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8−2 強面騎士団長は、毎日がアンニュイ
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「団長、団長~。もう、還ってきてくださいよ。訓練場に行かなくなってから、二週間ほど変ですよ」
「ん? ああ? 還ってこいだなど。オレはまだ生きているぞ。それに、まだ二週間経ってないだろ」
ウォーレンが訓練場に行かなくなり、騎士団の雰囲気が以前に戻った。執務室にいる彼の周囲を除いては、だが。
今日も今日とて、訓練場にいる騎士たちの活気ある声や、ウォーレンが行かなくなったことで開始時間から終了時間まで耳に障るほどの黄色い声が聞こえる。
「そういえば、アイーシャさんも訓練場に顔を見せなくなったようですね」
「……」
(そりゃ、あれだけオレが怖がらせてしまったからな。誰だって二度と来ないだろう)
「そろそろ、団長のご家族が来られる時間では?」
「ああ。来なくていいと言っているのだが、ありもしない噂を聞いて、わざわざやってくるらしい」
「ああ、可愛い伯爵令嬢との恋の噂話ですね。当たらずとも遠からずだったと思ったのですがねぇ」
「マーモティ、お前も見ただろう? 彼女も、他のご令嬢と同じように恐怖に震え上がっていたではないか」
「あれは、怖がっているというよりは、極度の緊張状態だけだったように見えましたけどねぇ」
「その話はもう終わりだ。はぁ、あの方の誤解をとかねばならんと思うと気が重いが、そろそろ迎えに行く」
始まる前に砕け散った噂話を聞き、目を輝かせてやってくる親族の満面の笑顔がありありと目に浮かぶ。
ウォーレンは、閉じ込めて消したはずの彼女の笑顔を思い出し、大きなため息を吐き出すと立ち上がった。
「おや? まだいらしてないのでしょうか?」
「好奇心旺盛な方だからな。じっとしていられないのだろう。おい、客人はどこだ?」
「はい、僕は、お客様を、こちらに案内しました! た、ただ、お茶を準備して戻ると、おられなくなっていて。訓練場の場所をお聞きになられていたので、おそらく訓練場におられるかと。勿論、そちらに別の者が迎えに行っておりますです、はいっ!」
目当ての人物は、とっくに門の側に用意されている応接室に案内されているはずだった。騎士団長と副団長ふたりに詰め寄られ、騎士見習いの少年はガチガチに固まり、叫ぶように答えた。
「相変わらずお元気のようですね。安心しました」
「はぁ、年相応に大人しくしてくださっていればいいのだが」
「まあまあ、若い頃は騎士団長を努めておられた女傑じゃないですか。現に、杖すらつかず歩けるだけでもご立派です。ただ、気力だけでは、ゆっくりな動きをどうにもできない部分が多いですからね。とにかく、訓練場に向かいましょうか」
「そうだな。転けたくらいでは骨折はなさらないと思うが……。早くいかないと、年甲斐もなく訓練に混ざりたいと言い出しかねない」
「幼い頃に1度見させていだたいた、素晴らしい剣技を見たいものです」
「無茶言うな。今剣などを振り回したら、腕が折れてしまう」
目的の場所に近づくと、女性の怒鳴り声が聞こえた。内容を聞く限り、高齢者とぶつかったようだ。
「あああ、団長まずくないですか?」
「事故のようだが、ご高齢の方に、敬意を持たずどなるなどありえんな……。一体、どんな女性だ」
「いや、それもそうなんですが、私が心配しているのはその女性のほうなんですってば! 早く行かないとどうなることか」
「ん? ああ? 無礼者にはそれ相応の報いを与えるべし。花には花束を、縫い針には特大の杭を。うちの家訓くらい覚えているだろ? 今のところは様子を見ておいでのようだ。大丈夫だろう」
「ですから、大丈夫なうちに止めにいかなきゃならないでしょーが!」
ふたりの足が速くなる。騎士たちを見に来る女性の中には、マナーがよろしくない人物が一定数いる。怒鳴っている女性は、魔物のような恐ろしい顔をしているだろう。
(きっと、アイーシャなら優しく接するだろうなぁ)
「ちょっと、あなた! おばあさんは悪くないのに謝っているじゃない。落ち着いて、いい加減にしたらどう?」
(そう、こんな風にきっと助けにはいるはずだ……んんん????)
「ん? ああ? 幻聴が聞こえだしたようだ……」
忘れたくても忘れられない女性を思い出したからか、愛らしい声が耳に届いた。思った通り、高齢者をかばっているようで、なぜか誇らしい気分になる。
「団長、団長。幻聴じゃないようですよ。別の意味でヤバくなってきてませんか?」
「ん? ああ? ああ!? なんで彼女がここに? しかも、なんだって、あんなことに!」
「うわ、マジでヤバいですってー!」
マーモティが慌てて叫ぶ。すると、言い終わらないうちに、眼の前にいたはずのウォーレンの姿が消えた。
「ん? ああ? 還ってこいだなど。オレはまだ生きているぞ。それに、まだ二週間経ってないだろ」
ウォーレンが訓練場に行かなくなり、騎士団の雰囲気が以前に戻った。執務室にいる彼の周囲を除いては、だが。
今日も今日とて、訓練場にいる騎士たちの活気ある声や、ウォーレンが行かなくなったことで開始時間から終了時間まで耳に障るほどの黄色い声が聞こえる。
「そういえば、アイーシャさんも訓練場に顔を見せなくなったようですね」
「……」
(そりゃ、あれだけオレが怖がらせてしまったからな。誰だって二度と来ないだろう)
「そろそろ、団長のご家族が来られる時間では?」
「ああ。来なくていいと言っているのだが、ありもしない噂を聞いて、わざわざやってくるらしい」
「ああ、可愛い伯爵令嬢との恋の噂話ですね。当たらずとも遠からずだったと思ったのですがねぇ」
「マーモティ、お前も見ただろう? 彼女も、他のご令嬢と同じように恐怖に震え上がっていたではないか」
「あれは、怖がっているというよりは、極度の緊張状態だけだったように見えましたけどねぇ」
「その話はもう終わりだ。はぁ、あの方の誤解をとかねばならんと思うと気が重いが、そろそろ迎えに行く」
始まる前に砕け散った噂話を聞き、目を輝かせてやってくる親族の満面の笑顔がありありと目に浮かぶ。
ウォーレンは、閉じ込めて消したはずの彼女の笑顔を思い出し、大きなため息を吐き出すと立ち上がった。
「おや? まだいらしてないのでしょうか?」
「好奇心旺盛な方だからな。じっとしていられないのだろう。おい、客人はどこだ?」
「はい、僕は、お客様を、こちらに案内しました! た、ただ、お茶を準備して戻ると、おられなくなっていて。訓練場の場所をお聞きになられていたので、おそらく訓練場におられるかと。勿論、そちらに別の者が迎えに行っておりますです、はいっ!」
目当ての人物は、とっくに門の側に用意されている応接室に案内されているはずだった。騎士団長と副団長ふたりに詰め寄られ、騎士見習いの少年はガチガチに固まり、叫ぶように答えた。
「相変わらずお元気のようですね。安心しました」
「はぁ、年相応に大人しくしてくださっていればいいのだが」
「まあまあ、若い頃は騎士団長を努めておられた女傑じゃないですか。現に、杖すらつかず歩けるだけでもご立派です。ただ、気力だけでは、ゆっくりな動きをどうにもできない部分が多いですからね。とにかく、訓練場に向かいましょうか」
「そうだな。転けたくらいでは骨折はなさらないと思うが……。早くいかないと、年甲斐もなく訓練に混ざりたいと言い出しかねない」
「幼い頃に1度見させていだたいた、素晴らしい剣技を見たいものです」
「無茶言うな。今剣などを振り回したら、腕が折れてしまう」
目的の場所に近づくと、女性の怒鳴り声が聞こえた。内容を聞く限り、高齢者とぶつかったようだ。
「あああ、団長まずくないですか?」
「事故のようだが、ご高齢の方に、敬意を持たずどなるなどありえんな……。一体、どんな女性だ」
「いや、それもそうなんですが、私が心配しているのはその女性のほうなんですってば! 早く行かないとどうなることか」
「ん? ああ? 無礼者にはそれ相応の報いを与えるべし。花には花束を、縫い針には特大の杭を。うちの家訓くらい覚えているだろ? 今のところは様子を見ておいでのようだ。大丈夫だろう」
「ですから、大丈夫なうちに止めにいかなきゃならないでしょーが!」
ふたりの足が速くなる。騎士たちを見に来る女性の中には、マナーがよろしくない人物が一定数いる。怒鳴っている女性は、魔物のような恐ろしい顔をしているだろう。
(きっと、アイーシャなら優しく接するだろうなぁ)
「ちょっと、あなた! おばあさんは悪くないのに謝っているじゃない。落ち着いて、いい加減にしたらどう?」
(そう、こんな風にきっと助けにはいるはずだ……んんん????)
「ん? ああ? 幻聴が聞こえだしたようだ……」
忘れたくても忘れられない女性を思い出したからか、愛らしい声が耳に届いた。思った通り、高齢者をかばっているようで、なぜか誇らしい気分になる。
「団長、団長。幻聴じゃないようですよ。別の意味でヤバくなってきてませんか?」
「ん? ああ? ああ!? なんで彼女がここに? しかも、なんだって、あんなことに!」
「うわ、マジでヤバいですってー!」
マーモティが慌てて叫ぶ。すると、言い終わらないうちに、眼の前にいたはずのウォーレンの姿が消えた。
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