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 帰宅すると、ちょうど両親も帰ってきた。ふたりはウォーレンを、というよりも服装を見て顔を引きつらせた。

 ただでさえ、愛しい娘を奪っていく男だ。さらに、今回の申し出は、非常に不愉快極まりない理由なのだから、コギ伯爵は面白くない。
 しかも、眼の前にいる道化師のような彼の姿に、ふざけているのかと威勢よく怒鳴りたくなった。
 だが、内心は、食パンのようにふんわり縮こまり尻尾をお股にはさんでいる。小心者の彼は、ウォーレンの迫力にたじたじになっていた。

 コギ伯爵夫妻は、ウォーレンから不審者の報せを聞くやいなや、アイーシャのもとへ向かった。彼女がけがひとつなく安心する。そして、ウォーレンがいかに頼もしく、勇敢に襲撃者を撃退したのか興奮気味で語る娘を見て、彼に頭を下げた。

「ウォーレン殿、失礼ながら、あなたの申し出は不快だった。だが、何度も頂いた手紙の通り、いくら護衛を雇おうとも、こちらで娘を安全に過ごさせることは難しいのはわかっていた。武芸に通じたウェルたちが娘の側にいるとはいえ、彼女たちは実戦を経験していない。あなたほど、娘を守るにふさわしい人物はいないということも、わかっていたのだ……」

 ウォーレンは、今回の婚約について、手紙で、何度も謝罪や彼女を守ることを誓う彼の真摯な態度に、伯爵夫妻はほだされてきていたのである。

 何よりも、アイーシャが彼を慕っている。これ以上彼を拒むのはやぼというものだろう。

「娘は、ある日突然、異世界の前世を思い出しました。神の愛子だと知りましたが、我々にとっては、たったひとりのかわいい娘なのです。どうか、娘をこの世界だけでなく、異世界の誰よりも幸せにしていただけますか?」

 アイーシャの両親が頭を下げる姿を見て、ウォーレンは慌てた。彼らの心からの気持ちに触れ、一層決意を引き締める。

「もとより、命に変えても守る所存。オレ、私は、至らぬところが多々ありますが、アイーシャを絶対に幸せにしてみせます」
「ウォーレン様……! 私も、ウォーレン様を幸せにします!」

 ウォーレンがきりっとした姿で、はっきりと自分を幸せにしてくれると言った。ふたりっきりでの甘い雰囲気やプロポーズはまだないものの、アイーシャは嬉しくて彼の腕にしがみついた。

 四人は、その日和気あいあいと夕食を囲んだ。襲撃者もいたことから、その日はウォーレンが泊ることになる。

「ウォーレン様、おやすみなさい」
「ああ、アイーシャ。お、おやすみ」

 風呂上りのアイーシャは、上気した頬が普段と違う雰囲気を醸し出していた。薄い寝巻の上にガウンを羽織っているとはいえ、頼りないその姿に、ウォーレンは息が止まりそうになった。ともすれば伸ばしそうになる手を引き留め、彼女を寝室に押し込めるようにお休みの挨拶をした。

 その際に、アイーシャは彼の頬におやすみのキスをしたかったが、彼がかがんでくれなくて断念する。

 アイーシャが部屋に戻ると、ウォーレンは襲撃者の居場所に向かった。アイーシャに恐ろしい思いをさせた人物を見逃すのは、ディアンヌの時の一度だけでいい。なんとしても、相手から情報を聞き出し、背後にいるであろうディンギール公爵の尻尾を掴もうと決心した。

 帰宅するなり地下牢に繋がれた男は、ダインと名乗った。捕虜の尋問に手慣れたウォーレンの厳しい責めに対して、一切口を割らなかった彼がぽつりぽつりと話し始めたのは、アイーシャが声をかけたことが切っ掛けだ。

 アイーシャを男に近づけさせないようにしていたのだが、彼女が男を気にして地下牢にやってきてしまったのである。その時に彼女が見たのは、アイーシャを狙った男に厳しい尋問をしているウォーレンの姿だった。

「アイーシャ、どうしてここに? 君が来るような場所じゃない。しかも、そんな恰好で……!」

 ウォーレンは、寝巻にガウン姿の彼女をマントでぐるぐる巻きにした。幸い、男は項垂れたままで彼女を見ていない。もしも一瞬でも見ていたのなら、重要参考人であるにも拘らず、今頃は頭と胴体が離れていたかもしれないほど、ウォーレンは気が動転していた。

「ウォーレン様に会いたくて来ちゃいました。それに、そっちの子のことがちょっと気になって。ウォーレン様、彼はまだ小さな子どもじゃないですか。きちんと話を聞いてあげて、それから彼の今後のことを考えてあげたらどうかなって思ったんです」
「アイーシャ、君の優しい気持ちはわかる。だが、それでは甘すぎる。優しすぎる処遇をしたところで、この男が改心するとでも?」
「改心しなかったら、その時は仕方がないですけど……でも、この子が望んであんなことをしたようには思えないんです」

 アイーシャに、上目遣いでそんな風に言われては、ウォーレンは受け入れるしかない。そもそも、彼はアイーシャの言うことなら、どんなことでも叶えるつもりなのだから。
 ただ、レッサーが危惧したように彼女には危機感が欠如していると言わざるを得ない。危険なこんな場所に、ウェルたちを巻いて一人で来る彼女に困ってしまう。

 優しい彼女は、痩せて死を望んでいるような男に同情したのだろう。だが、今判断を誤れば、次は彼女が還らぬ人になるかもしれない。それだけは防がなければならなかった。

 ウォーレンが、却下しようとしたその時、アイーシャは男の顔をじっと見て問いかけた。

「ねぇ、あなた。あなたは、ディンギール公爵のことが好きなの? 尊敬しているとか? 好きだから、ディンギール公爵の言う通りにここに来たの?」

 突拍子もないアイーシャの言葉に、ウォーレンも男も絶句した。男がディンギール公爵の手の者かどうかもあやふやな状況なだが、言い切ったアイーシャに、まさか公爵が好きかどうか聞かれるなど思ってもいなかったのである。

「あんな奴、好きなわけあるか! それに、俺は子供じゃない!」

 それは、彼がディンギール公爵の手の者だと言ったも同然だった。棚から牡丹餅のような告白に、ウォーレンは冷静にしめたと思い、男はしまったと顔をしかめる。

 男は、この世の誰よりも、ディンギール公爵のことを憎んでいる。それなのに、世間知らずそうで頭の悪そうな令嬢に、公爵を好きだなどと勘違いされるなどあり得ない。自分とは関係ない彼女にすら訂正したくて、無言だった男が反論してしまったのである。

「うんうん、普通はあんなおじさん嫌だよね。なら、なんで言うことを聞くの?」
「なんで、って……それは……」
「それは?」

 屈託なく問いかけるアイーシャに、男は完全に気がそがれてしまった。ぽつりぽつりと、自分の事を話し始めたのである。
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