完結 (R18)転生伯爵令嬢は、強面騎士団長に甘えられたい

にじくす まさしよ

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 騎士団長が自分に声をかけてくれたという、今世紀最大の幸せなひと時のあと、アイーシャは夢うつつの中を過ごしているかのように体がふわふわしていた。心にひっぱられたせいか、体にも影響を及ぼしたのか微熱まで出る始末。
 騎士団長を思い出しては四六時中ぼうっとしてしまい、両親にいたく心配され、重病人扱いにされる。いくら、病気じゃないから騎士団に行きたいと言っても聞いてくれず、解熱するまでの10日間、ほぼベッド上で過ごすことになった。

「ねぇ、お父様、お母様、もういいでしょう? 最初から言っているように、病気でもなんでもないの。元気いっぱい、勇気1万倍アンパンおじさんマンなのよ? そろそろ騎士団に行かせて?」
「いや、アンパンおじさんマンはよくわからないが、アイーシャが元気だというのはわかった。だがな、やっと熱が下がったばかり。せめて、あと一週間はダメだ」

 ここ数日、同じやり取りを耳にイソギンチャクが生えるほど繰り返していた。その都度、父である伯爵は首を横に振る。ならば、最後の手段とばかりに、父の横で心配してくれている母にすがる。

「むぅ~。お母様、お母様ならわたしの気持ちをわかってくれるわよね? ね?」
「ふふ、私はいつだってアイーシャの味方よ。お父様は、アイーシャをウォーレン様にとられそうでスネているだけなのよ」
「え、そうなの? やっだ、お父様ったら。騎士団長様とは、そんな仲じゃ。やっだぁ、もう~。気が早すぎるわよぉ」

 体調がもう大丈夫そうだと、母が微笑みながら可愛い娘の初恋を応援しようと援護する。アイーシャは、ウォーレンとの仲もなにも、彼と言葉を交わしたことすらはあれだけなのに、ハッピーウェディングを思い浮かべて手を頬にあて照れてしまった。

 彼女の指摘通り、伯爵の父親としての複雑な感情と矜持が、アイーシャの願いを邪魔している側面があるのも事実。

「な、違うぞ。断じて、違う。私はただ、アイーシャの体調を、だな」
「はいはい、そうよね。断じて違うのよね。アイーシャ、熱が下がってすぐはいくらなんでもお父様の言う通り、私も許可はできないわ。そうねぇ、3日後に私と一緒に行きましょうか。そうすれば、お父様だって安心なさるわ」
「やった! お母様、大好き」

 母の言葉を聞いたアイーシャは、ベッドから飛び起きて抱き着いた。元気はあるものの微熱が続いたために痩せた娘の体を、そっと抱きしめ返す。

「な、私は許可など……おーい、ふたりとも、少しは私の話を聞いてくれ……そうにないな。はぁ……、なんだってよりにもよって、騎士なんだ。アイーシャには、もっとこう、年齢も容姿も財力も兼ね備えた男がだな。彼は、確かに財力はある。地位も、申し分ないが……いやいや、ダメだ、ダメだ。アイーシャは誰にもやらんぞ」

 長い溜息と、こうなったら自分の発言権が一切ないことを知っている伯爵は、複雑すぎる感情を持て余しながらも愛する妻と娘の楽しそうな横顔を見て口元をほころばせるのだった。

 かくして約束の日が来た。久しぶりに騎士団に行くのだ。朝も早くからあーでもないこーでもないと、ワンピースを部屋中に広げて、少しでも可愛く見えるようおしゃれをする。

「今のトレンドは清楚系女子なのよね。淡く明るめのふわっとしたスカートのほうがいいかしら」
「年上男子に似合う、大人びたデキる系女子のほうがいいかな」
「ううん、相手は騎士。庇護欲を誘う無垢な少女風のものが。髪はツインテールとかは……」

 ひとりブツブツ言いながら、迷い迷った挙げ句、時間だけがすぎ普段とあまり変わらない装いになった。

「アイーシャは、本当にウォーレン様が好きなのねぇ」
「えっと……、推しのおっかけ……憧れ、みたいなものだけよ?」
「ふふふ、推しって要するに大好きってことでしょう? 憧れ、いいじゃない。そこから恋が始まったりするわ。ほら、行くわよ」
「はぁい。あら? お母様、ちょっと止まって」
「あらあら。騎士たちも見ずに大勢集まってるわね。一体どうしたのかしら?」

 いつもの観覧席に母とふたりで向かう目の前で、20前後の女性が、頭をぺこぺこ下げ続けている高齢の女性に対して一方的に怒っていた。

「申し訳ございません……」
「申し訳ないで済めば騎士はいらないのよ。あなたがぶつかったせいで、服が汚れたじゃない! どうしてくれるの? 今日の訓練のあとで、ぺパレス様とデートをするためにおしゃれしてきたのに!」

 その周囲をぐるりと囲うように、騎士たちを見に来ていた女性が興味津々で見ている。一部始終を見ていた人たちが、デートのためのおしゃれを台無しにされた彼女ではなく、高齢女性に同情的に囁き合っていた。

「あーぁ……。彼女、一度怒ったら止まらないのよね。確かに、やっとデートにこぎつけたって喜んでいたから、服に泥がついて悲しくなった気持ちはわからなくもないけど、怒りすぎじゃない?」
「大人しく見学していたおばあさんにぶつかったのは、よそ見をして歩いていた自分のほうなのにね。おばあさん、かわいそー」

 そんな言葉が耳に入り、アイーシャはたまらなくなった。誰もかれもが気の毒に思いつつも、ものすごい剣幕でどなっている彼女の前に立つのが嫌なのか、線が細く腰どころか背骨まで曲がった高齢女性を庇おうとする者がいない。

「ちょ、いいがかりもいいところじゃない……」

 アイーシャは、ぽそっとつぶやいたかと思うと、考えるよりも早く足が動いた。今にも手を振り上げそうな女性と震えている高齢女性の間に立ち、両手を広げる。

「ちょっと、あなた! おばあさんは悪くないのに謝っているじゃない。落ち着いて、いい加減にしたらどう?」
「邪魔するんじゃないわよ。部外者はひっこんでて! てか、あんた、この間からぺパレス様どころか騎士たちに言い寄ってた女! あんたのせいで、ぺパレス様がなっかなかデートしてくれなかったんだからね!」
「ちょ、え? まっ、やめ、……きゃぁ!」

 あろうことか、怒り狂っていた女性は、いきなり矛先を変えてアイーシャを睨む。そして、勢いのまま手をあげて彼女の左頬めがけて振り下ろしたのだった。




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