が見えないが泣いているのだろう。召喚の部屋でも家族とひき離されわんわん泣いていた。

かわいそうに……。

 俺は子供が落ち着くまで暫くの間待とうと思ったが、この部屋の熱気で頭がクラクラしだした。怖がらせないように、恐る恐る声を彼女にかけると、ゆっくり顔から手をどけて俺を見た彼女の可愛らしい顔に胸が一瞬跳ねる。

 なぜ、こんなにもドキドキするのだろうか。部屋も暑いし気の毒な彼女が憐れだからだろう。そうに違いない。

 俺は膝をついて視線の高さを合わせ、ゆっくりその焦げ茶色の瞳を見つめた。目が赤くなり瞼が腫れていて痛々しい。
  俺の顔は子供に怖がられる事が多いため、ひきつりながら笑顔を心掛ける。

「俺の名前は、シビルという。この国の騎士団の団長だ。その、神託の乙女の事は王子は決して無体な事はなさらないから安心して欲しい。それと、いつまでもここにいても休まらないだろう? 俺と一緒に来てはもらえないだろうか?」

「あ……、はい。ごめんなさい、お待たせしちゃいましたよね? えーと、私はカレンって言います」

 不安そうで、きっと今も心が悲しみでいっぱいだろうに、一生懸命笑顔を作る目の前の子供に、俺は自分が出来る限りの事をしてあげようと決心したのであった。


 王はジスクール王子やゼクス王子の母である王妃たちを大事にしている。と言ってもゼクス王子の母である、政略で嫁いできた寒い地方に住む種族の側室は環境の違うこの国で出産した後、徐々に体が弱り亡くなった。
 この国の民との混血児はどちらの環境にも、ある意味適していて適していない体質を持つ。しかも、数度にわたる混血児の次代は、全てがこの国の血が濃く出るため、一向に寒さに強い民が産まれることが無かったらしい。
 結局数々の不幸をもたらしただけのこの政策は、現王が側室の不幸を切っ掛けに廃止した。

 現在、この国に残っている若い世代の混血は俺とゼクス王子だけだ。混血児はこの国の民よりも寒さを好むために距離を置かれている。はっきりいえば、一緒に暮らすには俺たちと一緒に寒い気温に耐えなければならないため、嫁の来てがない状況だ。厄介者であり明らかに嫌っている者も少なくない。

 母親の故郷である寒い地方で暮らせばどうかという話も持ち上がったが、混血児には、大地に氷が厚く張り、氷の浮いた海に飛び込むのが風呂だといわんばかりの寒い地方の暮らしには耐えられない。氷の浮いた水風呂どころか氷風呂など、入ったら即死するだろう。本性に戻れば少しは大丈夫だがあえてそれをしたいとは思えなかった。

 国家の政策であるにも拘らず、混血のために周囲から煙たがられているゼクス王子は亡き側室に似て大人しく、何事も自分が我慢をする性質だ。

 今回の召喚も、ゼクス王子にも神託の乙女を花嫁にできる権利があったものの、ジスクール王子の気持ちを知っていたために参加しなかったのだ。どちらかというと、気温の変化に強いという神託の乙女は、ゼクス王子にこそ花嫁になって欲しいというのに、うまくいかないものだとため息を吐いたのであった。



Goeie dag こんにちは。アフリカーンス語。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...