完結 (R18)転生伯爵令嬢は、強面騎士団長に甘えられたい

にじくす まさしよ

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 ひとしきり泣いて目が腫れあがった頃、アイーシャはようやく落ち着いてきた。騎士たちの訓練も終わったのか広場にも誰もいない。訓練場に自分たちしかいなく、しんと静まり返っている。

「アイーシャ、そろそろ帰りましょうか。今日はもう終わりのようね。後日、また来ましょう」
「はい、お母様」

 孤児であった前世では知らなかった母の温もりはこういうものだったのかと、じんと胸が熱くなる。せっかく引っ込んだ涙が、また目の表面に膜を張りだした。

「あらあら。ふふふ、いつも明るいのに、まだまだ甘えん坊のようね」
「ぐすっ、だって……。あのね、私、お母様たちの娘に生まれて本当に良かったなって、思って」
「ふふふ、親冥利につきるわね。お父様が聞いたら、全財産使ってでも、あなたの欲しいものを買ってくれそうよ」
「ふ、ふふ、ぐすっ。お母様、大好き」
「お母様も大好きよ。お父様もね」
「うん」

 その様子をほほえましく見ていたのは、ピーチに依頼されてふたりを呼びに来たマーモティだ。生まれたばかりの娘を思い出す。彼は、アイーシャのようにかわいくて元気な子に育ち、「お父様、大好き。大人になったらお父様のお嫁さんになる」と言われたいほどの子煩悩である。

 ハートが、そんなマーモティに気づき軽く会釈する。それに合わせて、アイーシャも目をしょぼしょぼさせながらハンカチで目を押さえ頭を下げた。

 今日はウォーレンにもう会えないのかと思うと、名残惜しい。ピーチが言っていたように、彼には結婚相手がいる。だというのに、こうして切なく苦しい気持ちになるなんて、未練がましく女々しすぎて苦笑する。こんなにも異性を想うのは、前世含めて初めてのことで、コントロールが効かない自分の気持ちを持て余した。

「副騎士団長様、そろそろお暇しようと思います。とっくに訓練が終了していたというのに、気づかず長々と訓練場に居座りご迷惑をおかけしました。騎士団長様がたには、後日改めてお礼を……」
「コギ伯爵夫人、アイーシャ嬢、お待ちください。そろそろ日が落ちます。第二部隊が守っているため治安は良いほうですが、ピーチ様の恩人であるあなたをこのまま帰すわけにはまいりません。帰宅するまで責任を持ってお送りしますので、どうか帰る前にピーチ様にお会いしていただけませんか?」

 タイガー国の英雄であるピーチの願いを断るわけにはいかない。それに、アイーシャ自身も、長時間罵詈雑言をあびせられていたピーチが落ち着いたかどうか気になっていた。
 アイーシャが嫌がるようなら連れて帰るつもりだったが、彼女の気持ちを察してハートはマーモティの申し出に頷いた。

 案内されたのは、騎士団にある最上級の応接室。煌びやかな装飾はないが、丁寧に管理された調度品や家具からは落ち着いた気品が感じられた。王宮などに比べると格段に落ちるが、貴賓を案内するために用意されている部屋だということがわかる。

「コギ伯爵夫人、急な申し出に応じてくれて感謝する。アイーシャさんも、早く家に帰りたかっただろうが、この年寄のわがままを聞いてくれてありがとう」
「もったいないお言葉でございます。ピーチ様もご無事のようで安堵いたしました」
「と、とんでもございません。私もピーチ様にお会いしたくて、その、あの……」

 ピーチは、またもや緊張してしまったアイーシャを見て微笑む。そして、彼女のことだけを心配し続けているハートの厳しくも温かい瞳をまっすぐに見つめた。

「優しい子だ。コギ伯爵は、こんなにもすばらしい娘を持つことができ、幸せなことだろう。さて、時間もないし、そもそも私は社交界のようなまどろっこしいことは苦手でな。さっそく本題に移そうと思う。コギ伯爵夫人、ここに来てもらったのは個人的な用事があるほかにも、アイーシャさんにも無礼を働いた人物に関することだ」
「ディアンヌ公爵令嬢のことなら、こちらの判断におまかせします。そもそも、彼女はピーチ様に狼藉を働いていたのです。娘は渦中に自ら入っただけで無関係だと思います。確かに、彼女の剣幕に狼狽しましたが、傷ひとつありません。娘も彼女に対してどうこうして欲しいなど考えておりません。それに、あの場はあのように収められましたが、あのあと、彼女はほぼ無罪放免のような扱いで早々に帰宅しているのでは?」

 ピーチは、一見優しくたおやかで従順に見えるハートが、芯はかなり強く骨が折れる相手だと口元に笑みを浮かべながら目を細めた。
 コギ伯爵は王都の社交界にあまり顔を出さない。政治的な組織や派閥競争とは無縁だと思っていた相手が、正確な情報を得ている様子を見て舌を巻く。あえて、周囲に警戒されないように社交界に疎いと思わせていただけだったということがわかった。

 彼女からは警戒と、若干の敵意が感じられた。間接的にではあるが、ハートにとっては、事を収める力があるにも拘らず、彼女を好き放題させていたピーチも同罪なのだ。

「なんとまあ。コギ伯爵夫人の慧眼、恐れ入る。私の部下に欲しかったよ」
「ご冗談を。ピーチ様、娘はすでに過分な礼はいただいております。これ以上は、どうぞお気になさらず」

 ハートは微笑みながらも、ピーチがしゃべる隙を与えないつもりだ。アイーシャが珍しい発明品を開発したとして、ハートも伯爵とともに没落寸前だった伯爵家を、今のように繁栄させたのだ。一筋縄でいくはずもない。しかも、今回は大事なひとり娘のことである。絶対に折れないだろう。

 今のハートは、礼も謝罪も受け取るつもりはない。受け入れてしまえば、ディンギール公爵家から目を付けられかねない。微笑みという武器ひとつでピーチ含め関係者全員からアイーシャを守ろうとするハートを見て、ピーチは母子をますます気に入った。
 



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