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24 強面騎士団長は、イモくさい
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今日のウォーレンは、騎士服を着用していない。彼が婚約すると聞きつけた王妃の紹介である王都の有名店であつらえた、似合わない私服に身を包んでいた。どう見ても、服に着られている。いや、大柄な体形のせいで、煌びやかな服がおまけのように引っ付いていると言った方が正しいかもしれなかった。
本人は、店員がやや引きつりながら「お似合いです」と言った言葉を信じるしかない。服など、動きやすくて防寒ができればいいと思っていた。なんなら、年がら年中、騎士服や、ノースリーブのシャツと訓練用のズボン、さらに寝巻があれば十分だと思っている。そんな彼は、勿論ファッションのファの字も知らなかった。
どこのイモ貴族だと嘲笑され言われかねない服に身を包んだ大男が、大輪の深紅のバラの花束を持ち、コギ伯爵の玄関前に現れたのだ。
そんな彼を初めて見て、まるで魔物の来襲のように、コギ伯爵家の中で驚愕であわただしく動き回る使用人たちの悲鳴にも似た言葉が出るのはもっともだろう。
ウォーレンの無駄に良すぎる耳に、そんな彼らの「お嬢様、早くお逃げくださいっ!」「あのような巨人、私がこの手で……!」「やめろ、無駄死にする気か!」というような、まるで前線に放り込まれたかのような阿鼻叫喚の言葉が聞こえる。
「皆、落ち着きなさい。きちんと、騎士団のレッサー様からお知らせがあったでしょう?」
「は? え? ええ? では、あの方が、お嬢様の?」
「約束の時間よりも2時間も早いではありませんか!」
「ふふふ、遅刻するような方じゃないの。ほら、皆、持ち場に戻って。とりあえず、客間にご案内しましょう」
そんな中、ほっとするような声が耳から体の隅々まで入ってきた。誰だと思うことはない。先日来、何度も会い、今後のことを話し合ってきた人なのだから。
「ウォーレン様、ようこそお越しくださいました。お忙しい中、わざわざ来ていただけて光栄です」
アイーシャが、ふんわりとしたワンピースの裾を翻しながら軽やかな足取りで、笑顔でこちらに駆けてくる。その表情は、自分を見て怖がっている様子はない。皆無だ。
それどころか、心から喜んでいるようにも見える。ウォーレンが、普段恐れられている自分の姿を一瞬忘れてしまうほど。
きらきらと、太陽が彼女を照らす。まるで神々に愛された特別な存在のように尊い光を放っていた。
「天使、か……?」
「何か仰いましたか?」
思わずつぶやいた言葉は、アイーシャには届かなかったようだ。駆けたことで乱れた髪を、右耳にかけながらきょとんと見上げてくる彼女のなんと愛らしいことか。内心身もだえしそうなほど、彼女の可愛い姿にどっどっと心臓が速く重いビートを刻む。
「いや、アイーシャ嬢。予定よりも早く着きすぎてしまい、申し訳ない」
せめて、仕事でいつもしているように、約束の時間の10分前にするべきだったとウォーレンは頭を下げる。だが、アイーシャは少しぷくっと頬を膨らませて彼を見上げた。
(しまった。やはり早すぎた。出直そう)
ウォーレンが、踵を返そうとした時、アイーシャから、予期せぬ非難の言葉が発せられた。
「約束、もうお忘れですか? この前お会いした際、ウォーレン様って呼んでいいって許可してくださって、しかも、私のこと、アイーシャって呼んでくださるって言ってたじゃないですか」
どうやら、到着が早かったことには怒っていないようだ。
婚約の話をする際に遣わしたレッサーと彼女が、「アイーシャさん」「レッサーさん」と、仲が良さそうに呼び合う様子を見て、面白くないと思っていた。だが、彼女が言い出した約束のおかげでその気持ちが払しょくされたのである。それから今日まで、他の男が呼んだことがないであろう「アイーシャ」という呼び名。彼女のことを「アイーシャ」と自然に呼べるように、ひとり部屋で何度も繰り返していた。
「あ……。すまない。あ、あ……アイ、……シャ」
「はい、ウォーレン様」
いざとなると、のどがひりついてうまく口にできない。戦場にいるよりも胸が高鳴る。不愉快なようでいて、かといって浸りたいような不思議な感覚は、彼女の笑顔で花開いたかのように軽くなった。
きっと、これほど無様な男はほかにはいないだろう。レッサーや部下たちのようにとまではいかなくとも、せめて普通に彼女と会話をしたい。ぐっと拳を握ると、手に持っていたバラの花束がぐしゃっと音を立てた。
「まあ、きれいなバラの花束」
ウォーレンの顔を見上げていたアイーシャが、音が鳴ったほうへ視線を移動させる。そして、ぱあっと嬉しそうに満面の笑顔になった。
「これを……」
体中どころか、顔面にも力が入り切っている。ウォーレンの今の表情は、まるで悪鬼と対峙しているかのように迫力がありすぎた。
アイーシャの後ろで控えているメイドたちから、重犯罪者のように警戒されていることなど、ウォーレンと花束だけを交互に見ている彼女は知りもしないだろう。
「私にくださるのですか? ありがとうございます。とても、嬉しいです。すごい、とっても素敵。いい香りぃ。えーと、たしか、数に意味があったわよね」
深紅のバラの数を、「ひとつ、ふたつ、みっつ……」と数えるアイーシャ。ぷるんとした小さな唇が、その都度形を変える様子に魅入る。
「わぁ、5本。あ、そうか、ウォーレン様とお会いするのは、今日で5回目ですものね。ふふふ、最初は1本、次は2本と数を増やしていただけるなんて、とっても素敵。今日は、´あなたに出会えて心から嬉しい´ですね。私もです。本当に、ありがとうございます」
「喜んでくれてこちらこそ感謝する」
彼女の言う、会って5回目というのは、コギ伯爵から婚約了承の手紙を貰ってからの回数だ。ゴリールやラトリスが、最愛の妻に会うたびにバラの数を増やして、12本目でプロポーズをしたという話を聞き、リオンやマーモティに薦められた。我ながら、こういうことは似合わないだろうとは思うものの、そうしようと決意した。
花に顔を近づけて、頬を染めて喜ぶ彼女は、まるで、真実の婚約者に会えて喜んでいる女性にしか見えない。ウォーレンは、彼女は気を使ってくれているだけだ、勘違いするなと、ともすればうぬぼれそうな自身の心に杭をうちこむのだった。
本人は、店員がやや引きつりながら「お似合いです」と言った言葉を信じるしかない。服など、動きやすくて防寒ができればいいと思っていた。なんなら、年がら年中、騎士服や、ノースリーブのシャツと訓練用のズボン、さらに寝巻があれば十分だと思っている。そんな彼は、勿論ファッションのファの字も知らなかった。
どこのイモ貴族だと嘲笑され言われかねない服に身を包んだ大男が、大輪の深紅のバラの花束を持ち、コギ伯爵の玄関前に現れたのだ。
そんな彼を初めて見て、まるで魔物の来襲のように、コギ伯爵家の中で驚愕であわただしく動き回る使用人たちの悲鳴にも似た言葉が出るのはもっともだろう。
ウォーレンの無駄に良すぎる耳に、そんな彼らの「お嬢様、早くお逃げくださいっ!」「あのような巨人、私がこの手で……!」「やめろ、無駄死にする気か!」というような、まるで前線に放り込まれたかのような阿鼻叫喚の言葉が聞こえる。
「皆、落ち着きなさい。きちんと、騎士団のレッサー様からお知らせがあったでしょう?」
「は? え? ええ? では、あの方が、お嬢様の?」
「約束の時間よりも2時間も早いではありませんか!」
「ふふふ、遅刻するような方じゃないの。ほら、皆、持ち場に戻って。とりあえず、客間にご案内しましょう」
そんな中、ほっとするような声が耳から体の隅々まで入ってきた。誰だと思うことはない。先日来、何度も会い、今後のことを話し合ってきた人なのだから。
「ウォーレン様、ようこそお越しくださいました。お忙しい中、わざわざ来ていただけて光栄です」
アイーシャが、ふんわりとしたワンピースの裾を翻しながら軽やかな足取りで、笑顔でこちらに駆けてくる。その表情は、自分を見て怖がっている様子はない。皆無だ。
それどころか、心から喜んでいるようにも見える。ウォーレンが、普段恐れられている自分の姿を一瞬忘れてしまうほど。
きらきらと、太陽が彼女を照らす。まるで神々に愛された特別な存在のように尊い光を放っていた。
「天使、か……?」
「何か仰いましたか?」
思わずつぶやいた言葉は、アイーシャには届かなかったようだ。駆けたことで乱れた髪を、右耳にかけながらきょとんと見上げてくる彼女のなんと愛らしいことか。内心身もだえしそうなほど、彼女の可愛い姿にどっどっと心臓が速く重いビートを刻む。
「いや、アイーシャ嬢。予定よりも早く着きすぎてしまい、申し訳ない」
せめて、仕事でいつもしているように、約束の時間の10分前にするべきだったとウォーレンは頭を下げる。だが、アイーシャは少しぷくっと頬を膨らませて彼を見上げた。
(しまった。やはり早すぎた。出直そう)
ウォーレンが、踵を返そうとした時、アイーシャから、予期せぬ非難の言葉が発せられた。
「約束、もうお忘れですか? この前お会いした際、ウォーレン様って呼んでいいって許可してくださって、しかも、私のこと、アイーシャって呼んでくださるって言ってたじゃないですか」
どうやら、到着が早かったことには怒っていないようだ。
婚約の話をする際に遣わしたレッサーと彼女が、「アイーシャさん」「レッサーさん」と、仲が良さそうに呼び合う様子を見て、面白くないと思っていた。だが、彼女が言い出した約束のおかげでその気持ちが払しょくされたのである。それから今日まで、他の男が呼んだことがないであろう「アイーシャ」という呼び名。彼女のことを「アイーシャ」と自然に呼べるように、ひとり部屋で何度も繰り返していた。
「あ……。すまない。あ、あ……アイ、……シャ」
「はい、ウォーレン様」
いざとなると、のどがひりついてうまく口にできない。戦場にいるよりも胸が高鳴る。不愉快なようでいて、かといって浸りたいような不思議な感覚は、彼女の笑顔で花開いたかのように軽くなった。
きっと、これほど無様な男はほかにはいないだろう。レッサーや部下たちのようにとまではいかなくとも、せめて普通に彼女と会話をしたい。ぐっと拳を握ると、手に持っていたバラの花束がぐしゃっと音を立てた。
「まあ、きれいなバラの花束」
ウォーレンの顔を見上げていたアイーシャが、音が鳴ったほうへ視線を移動させる。そして、ぱあっと嬉しそうに満面の笑顔になった。
「これを……」
体中どころか、顔面にも力が入り切っている。ウォーレンの今の表情は、まるで悪鬼と対峙しているかのように迫力がありすぎた。
アイーシャの後ろで控えているメイドたちから、重犯罪者のように警戒されていることなど、ウォーレンと花束だけを交互に見ている彼女は知りもしないだろう。
「私にくださるのですか? ありがとうございます。とても、嬉しいです。すごい、とっても素敵。いい香りぃ。えーと、たしか、数に意味があったわよね」
深紅のバラの数を、「ひとつ、ふたつ、みっつ……」と数えるアイーシャ。ぷるんとした小さな唇が、その都度形を変える様子に魅入る。
「わぁ、5本。あ、そうか、ウォーレン様とお会いするのは、今日で5回目ですものね。ふふふ、最初は1本、次は2本と数を増やしていただけるなんて、とっても素敵。今日は、´あなたに出会えて心から嬉しい´ですね。私もです。本当に、ありがとうございます」
「喜んでくれてこちらこそ感謝する」
彼女の言う、会って5回目というのは、コギ伯爵から婚約了承の手紙を貰ってからの回数だ。ゴリールやラトリスが、最愛の妻に会うたびにバラの数を増やして、12本目でプロポーズをしたという話を聞き、リオンやマーモティに薦められた。我ながら、こういうことは似合わないだろうとは思うものの、そうしようと決意した。
花に顔を近づけて、頬を染めて喜ぶ彼女は、まるで、真実の婚約者に会えて喜んでいる女性にしか見えない。ウォーレンは、彼女は気を使ってくれているだけだ、勘違いするなと、ともすればうぬぼれそうな自身の心に杭をうちこむのだった。
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