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ウォーレンに「来い」と呼ばれ、間髪入れずに「はい、よろこんで!」と言わんばかりに抱き着いた。きゃーきゃー心の中で叫んだのも束の間、何やら様子がおかしい。
アイーシャを抱きとめるや否や、馬に乗り込み全力疾走した彼を見上げると、今まで見たことがないくらい緊迫感に包まれた表情をしていた。
寒いけれど、平和で温かい、心地よいときめきのひと時を過ごしていたはずだ。完全にイイ感じだったのに、と緊急事態真っただ中であるにもかかわらず、攻撃を仕掛けてきた誰かが恨めしく思う。それと同時に、ウォーレンに強く抱きしめられ、いろんな意味で胸が張り裂けそうなほどドキドキしっぱなしだった。
「アイーシャ、しっかり歯を噛んでおくんだ」
「はいっ!」
大きな体が、アイーシャの真後ろにある。まるで強固な城壁のようだ。大きな軍馬を全速力で走らせているというのに、全く体がぐらぐらしない。だからといって、真剣そのもののような彼を振り返って、気軽に状況を確認する雰囲気でもなかった。
ウォーレンの言うことに従う事だけが、今の自分たちにとって最善の策なのだと確信する。必死に歯を噛んで、少しでも彼の邪魔にならないようにバランスをとった。
瞬間、左腕があった場所が涼しくなり、きぃんという金属の高い音がした。暫くその音が鳴り続き、ひときわ大きく高い音が耳に入る。ウォーレンの動きが止まると、馬がぶるると鼻を鳴らしその足を止めた。
「お前、先日のお茶会でアイーシャをじっと見ていた男だな? お前は、いや、お前の雇い主は、彼女を狙って何がしたい?」
頭の上で、ウォーレンがものすごく低い声で誰かに問いかける。すると、足元から若い男の掠れた声がした。
「……殺せ」
一言、吐き捨てるようにそう言ったまま、誰かは口をつぐんだようだ。ウォーレンの左腕が少し動くと、微かに男が息を飲む音がした。
「お前、最初に放った矢をわざと外したな? それに、白昼堂々と、オレがいる時に、わざわざ単騎で姿を現したこともおかしい。何が目的だ? 言え」
「何も、言う事などない」
どうやら、自分たちを襲った襲撃犯を捕えたのだと理解したのは、ウォーレンが厳しい叱責をしつつも力を少し抜いた時だった。
「ウォーレン様?」
「アイーシャ、ケガはないか?」
「はい、ウォーレン様のおかげで、かすり傷ひとつありません。ウォーレン様は?」
ウォーレンは、敵の攻撃がアイーシャに当たらないように、自分の体を盾にしていたに違いない。もしも、武器に毒でも塗られていたのなら、わずかなかすり傷が命取りだ。まだ恐ろしくて指先が震えているが、自分のことよりもウォーレンの身の安全が気になった。
「大丈夫だ。手練れの騎士ならともかく、重い武器を扱う力もない素人の攻撃など当たるわけはない」
「無事で良かったです。本当に……。うぅ、ウォーレン様、ウォーレンさま……ご、ごめ、なさ。ひぃっく」
「アイーシャ、泣くな。君が泣いていると、オレは……。もう、大丈夫だから、泣き止んでくれ」
彼が無傷だと知り、ほっとしたのと同時に涙がぽろぽろ流れた。
狙われたのは明らかに自分だ。彼を巻き込んでしまい申し訳なくて謝罪する。アイーシャが彼の胸に顔をうずめると、男に警戒しながらもなだめるように背をさすってくれた。今は、こんな風にしている場合ではないけれど、どうしようもなく流れてくる涙を止められなかった。
「アイーシャ、ずっと近くに潜んでオレたちを監視しているふたりに、この男の拘束を頼みたいのだが。いいか?」
「え? ウェル、どうしてここに? それに、ルーシェまで……」
「お嬢様を守るのが我らの務め。たとえ、騎士団長である婚約者殿といえど、完全に任せるわけにはいきませんので」
「お邪魔かと思い、適度な距離を開けて見守っておりましたが、そのせいで遅れました。どうかお許しを」
やっと落ち着きを取り戻したころ、ウォーレンから驚く事を言われた。彼の言葉をきっかけに、彼女のメイドたちが現れた。てっきり、ふたりきりのお馬でデートかと思っていたのに、ずっと見られていたようだ。
まだ興奮と恐怖から、完全に逃れていない。だというのに、信頼するふたりがいる頼もしさ以上に、襲撃さえなければ、告白を聞かれていたのかもしれないと恥ずかしくなった。
そんなアイーシャの、迷路をさまよっているような気持ちなどおかまいなしに、ウォーレンたちが話し合いをしていた。話し合いといっても、男の処遇のことではなく、アイーシャのことであったが。
「騎士団長殿、お嬢様は我らがお守りしますので、どうぞお嬢様をこちらへ」
「断る。アイーシャはオレが家まできちんと守る」
「戦いでお疲れでしょう? 男の拘束も我らが致しますので、お嬢様をこちらに」
こんな風に、アイーシャを家まで保護するのは自分だと言い張っていたのである。
肝心の男は、すでにウェルが器用にロープでくくっている。身動きできない男は、完全に戦意を失っており、微動だにせず地面を見続けていた。
「ウェル、ルーシェ、その男性のことをお願い。私は、このままウォーレン様に送っていただくわ」
アイーシャが、ともに譲らず、膠着状態になりかけた三人にそう言うと、ひとりは表情がわかりにくが心が乱舞するほど歓喜で満ち溢れ、ふたりの気持ちはこの世の終わりだと言わんばかりに地に沈み込んだ。
アイーシャを抱きとめるや否や、馬に乗り込み全力疾走した彼を見上げると、今まで見たことがないくらい緊迫感に包まれた表情をしていた。
寒いけれど、平和で温かい、心地よいときめきのひと時を過ごしていたはずだ。完全にイイ感じだったのに、と緊急事態真っただ中であるにもかかわらず、攻撃を仕掛けてきた誰かが恨めしく思う。それと同時に、ウォーレンに強く抱きしめられ、いろんな意味で胸が張り裂けそうなほどドキドキしっぱなしだった。
「アイーシャ、しっかり歯を噛んでおくんだ」
「はいっ!」
大きな体が、アイーシャの真後ろにある。まるで強固な城壁のようだ。大きな軍馬を全速力で走らせているというのに、全く体がぐらぐらしない。だからといって、真剣そのもののような彼を振り返って、気軽に状況を確認する雰囲気でもなかった。
ウォーレンの言うことに従う事だけが、今の自分たちにとって最善の策なのだと確信する。必死に歯を噛んで、少しでも彼の邪魔にならないようにバランスをとった。
瞬間、左腕があった場所が涼しくなり、きぃんという金属の高い音がした。暫くその音が鳴り続き、ひときわ大きく高い音が耳に入る。ウォーレンの動きが止まると、馬がぶるると鼻を鳴らしその足を止めた。
「お前、先日のお茶会でアイーシャをじっと見ていた男だな? お前は、いや、お前の雇い主は、彼女を狙って何がしたい?」
頭の上で、ウォーレンがものすごく低い声で誰かに問いかける。すると、足元から若い男の掠れた声がした。
「……殺せ」
一言、吐き捨てるようにそう言ったまま、誰かは口をつぐんだようだ。ウォーレンの左腕が少し動くと、微かに男が息を飲む音がした。
「お前、最初に放った矢をわざと外したな? それに、白昼堂々と、オレがいる時に、わざわざ単騎で姿を現したこともおかしい。何が目的だ? 言え」
「何も、言う事などない」
どうやら、自分たちを襲った襲撃犯を捕えたのだと理解したのは、ウォーレンが厳しい叱責をしつつも力を少し抜いた時だった。
「ウォーレン様?」
「アイーシャ、ケガはないか?」
「はい、ウォーレン様のおかげで、かすり傷ひとつありません。ウォーレン様は?」
ウォーレンは、敵の攻撃がアイーシャに当たらないように、自分の体を盾にしていたに違いない。もしも、武器に毒でも塗られていたのなら、わずかなかすり傷が命取りだ。まだ恐ろしくて指先が震えているが、自分のことよりもウォーレンの身の安全が気になった。
「大丈夫だ。手練れの騎士ならともかく、重い武器を扱う力もない素人の攻撃など当たるわけはない」
「無事で良かったです。本当に……。うぅ、ウォーレン様、ウォーレンさま……ご、ごめ、なさ。ひぃっく」
「アイーシャ、泣くな。君が泣いていると、オレは……。もう、大丈夫だから、泣き止んでくれ」
彼が無傷だと知り、ほっとしたのと同時に涙がぽろぽろ流れた。
狙われたのは明らかに自分だ。彼を巻き込んでしまい申し訳なくて謝罪する。アイーシャが彼の胸に顔をうずめると、男に警戒しながらもなだめるように背をさすってくれた。今は、こんな風にしている場合ではないけれど、どうしようもなく流れてくる涙を止められなかった。
「アイーシャ、ずっと近くに潜んでオレたちを監視しているふたりに、この男の拘束を頼みたいのだが。いいか?」
「え? ウェル、どうしてここに? それに、ルーシェまで……」
「お嬢様を守るのが我らの務め。たとえ、騎士団長である婚約者殿といえど、完全に任せるわけにはいきませんので」
「お邪魔かと思い、適度な距離を開けて見守っておりましたが、そのせいで遅れました。どうかお許しを」
やっと落ち着きを取り戻したころ、ウォーレンから驚く事を言われた。彼の言葉をきっかけに、彼女のメイドたちが現れた。てっきり、ふたりきりのお馬でデートかと思っていたのに、ずっと見られていたようだ。
まだ興奮と恐怖から、完全に逃れていない。だというのに、信頼するふたりがいる頼もしさ以上に、襲撃さえなければ、告白を聞かれていたのかもしれないと恥ずかしくなった。
そんなアイーシャの、迷路をさまよっているような気持ちなどおかまいなしに、ウォーレンたちが話し合いをしていた。話し合いといっても、男の処遇のことではなく、アイーシャのことであったが。
「騎士団長殿、お嬢様は我らがお守りしますので、どうぞお嬢様をこちらへ」
「断る。アイーシャはオレが家まできちんと守る」
「戦いでお疲れでしょう? 男の拘束も我らが致しますので、お嬢様をこちらに」
こんな風に、アイーシャを家まで保護するのは自分だと言い張っていたのである。
肝心の男は、すでにウェルが器用にロープでくくっている。身動きできない男は、完全に戦意を失っており、微動だにせず地面を見続けていた。
「ウェル、ルーシェ、その男性のことをお願い。私は、このままウォーレン様に送っていただくわ」
アイーシャが、ともに譲らず、膠着状態になりかけた三人にそう言うと、ひとりは表情がわかりにくが心が乱舞するほど歓喜で満ち溢れ、ふたりの気持ちはこの世の終わりだと言わんばかりに地に沈み込んだ。
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