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フユイチゴ

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 私は、わりとしっかりしているほうだ、と自負している。親の気分で叱られていた事もあり、あまり褒めてもらえなかったから、小学校高学年になる頃には簡単な料理や掃除なんかはしていた。
 
 小遣いだって、兄が自分と同い年の頃の半分くらいしかなかったから無駄遣いなんてしなかったし。勉強は言わずもがな、クラブも学級委員、ボランティア活動だって頑張って来た優等生だったと思う。

 その、しっかり者の私が、詐欺にあっただなんて。正直ショックだ。


 詐欺の被害者は、まさか自分がひっかかるなんてってインタビューで応えていた。当事者になってみると、その時はそういうニュースや警告が頭に浮かんでこない、とも。

 そんなの、いつだって警戒していたら引っ掛かるわけがないって、高をくくっていたのがこの様。

 私は、皆から時々抜けているしポカをやるから、放っておけないって言われている。そこまでおっちょこちょいじゃないって反論していたんだけど……。私って、友達が言うように、ちょっと抜けているどころか、本当はそそっかしいタイプだったのかもしれない。


「で、でも。本当に困っていたのなら、渡してあげなかったらかわいそうじゃない?」

「それよ。まさしく、詐欺をする人は、桃香みたいな善意をついてくるんだって。うーん、私も気をつけようっと」

「うー……。もう仕方がないから、詐欺なら詐欺で勉強代って思っとくよ……」

 警察沙汰には、めんどくさそうだからしないでおこうと思う。警察で長時間いなきゃならなくなったら、時給1500円のバイト代すらパアだもの。

 そうなったら、1000円どころか、2500円、下手すれば4000円も損失する。

 ひょーっとしたら、本当に困っているおじいちゃんで、明日返しに来れない事情が急に出来るかもしれないし。

 自分が詐欺にあったなんて、あまり認めたくない。友達に、詐欺だ詐欺だって言い切られていても、あのおじいちゃんは詐欺なんかするような人に見えなかったって、こんな風に往生際悪く考えていた。

 友達と笑い合いながら歩き、次々に話題が変わり趣味の話になった。

「桃香ー、そう言えばさ、この間ボランティ活動で一緒に行ったイチゴ先輩覚えてる?」

「ん? 一悟さんがどうしたの?」

 一悟というのは、10月の連休の時にボランティア活動で知り合った人だ。

 私は、近くの山の自治体が経営している野外活動センターの人たちのお手伝いをさせてもらっている。山にいる動植物や虫や自然を守るために様々な事をしている団体で、一時期は心無い人たちが捨てていったゴミのせいでホタルが絶滅寸前になった地域の、沢の水をきれいにする事に成功しホタルが戻って来てくれたという実績がある。
 毎年、近隣の学校や人々向けに、ホタルの鑑賞イベントを開催し、ホタルや山、そして水の大切さなんかを興味を持ってもらえるようにプレゼンし、参加した人たちから好評を得ていた。

 といっても、私がしているのは危険な場所がないか見回ったり、ゴミ拾いをする程度なんだけど。

 一日中汗まみれになりながらゴミ拾い等をするのは、最初は苦痛だった。でも、参加しているうちに、センターのおじいちゃんたちや、ボランティア活動に協力しているおじさんおばさんたちと仲良くなった。なるべく、バイトの無い日はセンターに行ってお手伝いをしている。はっきり言って、もう趣味だ。

 山を散策するのは楽しい。それに、家を出た今は、食べられる野草を少し頂いて天ぷらや和え物なんかに出来るという、一石二鳥どころか、三鳥も四鳥もある素晴らしい活動なのである。

 そう言えば、そろそろフユイチゴが採れるなあと、一悟先輩の名前で連想した。

「そう、その先輩。あのさ、コンパにその人も時々来るんだけど、いつも桃香がいないから残念がってるんだよ?」

「へ?」

 フユイチゴのジャムを作る事まで考えていると、友達がそんな風にニマニマしながら言って来た。一瞬、何を言っているのかわからなかったけれど、そこまで鈍感じゃないから、それがどういう意味が分かって耳まで熱くなった。

「あれ? 桃香ったら真っ赤になっちゃってぇ。案外、脈あるのかな? うわぁ、イチゴ先輩に言ったらクリスマス前に告白されちゃったりしてー」

「もう、からかわないでよぉ。今は忙しすぎて男の人とか考えられないから」

 一悟先輩は、背の高いがっしりした人だ。バスケットを小学校からしているらしくて、なんでも、高校の時は地区大会で優勝した経験があるとかなんとか。

 友達から、彼氏とのノロケ話や愚痴を聞くたび、ちょっとうらやましいと思っていた。だけど、彼氏が出来たらバイトを減らしておしゃれに気を使わなきゃいけない。野外活動センターに行く時間がなくなるし、大学に通えなくなるかもしれないから今はそれどころじゃなかった。

 友達は、私の状況を割と理解してくれているから、一悟先輩と無理にくっつけようとしないだろう。つくづく友達に恵まれているなあと感謝した。

 大学からバイトに行き、夜中まで立ちっぱなし。割とお客さんが多いレストランだから、てんてこ舞いで目が回りそうなほど忙しい。中には、少し待っただけで怒鳴ったり、大きな荷物を周囲を気遣わずに肩にかけて他のテーブルのお客さんに当たってトラブルを起こしたりする人もいる。

 自分では対処不可能の時は、店長さんがすぐに来てくれるけど、最初に怒鳴られると結構キツイ。でも、人間関係は良い職場だし、バイトが終わったら余っていたらオムライス作ってくれたり、サラダを持って帰らせて貰えるのでやめようとは思わなかった。

 その日は、パンを頂いた。夜中にアパートに帰宅して、パンでグラタンを作る。ホワイトソースは作り置きしているし、ちぎったパンの他に、タマネギや鳥のささみ、冷凍のブロッコリーを入れてチンをする。その間にシャワーを浴びた。

 夜中になると寒いけど、湯船なんて贅沢は真冬じゃないと出来ない。なるべくさーっと浴びて慌ててパジャマを着た。

 お風呂からあがると、アツアツのグラタンが出来ていた。即席のオニオンスープで、はふはふ食べると、体が温まる。ちょっと口の中が火傷してしまった。口の中がベロンって皮がめくれると思う。

 明日は休講なんだけど、同じ時間に大学に行ってみよう。案外、おじいちゃんが本当にいるかもしれない。

『お嬢さん、昨日はありがとう。これを受け取ってくれ』

 翌日駅に行くと、おじいさんがいて、1000円の返却だけじゃなくて、お礼として1万円包んでくれるとかあったらいいなぁ。ないよなぁ。

 申し訳なさそうに頭をペコペコさげているおじいちゃんが、詐欺師とか考えたくないなって思いながら目を閉じたのだった。


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