上 下
16 / 43

13 ほのぼの伯爵家は、敵には容赦ない

しおりを挟む
 アイーシャは、こういう時の母が本気で怒っているのを知っていた。普段は、父や自分がやらかしたとしても、大抵のことは許してくれる寛大な母である。

 以前、父が獣化している時に、人間の小さな子のいたずらが過ぎてケガをした事があった。人化も出来ないほど痛みを生じるほど、後ろ足の角度が曲がっていたのである。
 父は、避けなかった自分も悪いし、何よりも、その子が「わんちゃん、ごめんね、ごめんねぇ」と、涙を流して反省していたので許す気だったようだ。

 しかし、母は許さなかった。その子ではなく、保護者を。

 なぜなら、子どもの保護者は謝罪するどころか、「子供のしたことだから~」とニヤニヤしているだけ。さらに、父の足からは血が出ており、その血がついたとこちらにクレームを入れる始末。

「ええ、お子さんがしたことですもの。お子さんには罪は一切ありませんわ。せっかくのお洋服が汚れてしまったわね。大丈夫かしら?」
「うちのコをこんなに泣かせて。一体、どうしてくれるの?」

 母は、父を優しく抱っこしながら腰を落として泣きじゃくる子どもに優しく声をかけた。子どもが落ち着いたあと、子どもを泣かせたお詫びとともに、保護者に洋服代の支払いなどをするからと住所など個人情報を聞き出す。
 うまくやったとほくそ笑む保護者に頭を下げて見送った。

 それから数日後、母は約束通り子どもへの慰謝料と洋服代を詫びの品とともに送った。思った以上の金額が手に入り、保護者は暫くの間豪遊していたようだ。

 しかし、それだけで終わったわけではない。その半年後、父の治療費と慰謝料を請求したのである。

 父の足は骨折しており、莫大な治療費がかかる治癒の魔法使いを雇い、完全に治るまで半年間治療に専念させたのである。治療費だけでも、普通の平民なら財産を処分しても足らないほどの金額だった。
 さらに、その間父は仕事が出来なかったので、その分の補償や会社の損失もオプションでもれなく付け加えるのも忘れない徹底ぶり。

 コギ伯爵家は、没落寸前の頃ならともかく、今や右に出る者はいないほどの大企業のトップだ。儲かっているため、領地の税金は安めに設定されているが、彼の年収は領地の半年分の税収を上回る。
 
 完全に、こちらを小金持ちの平民だと思っいた相手は、突然来た請求書に驚いた。そして、書面に領主であり伯爵と記されていることから、顔を真っ青にして謝罪に来たのである。

 彼らは応接室に着くなり、ソファに座りもせず床に土下座した。勢いよく膝と頭から大理石の床に沈んだため、ガチンゴチンと凄まじい音が鳴る。

「こ、この度は、うちのコが大変しつれいいたしましたあっ! こいつの処分はいかようにも、伯爵様の思うままになさってくださいいいいっ!」
「ま、まさか、伯爵様とは思わず……。どうか、どうかお許しを。うちのコを許せないお気持ちはわかります。ですが、私たちは精一杯育てていただけで。乱暴もので手を焼いていて。ほら、お前がしでかしたことなんだから、頭をさげろっ!」
「ごめんなさい、ごめんなさいぃ……僕、僕……」

 保護者は、例の子どもの首を掴み、ガンっと頭を床に打ちつけるように下げさせた。

「そう、その子の処分は好きにしていいのね?」

 三人の頭の上から、母の冷静すぎる声が降り注ぐ。彼らはびくりと体を大きく震わせた。

「はい、勿論でございます。煮るなり焼くなり、なんなら売り飛ばしていただいても」

 母の言葉に、自分たちは助かったと思ったのか、饒舌にすらすら言葉を続ける。

「……ごめんなさい」

 彼らに「売り飛ばしていい」と言われた子からは、小さな鳴き声すら聞こえなかった。壊れた人形のように、「ごめんなさい」のいつつの文字を繰り返す。
 あの日、子供らしく素直に泣きながら誤り続けていたというのに。

「娘が調べたのだけれど、その子、半年前に孤児院から引き取ったのですってね。血の繋がりのない子を育てるのは大変だったでしょう?」
「ええ。それはもう。私らは世に少しでも貢献するために引き取ってやったのに、こいつときたら毎日反抗的な態度で困らせるばっかりだったのです」
「トラブル続きで、困っておりました」
「そう、本来なら孤児たちの養育は領主である私どもの努め。これを機に養子縁組を破棄なさったらいかが?」
「1度結んだ養子縁組は、なかなか白紙にはならなくて」
「新たな保護者がいれば出来るわよ。それは、うちが引き受けましょう」
「しかし、こいつにかかったこれまでの養育費が……それに、半年とはいえ、かわいい我が子を手放すなど……」

 数分前、「手を焼く厄介者」「売り飛ばせ」と言った口が、それを忘れたのか親子の情を訴えて来た。呆れ果てながらも、治療費と慰謝料を減額するかわりに、予め準備していた子どもの親権など、ありとあらゆる権利を手放す書類にサインする。

 口にしたこともない高価なお茶とお菓子をたらふく食べたあと、小遣い程度の慰謝料まで減額になり、スキップしそうなほどの軽い足取りで去っていった。

 アイーシャは、感情が抜け落ちたかのように微動だにしない子どもの前に膝まづいて、視線をあわせる。   

 そこに、ベッドに臥せったままだという設定の、獣化状態の父が来た。肩を落とし、うつむく子どもの頬をぺろぺろ舐めて慰め始める。

「わんわん(辛かったね。怖い大人は、私の妻がやっつけてくれたから、もう大丈夫だ)」
「……あ、わんちゃん。……りょうしゅさま、あの時は、ごめんなさい。僕、あの人達に言われて……でも、あんなふうに大きなケガをさせるつもりはなかったんです」
「あのね、あのふたりが、子どもをけしかけて難癖をつけ慰謝料を請求する常習犯だったことは、娘の調査でわかっていたの。このままにもしておかないから、心配しないで」
「あの、伯爵夫人様……?」
「ふふふ、後のことは大人に任せて。君みたいな子を何人も保護しているところがあるの。これからは、そこでいっぱい遊んで、お勉強をして過ごせばいいわ」

 アイーシャが子どもを連れて部屋を出ていったあと、伯爵夫妻は長い間話をしていた。

 そして、数週間後。

 かれらの事が書かれた新聞が出回る。そこには、孤児院から不当に子どもを引き取り、その子達を利用した詐欺師たちのアジトが一斉摘発されたと書かれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~

ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」 アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。 生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。 それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。 「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」 皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。 子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。 恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語! 運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。 ---

麗しの勘違い令嬢と不器用で猛獣のような騎士団長様の純愛物語?!

miyoko
恋愛
この国の宰相であるお父様とパーティー会場に向かう馬車の中、突然前世の記憶を思い出したロザリー。この国一番の美少女と言われる令嬢であるロザリーは前世では平凡すぎるOLだった。顔も普通、体系はややぽっちゃり、背もそこそこ、運動は苦手、勉強も得意ではないだからと言って馬鹿でもない。目立たないため存在を消す必要のないOL。そんな私が唯一楽しみにしていたのが筋肉を愛でること。ボディビルほどじゃなくてもいいの。工事現場のお兄様の砂袋を軽々と運ぶ腕を見て、にやにやしながら頭の中では私もひょいっと持ち上げて欲しいわと思っているような女の子。せっかく、美少女に生まれ変わっても、この世界では筋肉質の男性がそもそも少ない。唯一ドストライクの理想の方がいるにはいるけど…カルロス様は女嫌いだというし、絶対に筋肉質の理想の婚約相手を見つけるわよ。 ※設定ゆるく、誤字脱字多いと思います。気に入っていただけたら、ポチっと投票してくださると嬉しいですm(_ _)m

兎獣人《ラビリアン》は高く跳ぶ❗️ 〜最弱と謳われた獣人族の娘が、闘技会《グラディア》の頂点へと上り詰めるまでの物語〜

来我 春天(らいが しゅんてん)
ファンタジー
🌸可愛い獣人娘🐇のアクション感動長編❗️ 🌸総文字数20万字超を執筆済み❗️ 🌸ハッピーエンドの完結保証❗️ 🌸毎日0時、完結まで毎日更新❗️ これは、獣人族で最も弱いと言われる兎獣人の娘が 彼女の訓練士と共に、闘技会《グラディア》の頂点に立つまでの物語。 若き訓練士(トレーナー)のアレンは、兎獣人(ラビリアン)のピノラと共に 古都サンティカの闘技場で開催される闘技会《グラディア》に出場していた。 だが2年もの間、一度として勝利できずにいた彼らはある日の夜 3年目の躍進を誓い合い、強くなるための方法を探し始める。 20年前、最強と言われた兎獣人の訓練士をしていたシュトルと言う人物を訪ね 新たなトレーニングと、装備する武具について助言を得るために交渉する。 アレンはシュトルとの約束を果たすべく日々の労働に励み、 ピノラはアレンとの再会を胸にシュトルの元で訓練の日々を過ごした。 そしてついに、新たな力を得たピノラとアレンは 灼熱の闘技会《グラディア》の舞台へと立つ。 小柄で可憐な兎獣人ピノラは、並居る屈強な獣人族の選手たちを次々と倒し その姿を見た人々を驚愕の渦へと巻きこんで行く❗️ 躍動感ある緻密なアクション描写あり❗️ 相思相愛の濃密な恋愛描写あり❗️ チート・転生なしの純粋ハイファンタジー❗️ 可愛らしい兎獣人の少女が最高の笑顔を手に入れるまでの物語を ぜひご覧くださいませ❗️ ※1 本作は小説家になろう様、カクヨム様、アルファポリス様、ノベルアップ+様にて同時掲載しています。 ※2 本作は各種コンテストへの応募および結果により、予告なく公開を停止する場合がございます。 ※3 本作の作中およびPR等で使用する画像等はすべてフリー素材を使用しております。 作中音楽:魔王魂、DOVA-SYNDROME

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...