完結 (R18)転生伯爵令嬢は、強面騎士団長に甘えられたい

にじくす まさしよ

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「いやはや、なんとも愛らしい婚約者どのだ。しかも神の愛子だとは。ずっと独り身の君を心配していたのだが杞憂だったようだ。おめでとう、これでウォンバート家も安泰だな」

 拍手とともに述べられたディンギール公爵の祝辞を受け、アイーシャは内心眉をしかめた。

(どの口が言ってるのかしら。前世のにっくき上司を思い出しちゃう。うっかりよろけて、ボタンがはち切れそうなシャツを破っちゃたい。いえ、ダメね。腹筋のふの字もなさそうな、迷惑系たるみばらーのお腹なんて、皆が不快にしかならないわ)

 アイーシャは、誰が見ても喜ばなさそうな、古きショーワ時代の宴会芸、腹踊りをする姿を想像しかけた。

(う、……キんもー。キモすぎる)

「アイーシャ、この方がディンギール公爵だ。色々目をかけていただいた公爵閣下に、祝福されて 我々も感慨深い。これからは、安心してゆっくり過ごしてください」

 思わず、オエッとなりそうな時、ウォーレンが声をかけてくれた。アイーシャは、一瞬で彼一色に染まり、危うく令嬢らしからぬ事態になるのを抑えられた。

(あら? ちょっと待って、ウォーレン様ったら。それって「引退して余生をすごせ」ってことよね。こういう駆け引きは不得意かなって思っていたのに。騎士としてでなく、オールマイティにこなせるなんて。ふふふ、騎士様ってば、さーいこー!)

 この間、コンマ1秒ほど。メガホン片手に、会うたびに魅力が増し増しになるウォーレンの賛辞を、世界中にあますところなく叫びたかった。

 残念ながら、色んな意味でそれはできない。ウォーレンの隣で、華麗に見えるように微笑む。

「はじめまして、お会い出来て嬉しゅうございます。ウォーレン様から、長い間、国を支えられてきたお方と、お話はかねがねお伺いしております。これからは、気苦労など若者に任せてお過ごしくださいませ」

 本当に幸せなのだが、もっと幸せそうに見えるよう振舞った。

 ふたりに嫌味を伝えられた公爵は、こめかみをぴくぴくさる。生意気だと言わんばかりに、舌戦を開始しようとした。

 その時、公爵のはるか後方、入り口の扉付近の人々がざわめきだす。

「なんだ、騒々しい」

 振り返った公爵は、そこにいるはずのない人物を見て、目が飛び出そうなほど驚愕した。

「お知り合いですか?」
「い、いや。そ、それにしても、このようなめでたい日に、招かざる客が来たようだ。なに、すぐに鎮めてくるから、君たちはここにいるように」

 公爵の脂ぎった顔に、気持ち悪い汗がダラダラ流れている。ウォーレンに、万が一にも介入されてはたまらない。すぐに向かおうとしたが、ウォーレンの長い脚が動くほうが早かった。

「公爵はこちらにいてください。この場の責任者は我々なのですから、私が参ります。ピーチおばあ様、を頼みます」

 アイーシャは、婚約者をすっとばして妻と言ってくれた事に、心が薔薇色一色になった。

 予定通りなら、これから大騒動が起きる。その時に、自身がウォーレンたちの邪魔になってはいけない。
 迎えに来たピーチの側にぴたりと寄り添い、両陛下や両親がいる安全地帯まで移動した。

 颯爽と目的地に向かうウォーレンの後を、公爵はどたどたと重い体を支える足を動かし追う。ほんの10数メートルの距離だというのに、到着時には息が上がっていた。
 
、お久しぶりです」

 そこにいたのは、祝辞に相応しい装いのダインだった。髪を整え、高級なスーツに身を包んでいる。

 まだ痩せてはいたが、公爵の前妻譲りの美貌に、周囲の女性たちは頬を染めて感嘆のため息をこぼした。

? では、あなたは、ディンギール公爵家の嫡男なのか?」
「はじめまして、騎士団長殿。私は、ダインと申します。晴れの日にお騒がせしてもうしわけありません。ですが、是非とも祝福をしたいと馳せ参じました」
「そうだったのか。公爵にこのような立派な息子さんがいたとは。そういえば、以前肖像画で拝見した、亡き公爵夫人によく似ている。少々驚いたが歓迎しよう」

 すでに顔見知りのふたりが、初対面のように振る舞う。
 事情を知らない周囲の人々は、乱入し婚約式を台無しにしかねない客を寛大に迎えたウォーレンに、称賛の声をあげた。そして、公爵家の後継者と名乗るダインに、早く声をかけたくてウズウズしだす者たちが近づく。

「な……な……」

 公爵が、信じがたい出来事に言葉を失う。普通、どう考えても怪しい男など、貴族だけでなく王族のいる場には迎え入れない。これが、ウォーレンとダインによる茶番劇だと気づくのに、そうは時間がかからなかった。

 否定すれば、せっかくウォーレンが場を壊さずに迎え入れたのに、婚約式を台無しにしたという汚名をかぶる。かといって、ダインを息子だなど認めたくはない。

 どちらに転んでも公爵にとって良い状況にはならない。

「お前、今すぐ出ていけ。あの女がどうなってもいいのか?」

 公爵は、周囲に聞こえない音量でダインを脅した。しかし、今までは人質の存在をちらつかせるだけで尻尾をふっていたダインが、平然とそこにいるので訝しむ。

「はぁ。予想通り何も知らないのか……。いや、他人をどうとも思わないお前が、知ろうとなどしないか」
「何も知らない? どういうことだ!」
「お前も、俺を息子と認めたくないだろうが、俺だってお前以上に父上と呼ぶのも虫唾が走る。お前が監禁していた人質は、騎士団長殿たちが全員救い出してくれたんだ。もう、お前に従う者は誰もいない」
「ば、ばかな!」

 いつの間にか、完全に形勢逆転されていたと知った公爵は、それを認められず叫んだ。そんな彼の目前に、ラトレスが箱を置く。蓋が外され、中にいた彼のよく知る人物が助けを求めてきた。

「公爵様、お助けください! 今まで、あんたの言う通り働いてきただろう?」
「お前、なぜここに。いや、し、知らん、知らんぞ。誰だこの汚い男は!」

「聞いたんだ。あんたに無理やり仕事をさせられてた連中には、寛大な処分が下されるって。俺様だって、本当はしたくなかったんだ。なあ、公爵様、あんたが嫌がる俺様に仕事を命令したんだろう? 騎士団長様、公爵の命令書や、裏帳簿、攫った子供たちの行方が記入された書類の在り処を言うから、処刑だけはしないでくれぇ!」

「この、裏切り者がぁ! ダインも、お前も。皆、これまで生きてこられたのは誰のおかげだと思ってる!」

 完全に我を忘れた公爵は、全員の注目の的だというのに、男と言い合った。

 シーンと静まり返っていた会場のあちこちから、公爵たちの言葉に驚いた小さな声があがる。水面に出来た波紋のように徐々に広がり、会場全体がざわめきで埋め尽くされた。

「そこまでっ!」

 パンッという破裂音とともに、ティガル国王の声がざわめきを断ち切る。たったひとことで、人々の口は閉じた。

 それはまるで、全ての生物を制する猛獣の咆哮のようであった。





 ※迷惑系たるみばらー

 これは、周囲の迷惑を顧みず、絶賛メタボリックシンドローム中の大きな腹を、衆目にさらして喜ぶ気持ちの悪い悪人の総称。
 おちゃめでぽっちゃりな、可愛い系オジサマは除外される。
 もちろん、大嘘です。アイーシャの造語です。
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