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 王子は、にやにやしながらも真剣な眼差しでこちらを見ている。

 ふたりがフリーズすること5分ほど。先に再起動したのはタッセルのほうであった。
 
「殿下、久しぶりに会ったばかりなのに、なんてことを言うんですか。僕たちは、やっと昔の仲が良かったころのようになってきたばかりなんです。記憶が戻ったら嬉しいですけど、そうじゃなくても、カティちゃんの気持ちが戻るには、もうちょっと時間がかかりますから!」
「私も、記憶が思い出せないまま、このままターモくんと結婚はまだちょっと……。婚約した仲のようですし、いずれはそうなると思いますが……」

 あれからずっと、自分の気持ちを二の次にしてカーテのためだけに頑張ってくれているタッセルの姿に、彼女は気持ちを開きはじめていた。

 社交界では、とうとうタッセル当代のおデブ代表が振られたという噂が流れており、彼女に求愛してくる令息があとを絶たないほど、彼らの結婚の無期限延期は社交界に激震が走っている。

 彼女は自分の気持ちを偽ることなく、そんな不届きな令息たちに目移りすることなく断っていたが、タッセルとしては気が気でない状況であった。

「軽々しく言っているわけではないぞ。待つと言ったっていつまでだ? 結婚は一生のこととはいえ、期限がないのは良くない。そもそも、実際にこうしてふたりの様子を見て、今すぐに結婚してからでも構わなさそうだと思ったから言っている。それにちょっとやっかいな事情があってな。ふたりとも、私が行っていた国の宰相の息子を覚えているか?」

 王子も、ふたりの両親も、彼らを無理やり結婚させようとしないだろうことは知っている。これが、子供の気持ちをないがしろにしている家族ならば、彼女の記憶が戻らない状況でも結婚させていただろう。

 そもそも、ふたりの問題なのだから、あまりにも長引かない限り静観しようとしていた。だが、帰国して不穏な話しを小耳に挟んだため、口を挟んできたというわけだ。

「覚えてますよ。カティちゃんを狙っていた不届き者のハイエナ獣人。去年、我が国の夜会で、嫌がってるのに裏庭につれていこうとしたから、僕が全体重を乗せてやっつけたことがありましたね」
「ガリヒョロの学年最下位独走で、親の権力だけで留年をまぬがれたという……。去年入院されて、退院したら帰国したような? あ、あれは、ターモくんのおかげだったのね? そういえば、あの方、私の友達にも言い寄って、全員に嫌われてフラレてましたわ!」

 カーテは、当時その人物に言い寄られて迷惑していた。彼が帰国した時、どれほど安堵したことか。それもこれも、タッセルのおかげだと知り、なんだか心が温かくなった。自分の婚約者が皆を救ったヒーローだったと誇らしい気持ちがあふれる。

 ふたりで、宰相の息子の話で若干興奮気味にあれこれ楽しく盛り上がっていると、王子が呆れて口を挟んできた。

「お前ら、外交問題になりそうなことで、ふたりしてはしゃぐな。気持ちはわかるが。とにかく、自国でも女性に相手にされなかったからか、そいつがフリーになったカーテを狙っていると報告があった」

 王子の言葉に、ふたりはぴたりと会話をやめて同時に口を開いた。

「イヤです。カティちゃんは誰にも渡しません」
「イヤです。あの方は、生理的にムリです」

 ふたりの息があまりにもぴったりで、王子は苦笑する。

「個人的感情はこの際置いといてくれ。あいつが、この国のウォン伯爵家に婿入りするような事態はさけねばならないのはわかるな?」
「それを皮切りに、かの国の宰相が、この国で好き放題できるように手を広げるでしょうね」
「うちの領地の小麦の流通も好きにされそうですね。そうなれば、我が国の小麦の2割がとんでもないことになりそうですわ」

 カーテたちは、彼の醜聞だけでなく、政治が絡む話になると神妙な顔つきになった。

「とにかく、あの国の介入を阻止するためにも、互いに嫌でなければ早く結婚して欲しい。実は、これは王命でもある。私も、というよりも、王家が全面的に協力するから、前向きに検討してくれないか?」

「王命とあらば、粛々と遂行するだけです。勿論、僕としては願ったりですし。以前準備したものの大半をそのまま使える。ドレスの流行もそれほど外れていないから……。でも、カティちゃんの気持ちが……」
「ターモくん……」

 カーテにとっても、王命であれば拒否できるわけもなくしたいとも思わなかった。政略結婚など、現代でもごろごろある。

「ターモくん、私ね、記憶を失ってとても怖かった。毎日、起きるたびに別の何かを、誰かを、また忘れてしまっていないかとか、ふと頭によぎるだけでも辛かったの。でも……ターモくんがいてくれたから、ターモくんが辛いのに私のためにいてくれるから、こうして笑っていられる。記憶を失ってすぐのお話なら、とても悲しくて嫌だっただろうけど、今の私は、ターモくんとならって思えるわ。お母様も仰っていたけれど、記憶を失っても、惹かれる人は変わらないって本当なんだなって……だから、大丈夫です」
「カティちゃん……!」

 カーテの体が、ふわふわもちもちしたモノに包まれる。訓練したばかりのそれは、相変わらずじとっとしているけれど、以前のように気持ちが悪いとは思えなかった。それどころか、なんとなくもっと触っていたいと思える。
 きゅっと彼の背中に腕を回す。引き締まってきたとはいえ、まだまだ指先がかろうじて触れるくらいのお腹周りだ。左右の中指をちょんと付けて、彼を抱きしめ返した。

「今の私は、ターモくんが私を想ってくれているほどの気持ちを返せない。こんな私で良かったら、お嫁さんにしてください」
「僕の方こそだよ、カティちゃん!」

 今のカーテの発言のきっかけは王子の言葉だ。だが、嘘偽りのない彼女の言葉に、タッセルは感極まって目尻に涙が浮かぶ。

 ふたりは見つめ合い、自然と顔が近づいていった。

「ごほんっ! あー、そろそろ私がここにいることを思い出して貰えると」

「殿下、こういう時は、そっと離れていくもんです」
「やだ……!」

 いい雰囲気を引き裂かれ、カーテは恥ずかしくて顔をふんわりした胸に埋める。邪魔されたタッセルは、王子を睨みつけつつも、嬉しそうにそんな彼女を見おろしていた。
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