完結 (R18)転生伯爵令嬢は、強面騎士団長に甘えられたい

にじくす まさしよ

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 ディアンヌは、あの時の子どもとは違い自分で考えて行動することが出来る。ただ、通常であれば家の体裁もあり、傍若無人な態度は取らないだろう。アイーシャは、ハートとピーチの会話を聞きながら、母と同じくこの件に深入りしてはならないという結論にたどり着いた。

 実は、アイーシャの調べによると、例の詐欺集団には黒幕がいることがわかっていた。支部を取り仕切っていた男爵から情報を聞き出し、さらに上の存在のしっぽを捕まえかけたところで、男爵が事故死したのである。
 ディンギール公爵の系譜の者が男爵と頻繁にやり取りをしていたという証言があったにもかかわらず、その事故死のタイミングで、中央政府から捜査打ち切りを指示された。
 結局、全ては闇の中のまま、男爵の責任だったということで幕が下りたのである。

 アイーシャは、前世の政治ニュースの数々を思い出し、小さくため息をつく。

 ディンギール公爵令嬢を結果的に無罪放免とした騎士団を、母は信用するに足りず、もしかしたら過去の事件となんらかの関わりがあるのではないか、と疑っているのだと思った。ならば、アイーシャも思うところはあれども関わらないほうが、卑怯で保守的かもしれないけれどなのだろう。

(ウォンバート家がそうだとは思えないけれど、いろいろ複雑なんだろうな。うちではかないっこないだろうし。他人様のことをどうこう言えないわね。それにしても、政治って清廉潔白ではない人たちもいるのはどこの世界も同じね)

「ピーチ様、お母様の申します通り、私はもう大丈夫です。ピーチ様がたもご納得の上のご判断でしょうし。雲の上の方に気にかけていただいたうえ、こうしてお話してできただけでも十分です。ふふ、私には、もう二度とない機会でしょうから、家宝のように語り継ぎたいと思います」
「そうか……」

 それは、アイーシャがウォーレンとの関りを、今後一切断つと言ったも同然だった。いくら好きでも、下手に厄介ごとに巻き込まれては自分だけでなく家族や周囲に迷惑をかける。

(お嫁さん候補とご結婚なさるウォーレン様とは、どうこうなる可能性なんてこれっぽっちもないけれど。うん、大丈夫。まだ、大丈夫なはず。推し活のような淡い気持ちは、幸せな今の思い出と一緒にこれっきりにして、何も気づくことすらなかった前みたいに領地で暮らすほうが幸せなのよ)

 心の中で、憧れ以上初恋未満だったウォーレンを思い出し、瞳と共にその姿を心の奥底へと、そっと閉じ込めた。

 ピーチは、まさか、アイーシャが家のためにウォーレンに心の中で別れを告げているなど思わずに、よく似た母娘を見つめる。ハートが懐柔出来なければ、まだ扱いやすそうなアイーシャから落とそうと考えていた。だが、若年であるはずのアイーシャからは、まるで40歳くらいの壮年期のような思慮深さと曲げない意思が伺える。

「私も耄碌したものだ。ふたり同時に振られるとはな。この親にしてこの子ありと言ったところか。いやはや、ふたりがあと50年早く生まれてくれていたら、絶対に部下に引き入れた。そうすれば、仕事を楽に進められただろうに」
「ふふふ、お褒めいただきありがとうございます。でも、母も私も平和主義者ですから。ピーチ様も、そうでございましょう?」
「ははは。騎士団長として敵味方から、紅に染まるトールハンマー最強の鎚を持つ雷神と呼ばれた私を、平和主義者だと言ったのはアイーシャさんが初めてだ。だが、そうだな。私はいつでも平和を願いながら真逆の行為を続けていたのかもしれない」

 ぽつりと、どこか寂しそうにつぶやくピーチが何を思っているのか、この世界では彼女の4分の1以下の年齢しか重ねていないアイーシャには想像もつかない。
 だが、どことなくピンと張り詰めていた空気が柔らかくなった。マーモティが淹れたお茶を飲み、普通の世間話で盛り上がる。

「そういえば、私用があると仰ってましたよね? どういったご要件でしょうか?」
「ああ、それはな。うちのひ孫とのことだったんだが、もういい、忘れてくれ」

 これ以上は、互いに関わらないほうがいいだろうと、ピーチがそう言った時、ドアからウォーレンが入ってきた。

「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。コギ伯爵夫人、アイーシャさん、どうぞ顔を上げてください」

 アイーシャは、凛々しいウォーレンの、体の芯まで震えそうなほど低い声を聴き、心がざわめきだす。

(ダメよ。今のうちに諦めるって決めたじゃない。さっきの決心はなんだったの? バカバカ、忘れなきゃ。大丈夫、明日からここにさえ来なかったら、すぐに忘れられる、はずよ)

 家柄もなにもかも、ウォーレンにお似合いのという顔が見えない女性を思い浮かべる。騎士服の正装で、ウェディングドレスを着たその人と結婚式で幸せそうに微笑み合う姿を思い描いて、胸がきゅうっと熱く苦しくなった。

 鼻がつんと痛む。瞼の中をじわじわと涙が浸食してきた。

 見たこともない、その令嬢が羨ましくて妬ましい。どうして自分ではいけないのか。考えてもどうしようもない愚かでみっともない気持ちでいっぱいになる。

(……泣いちゃダメ。こんな、こんな汚い感情なんて、持っちゃダメ。ダメなのに……)

 アイーシャの心中を察してか、ハートがそっと手を握る。娘の気持ちのためには、荒れ狂う感情のまま結論を出さないほうがよかったのかもしれない。おそらくは初恋だっただろう我が子の想いを、家のために犠牲にして良かったのかと後悔したが、相手が悪すぎる。巨大すぎる権威の前に、自分たちはなんと無力な事だろうと、結論を先延ばしにしたとしてもどうにもならない現状に唇をきゅっと結んだ。

「……アイーシャ、そろそろお暇しましょう」
「うん……」

 帰りはウォーレンが直々に送ってくれるというありがたい申し出は、今のアイーシャにとって、辛く、悲しく、そして、ほんの少しの幸せをもたらしたのであった。



 
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