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目じりに涙を浮かべて笑うレッサーに、アイーシャはぷぅっと頬を膨らませて文句を言った。一体、何がそこまで笑いのツボにはまるほどおかしいのか。
「もう、レッサーさんってば、いきなりなんなんですか? 笑いすぎですよ!」
「は、ははっ……。いや、アイーシャさん、すみません。ははっ。あなただって、あんまりにも素直に答えすぎですよ。少しは警戒して誤魔化すとかしないと……ぷはっ!」
ひとしきり笑ったあと、レッサーは気分を変えるために唇をきゅっと結んだ。
「しかし、あなた、根拠もないのに、絶対に安全で安心できるところにいると信じてませんか? 伯爵領だって、子供たちを使った詐欺などの事件もありましたし、そこまで安全な場所で過ごしたわけではないでしょうに」
「それは、まあ、そうですけど……。でも、私たち家族は、ごくごく平凡な家庭ですよ。突発的な事故でもないかぎり、うちは平和そのものですから」
アイーシャは、あいだった頃の日本は本当に平和そのもので、平和ぼけとまで言われていたなと思い出す。こんな風に暗殺や派閥競争といった不穏な事件など無縁だったのだ。彼が言うように、自然と無防備になるのも無理はないのではないかと考える。
「あれ? レッサーさん、どうして子供たちのことをご存じなんですか?」
あの事は、レッサーこそ無縁だっただろう。なのに、田舎の小さな事件を知っているのか不思議に思えた。
「それにも、僕たちが見張っているディンギール公爵が一枚噛んでいたからですよ。そちらも、なんとなくはわかっていたのではないですか? とにかく、これ以上はここで話すのは危険でしょう。あなたは、もう少し、いえ、かなり危機感を覚えないといけません。少々失礼しますね」
「え? きゃあ!」
「アイーシャさん、本当に、僕のことを前向きに考えてくださるのですか? 嬉しいです。僕、絶対に幸せにして見せますから!」
レッサーは、告白にOKを貰えた純朴な令息のように喜び、アイーシャを抱きしめた。男性に抱きしめられるのは初めてだ。アイーシャは目を白黒させて、レッサーを突き飛ばしそうになった。
レッサーは、軟弱な優男のように見えて、相当鍛えているのだろう。びくともしない。アイーシャは彼の腕から逃れられず、気持ちが落ち着くまで彼の腕の中で身もだえを続けた。
「……やっと諦めて行ったか。アイーシャさん、このあと、僕と一緒に……。アイーシャさん?」
レッサーが何かつぶやきアイーシャを腕から解放し彼女を見下ろした。すると、アイーシャは耳まで真っ赤になって震えていた。
「アイーシャさん、すごく熱いです。あの、熱が出るほど具合が悪かったのですか? すぐに医者を……」
「熱なんかありませんっ! もう、いきなり何をするんですか。いきなり女の子を抱きしめたりしちゃダメなんです。びっくりしたじゃないですか」
アイーシャは、全身火が出るかのように真っ赤になりながら、とんっとレッサーの胸を押した。やっと彼から離れられて、胸を押さえながら深呼吸を繰り返す。
そんな彼女の様子は、小さな頃から騎士団で過ごしていた、恋人いない歴21年のレッサーには理解できなかった。これまでの任務でも、女性を保護する際に抱きしめたことはある。その際に、恥ずかしがられることはあっても、彼女のように真っ赤になって文句を言われたことはなかった。
「いや、あれは、アイーシャさんを狙っていた相手の目を誤魔化すためにしただけで……。あの、すみません。怒ってます?」
「ええ、怒ってます。セクハラで訴えますよ?」
「セクハラというものが何かわかりませんが、お叱りは後程きちんとお受けします。ですから、どうか今は僕と一緒にある場所に向かっていただけませんか?」
未だに体に熱がこもっている。アイーシャは、なんでこんな目に合うのかと、ぷりぷり怒りながらもついていった。
関係者にはすでに伝えられているのだろう。一見、わからないように作られている庭園の木の裏道をどんどん進む。
レッサーが、アイビーのカーテンに覆われた壁の一角を押すと、アイビーが四角い壁ごと内側に移動した。
「隠し扉? あの、私なんかに王宮のこういう場所を知らせていいのですか? 大丈夫なんですか?」
アイーシャは、脱出経路にも侵入経路にもなりかねない秘密のルートに案内されて尻ごむ。途方もない王家の秘密を知った以上、スパイ映画のように恐ろしいことになるのではと怖くなった。
「大丈夫ですよ。目くらましの魔法もかけられていますし、そもそもアイーシャさんはここまでの道を覚えていないでしょう?」
「それはそうですけれども」
完全に内心を見抜かれて面白がられている。笑いながらあっけらかんと答えるレッサーは、やっぱり少々憎たらしい。アイーシャは、つんっと顔を背けた。
先ほどまでとは違い、ややカビ臭く湿った狭い通路を、笑いを堪えて先を進む彼に連れていかれた先で、アイーシャは豪華な部屋にたどり着いた。
「もう、レッサーさんってば、いきなりなんなんですか? 笑いすぎですよ!」
「は、ははっ……。いや、アイーシャさん、すみません。ははっ。あなただって、あんまりにも素直に答えすぎですよ。少しは警戒して誤魔化すとかしないと……ぷはっ!」
ひとしきり笑ったあと、レッサーは気分を変えるために唇をきゅっと結んだ。
「しかし、あなた、根拠もないのに、絶対に安全で安心できるところにいると信じてませんか? 伯爵領だって、子供たちを使った詐欺などの事件もありましたし、そこまで安全な場所で過ごしたわけではないでしょうに」
「それは、まあ、そうですけど……。でも、私たち家族は、ごくごく平凡な家庭ですよ。突発的な事故でもないかぎり、うちは平和そのものですから」
アイーシャは、あいだった頃の日本は本当に平和そのもので、平和ぼけとまで言われていたなと思い出す。こんな風に暗殺や派閥競争といった不穏な事件など無縁だったのだ。彼が言うように、自然と無防備になるのも無理はないのではないかと考える。
「あれ? レッサーさん、どうして子供たちのことをご存じなんですか?」
あの事は、レッサーこそ無縁だっただろう。なのに、田舎の小さな事件を知っているのか不思議に思えた。
「それにも、僕たちが見張っているディンギール公爵が一枚噛んでいたからですよ。そちらも、なんとなくはわかっていたのではないですか? とにかく、これ以上はここで話すのは危険でしょう。あなたは、もう少し、いえ、かなり危機感を覚えないといけません。少々失礼しますね」
「え? きゃあ!」
「アイーシャさん、本当に、僕のことを前向きに考えてくださるのですか? 嬉しいです。僕、絶対に幸せにして見せますから!」
レッサーは、告白にOKを貰えた純朴な令息のように喜び、アイーシャを抱きしめた。男性に抱きしめられるのは初めてだ。アイーシャは目を白黒させて、レッサーを突き飛ばしそうになった。
レッサーは、軟弱な優男のように見えて、相当鍛えているのだろう。びくともしない。アイーシャは彼の腕から逃れられず、気持ちが落ち着くまで彼の腕の中で身もだえを続けた。
「……やっと諦めて行ったか。アイーシャさん、このあと、僕と一緒に……。アイーシャさん?」
レッサーが何かつぶやきアイーシャを腕から解放し彼女を見下ろした。すると、アイーシャは耳まで真っ赤になって震えていた。
「アイーシャさん、すごく熱いです。あの、熱が出るほど具合が悪かったのですか? すぐに医者を……」
「熱なんかありませんっ! もう、いきなり何をするんですか。いきなり女の子を抱きしめたりしちゃダメなんです。びっくりしたじゃないですか」
アイーシャは、全身火が出るかのように真っ赤になりながら、とんっとレッサーの胸を押した。やっと彼から離れられて、胸を押さえながら深呼吸を繰り返す。
そんな彼女の様子は、小さな頃から騎士団で過ごしていた、恋人いない歴21年のレッサーには理解できなかった。これまでの任務でも、女性を保護する際に抱きしめたことはある。その際に、恥ずかしがられることはあっても、彼女のように真っ赤になって文句を言われたことはなかった。
「いや、あれは、アイーシャさんを狙っていた相手の目を誤魔化すためにしただけで……。あの、すみません。怒ってます?」
「ええ、怒ってます。セクハラで訴えますよ?」
「セクハラというものが何かわかりませんが、お叱りは後程きちんとお受けします。ですから、どうか今は僕と一緒にある場所に向かっていただけませんか?」
未だに体に熱がこもっている。アイーシャは、なんでこんな目に合うのかと、ぷりぷり怒りながらもついていった。
関係者にはすでに伝えられているのだろう。一見、わからないように作られている庭園の木の裏道をどんどん進む。
レッサーが、アイビーのカーテンに覆われた壁の一角を押すと、アイビーが四角い壁ごと内側に移動した。
「隠し扉? あの、私なんかに王宮のこういう場所を知らせていいのですか? 大丈夫なんですか?」
アイーシャは、脱出経路にも侵入経路にもなりかねない秘密のルートに案内されて尻ごむ。途方もない王家の秘密を知った以上、スパイ映画のように恐ろしいことになるのではと怖くなった。
「大丈夫ですよ。目くらましの魔法もかけられていますし、そもそもアイーシャさんはここまでの道を覚えていないでしょう?」
「それはそうですけれども」
完全に内心を見抜かれて面白がられている。笑いながらあっけらかんと答えるレッサーは、やっぱり少々憎たらしい。アイーシャは、つんっと顔を背けた。
先ほどまでとは違い、ややカビ臭く湿った狭い通路を、笑いを堪えて先を進む彼に連れていかれた先で、アイーシャは豪華な部屋にたどり着いた。
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