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今日は、ウォーレンが両親と夕食を一緒にするために来てくれた。王都で、4回会っていたが、そのどれもがあの日の続きのように事務的な内容で、婚約者としての色めいた話はしていない。
ある意味、ディンギール公爵の現在の動向を聞き、対策を練るための話し合いだったので、建設的といえばそうなのだが、アイーシャが望むのはそのような会話ではなかった。
(今日こそは……!)
アイーシャは、一体誰が用意したのかわからない、似合っていない服を着て動きづらそうにしている彼を見上げた。彼の腕に手を置いているため、さりげなくきゅっと力を入れると、服越しに腕の堅さを感じ取れた。パンパンにふくれあがった太い腕のすぐ向こうに、ぼんっと張り出した広くたくましい胸がせり出している。さらに上空を見上げると、真正面を睨んでいるかのように目を細め、硬く唇を結んでいる凛々しい顔があった。
「あの、ウォーレン様」
「ん? ああ、なんだ?」
表情も口調もがっちがちだけれど、きちんと目を合わせて話を聞いてくれる。そんな彼を見て、嫌われていはいないと思えた。ただ、ウォーレンがあまりにも寡黙すぎて、単なる保護するべき相手への礼儀としての態度なのか、それ以上の好意を持ってくれているのかがわからない。もう一歩、踏み込んでもいいものかどうか、相手との距離を測りかねていた。
(あ、これ、受け身じゃダメなパターンだ)
アイーシャが、彼からのアプローチが期待できないことを悟ったのは、彼と話をするようになってからわりとすぐの頃だった。とはいえ、前世含めての今日まで、自分だってぼっち属性の地味子。どう話しかけていいかもよくわからない。客間に案内したものの、会話がすぐに途切れてしまった。
「ウォーレン様、まだ時間がありますので、よろしければ一緒に散策しませんか? 何もない田舎ですが……」
「ん? ああ、アイー、シャがしたいようにしてくれ。すまない、どうもこういった場は苦手で」
頭に大きな手を当てながら口ごもる彼を見ると、周囲が言っていたのように女慣れしていないのだろうと思う。服装も、どことなく前世のクリスマスのようなカラーリングだ。女性と会うには前衛的すぎて、これがマッチングアプリで出会った男なら、女性はドン引きして「急用ができた」と去っていくだろう。せいぜい、食事をおごってもらうまでの時間しか持たないにちがいない。
「では、ウォーレン様の馬も準備させますね」
幸い、アイーシャは前世では見る専門だった乗馬が出来るようになっていた。前世の軽トラックのように田舎の移動や仕事には馬が必須なのである。
ウォーレンがここまで乗ってきた愛馬は、今休憩をしている。他の馬を準備する方がいいだろうと話をしたが、ウォーレンは首を振った。
ウォーレンは、愛馬のところにいくと、首を撫でたあと彼は軽々飛び乗った。その姿に、アイーシャの胸が大きく弾む。力強い彼の動きに見ほれた。
ウォーレンが、ぽうっと彼を見上げていたアイーシャに手を伸ばす。彼女用の馬も側に準備されていたが、馬番が持つ手綱ではなく、彼の大きな手を取った。
「きゃ」
ぐいっと片手で体を持ち上げられ、小さく悲鳴があがる。いきなりの事に、体のバランスが取れず目を閉じた。衝撃を覚悟したが、ふんわりと宙に浮いたかと思うと、あっという間にウォーレンの太ももに横座りでいたのである。
「わ、わわっ!」
「ア、アイーシャ、落ち着け。大丈夫だから」
いつもの乗馬と違い、軍馬の高さは想像以上だ。怖くなり、思わず令嬢らしからぬ声をあげて彼の大きな胸に縋りつく。すると、がっしりした腕で体を支え、頭を優しく撫でられた。
「ゆっくり、息をして。安心しろ。オレとオレの相棒は決してアイーシャを絶対に落とさない」
体の奥底に響く重低音が心地いい。耳に伝わる彼の鼓動と、呼吸で上下する胸の動きで心がいっぱいになる。うっとりと目を閉じて堪能していると、気持ちが落ち着くとともにこわばっていた体から力が抜けた。
「アイーシャ? すまない、乱暴だったか」
動かないアイーシャを心配して、ウォーレンが戸惑う。いくらなんでも、令嬢相手に荒々しすぎたかと後悔した。彼のそんな心配を察して、アイーシャは彼を見上げた。アイーシャだけを見つめていた彼の視線と瞬く間に交差する。
「いいえ、びっくりしただけです。ふふふ、だって、ウォーレン様といるここが、世界で一番安全な場所ですもの」
はにかんでそう言うアイーシャの笑顔を見て、ウォーレンはほっとすると同時に、彼女といると自然と早鐘を打つ心臓の鼓動に翻弄された。
「そ、そうか」
「はい、ありがとうございます」
スマートな男なら、このあと彼女を夢中にさせるようなセリフがすらりと出るだろう。だが、ウォーレンからはたったひとことだけ。それでも、アイーシャは、物足りなさよりも、言葉は不器用でもこうして守ってくれる彼の行動に嬉しくなった。どさくさに紛れて、ぎゅっと抱き着く。
その様子を見ていた、アイーシャのメイドたちはアイーシャを取られたように感じて面白くなさそうに唇をゆがめる。ただ、アイーシャが本当に幸せそうだったので、彼女に似合わない政略を持ちかけた武骨な男に複雑な感情を抱くのであった。
ある意味、ディンギール公爵の現在の動向を聞き、対策を練るための話し合いだったので、建設的といえばそうなのだが、アイーシャが望むのはそのような会話ではなかった。
(今日こそは……!)
アイーシャは、一体誰が用意したのかわからない、似合っていない服を着て動きづらそうにしている彼を見上げた。彼の腕に手を置いているため、さりげなくきゅっと力を入れると、服越しに腕の堅さを感じ取れた。パンパンにふくれあがった太い腕のすぐ向こうに、ぼんっと張り出した広くたくましい胸がせり出している。さらに上空を見上げると、真正面を睨んでいるかのように目を細め、硬く唇を結んでいる凛々しい顔があった。
「あの、ウォーレン様」
「ん? ああ、なんだ?」
表情も口調もがっちがちだけれど、きちんと目を合わせて話を聞いてくれる。そんな彼を見て、嫌われていはいないと思えた。ただ、ウォーレンがあまりにも寡黙すぎて、単なる保護するべき相手への礼儀としての態度なのか、それ以上の好意を持ってくれているのかがわからない。もう一歩、踏み込んでもいいものかどうか、相手との距離を測りかねていた。
(あ、これ、受け身じゃダメなパターンだ)
アイーシャが、彼からのアプローチが期待できないことを悟ったのは、彼と話をするようになってからわりとすぐの頃だった。とはいえ、前世含めての今日まで、自分だってぼっち属性の地味子。どう話しかけていいかもよくわからない。客間に案内したものの、会話がすぐに途切れてしまった。
「ウォーレン様、まだ時間がありますので、よろしければ一緒に散策しませんか? 何もない田舎ですが……」
「ん? ああ、アイー、シャがしたいようにしてくれ。すまない、どうもこういった場は苦手で」
頭に大きな手を当てながら口ごもる彼を見ると、周囲が言っていたのように女慣れしていないのだろうと思う。服装も、どことなく前世のクリスマスのようなカラーリングだ。女性と会うには前衛的すぎて、これがマッチングアプリで出会った男なら、女性はドン引きして「急用ができた」と去っていくだろう。せいぜい、食事をおごってもらうまでの時間しか持たないにちがいない。
「では、ウォーレン様の馬も準備させますね」
幸い、アイーシャは前世では見る専門だった乗馬が出来るようになっていた。前世の軽トラックのように田舎の移動や仕事には馬が必須なのである。
ウォーレンがここまで乗ってきた愛馬は、今休憩をしている。他の馬を準備する方がいいだろうと話をしたが、ウォーレンは首を振った。
ウォーレンは、愛馬のところにいくと、首を撫でたあと彼は軽々飛び乗った。その姿に、アイーシャの胸が大きく弾む。力強い彼の動きに見ほれた。
ウォーレンが、ぽうっと彼を見上げていたアイーシャに手を伸ばす。彼女用の馬も側に準備されていたが、馬番が持つ手綱ではなく、彼の大きな手を取った。
「きゃ」
ぐいっと片手で体を持ち上げられ、小さく悲鳴があがる。いきなりの事に、体のバランスが取れず目を閉じた。衝撃を覚悟したが、ふんわりと宙に浮いたかと思うと、あっという間にウォーレンの太ももに横座りでいたのである。
「わ、わわっ!」
「ア、アイーシャ、落ち着け。大丈夫だから」
いつもの乗馬と違い、軍馬の高さは想像以上だ。怖くなり、思わず令嬢らしからぬ声をあげて彼の大きな胸に縋りつく。すると、がっしりした腕で体を支え、頭を優しく撫でられた。
「ゆっくり、息をして。安心しろ。オレとオレの相棒は決してアイーシャを絶対に落とさない」
体の奥底に響く重低音が心地いい。耳に伝わる彼の鼓動と、呼吸で上下する胸の動きで心がいっぱいになる。うっとりと目を閉じて堪能していると、気持ちが落ち着くとともにこわばっていた体から力が抜けた。
「アイーシャ? すまない、乱暴だったか」
動かないアイーシャを心配して、ウォーレンが戸惑う。いくらなんでも、令嬢相手に荒々しすぎたかと後悔した。彼のそんな心配を察して、アイーシャは彼を見上げた。アイーシャだけを見つめていた彼の視線と瞬く間に交差する。
「いいえ、びっくりしただけです。ふふふ、だって、ウォーレン様といるここが、世界で一番安全な場所ですもの」
はにかんでそう言うアイーシャの笑顔を見て、ウォーレンはほっとすると同時に、彼女といると自然と早鐘を打つ心臓の鼓動に翻弄された。
「そ、そうか」
「はい、ありがとうございます」
スマートな男なら、このあと彼女を夢中にさせるようなセリフがすらりと出るだろう。だが、ウォーレンからはたったひとことだけ。それでも、アイーシャは、物足りなさよりも、言葉は不器用でもこうして守ってくれる彼の行動に嬉しくなった。どさくさに紛れて、ぎゅっと抱き着く。
その様子を見ていた、アイーシャのメイドたちはアイーシャを取られたように感じて面白くなさそうに唇をゆがめる。ただ、アイーシャが本当に幸せそうだったので、彼女に似合わない政略を持ちかけた武骨な男に複雑な感情を抱くのであった。
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